もしも彼女にもハーレム因子があったなら   作:温玉屋

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一方その頃、デストロン基地……ではなく、学園サイドでは、というお話。

なんと原作キャラのみ。しかも下手すると主人公のまどっちが喋るよりみんなたくさん喋っている。このあたりからタイトル詐欺傾向に入ります。


第3話 少女的なインテリジェンス

 IS学園は日本国の太平洋岸沖合にある人工島上に建造されている。ISという兵器自体が登場してからまだ十年も経っていないため、ISの操縦を教導するこの学園の歴史もまた短い。最も古い設備でもまだ七年と経過しておらず、新しい設備だと一年ようやく経つところ、というものすら珍しくなかった。

 

 学園生徒会室はそのうち一番新しい建屋にある。海に面した南向きの一室で、眺めの良い最上階だった。マンションであれば最高の間取りだが、あいにくそこは人が起居するための部屋ではない。

 

「本当に、残念だなー……」

 

 窓から差し込む秋の日差しを受けながら、スカイブルーの髪色の少女が呟いた。大きな部屋の中央に、彼女の体格と歳には不釣り合いなほど大きな執務机が置かれており、少女はそこに自分の腕で枕をしながら、電子ペーパーで新聞記事を追っていた。彼女が指を滑らせると、有機ディスプレイの表示は各国のクオリティ・ペーパー――コメルサント、WSJ、タイムズ、フィガロ、アル・ラーヤ、読買新聞などに変わる。

 少女は画面を気怠げに見つめつつ、時折机の上で身をのばしては欠伸(あくび)をついていた。物憂げな仕草はどこか猫科の生き物を想起させる。よく見ると眼はせわしなく記事を追っていて、ただ怠けているわけではないことが分かるのだが。

 彼女のところに五分袖の制服着た眼鏡、三つ編みの少女が歩み寄った。茶器と柔らかそうな葛菓子の盆を持った彼女は、気遣わしげに執務机の方に呼びかけた。

 

「お嬢様、お茶をお煎れいたしました……お疲れなのは分かりますが、しゃんとなさってください」

「ありがとー、(うつほ)ちゃん、了解よ。それと、学校ではお嬢様はでなくて、会長」

 

 会長と自らを呼んだ少女は身を起こし、虚の煎れた茶器を手元に寄せる。虚がその間に、執務机の上で倒れたままになっていた、会長の名札を立て直す。深い黒のセラミックに白塗りの文字で「更識楯無」と刻まれていた。女性にはおよそふさわしくない、源氏八領が鎧の一つ、“楯無”。それが“会長”と呼ばれる少女の名前らしい。

 楯無は香りを楽しむように鼻を鳴らしてから一すすりし、深く息をついた。多少力は抜けたようだが、眉間に薄く入った皺は消えなかった。

 

「残念なのは、このお天気を室内で過ごさねばならないから、ですか?」

「……虚ちゃん、私を必要以上に子供扱いしてない?」

 

 子供にかけるような言葉を言われ、流石にむっとしたようだ。頬を少しふくらませつつ、彼女は抗議する。虚の本名は布仏虚といい、幼い頃から楯無の側仕えとして育った身である。一つ年上で、何くれと世話を焼かれたせいか、今でも楯無は彼女に幼いときのような扱いを受けることがある。

 

「失礼。冗談です」

「……冗談なんて言わないような子だったのに、やっぱ『彼』の影響かしらねー」

 

 じとっとした目つきになりながら楯無は虚を横目で見て言った。彼、という言葉は名も指していなかったが、二人の間では誰を指すのか明確らしい。冷静そうな虚の顔に、さっと朱の色が走る。

 

「――なんのことでしょう。からかうのはおよしになってください」

「この前の織斑君の誕生日会でも、主賓の織斑君を視界にも入れないで彼と楽しそうに話してたし? 朝はすっごく寝不足そうな顔で休憩の度にモバイルを気にしてたし? あの虚ちゃんがねえ……やっぱ彼がいると変わるのかしらね……」

「おやめください。それに彼、なんて、私たち、まだそんな関係では……」

「あらー、私は彼って言っただけよん。彼氏なんて言ってないのにな。私たち、だって。あらあらふふふー。五反田くんとはうまくいってるみたいね」

 

 私も彼氏作ろうかな、などと言いながら、菓子楊枝を操って葛菓子を分ける。頭でリズムを取りながら歌まで歌っていて、それはよく聞くと“Voi che sapete che cosa e amor...(恋ってどんなものかしら……)”という歌のワンフレーズなのだった。

 

「――と、まあ虚ちゃんをからかうのはこれくらいにして。仕事に戻りましょうか」

 

 楯無が宣言する。赤くなっていた虚はやや露骨に胸をなで下ろすと、自分の器にも茶を注ぐ。楯無のすすめる椅子に座り、彼女が纏めていた一般紙の記事を確認した。

 

「残念なのは、この前スコール・ミューゼルを取り逃したことよ。あの状況で、私の力では捕捉できないのは分かっていたけれど、戦略的には彼女を捕らえることが望ましかった。私単独で出来ないなら、彼女を捕らえうるような戦力を揃えるべきだったわね」

「亡国機業の件ですか……」

 

 先日、マドカたちが襲撃したIS学園の高速機動競技会(キャノンボール・ファスト)、そこで楯無はスコール・ミューゼルと対峙していた。学園のイベントに対して襲撃を繰り返し、そのたびに専用機ドライバーを狙っていく組織。その指揮官クラスを目の前にはしたが、結局いいようにあしらわれて逃げられてしまっている。

 

「そうそう、知ってる? 日本の情報(インテリジェンス)コミュニティで彼女と接触したのは、私が初めてらしいわ。そのせいか、仕事用のアドレスにはアポのメールがひっきりなしよ。専用窓口を作ろうかってぐらいね」

「公安も防衛省も、内調もですか? 意外ですね。あの組織については戦中から存在が確認されている、というのに」

「他の亡国機業の実戦部隊、それも下っ端なら、公安あたりが捕まえたという例はあるらしいけどね。組織の全容だけは分かっている、というのはそのせい。

 ただ、スコール・ミューゼルについて言うなら、IS保有部隊の指揮官を間近で見たのは私一人。それほどの貴重なチャンスだったの」

 

 自分で切った葛菓子を口に運ぶ。楯無は口の中で菓子が溶ける触感を楽しんでから、またため息をついた。

 亡国機業、それが昨今の楯無の敵の名だった。戦前から戦中にかけて生まれ、非合法物資の輸送・取引・輸入、紛争の扇動、軍事行動――とかく法的にきな臭い事業ばかりに関わっている国際組織だ。ここ数年の特に目立つ活動としては、明らかになっているだけで三、四個のISを奪い、それらを運用しつつ各国保有のISを集めている、という。

 

「キャノンボール・ファストのときには、家のものにも無理を言って人を出させたのに、無駄にしちゃった。ちょっぴり自己嫌悪。まさか指揮官級が出てくると思わなかったけれど、私も『楯無』としてはまだ未熟ね」

「お嬢様……いえお館様」

「学校では会長、よ」

 

 更識の血族は、今代(いまよ)でこそそれなりの名門とされているものの、明治より前にはその家系を遡ることが出来ない。伝承では代々当主に引き継がれてきた名“楯無”が示すとおり、武田氏の透破を起源とすると伝承されているものの、実際のところは明かでなかった。古くは、実在したか疑わしい軍師である山本勘助が始祖だった、という説までもあるほどだ。

 

 起源がはっきりしない名門、というのは語義矛盾のようであるが、更識家についていうならば、一つだけはっきりしていることがある。それは更識家、さらに更識家を屋形とする一門――布仏家など――が、遅く見積もっても明治以降から、日本の諜報分野の歴史に深く関わっている、ということだ。

 

 もちろんそんな事実は官報に載っていない。だが、歴代の官僚名簿の名前、民間協力者の記録、あるいは軍人、特別高等警察などの人員リストを注意深く攫ってみると、更識とその一門の名をいたるところに見つけることができる。戦中にはある期の中野学校の卒業生のうち、三分の一が更識一門かその眷属だった、という冗談のような話まであるほどだ。

 

 つまり更識とはこの国における諜報・防諜のスペシャリストを輩出する一族とその家来筋であり、その御館の名前“楯無”を継いでいるこの少女は、日本の暗部の根深いところまでも影響力を持つ首領でもある。

 

「しかし、本当に――亡国機業は、何を目的としているのでしょう」

「そこそこ。それが分からないのよね……」

 

 虚の言に、楯無が額に拳を当てつつ首を傾げる。

 

「誰が黒幕か分からないときは得をした人間を見ろ、というけれど。この場合誰になるのかしら」

 

 IS学園がこれまでに受けた亡国機業からの襲撃は二回だ。一度目は学園祭の混乱に乗じて、織斑一夏の機体と命を狙うというものだった。これはまだ分かる。貴重な男性操縦者、そして男が使ったという事実に関係なく、世界的に貴重なIS。どちらも、黒幕がどこであろうと手を出したくなる代物だった。それにしては襲撃してきたエージェントがお粗末で、自分の使っている兵器の特性を知らないわ、無駄口を叩いては撃破されるわと不手際が目立つが、目的だけならばはっきりしている。

 

 だが二度目、これが全く分からない。IS高速機動競技会、通称キャノンボールファストに乱入し、ひとしきり暴れたあげくセシリア・オルコットにBT偏向射撃を食らって撤退。当事者はこちらもむこうも、誰も得をしていない。強いて言うなら、セシリアが念願のBT稼働率八割超え、偏向射撃を実現できたことぐらいか。

 

「だからって、まさかセシリアちゃんがそう、なんて訳がないし」

「あるいは、邪魔をすること自体が目的、という線は?」

「“ばいきんまん”みたいね」

 

 楯無が苦笑する。もちろん虚も、可能性の一つとして挙げただけだろう。

 

「仮説の一つとしてはありだし、素敵な話だけど、支持はできないな。悪いことをするためだけに存在する悪党なんてこの世にいないもの。何か目的があるはずよ。私たちの思惑を超えた戦略がね」

 

 溜息をついて、楯無は湯飲みをあおり残った茶を乾かす。おかわりは、と訊ねる虚に、無言で首を横に振った。

 

「敵の目的がどこにあっても、関係ない。生徒会長として、全て撃破して学園を守る! ……なーんて宣言出来ればいいんだけれど」

「織斑君ならそれで許されましょうが、会長にはお立場があります」

「……一夏君には厳しいね、虚ちゃんは。まあ、立場の違いというならそうなんでしょうけど。

 降りかかる火の粉を払うのは当然、でも、矢で打たれてから射手を探すようでは、私が会長をしている意味がない。会長として、専用機持ちISドライバーとして、この学園を守らないとね」

 

 楯無は言った。日本国の暗部からの守護者としてだけでなく、IS学園に在籍する専用機持ちの生徒として、そして学園の生徒会長として、学園を守る。それが彼女の意思だ。

 実際のところそれは日本の国益にも叶う。IS学園は国際的には国際IS委員会下の組織であるが、学園の管理運営は日本国の責任とされている。学園で起きた有事の責任は日本国の失点にも繋がるのだ。要するに楯無の立場、地位、血脈、そういったもの全てが、彼女に御役目を発揮することを求めているのだった。

 

「それで、虚ちゃんの方は何か分かったかな。確か、私がオシントをやってる間に、虚ちゃんが米軍、英軍の情報を見てくれてたのよね」

 

 楯無の言に、頷いて虚は書類を差し出す。三種のISの諸元と、事件らしいものの報告書、それを虚がよんで纏めたものであった。

 

「強奪が確認されているIS三機の諸元、ならびにそれら事件の詳報の分析結果です」

「あら、諸元も報告書もたくさん。意外に気前よく提示してくれたんだねー。アメリカもイギリスも」

 

 意外そうな口調で言ったが、虚は黙って首を振る。

 

「量だけです。内容は芳しくありません。《アラクネ》にせよ《サイレント・ゼフィルス》にせよ、先日強奪されたばかりの《銀の福音》にせよ、どうも肝心の所をぼやかしている感じで」

「……自軍の恥を隠すため?」

「いいえ。その辺りはずいぶん明けひろげにしています。接近を許した原因・警備上の失態・連絡体制の不備といった事件が起きてからの経緯は、わかりやすいほど克明に記録されています。

 ですが、何故このような事件が起きたか、亡国機業になぜISの所在をキャッチされたのか、内部情報の漏洩を許したのか――要は事件が起きるまでの経緯、今後の予防的情報となるようなデータだけがことごとく“不明”とされています。

 しかも書きぶりからすると、報告者は本当に今もってどうやったか、見当もつかない、と言った思いのようですね。まるで、事件だけが忽然と現れて去った、とでも言いたげです」

 

 楯無の空色の眉がぴくりと動いた。それまで身に纏っていた軽かった雰囲気に、わずかに不快げな重さが混じる。

 

「そのまま信じるべき?」

「“書類には”、偽りはないと思います。ご覧になっていただければ分かるかと思いますが」

「書類には、か。確かに、これを書いた人と、これを私たちに提示してきた者の意図は別ということ、でしょうね」

 

 何かを聞かれて、「知らない」と回答する人間は二種類に分けられる。一つは本当に知らない場合。この場合は、報告書の作成者――恐らくは、強奪の現場に居合わせた指揮官たちがそれだ。事件への対処を迫られた彼らにとって、事件が起きる経緯を自分の担当範囲を超えて把握するのは難しい。彼らが予防的な情報の多くについて不明と回答するのは、楯無にとっても不思議ではなかった。

 

 そしてもう一つは、「知らない、わからない」と回答することでその者が利益を得られる場合である。大抵の場合において知らずに犯した罪は、故意の罪よりは軽く見られる。場合によっては罪とさえ認められず、無能・無力を装うことでかえって利得を得ることができるのだ。

 

「調査した事件の経緯、周辺状況を説明できない、ということは、現場指揮官レベルならともかく、この情報を提示してきたもの――上位の司令部や情報機関にしてみれば無能の証明みたいなものよ。シリアスなシーンで無能さをアピールしてくる人を、本物のバカと誤認するほど、ピュアな生き方はしていないのよね」

 

 報告書に「わかりません」と書くことは、自分が無力であったと同意することに等しい。そして現場指揮官は知り得ない情報についての分析は、統括している者にとっての義務だ。それをやらないのは、バカであるからか、バカの振りをしているからか。

 

「バカの振りをしている、に一票かな。私としては」

「私もそう思います。しかしやはり、その場合も何のために、という疑問が再燃します」

「確かにね……」

 

 仮にこの情報を提供したものがいたとして、何を得ようとしているのか。読み切るにはデータが少ない気がする。そう思い、楯無はまた首をひねった。

 

「この件にだけ、かかわりあってる訳にもいかないんだけどな……頭が痛いよ」

「専用機持ちドライバーの強化計画と、米英が提示した事件の報告書解析は平行して行います」

「苦労をかけるわね。私も織斑君に……」

 

 何か言おうとしたそのとき、生徒会室のインターホンが鳴り、来客を知らせた。楯無が執務机の上の電話を操作し、小型の投影ディスプレイから来客者の姿を(あらた)める。来たのは二人で、いずれも学園の生徒だ。机上の電子ペーパーの表示をオフにしてから、楯無は入室を許可した。

 

「二年三組、英国代表候補サラ・ウェルキンです。……ご機嫌よう、会長」

 

 肩までの栗毛に柔らかくパーマをかけた女子が執務室に入ってくる。身長は楯無と同じくらいで、英国人としては平均的。落ち着き払った口調でひざをすこし曲げ、長めのスカートをつまんで持ち上げて一礼(カーテシー)する。二年ということはまだ一六、七のはずだが、柔らかく笑って見せる様は、それ以上の落ち着きを感じさせた。

 

 もう一人は、黒に近い茶色の髪をベリーショートにまとめた小柄な少女。リボンからすると一年生だった。小脇に書類封筒を抱えていて、それが生徒会室に来た用向きとわかる。

 

「い、い、一年三組! ティナ・ハミルトンです! 失礼します!」

 

 緊張しきっているうわずった声は、楯無の微苦笑を誘った。こちらはウェルキンとは対照的だ。楯無と一つしか違わないはずなのに、子供が大人の前に引き出されたような振る舞いである。

 

「いらっしゃい。ずいぶん可愛らしい娘を連れているのね、サラ」

 

 ウェルキンと楯無は同級生だ。楯無は今でこそ自由国籍でロシア代表をやっているが、その前は当然代表候補だった。その関係で、候補生のウェルキンとも知らない仲ではない。

 

 だが、“連合王国(イギリス)”の代表候補か、と楯無は内心でつぶやいた。友人の顔を、楯無は改めて見つめる。にこやかで柔らかい笑顔は、その奥に何の考えがあるのかまでは伝えてこない。ウェルキンは表情を崩さず、いかにも淑女、といった感じでしとやかにハミルトンに目をやる。

 

「あら、偶然ですのよ。会長にお目通りに参りましたら、この方がついそこで、生徒会室を探して迷っておられたので。ご一緒しましょうってお誘いしましたの……貴女、御用なら先に済ませておしまいなさい。私は後からでも結構」

「は、はい!」

 

 促されて、ハミルトンが一歩前に出る。がちがちになりながら、両手で脇に抱えていた書類を差し出した。

 

「榊原先生から、プリント預かって来ました! 職印と別に認め印を押して、提出するように、とのことです!」

「はい、ご苦労様。ごめんなさいね、雑用なんてさせてしまって」

「いえ、ちょうど寮に戻るとこだったので」

 

 楯無は受け取って、そのまま机上で山になっている未決箱に放り込む。そのままハミルトンに笑いかけると、彼女はどぎまぎした様子で、西洋人にも拘わらず日本風に一礼した。それは良いのだが、足取りがなんとも危なっかしい。

 

「そ、それでは失礼します……きゃあっ!」

「あら、しっかり。大丈夫?」

 

 言わないうちに倒れ込みそうになったハミルトンを、ウェルキンが支えた。小柄な女子は、ウェルキンの腰にしがみつくようにして、ようやく転倒を避ける。

 

「す、すいませんウェルキン先輩。ありがとうございます。失礼します!」

 

 失態に顔をまた赤く染めながら、足早に少女は執務室を去った。後にはクスクスと笑いを漏らすウェルキンと、楯無が残された。

 

「可愛らしいことです」

「一年前は私たちもああだったのかしらねー」

 

 楯無が言うと、ウェルキンは楯無の顔を見る。そして、何がおかしいのか笑い方の調子を変えて、口元を押さえて笑い出すのだった。

 

「そんなにおかしい?」

 

 あんまりな反応に、楯無は渋い顔で彼女を見る。

 

「失敬。だって、一年次から誰より大人びてらした会長が(おっしゃ)るんですもの」

「貴女もね、サラ。今はすいぶん丸くなったけど、最初はセシリアちゃんくらい尖った英国淑女だったよね」

「あら? 手袋の投げ方も知らなかった可愛らしい(レイディ)と、一緒にしてもらっては困ってしまいますわね」

 

 決闘を挑む仕方くらい、英国淑女のたしなみだとでも言いたいのか。栗毛を揺らしながら笑う友人の顔を見ながら、食えない娘だ、と楯無は自分のことを棚に上げて思った。

 

「あの娘と貴女以外に、決闘を挑んだ英国人、なんて知らないんだけれどね……それで、貴女は何か用があってこんなところに?」

 

 問われると、ウェルキンは頷いて、胸元からてのひらサイズの光メモリを取り出した。机上に差し出されたそれを、ウイルスチェックをしてから執務机のコンピュータで読み込む。中には英国公式の書式に沿った書類があった。

 

「オルコット卿の怪我の予後と、《ブルー・ティアーズ》の損傷の報告です。オルコット卿は本日より検査と再生治療に入っているため、彼女の名代として私が参りました」

「ふむ」

 

 楯無の前に展開された書類を見ながら、サラがすらすらと内容を述べてくれる。だが、セシリアの容態についても、機体についても特に新しい情報はなかった。競技会で襲われたセシリアの怪我の具合は、本人からも医者からもそれとなく聞いているし、《ティアーズ》の点検整備に当たった三年の整備科については、虚が直接に担当班から情報を聞いている。

 

「セシリアさんに対する処分は、特に無いのでしょうか?」

「はい?」

 

 茶を煎れ直し、執務室に戻った虚が聞いた。ウェルキンは表情を崩さない。小首を傾げて、意味が分からない、と言いたげである。

 

「どうしてオルコット卿が処罰される必要があるのでしょうか、布仏先輩。あ、恐縮ですが緑茶でしたら砂糖を一つ、添えて下さいますかしら」

「……。勝てる確証もないまま、《ティアーズ》単機で性能で上回る後発機、《ゼフィルス》に挑むという無謀をした以上、英国の立場からお咎めがあってもよさそうなものですが。織斑君が間に合わなければ、彼女は戦死していた可能性もあります」

 

 虚は緑茶の入った湯飲みを彼女に差し出しつつ指摘する。ウェルキンは湯飲みに角砂糖を一ついれ、楽しそうにマドラーでかき混ぜながら答えた。

 

「オルコット卿は、亡国機業――あのテロリストが奪った王立空軍の機体を取り戻すため、勇敢に戦ったのです。もちろん戦術的な敗北は喫しましたが、結果的にはあれを撃退し、さらに機体を奪われることもなく偏向射撃まで実現できた。彼女を褒めこそすれ処罰するものなどおりませんわ。

 流石に勲章を与えるというほどではありませんが、すばらしい働きをしておられます」

 

 ウェルキンは長々と、しかもどこか芝居がかった調子で述べている。彼女の発言を要約すると、心意気を買うし、そして結果的に勝利したのだから問題ない、ということになるだろう。あり得ないな、と楯無は思った。英国の国家戦略が、心意気と結果論で少女を褒める。真実だとするにはずいぶんグロテスクな構図だ。

 

「……それは英国の意思ですか?」

「公式に明言されたわけではないので、女王陛下の名にかけて、とは申せませんが。英国代表候補であるこの身にかけて、虚言ではないと申し上げましょう」

 

 ウェルキンは相変わらずだった。彼女が真実だと言い張る以上、仮面をかぶっているのか本音を出しているのか、確証まではとれまい。

 それでも一つだけ確かなことはある。虚の言うとおり無謀ともいえる追撃を仕掛けたセシリア・オルコットを、英国は咎める意志がないらしい、ということだ。機体を損傷させられたことさえ、不問となるだろう。

 

 虚は茶を置くと 、そうですか、とだけ言い、盆を抱えてその場に控えた。楯無と視線を合わせず、ウェルキンを冷徹な目つきで見ている。

 虚の意図は楯無にも伝わっていた、昨日の事件を英国がどう捉えているか――虚はそれを探るため、敢えて楯無の替わりにつっこんだ質問をしたのだ。

 

「それを聞いて安心したわ。彼女の専用機が剥奪、ということになると、また面倒だもの」

「それは重畳ですわ」

「……だけど、それだけのために来た訳じゃないんでしょ? 今までの話、わざわざ来てもらわなくともできることだもの。何かあるなら、もったいぶらず言ってくれないかな」

 

 組んだ手の上に顎を載せ、楯無は言う。眼がやや鋭くなり、ウェルキンを捉える。

 

「さすが楯無ですね」

 

 そこでウェルキンが楯無を始めてファーストネームで読んだ。

 

「もう一つ私事で、友人として相談をお願いしたいことがありましたの――ちょっと失礼」

 

 ウェルキンが執務机の上に身を乗り出し、楯無の端末を操作する。表示されているデータが切り替わった。光メモリの中には、医者の診断書と学園整備科の点検報告の他に、もう一つファイルがあったらしい。

 

 ウェルキンの手が残っていたもう一つのファイルを開く。それは学園に対する公式の申請書で、楯無にとってはやや懐かしいものだった。表題は「IS学園生徒 専用機保持申請書」とある。一年と半年前、彼女も書いたものだ。生徒の中でも専用機を保持するものが、待機形態でISを所有することを許可されるための書類である。

 

「実は私、このたび専用機を王立空軍より預からせていただくことになりましたの。それで、書類の書き方と不明点を、ご教示いたたけないかしら、と思いまして。もちろんお忙しいようなら、結構なんですけれど」

 

 楯無の眉がぴくりと動く。専用機か、それもわざわざこの時期に、と楯無は思った。頭の中は忙しくその意味を考え始める。ウェルキンの意図、そしてその背後の英国の意図。もちろんそのあたりはおくびにも出さない。

 

「すごいわね――貴女の実力なら、確かに話があってもおかしくないとは思っていたけど」

「光栄なことですわね」

 

 席から立ち上がって、楯無はウェルキンの近くに寄る。虚には眼だけで合図をした。虚は承知の意を黙礼で表し、未決箱の書類を抱えて場を辞する。

 

「……さてと。オーケイ、サラ。分からないところがあれば聞いてちょうだい。確かにあの書類、初めてだと意味不明なくらい難しくて長いからね」

「ありがとう。フォルテさんにも聞いたのですけれど『忘れた』の一点張りで、全く頼りにならなかったので」

 

 ウェルキンは丁重に一礼した。

 友好的なウェルキンの仕草だったが、その彼女の姿を見て、不意に楯無の双眸が険しくなる。

 

「待って」

 

 楯無はウェルキンを制止すると、懐から扇子を取り出す。女性の嗜みとしてはやや大きく、無骨なそれを楯無は握りしめ――ウェルキンの腰のあたりに軽くそれを当てた。

 

「た、楯無。何を?」

「ちょっと、動かないで」

「くすぐったいですわ。変なところを触らないで――きゃあっ!?」

 

 ウェルキンが嬌声に似た悲鳴をあげる。楯無が当てた扇子から、電気か、振動か、子細はわからないが、飛び上がるほどの衝撃が走ったのだ。

 

「本当に、いきなり何を……」

 

 膝と腰を砕きそうにしながら、抗議するウェルキンに楯無はにっこり笑いかけた。

 

「失礼――ちょっと虫がいたからね」

 

 楯無は、いたずら好きの子供のような笑顔を浮かべつつ口元を広げた扇子で覆った。




原作読んでるかたはお気づきでしょうが、更識家の設定とか大半が筆者の捏造です。「楯無」の名前と対暗部用うんぬんという単語だけから、妄想の翼をばっさばっささせて考えました。

対暗部用、というからには更識家のおじいちゃんとかお父さんとかは、小林多喜二をスパンキングしてSATSU☆GAIしたり、松川事件で国鉄の電車を転覆させたりしていたのでしょうか。胸が赤くなるますねえ。

そんなどうしようもない妄想をする作者が書いたので、楯無のキャラが原作からかけ離れた気がいたします。原作だとほとんどただの微エロなおねーさんでしたが、まあ本気だしたらこんな顔になるんだよ、という結論で一つ。

サラ・ウェルキンとティナ・ハミルトンも一応原作組です。数行から一行しか描写されないので、登場人物と言っていいのか微妙ですが。

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