もしも彼女にもハーレム因子があったなら   作:温玉屋

5 / 15
にじファンからちょこっと改稿しています。尺縮め工作です。


第5話 ルックアップ

 ――ねえエム、貴女にとって過去はどんなものかしら?

 

 数日前、正確にはマドカが営倉入りしていた日の二日目に、スコールが現れそんなことを聞いて来た。彼女はよく戯れのように、マドカや他の少年達にこんな哲学的とも取れる質問をする。普段は実利一辺倒の話しかしないのに、だ。

 

 マドカは答える。本当はスコールにそんな個人的なことを答えたくないのだが、答えないと後が鬱陶しかった。

 

 マドカの過去にあるのは、ただ姉さんに見捨てられたという事実だけだ。それ以上でもそれ以下でもない。マドカはたしかそのとき冷たく答えたはずだが、なぜかスコールは慈悲深げな笑みを浮かべ苦笑した。

 

 ――本当にあなたはお姉さんばかりね……。織斑夫妻は?

 

 両親と呼ばれる二人は、マドカの遺伝子の元であるというだけだ。マドカの過去の中にはいるが、重要な存在ではなかった。

 

 ――ふうん、一応親については認識してはいるのね。

 

 だから何だというのか、とマドカは言った。わけしり顔で言うのが気に入らない。

 

 ――自分がどこから来たのか、ちゃんと認識しているのはいいことだと思ったの。過去が貴女を縛っているように見えるけれど、貴女が貴女であることを保証してくれるのもまた、過去だけだからね。

 

 エム、と名乗れとマドカに名を捨てさせようとしているスコールがそれを言うのはおかしい、とマドカは指摘した。名を捨てるのは過去を捨てることに等しいのだ。

 

 ――そうね。でも、貴女にはタフになってもらう必要があるのよ。織斑一夏よりも、織斑千冬よりもタフに。エム、と呼ぶのは、織斑マドカの部分を残しつつ、次のステージにあがってほしいと。まあそういう意図があってのことだと思って頂戴。

 

 まるでスコールが、マドカの味方であるような口ぶりだ。

 

 ――私は貴女の味方でもあるし、敵でもある。貴女にとって良いことと試みるし、貴女を破滅させようとすることもある。

 

 矛盾している。全て同時にやるのは理が通らない。

 

 ――そう見えるかしら。ある一点においては一貫しているのだけれどね。

 

 誤魔化されているような気もするし、見透かされているような気もした。どちらにせよマドカには気に入らなかった。

 

 ――とりあえず、今の時点で伝えることとしてはね。織斑マドカの過去にケリをつけるためなら、今のエムがどうなってもいいなんて考えられると、困っちゃう、ということ。

 

 つまり、亡国機業のエムがいなくなるのは困る、と。結局は自らの都合ということか。

 

 ――貴女がそう認識するのは自由。エムでいるのも織斑マドカでいるのも、貴女の自由であるように。

 

 その言葉にマドカは答えなかった。スコールは肩をすくめて、そのまま立ち去った。禅問答のような会話の後、マドカはどっと疲れて眠りそうになった。スコールと話すのは、いつも疲れる。オータムはよく好きこのんで彼女の愛人になどなるものだ。

 

 スコールがただの強いISドライバーというだけなら、マドカはそこまで彼女を気にかけなかっただろう。ISに限らず戦闘での強さは、戦う前の備えや力量の向上で逆転することもできる。

 

 だが、スコールの感じさせる脅威はそれだけではない。彼女は何を考えているか底が知れないのだ。本当に味方のように振る舞って見せたり、そして思い出したように痛めつけて来たり。優しくされたと思ったところで、それに迂闊に寄りかかれば谷底に突き落とされるような目にあわされる。彼女の視点は高みにあり、マドカやボーデヴィッヒたちにも見えないものを見ていた。

 

 そしてその高い視野から、スコール・ミューゼルはいつもマドカ達を見ている。マドカも少年達も、警戒しつつも彼女の下であがくしかないのだった。

 

    ◇    ◇    ◇

 

 マドカと凰が互いに話をしてから二日後のことだ。日付は月をまたいで十月二日、計画の実施まで二日となった。

 

 マドカは夕方になって走りにでかけ、一時間ほどして戻った。そして玄関の戸を開けたところで、何か騒々しい音が聞こえる。楽しげな声のため異常事態ということではないだろうが、ここまで音が聞こえるあたり随分な騒ぎだった。

 

「何だ?」

 

 怪訝な顔で首をひねる。その場では判りようもないため、居間の方にやや警戒気味に歩みを進め、自らの疑問の答えに出会う。

 

「ははは、どうかなー、似合う? モッピー知ってるよー。シャルはかわいい男の()だって」

「誰がかわいい、だ」

 

 リビングにIS学園の制服を着た“篠ノ之箒”と“シャルロット・デュノア”がいた。“篠ノ之箒”はスカートの裾をつまみ上げて何が楽しいのかくるくると踊っており、“シャルロット・デュノア”はそれをとりわけ不機嫌そうな顔で睨みながら、ソファでミニから覗く長い脚を組んでいた。

 

「……お前たち、何をやっている」

 

 マドカは驚くより先に呆れて、思わず言った。おかえりー、と言って“篠ノ之箒”が人懐っこくマドカに飛びつこうとしたので、腕を取りながら半歩後ろにさがりつつ、脚を払って床に叩き下ろす。目を回してぶっ倒れた“篠ノ之”であるが、その姿をよく見ると、胸の辺りがぶかぶかしている――というか、胸部のふくらみが全くなかった。一方の“シャルロット・デュノア”のほうは、改めて見なくても身体のサイズが女子離れしている。

 

「マドカ! おい、そんな目で見るな。この格好はだな……」

 

 限りなく氷点下に近いマドカの視線を受け、言い訳するように“シャルロット”が立ち上がる。その身長が一七〇センチオーバー。顔は確かに似ているものの、お前のようなシャルロットがいるか、という話である。

 

「ただいまー、って、なんだ、こりゃあ……」

 

 そこに、別の作業で外に出ていた凰がやってきた。肩に“剥離剤(リムーバー)”がダースで入ったケースを抱え、部屋に脚を踏み入れた彼は、心なしか女臭い部屋の風景に目を剥いたようだ。

 

「おいおい、随分可愛らしくなったもんだな。篠ノ之はずいぶん楽しんでるようだが、デュノアは? 脚の毛まで剃って――趣味か?」

 

 凰がケースを床に置きながら言った。顔を赤くして否定していた“デュノア”は一転して険悪なまなざしを凰に向ける。

 

「うっせえ、ぶっ殺すぞ中国野郎(シントック)。ミューゼルのババアが言い出したせいで、無理矢理試着させられたんだ。体毛は元々薄いんだよ。

 ああくっそ、もういいだろ、オルコット! お前の仕事は最高だ! サイズはムカツクくらいぴったりだよ!」

 

 改めて説明する必要もないだろうが、この“篠ノ之箒”と“シャルロット・デュノア”はIS学園制服を着た篠ノ之彗とシャルル・デュノアである。どちらも女顔だけあり、やや背の高い女と見ても違和感がないうえ、色々なところのサイズにさえ目をつむれば“本家”とよく似た見た目に仕上がっている。

 

「ああ、お疲れ様です、シャルル。もういいですよ。

 それとお帰りなさい。マドカ――帰って早々ですが、学園の制服が用意できましたので、試着をしていただけますか?」

 

 部屋の奥から現れたオルコットが言った。手にもう一着制服を持っている。それがマドカのぶんらしい。マドカは頷きつつも腰に手を当てて困惑する。

 

「それはいいが、この騒ぎはなんだ? 潜入役は私だろう。篠ノ之とデュノアの分を用意する意味も、わざわざ着る意味もない」

 

 口では意味がないと言うだけだが、マドカは若干()()()いた。デュノアはサイズが本物より二十センチ近く背が高いが、それ以外はシャルロット・デュノアと実によく似ているし、特に背格好が近い篠ノ之は、胸さえないことを除けば篠ノ之箒に瓜二つだ。正直にいえば、服装と髪型を合わせただけでここまで近づくとは思っていなかった。似すぎて不気味である。

 

「ミズ・ミューゼルのお考えです。マドカ以外にも女子の制服があれば、潜入して工作するのに便利だ、ということで。デュノア君は相当嫌がっていたようですが、ボーデヴィッヒ君が何とか説得してくれました」

 

 手柄顔で語られるオルコットの台詞のうち、マドカ以外にも、という箇所を聞いたところで凰の顔色が変わる。

 

「……待てオルコット、まさかお前や俺、ボーデヴィッヒの分まであるんじゃないだろうな」

「まさか。必要に応じて作ったマドカはともかく、シャルル、彗の二人はたまたま合う型紙が手に入ったので、作ってもらっただけです」

 

 凰が懸念していたのは、スコールの思いつきが自分にも及ぶことだったようだ。マドカも思わず想像した。頭からつま先まで男そのものの凰、オルコット、ボーデヴィッヒが、女子用の学園制服を着ている図。昆虫の交尾を無理矢理見せつけられるほうがマシだった。

 

 そうか、と凰は安堵した。そしてオルコットは、凰が気を抜いたタイミングで言葉を続ける。

 

「私は肩幅が、鈴とラファエルは肩幅以外に身長も大きすぎます。作るとしたらフルオーダーですねえ」

「作る気はあるのかよ!」

 

 オルコットは楽しそうだった。この男はいつも大体正体の読めない笑顔だが、こういう下らない騒動をしているときは一際おかしそうに笑う。

 

「マドカちゃーん、ねえねえ、早く着てみてよ。お揃いで写真とろ?」

 

 復活した篠ノ之が起き上がり、目を輝かせながら抱きついてきた。彼が近づくと、どこからか甘い匂いが鼻腔をくすぐってきて、なんとそれは篠ノ之から発されているのだった。何故においまで女のそれになっているのか。マドカは強引に振り払い、オルコットから衣服を受け取った。

 

「撮らん。着てくる」

「ああっ、いつもどおり冷たい。悲しい。でもぞくぞくしちゃうなー」

「……お前さんはどうしてそうノリノリなのさ。というか、《ゼフィルス》の整備と《福音》の解析はどうした」

「んー? 《ゼフィルス》は本体が交換部品足らずで手詰まり、武装を全外しして、アンロックモードで点検だけはした。《福音》も最後の関門以外はできたよ。仕事はほっぽりだしてないから、安心して」

 

 呆れ交じりに追及する凰を、篠ノ之が歌うようにかわしている。彼らの会話を背に、マドカは衣服を持って別室に向かった。

 

 部屋に入ったところで、シャツとパンツを脱ぎ捨てて下着と肌着だけになる。マドカの手の中には、白を基調としたIS学園の制服が丁寧に畳まれていた。

 

 マドカはそれをじっと見つめた。ヤツや学園側の娘達が着ている衣服であり、IS学園の生徒達の社会的地位(ステータス)を示す記号だ。

 

 この衣服を着てマドカも四日後、IS学園に潜入する。そのことには何の感慨もなく、気負いも、感情の高ぶりもない。もちろん危険があることは理解できるが、理性で感じる以上の懸念はマドカの中には起こらなかった。

 

 姉さんに関係しない任務ではいつもこうだ。亡国機業のエムとして生きている自分をリスクの中に投げこむことに、マドカは何の痛痒も感じなかった。姉さんに関わる任務と関わらない任務、その二つに対してわき起こる感情に、大きすぎる温度差がある。故に、いざチャンスがごろりと目の前に投げ出されと仮定しても、そのときマドカは自分が何をするか判らない。その点でスコールや凰の懸念は的を射ていた。

 

「気に入らない」

 

 口の中で小さくマドカは呟いた。誰かに気遣われている事実は、自分が取るに足らない存在であることを示しているようで、名状しがたい()()()()を感じさせた。凰に向けて取引などと言い出したことの背景にはそういう感情もある。――自分と少年らは対等であるという立場に留めたかったのだ。

 

 背後で扉が開いた。マドカは物思いから戻り、肌着のまま振り返る。

 

 視線の先には銀髪の少年の姿があった。ボーデヴィッヒだった。軍用のトレーニングジャージを羽織っただけのシンプルな格好で、一度だけ半裸のマドカに視線をやる。

 

「帰っていたか」

「……ああ、ついさっきな」

 

 マドカの格好を前にして、ボーデヴィッヒはほんの一瞬眉を引きあげる。驚きを表すときに彼がいつもする仕草だが、反応はそれだけだった。マドカの方もことさらに悲鳴を上げたりはしない。今さら恥じらうような仲でもなかった。

 

「ご苦労だった」

 

 マドカの身体から顔を外しつつ、ボーデヴィッヒは言った。一応、礼儀のつもりなのだろうか、と彼女は思った。

 

「途中、不審なことはなかったか」

「いや。それらしい気配はなかったが……?」

 

 糊のきいたシャツに袖を、スカートに脚を通しつつ、マドカは答える。簡単な遣り取りだったが、単純なことをいちいち訊ねる内容に、彼女は若干不審げに眉を(ひそ)めた。

 

「そんなことを、今さら聞くのか」

 

 シャツのボタンを留めながら、彼の方を見やる。外に出るときは、尾行があればそれを察知するため、人通りの多いところを選んで通っている。子供のころから習い性になっているような行動だ。そしてそういった“常識”に関しては、原則として何かあったときに報告、ということが普通だった。

 

「……先ほど、二日前にお前達の行ったアパートに、布仏(のほとけ)の姉妹が来ていたとオーナーから連絡があった」

 

 彼は荷物を手にとって立ちながら言った。顔に不安の色はないが、声は平坦だ。

 

「デュノア、オルコット、凰からも報告が上がっている。更識の一門と思われるものが、こちらのフロント企業と接触を図ろうとしているようだ」

 

 ほう、とマドカは息をついた。感心するほどに動きが早い。そういった感想も含めた、敵への賛辞を込めた所作だった。

 

「更識楯無か」

「おそらく。ミューゼル様に情報をあげてはいるが、前の襲撃から相当警戒を強めたらしい」

 

 そうだろうな、とマドカは思った。目と鼻の先で同じ組織による襲撃を繰り返された。現当主の実力を疑われることにも繋がるし、なにより武家よろしくの主従制で保っているヤクザな更識一門だ。その権威が傷つかないはずはない。

 

「だが、それがどうした。秘密にするような情報でもないだろう」

 

 上着に袖を通し、マドカはボーデヴィッヒに向き直る。彼も正面からマドカを見ていた。何かを言いにくそうにしている彼にまた苛立ちが起こり、マドカはやや強い口調で続きを促す。するとボーデヴィッヒが、静かな声でためらいがちに口を開いた。

 

「……中止を」

 

 途切れ混じりの台詞だ。マドカは言い直しを促すように顎をしゃくった。

 

「今回の計画(プラン)の中止を考慮している」

 

 一瞬、彼がなんのことを行っているのか判らなかった。彼の行っている計画が、次の日曜日に実施予定の仕事のことであると理解するまで、少し時間が必要だった。

 

「今さらか? スコールに提言するということか」

 

 意外そうにマドカは眉を引きあげた。スコールの指示に従う、という意味においては、彼は何事も感情任せのオータムよりもよほど忠実だ。凰ではないが、ボーデヴィッヒなら女子の制服を着ろ、と命じられても、それを口にしたのがスコールならば従いかねない。そう認識していただけに、彼が異を唱えるのは珍しいと感じた。

 

「それはもうした――だが、入れられなかった」

「ならば、私たちに是非はない。違うのか?」

 

 マドカにさえ、今の段階でスコールに逆らうという意思はない。まして、ISも使えず、国籍さえないようなボーデヴィッヒが反抗するなど。そのため、彼が口にした次の台詞はマドカの予想を超えていた。

 

「――あの方の判断がどうあれ、今回の現場指揮も俺だ。俺が実行直前で中止する、と宣言し、そのままマドカを含む全員が何もせず撤収すれば、全ては終わる」

 

 思わず息をのんだ。平静な口調だが、内容は命令違反の予告だ。それも、スコール・ミューゼルの手に真っ向から噛みつくに等しい過激さだった。

 

「……元々の計画では更識の警戒を潜って、クライアントの連絡員と接触する予定だったな」

「ああ。学園内とはいえ、あの広大な敷地と多くの建物を更識は全てカバーできない。その権限もない。更識楯無との接触が回避できると十分に保証できれば問題はなかった」

「状況が当初から変わったのか」

 

 我知らず、マドカはボーデヴィッヒに詰め寄っていた。彼はそんなマドカの肩に手を置いて続ける。

 

「更識楯無は、学内の生徒何人かに絞ってマークを付け始めた。クライアントの連絡員もその中に含まれている」

 

 マドカは荒く息ををついた。更識楯無はなかなかに度胸のある女だったらしい。ボーデヴィッヒの言を信じるなら、足りない要員で対処できるよう、亡国機業のためにメンバーを全て割り切ってきたということだ。勘か洞察か、判断の根拠はこちらが知る由もないが、外れていた場合はそちらが空になることを考えれば相当な決断である。

 

「それで、お前は自分の責任で全て片付けるつもりか」

 

 マドカは言った。ボーデヴィッヒは腰に手を当ててマドカを見、小さく頷いた。

 

「それをやって、どうなる? お前がスコールに咎められて終わりだ」

「網が張られているところへ行けばお前が死ぬ」

 

 いつもの鉄仮面のまま、ボーデヴィッヒは言った。揺らぎのない表情には感情どころか迷いもない。

 

「織斑千冬への復讐を果たせないうちに、死ぬわけにいかないのだろう」

 

 結論は既に出ていると言わんばかりの顔を、マドカは見た。自分の命を投げることに何の痛痒もためらいもない――ある意味で非人道的とも言える顔が、目の前にある。何のためにと言えば、それはマドカのためなのだ。

 

 彼の顔を見ているマドカは、内心に何か感情が起こるのを感じた。

 

 ――気に入らない。

 

「気に入らない」

 

 マドカは心中に浮かんだものをそのままに呟いた。

 

「何だ?」

 

 ボーデヴィッヒが短く聞き返す。

 

「気に入らないと言った」

 

 マドカは歩き回り、自分の荷物を蹴って立ち止まる。

 

「……何が?」

「お前のその保護者面だ。お前はいつから、私の命と私の復讐に、責任を持つようになった」

 

 ボーデヴィッヒは口を結んで黙り込んだ。意味が伝わっているのかいないのか――それを考える間もなく、マドカは畳みかける。

 

「その二つは私のものだ。お前に訳知り顔でどうこうされる言われはない。まして、お前が犠牲になってそれを守るなど」

「犠牲というつもりはない。コストだ」

「言葉遊びが趣味か? 意味は同じだ。いつからスコール・ミューゼルの衒学(げんがく)趣味に影響された」

「お前こそおかしい。何を感情的になっている」

 

 確かに、マドカは感情的――というか、理性などまるで働かせていなかった。内心のむかつきをはき出そうと、思いつくままに言葉を口にしている。

 

「第一、なぜわざわざ私に事前に言った。やりたいなら一人でやればよかっただろう」

「お前を潜入させる、という計画の性質上、当日は別行動になる。中止の意図が存在することだけは前もってお前に知らせる必要があった」

 

 ボーデヴィッヒは困惑しているようだった。彼の“贈り物”をマドカは何の気もなく受け取るだろうと思っていたらしい。マドカは大きく一つ、息をついた。

 

「私は認めない。お前とは確かに付き合いは長いが、私を理解したような顔をして、私のことを語るな」

「ならばどうする。更識楯無はISを持っている。今、我々に稼働可能なISはない。後は必要な犠牲をどこに付けるか、問題はそれだけではないか?」

 

 マドカは口元に手を当てて思案した。

 

「スコールが計画を遂行しろと言ったのだな。どんな口ぶりだった」

「その通りだ。更識の現当主を、もう一度あしらって見せろと」

 

 スコール・ミューゼルは打算も理性もある女だ。理不尽な命令を出すようで、その実は頭を使えば実現可能であることも多い。あの女がやれ、といったなら、何か確証があったと見てよい。

 

「何かあるということだ。更識楯無を封じるような要素が」

「あの女に傷があるということか」

 

 それは、おそらく今までの計画――(ねずみ)よろしく、更識の目を潜って連絡員と接触する、というだけの観点では見つからないようなものだ。

 

「視点を変えれば何かが見つかる、といいたいのか、マドカ」

「だから、スコールはお前の提言をいれなかった。計画を実行するにせよしないにせよ、まずはそれを探すべきだ」

 

 マドカはボーデヴィッヒのジャージの襟首のあたりを掴んだ。なんだか先日から男の胸ぐらを掴んでばかりいる気がするが、マドカは今日はただの激情ではなく、自分の意思でそれをやっていた。

 

「それに、私は()()お前を失うつもりはない。私の復讐である以上、確かに全ては利用する――だが、お前が命を投げ捨てるというなら、どこでそいつを投げ捨てるかも、私の一存でさせてもらう」

 

 首元の自由を奪われたボーデヴィッヒは、呆気にとられたようにマドカを見ている。睨み合うように見つめ合ってしばらく後、その沼のように起伏のない能面が崩れた。

 

 そして、珍しい表情がそこに現れる。彼の口元を、わずかな笑みが走ったようだった。彼が笑うのを見るのは、初めてだな、とマドカは思った。

 

「お前の命はお前自身のものだが、俺の命はお前の一存なのか?」

「言葉のアヤだ。私はお前と違い、お前の命をわざわざ守ってやるつもりはないぞ」

 

 ボーデヴィッヒは頷いて、息をついた。どこか満足そうな雰囲気だ。

 

「……それでいい。ただ、少し計画の修正には付き合ってもらいたい。いいか。俺以外の視座を持つ意見が欲しい」

「ここまで来たなら。だが、他の者の意見はいらないのか?」

「俺は、お前の考えが欲しい」

 

 何故かそこだけ頑なにボーデヴィッヒが言う。マドカは手を離した。まあ、人数を増やしすぎたところで方針が乱れるだけでもあるし、構わないだろう。肯定を返すと、彼の表情はまた元のそれに戻った。

 

 そのボーデヴィッヒの目がマドカの首のあたりに行き、何かに気付いたように動く。

 

「リボンが歪んでいる」

 

 マドカの手を掴んで外させ、指摘する。

 

「結ぶ。少しじっとしていろ」

「ん? ああ……」

 

 マドカはボーデヴィッヒのしたいようにさせた。しゃがんだ彼が見上げるような姿勢になり、大柄な手が手際よくリボンを結んでいく。

 

 彼が離れて、マドカはドレッサーの前に立った。IS学園の一年生の服を着て、織斑千冬によく似た顔の少女がそこにいた。スカートは膝丈、上着は標準。マドカはしばらく、その鏡の前に立った。鏡の中の自分の姿には、なぜか違和感を感じる。普段()かないスカートの感触は落ち着かないが、それだけではないような気がした。

 

「似合っている」

 

 鏡越しにボーデヴィッヒが言った。

 

「……それは褒めているのか?」

「違和感がない、という意味だ。溶け込めるだろう」

 

 ふん、とマドカは息をつく。スコール付きで人前に出ることも多い彼がいうなら、そうなのだろう。

 

 マドカは脱ぎ捨てた衣服を畳むと、元の部屋に戻った。ボーデヴィッヒはラップトップを取りに別の部屋にいったようだ。

 

「《ゼフィルス》は武装だけ使える状態、ということですか。コアなしで使えるものと言えば――《スターブレイカー》ライフルぐらいでしょうかね」

「あの機体、コアに繋がないで使える装備、あんまりないからねー。あと《福音》についてだけど。ISとして運用するには制御系の生体認証ロックを通す必要があるみたいなんだよね」

「隔離封印した機体に生体認証なんかが残ってたのかよ。アメリカの考えることはわからんな。どうやって外すんだ? 登録済みパイロットをさらうわけにいかんし」

「米軍データバンクの照合用データがあれば解決するかな。暗号復号の式はなんとかわかったし。ただ(なま)データは直接米軍から頂きますしないと。地力で調べると数週間がかりになるし」

 

 出て行く前にしていた話が続いていたらしい。珍しく篠ノ之が真面目な顔で話している。服装は女子制服のままだが。

 

「福音事件の痕跡は? 今回の《福音》の解析ではそちらが勘所ですが」

「そっちはばっちり。篠ノ之束がどうやって事件を起こしたか、よくわかったよ。生体認証がいるのはコアネットワークとかの立ち上げだからね。それさえうまくいけば、福音事件の再現だってできるよ」

 

 話が途切れたところで、マドカは声をかける。

 

「オルコット、いいか。サイズは問題ない。これで――」

 

 篠ノ之、凰、オルコットの視線がマドカを捉える。彼等の顔がマドカの姿に釘付けになる。ちなみにデュノアは、着替えに行ったのでいない。

 

「おおー! かわいー! これで僕とおそろだねー」

 

 篠ノ之が目を輝かせたのは予想通り、といったところだ。残りの二人の反応も似たようなものだった。

 

「……いや、驚いた。見違えた。スカート一つで新鮮なもんだな」

「すばらしいですね。マドカ」

 

 揃いもそろった感じの顔でマドカを見ていた。普段は出さないが、案外欲望に忠実な連中である。マドカは言葉を重ねた。

 

「似合うか似合わないかはどうでもいい。違和感のない服装になっているかが重要だ」

 

 マドカがぴしゃりと言うと、誰も違和感はない、という。

 

「あ、ラファだー。どうどう、僕のこれ、似合うかな?」

 

 そこに、遅れてボーデヴィッヒがやってきた。彼は篠ノ之に一瞥をくれると、また眉を上げた。篠ノ之がふざけて“篠ノ之箒”の格好で(すが)り付いている。身長差だけなら、男に女がじゃれついているように見えるが、もちろんボーデヴィッヒは顔色一つ変えなかった。

 

「……ついでにお前も、潜入させるか」

「似合ってるってこと? はは、うれしーなー」

 

 ボーデヴィッヒが短く言い、篠ノ之が笑う。ボーデヴィッヒが手元の端末を操作すると、部屋のモニターの画面に地図が立ち上がった。映っているのは、巨大な人工島の詳細な図だ。北側に本土側との連絡ラインである搬入路とモノレール、及び駅舎、敷地のかなりの部分を占めるグラウンドと海港・空港エリア、中央に位置する校舎、学生寮、アリーナ。言うまでもなくIS学園の図だった。

 

 ボーデヴィッヒは立ち上がった。篠ノ之がその勢いで振り回され、きゃ、と女子のようにふざけた悲鳴を上げながら彼から離れる。踊るようにステップを踏んで姿勢は崩さず、篠ノ之は姿勢を持ち直して、マドカの背もたれに寄りかかった。

 

「皆、いいか」

 

 ボーデヴィッヒが静かな声で呼びかける。全員の視線が、彼に集まった。

 

「今日の夜、ブリーフィングをしたい。作戦プランが少しかわる予定だ」

 

 少年達の雰囲気が変わり、空気は温度が下がったように冷えて引き締まる。

 

 無言で頷いて皆、準備に散った。

 




シャルロットさん「女子力高い・人当たりがよい・“作者の一存で優遇される”」→シャルルくん「男子力低い・人間力低い・“~なのでいない”」
ゲルマン幼女「妹キャラ・天然・兵隊キャラ」→ゲルマン兄貴「兄貴キャラ・常識人・指揮官タイプ」

我ながら突っ込みどころ多し。

企画段階ではシャルル君はそのままシャルロットになれるような子だったのですが、身長の設定をしているうちに、そのままではシャルロットと間違いようがない感じになってしまいました。

実際身長の設定を確認すると、ISキャラは女子にしても身長が低く、一番長身の箒さんですら160センチしかなく、長身と言われる千冬さんでも、166センチしかないのですね。デュノアさんたちの入れ替わりネタを暖めてはあったのですが、こんな身長の男子はおらん、ということで箒、じゃない放棄されました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。