その日、マドカは夢を見た。“姉さん”の夢だった。
浅い寝心地の中の短いイメージだった。その中では、マドカも姉さんも、”ヤツ”も十年ほど前の姿をしている。姉さんはヤツの手を引いて、どこかへ行こうとしていた。マドカは彼らの姿をどこかの施設の中から、分厚い硬化テクタイトごしに見送っている。
ややあって姉さんが振り返り、マドカに一瞥をくれた。何の感情もない視線――モノを見るような眼差しは、マドカ自身、そしてマドカのいる施設のあたりを捉えているようだった。
そんな夢のせいもあって翌朝のマドカの寝覚めは最悪だった。夜明け前に眼を覚まし、身体中に寝汗を浮かばせて身を起こす。
外は雨模様で、起きた瞬間から傷の残る左手に痛みを感じた。血は昨日受けた措置で止まっていたが、刺された箇所の奥がしくしくと痛んでいる。
気分は良くなかった。実は同じ内容の夢なら、もう何度も見たことがあったのだ。ただ、夢を見るのも、姉さんの夢を見るのも久しぶりだった。久しぶりにそんな夢に堕ちてしまったのは、ヤツと会ったせいだろうか。
下着の上下だけで寝床から抜け出したマドカは、部屋の隅に置いてある荷物まで脚を運んだ。色気のないカーキの軍用バッグに手を突っ込んで、
部屋の入口に気配を感じたのは、そのときだった。
「ハイ、エム。入るわよ……。思っていたより元気そうね」
マドカは声のした一瞬だけ手を止め、視線を走らせる。彼女にしてみれば最大限の警戒だ。
呼びかけがとんできた方には、プラチナブロンドとアイスブルーの瞳が印象的な女が立っていた。明るいベージュのジャケットに身を包み、彼女はマドカを見下ろすように目を向けている。
この女がスコール・ミューゼルだった。モデルのような小顔、八頭身半はありそうな起伏に富む肢体、そして女優なみの端正な容姿を持つ美しい女だ。浮かべている表情も柔らかい笑顔で、立っているだけで絵になる。
彼女が非合法活動組織、亡国機業実戦部隊のリーダーだと一目で分かるものは、恐らくこの世のどこにもいないだろう。もちろん、彼女の目の奥の方に潜む剣呑な色さえ見なければ、というただし書きは付けるべきだろうが。
「織斑一夏と接触したそうね。そんなことを許した覚えはないのだけれど――説明はしてもらえないのかしらね」
マドカは応えなかった。そもそも、スコールの方も返事など期待はしていないのだ。わかりきったことをあげつらうのは、上官が兵隊にする応答と同じだった。情報を遣り取りしたいのではなく、マドカの立ち位置を分からせようとするための会話だろう。
「ずいぶんとドラマティックな出会いだったらしいけれど。あまり無軌道に動かれるとね……って、この辺りはシャルルあたりから昨晩、さんざ言われたかしら」
「ああ。分かっている」
振り返らずにマドカは言った。包帯で右手を固定する。深い傷の時に動かすと筋が傷む、これを教えてきたのはボーデヴィッヒだったか、篠ノ之だったか。
「貴女の任務は各国ISの“強奪”だから――イギリス製の出来の良いおもちゃを与えたのは、貴女の遊びのためではないのよ」
彼女が言いながらベッドに近づく。そこで何かに気付いたようで、枕元に手を伸ばした。スコールが手にとったのは、マドカが寝る前に外した細いチェーンの付いたロケットペンダントだ。
「まして、貴女の自分探しのために一から百まで協力してあげる気はないの。織斑マドカさん」
ペンダントを目の前に差し上げて、スコールは言った。それまで表情を浮かべなかったマドカは顔つきを一変させ、口元を怒りに歪ませてスコールを睨む。
「それから手を離せ……!」
怒りにまかせて瞬時にマドカのIS
「貴女が亡国機業の“エム”のつもりでいてくれれば、私は何も言わないつもり。いくら織斑マドカとして振る舞ったところで、咎めはしないわ。まあ、なるべくなら専らエムとしていてくれると助かるわね」
「決着を付けるまでは、そうするつもりでいる」
「織斑姉弟との?」
マドカはその言葉を鼻で笑った。
「ヤツのほうはどうでもいい」
「なら織斑千冬の方か。現役を引退して二年。ISの高速戦闘をやるには眼が死ぬようなブランクだけど」
スコールが口にしたのは一般論だろう。ISに限った話でなく、洗練されたプロフェッショナルでも二年をトップレベルの現場から抜けた状態で過ごしていれば、腕は鈍る。見えるものも見えなくなる。
だが、マドカの耳には別の意味に聞こえたようだった。瞬時に激発したマドカは、傷を負っていない左の掌底をスコールの顔に向けて突き出す。見切るのも難しいすばしっこさの一撃を、スコールは右の細腕でがっちりそれを受け止めて見せた。
マドカが傷を負っているはずの右手を翻したのはその直後だった。寝るときも腿に付けているホルダーから、シースナイフを逆手で握ってスコールの顔に向けて叩き付ける。がん、と岩盤を叩いたような激しい手応えがして、マドカの手はスコールの顔面から数センチのところで止まった。スコールがISを部分展開し、シールドでそれを受け止めているのだ。IS同士でやりあったときのように火花こそ散らなかったものの、刃物を受け止めた空間はわずかに発光している。その光越しに、スコールが何故か凄絶に笑っているのがマドカからも見えた。
「……舐めるな。お前など姉さんの足下にも及ばない……!」
力のせめぎ合いをしながら、マドカはそう吐き捨てた。
「知っているわ。おそらく、貴女よりもずっとね。ねえ、ナイフを引いてくれる?」
ISの力を足しても、スコールの防御は突破出来ない。それに、柄にもなく激昂しすぎた。マドカはナイフを引いて、ホルダーに収める。
「足下にも、か。現役の彼女となら、実際はつま先ぐらいじゃないかしら。彼女とISでやり合って持つような人間は少ないし、まして私はそうじゃない。伊達にあなたより長く生きているわけじゃないの」
ふん、と頷いてマドカは身構えを解いた。手の奥の方に滲むような痛みが残っている。右手を手のひらを床にかざしつつひらひらと振った。
「はい、どうもありがとう。素直な子って素敵よ。それにしても……決着ねえ。なら、それまでに貴女も強くならないとね」
スコールは立ち上がり、わざとらしく膝を払いながら、マドカに顔を近づける。
「お前に言われるまでもない」
マドカが言い返すと、何がおかしいのかスコールは意味ありげに笑った。
「そうしないと、あの子達が先に殺しちゃうかも」
「あの子達?」
「貴女にゾッコンのあの男の子たち」
虚を突かれた格好になりマドカはスコールの顔を見返す。何を、と言い返そうとしたところでスコールが後を続けた。
「彼ら、表向きは忠実だけど。食わせ者ばっかりよ。貴女が無事なうちは大人しいけれど、貴女の命がかかってるってなったら、何だってやる。昨日のことで分かったでしょう。私は自重しろって言ったのに、少しも聞かなかった。
彼らの優先順位ははっきりしてるわ。第一が貴女の命。第二が、貴女の望みが叶うこと。……私の言いたいこと、分かるでしょう?」
もし、マドカが姉さんに負けるような状況がきたら。スコールはそう言っているのだ。今の力量を考えれば、十分にあり得る展開だろう。マドカの頬が紅潮する。
「……姉さんが、あいつら程度に殺されたりするものか」
ようやくそれだけを応えて、マドカはまたスコールを睨め付ける。
「だから、何だってやるって言った。彼らは、自分が弱いことも分からないほど愚かじゃないわ。たとえ織斑千冬がISに乗っていなくても、まともに挑んだりはしないでしょう。
貴女が彼らの強さを虫か鼠か、あるいは織斑千冬をゴリアテだと思っているなら、彼らも同じように認識している。だから、やるとしたら虫が巨人を殺すような方法を、ちゃんと考えるでしょうね」
スコールはマドカから離れると、あくびを一つついて扉の所に立った。
「私は少し休むけれど、《ゼフィルス》は
マドカはうなずいた。結構、と短く言ったスコールが、扉を閉める直前に肩越しに声をかける。
「よく考えて行動なさい、マドカ。貴女のためにも、ついでに彼らのためにもね」
言い残してスコールは去った。後には明かりのない部屋にマドカ一人が残される。彼女の右手の包帯には、先の遣り取りで薄皮が破れたのか、少し血が滲んでいた。ナイフの柄にもこぼれた血が付いている。ホルダーから刃を抜き取り、床に転がっている捨てた包帯を手にとって、血の雫を拭き取った。
「よく考えてか……大きなお世話だ」
毒づきながら、ふと目の前に刀身をかざす。すると、自分の顔が――織斑千冬とそっくりな顔をした少女の顔が、そこに映っていた。
どこか幼さを感じさせるそれが、マドカには気に入らなかったらしい。マドカはナイフをベッドに放り投げると、荷物をひっつかみ、寝汗を流すためのシャワー室へと消えていった。
◇ ◇ ◇
スコール・ミューゼル指揮下の全員がマンションに揃ったのは、昼過ぎのことだった。所用で外に出ていたらしいデュノア、オルコット、さらにスコール部隊最後の一人の巻紙礼子――もとい、オータムが訪れた。
「よお、ずいぶん派手に命令違反したらしいじゃねえか」
マドカの姿を認めるなり、オータムはニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながら近づいてくる。
「しかもそうまでして、あの
オータムは別の任務についていたのか、ストライプのスーツ姿だった。見た目だけなら普通のビジネスパーソンに見える格好だ。その美貌と、悪意に歪んだ醜い表情が度を過ぎているせいで、どこにでもいるような、と言うことは出来ないが。
スコールの第一の部下を自認している彼女は、スコールの愛人でもあった。それ自体は別にマドカが気にするようなことではない。問題は彼女が組織の関係と愛人関係を混同している節があることだった。他の部下がオータムを差し置いて命令を受けるだけで、彼女は嫉視を隠さない。
「楽しみだぜ、スコールに仕置きされて
マドカは応えなかった。応える必要を感じなかったのだ。ISドライバーとしての実力はともかく、エージェントとしての彼女の実力は、ボーデヴィッヒらと比べても数段落ちる。理由は、彼女が今している安っぽい挑発を聞けば、言わずもがなだろう。
「祈る神を持っていたというのは初耳ですね。後学のためにマドカがどんなふうに祈るのか、教えていただきたいものです」
オータムが勝ち誇った鬱陶しい顔を近づけてきたとき、オルコットが突然割り込んできた。
「何だ、オルコット。近づいてきてんじゃねーよ。男臭え。刻むぞ」
オータムの顔はあからさまな不機嫌となった。彼女が人間の中で一番嫌っているのはマドカだが、生き物の中でもっとも嫌っているのは人間の男なのだ。
「それは失礼。ただ、敬虔なキリスト者の貴女と違って、マドカの信仰の在処は知らなかったもので。軽食、いかがですか」
オルコットは平然と笑みを浮かべて、サンドイッチの載った皿を差し出す。食欲をそそる香りがマドカの鼻腔を突いた。
皿の上は、固くならない程度に炙って風味をふくらませたパンに、ベーコン、トマト、ピクルスを挟んだ種々の取りそろえだ。彼のサンドイッチは、何か仕掛けがあるのかと思うほどにうまい。マドカはそこから、たっぷりのホイップと一緒に蜜柑とバナナを挟んだやつを一つ手に取った。
オータムは皿に見向きもせず、オルコットに噛みついている。
「誰がクリスチャンだ! 男の神なんぞに祈ったりするかよ。ブチ殺されたくなかったら――」
「深夜になると許して、許して、とよく祈っていますね。毎度、いかせて欲しいともお願いしてますが、あれは天の国に、という意味ではないのですか?」
「なっ――手前っ!」
目を白黒させてオータムが応じる。あまり察したくない会話だが、反応からするとオルコットのいったことは本当らしい。
「貴女の声があまりに可愛らしいので、不寝番をしたことがあるものはきっとみんな知っていることですよ」
くっ、と言いつつ顔を耳まで赤くして、オータムは離れた。お食事は、と繰り返すオルコットに、皿から四、五個ほど纏めてひったくり、マドカから離れた。リビングの上座に一番近い席を確保して、鼻息を荒くしながらぱくつき始める。
「……余計なお世話だったでしょうか?」
声を少し低くして、オルコットがマドカに言った。
「その通りだ」
マドカは悪びれることもなく言った。オータムのあしらいくらい、ここ一月で慣れているのだ。第一、鬱陶しさという意味では彼らが向けてくる好意と同等でしかない。
「手厳しい。まあ、貴女のためだけではないのでお気になさらず。あの人はからかうと非常に可愛らしいので、私個人の楽しみでもあります」
「……虎の口に頭を突っ込んで遊ぶようなものだぞ」
口元をゆがめてみせるオルコットにマドカは言った。オータムは知性に難があるが、挑発すれば何をするか分からない女である。それを楽しいと言い切る彼の笑顔を見ていると、食わせ者、という今朝のスコールの言葉が脳裏に浮かんだ。確かにオルコットに関してはその通りかもしれなかった。
「もちろん牙が付いているかは確認していますよ。彼女の専用ISはIS学園文化祭の戦闘で、整備どころか、コアだけになって組み直しです。それに生身でのやり合いなら、篠ノ之君以外は彼女相手にそう遅れは取りません。お茶はいかがです?」
「……もらう」
器用に腕だけで皿を支えながら、オルコットはポッドから紅茶を注いでマドカに渡した。マドカはそれを受け取りつつ、もう一切れを皿から取った。一口かじると、独特の酸味と肉の味が口に広がる。蒸し煮したソーセージとザワークラウトで、悪くない味だった。
「それはラファエルのお気に入りです。いい味でしょう?」
オルコットは笑いながら離れていき、オータムに茶を勧める。突っぱねられてコーヒーを要求され、はいはいと笑いながらキッチンとリビングを往復していた。
しばらくすると、リビングには全員が揃った。テーブルにはオルコットが用意した軽食と茶が並んでいる。中央の席にスコールが座し、隣にオータム。右サイドには篠ノ之、凰、彼らの正面にデュノア、オルコットが控える。マドカは一人離れたところにダイニングの椅子を引いていた。
全員の視線はリビングの大型の液晶テレビに注がれている。何に使うのか、と思うほど大きなディスプレイにはラップトップから映した画像が投影されている。レース会場を中心とした市街地。先日マドカがIS学園の六人と交戦したCBF(キャノンボールファスト)の会場と、戦場となった市街上空の略図である。
「……1100。ボーデヴィッヒ、凰、オルコットの三名で、会場内の
ポインターで会場の図を指しながら、ボーデヴィッヒが解説する。
「今の当主はIS学園生だっけ? なるべくこっそりやったけど、俺たちの情報もある程度は向こうさんに知られたと見るべきだろーなー」
凰が言った。茶に対して角砂糖を三つもいれながら、渋い顔をしている。
「おそらくは、ね。会場警備からして、更識の当主が直率していたみたいだから」
「それにしたって、もっとしっかりして欲しいもんだ、凰。相手は家内制で防諜してるような連中だぞ。そんなのに尻尾を捕まれてるなんて、屈辱だぜ」
スコールが応じて、さらにデュノアが感想を述べた。凰はそれを聞き流すように、茶の香りを吸い込み、音を立てて茶をすすった。ボーデヴィッヒが、続けてもいいか、という風に目でスコールを見やる。彼女が頷くのを待ち、彼はまた口を開いた。
「同時刻からボーデヴィッヒ組は観測フェーズに移行。市内三箇所から、交戦予定地域にてIS戦闘の観測を開始しています。
1300、会場から五百メートル離れた市内の廃ビルから、篠ノ之が調整したマド――失礼、“エム”の《ゼフィルス》が
《ゼフィルス》は上空で1330に戦闘待機開始、1400に状況を開始。初弾で《レーゲン》と《ラファール改》を中破。続く戦闘において《甲龍》を撃墜しました。また、《白式》と《赤椿》には、手をださない予定でした。この二機の足は短いため、無補給で追撃してきても振り切れると見込んでいたからです」
会場から、《ゼフィルス》を表すらしいアイコンと、もう一機のアイコンが伸び、市街上空から郊外に向けて移動していく。
「そして、当初の予定より十分早い1420に《ゼフィルス》と《ティアーズ》が単騎で格闘戦を開始しました」
そこで、画面の画像が切り替わる。三つの角度から観測された映像は、いずれも《ゼフィルス》と《ティアーズ》を捕らえていた。さらに画面の下の小さなウィンドウに、Operating Ratio(稼働率)と表示があり、両機が使用するエネルギー効率、リソース使用効率が表示されていた。
「細かい戦闘経過は
映像の中で、マドカが無様に背面から射撃を食らうところが移る。異なる角度から、三回も。必要な映像ではあるが、三度も再生するほどではない。マドカはボーデヴィッヒにやや険悪なまなざしを向ける。彼は肩をすくめ、篠ノ之に視線を向けた。
「こういう表情も良いよねー。マドカちゃん綺麗だー」
「いや、お前、それは引くわ……」
苦痛が浮かぶマドカの映像を見て、何故か恍惚とした表情を浮かべている篠ノ之だ。彼の傍から、本気で嫌そうな顔つきで凰が離れようとしている。マドカは無言で歩み寄り、篠ノ之の背後から左手を翻した。鈍い音がなり、頭頂に大きなコブを作って変質者の少年は机に沈んだ。
「その後、《白式》が合流して戦闘に参加。これは予定外でしたが、《ゼフィルス》はミューゼル様からの命令でそのまま離脱。戦闘終了は1500でした。
このオペレーションの主目的である『《ティアーズ》並びに搭乗者セシリア・オルコットのBT兵器稼働率採取』については、篠ノ之が詳報を別紙に纏めています。
内容は彼女の戦闘開始時からの稼働率推移、さらにこちらから仕掛けた結果、稼働率が上がるまでの経過も含めています。解説は――」
「そちらは結構。始まる前に眼を通したけれど、まあ十分でしょう。文言は細かくいじるけど、“
スコールの言に首を縦に振り、ボーデヴィッヒはポインターをしまう。質問があれば、と促すような視線をスコールに向けた。
歳に似合わず落ち着いたスマートな説明は、彼の性格をよく示していた。そして誰も彼の説明に異議や疑義を差し挟まないところを見ると、ボーデヴィッヒの論の大前提――昨日の学園イベント襲撃の目的が、IS《ブルー・ティアーズ》との戦闘、ならびにデータ採取だけにあった、ということは、彼らにとって周知の事実であるらしい。スコールの口にした“依頼人”という言葉もそれを裏付けている。
スコールは概ね満足そうだったが、口元に手を当てて考え込むと、やがて口を開いた。
「いくつか聞きたいことが残っているわね。順番に行きましょうか。まず、会場に更識の手が多かった、というのは?」
この質問にはオルコットが答えた。
「あちらの観測手段を無力化する際に判明しました。確認できただけで十七名です。学園生の
「確かに多いわね。どこからそれだけ動員したのかしら……。ちなみに無力化はどうやって? 殺した?」
「目立つ手段は使えなかったため、眠らせました」
そう、と応え、スコールは何故か安堵したように頷いた。何故かスコールは、マドカにも彼らにもなるべくなら殺しをするな、と命じている。
「次、戦闘に使用した《サイレント・ゼフィルス》の具合は?」
オルコットに替わって、篠ノ之が立ち上がり応える。電子ペーパーに纏めた資料に手元で操作を行うと、ディスプレイに彼の纏めた簡単なメモ書きが映った。
「《ゼフィルス》はC整備が相当かな。重大な損傷箇所はなかったけれど、初の高速戦闘の後なんでフレーム構造と制御系が傷んだかどうかも見たいしね」
午前中に点検をかけた結果の報告する。スコールは口元に長い指を這わせながら、思案するような表情を見せた。
「すると、二週間ほどはしばらくは動かせるISもなくなってしまうわね。私が直接動くわけにはいかないし」
「無理をさせるなら《ゼフィルス》も動かせますけど。ただでさえ部品も足りないんで、あんまり無茶させたくないなーってのが本音です。新品ですけど所詮は試作機ですから、安定感がね。
あと、とりあえずこれが、当座必要な交換部品のリストです」
朝に預けてまだ数時間だが、篠ノ之の言は淀みない。五人の中で一番身体が小さいが、その分知識や技術に長けているのが彼だった。とくに《ゼフィルス》についていうなら、マニュアルも設計書もろくにない状態でうまく運用出来ているのは
「俺の機体はどうなったんだよ。もう二週間は経ってンだぞ」
それまで黙っていたオータムが口を開いたかと思うと、不機嫌そうに篠ノ之を睨む。そこで凰が挙手をして、彼女を遮るように口を開いた。
「そっちは俺の担当だ。《アラクネ》級ISフレームがアメリカでもう生産されてないことは知ってるだろ? お前さんが派手に自爆させちまったせいで、次に合わせるフレームの選定をしてるところだよ」
「どんだけかかってんだ。仕事が遅えぞ」
「お前さんがアメリカの量産フレーム《ヘルハウンド》やイギリスの《メイルシュトローム》でも更識の親玉に勝てるなら、一週間で用意できたところなんだけどなー。
今、組織の他の部隊と連携しながらデュノア社の日本法人を口説いてる。うまくいけば二週間以内に開発中のデュノア社新鋭機が、フレームだけなら手にはいるはずだ。そこに俺らで作ったIIF(イメージインタフェース)武装をカスタムで乗っける、ってのが基本方針だ。うまくいって、作業完了まで含めて一月半ってところかね」
のんびりした口調で凰が語る。テンポの違いがオータムを苛つかせるようで、オータムは指先で腕を叩きながら怒鳴った。
「遅すぎる。半月でやれ!」
「フレームとコアと武装だけで引き渡すことになるだろうな。空中でバラバラになりたくなかったら、頼むから忍耐を身につけてくれや、オータム小姐」
「……使えねえヤツ」
「お互い様だろう? 早く一人で更識
「手前ぇ!!」
オータムが激昂しかけたところでスコールが介入した。手で彼女を制止しながら、性的パートナーの癇癪に溜息をつく。
「よしなさい、オータム。鈴、あなたも挑発するような発言はよして頂戴ね」
「チッ……」
「承知です、大姐」
凰が拱手しつつ、スコールに一礼して従ってみせる。質疑の種も尽きたのか、スコールはいったんそこで言葉を切って少年らの顔を見回し、改めて首を縦に振った。
「さて――ここまで特に問題はなかったわね。とりあえず、ご苦労様と言っておくわ。初めて現場の指揮から実行、後始末まで貴方たちに任せてみたけれど、悪くない成果よ。
学園やら学生やら相手で、私が指導した貴方たちが向こうにまわすには役不足な感はあったけれど、更識の手の者も自力であしらえたなら、及第点」
一瞬、少年らの雰囲気が安堵に緩む。スコールの査定をくぐり抜けた、と感じたのだろう。だがそのタイミングを見計らったようにスコールの言葉が続いて、部屋の空気が変わった。
「ただし予定していた
誰も姿勢を変えないが、触れられたくない話題に達した、という気配が五人の間に張り詰めている。一方オータムは、一転して楽しそうな気色を浮かべた。デュノアが露骨に舌打ちをするのが聞こえる。
「……お咎めナシかと思っていましたよ、大姐」
「そんなわけないじゃない、鈴。ボーデヴィッヒ、続けなさい」
肩をすくめる凰にスコールが言った。ボーデヴィッヒは促されてようやくが口を開く。
「……戦闘後、“エム”は遮蔽状態で市内に降下。織斑一夏を追跡しつつ、潜伏。学園側の生徒がイベント後のパーティーらしいものの実施の最中、彼が一人になったところを狙い、襲撃しました」
ラップトップを操作して、映像を切り替えている。織斑一夏の家周辺と、マドカが襲撃時に取ったルートの画像が映された。用意だけはしておいたらしい。準備のいい男だ、とマドカは思った。
「我々は予定の地点でエムとは合流できず、一端市内の拠点に引き上げています。以後、デュノアからの連絡を得る夜半まで、彼女の所在については情報を得られませんでした。後の経過については既知の通りです」
「あなたたちの行動についてはいいわ。問題にしたいのは、当然だけどエムの行動ね。作戦に含まれない動きだったうえに、殺せと別に命じてもいなかった人物を殺害しようとする。結構な命令違反ね。これは」
手元の資料に目を落としながら、その口調はどこかわざとらしい。顔にはどこかイベントを楽しむような表情があり――決まってそういうときには、面倒なことを言い出す。
「今更でしょうけれど、私たちも一応組織の形態をとっている。無制限の自由を与えるわけにはいかないの。エム、あなたには罰が必要です」
スコールが言った。篠ノ之らは目に見えて動揺しているが、マドカは存外平静だ。予想通り、といったところだった。むしろ罰するなら早くやればいい。
「で、スコール? どうやってコイツに身の程を分からせるんだ?」
「オータム、ずいぶん楽しそうね?」
「コイツの澄まし顔が崩れるとこが見たいだけさ」
「貴女の期待に沿えるかしら。自信がないわね」
スコールは苦笑するが、オータムは少年達とは別の意味で平静になれない様子だった。他に顔色を変えていないのはボーデヴィッヒぐらいのものだが、彼の表情も、それに続くスコールの台詞で崩れた。
「じゃあボーデヴィッヒ。マドカに下す罰を決めて。貴男がね」
「……!」
銀髪のゲルマン人は、かすかに動揺したようだった。いかにもスコールらしい。本当に罰したいなら、既にマドカの命はスコール自身の手で吹き飛ばされているだろう。それをしないのは、彼女にも本気で罰する気がないことを意味している。マドカの行為はボーデヴィッヒらの忠誠を測るダシにされたのだ。
「おい、スコール! こいつらになれ合いを許す気か」
「彼を今回の件のリーダーにした以上、こういったこともやってもらう。当然でしょう?」
オータムが抗議するのを押しとどめつつ、スコールが言い返す。彼女の意図はボーデヴィッヒも分かっているだろう。彼が躊躇っているのは、罰が軽すぎればスコールに咎められ、重ければマドカを痛めつけかねないからだ。そのあたりまで見越してこんな命令をするあたり、スコール・ミューゼルという女の性格がよく表れている。
茶番だな、と思いつつマドカは溜息をついて、口を開いた。
「ボーデヴィッヒ。早くしろ……時間の無駄だ」
「あら、素敵」
マドカの宣言をどう見たのか、のどを鳴らしてスコールが含み笑いを漏らす。ボーデヴィッヒが言った。
「……“エム”には
「フン……」
マドカは気に入らない、と言いたげに鼻を鳴らす。罰の内容よりは、状況に対しての所作である。
「……陰険なババアだ」
デュノアが漏らしたのを、スコールは聞き逃さなかった。「シャルル?」と圧力混じりの視線を彼に向ける。デュノアが悪態をついた。フランス語で言っていたため、マドカには内容が分からない。それを聞いたスコールが、また獰猛な笑いを浮かべたところをみると、間違っても上品な言葉ではないだろう。
「命令違反の罰としては軽いけど、まあいい。我々は軍隊ではないしね」
「スコール、認めるのかよ。軽すぎだろ!」
スコールの態度は確かに軽いものだった。マドカの胸に、何となく不穏な予感が漂う。言い渡される懲罰任務の内容にもよるが、スコールの態度はあっさりしすぎている。
「落ち着きなさいな、オータム。懲罰任務の方は、そう軽くならないから。
ただ、あまりマドカの体力を落としても、困るのは我々だからね。重営倉は二日。残りは懲罰任務で行きましょう。ちょうどいい任務があるからね」
その予感を裏付けるように、スコールは人の悪い笑顔で懲罰の内容を確定させ、マドカに向けてウインクした。それは間違いなく、マドカの短い生涯に受けた中で一番邪悪なウインクだった。
「エム、貴女にはIS学園に潜入してもらいます」
スコールがにっこり笑って後を続ける。
「何……?」
聞き違えたかと思い、マドカは思わず彼女の顔を見返した。彼女の聴力が確かならば、スコールが口にしたのは間違いなく、彼女にとっての敵の本丸であり、用意なしに――というかISなしには、近づくことも出来ないような場所だった。
「はい?」「え」「えっ」「マジで?」「……!?」
五人の少年らの眼もスコールに集中する。スコールは彼らの視線を浴びながら、楽しそうに次のマドカの任務の詳細を告げた。その内容はこんなものだった。
任務内容――IS学園への潜入。敷地内に潜入し、IS学園内の人物と接触を取り、こちらからあるデータの引き渡しを行うこと。
潜入手段はIS学園制服とIDを偽造してのなりすまし。
日時は、次の日曜日とする。
「ええええええっ!?」
リビングに、悲鳴にも似た少年達の台詞が響き渡った。
ちょろいさん「ちょろい・お嬢様・料理ベタ」→ちょろくないくん「ちょろくない・執事・料理スキル有」
細かく描写してはいるけど、背の順も実は逆になっている。
一夏ハーレムは
もっぴー=(身長160cmの壁)>せっしー>しゃるるる>(身長150cmの壁)=すぶたちゃん>ゲルマン幼女
マドカハーレムは
ゲルマン兄貴>(身長180cmの壁)>鈴>(身長175cmの壁)>フランス野郎>ちょろくない>(身長170cmの壁)>エロショタもっぴー
です。どうでもいいって? いやまあそうですね……。
全体的に、キ ャ ラ 大 杉。会話ばっかりやのに前と大して変わらん長さとかどういうことなの……。あと、見れば分かりますが原作に比べて描写を細かく細かく変えています。
大部分は別に重要な意味がある変更ではなく、趣味とネタが混じっています。変えたネタが全部分かった人はトモダチになりましょう。