トリスタニア診療院繁盛記   作:FTR

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その26

それは、春の空を覆うような、艶やかな白い雲のようだった。

 

「うわ~……」

 

「これは見事な……」

 

ティファニアと私は、上を見上げて目と口を丸くした。

私たちの目の前に広がるのは、鮮やかな白い花を咲かせた何本もの大樹。

そこは、桜の森だった。

 

 

 

 

 

昨日の朝のこと。

玄関先で、私がマチルダの制裁から逃れようともがいているところに一羽のフクロウがやって来て、診療院の郵便受けにやけに古風な感じの手紙を投げ込んで行った。

体裁があまりに古風だったのでどこぞの貴族様が御乱行の後始末でも依頼して来たのかと思ったが、見ると蝋封には家紋は押されていない。

封を切って書面を見てみると、差出人は王都郊外の大きな公園の管理人からだった。

何でも歳に見合わぬ力仕事をしてしまったので少々腰を痛めたらしく、往診を頼みたいとのことだった。

件の公園はどこぞの爵位持ちの貴族が善意で一般に開放している私園であり、現代の感覚で言えば浜離宮恩賜庭園や新宿御苑のでかいのが無料開放されているような感じだ。

私もその公園の存在は知っていたが行ったことはなかった。

あんなことがあった後なので念のためあれこれ調べてみたところ、ジェシカが言うには公園には管理人小屋があり、たまに管理人がやってきて公園の樹木の世話をしているのだそうだ。

そんな開放的な公園なのだが、トリスタニア中心部からは距離があるので馬を使える者ならともかく一般的な平民ではあまり行く人もいないらしい。

そうは言っても、患者がいるのなら嫌も応もない。腰を痛めているのでは何かと大変だろう。

氏素性については不確かなものではなさそうなのですぐに返書を送り、翌日に都合をつけてティファニアと一緒に出向くことにした。

 

春の日差しの中を、街道に沿っててくてくと歩く。

地図を見る範囲では歩いて3時間はかかる道のりだ。

意外に思う人もいるかもしれないが、ティファニアは実に結構な健脚で、相当な距離を息も切らさず平気で歩いてしまう体力の持ち主だ。散歩感覚とは言え休みなく歩くこと3時間、公園に入ったころにはすっかりへばってしまった私の隣でテファはぴんぴんしていた。

きっと、体の前面に荷重がかかるようなバラストを2つも持っているからこの妹は歩くのが楽なんだな、うん。

あるいはあの反則的な胸は、実はリスの尾のように移動する際にバランスを取るために発達した器官なのかも知れない。

持てる者は持てない者に施しを与えるべきだ、帰りにはおんぶでもしてもらおう、と不届きなことを考えていた時、管理人小屋が見えてきた。

 

ライオンの顔をしたドアノッカーをどんどんと叩くと、中で低い声がしてひとりでにドアの鍵が開く音がした。

アンロックの魔法。

管理人さんはメイジだったのか。

 

「失礼」

 

遠慮なくドアを開けて中に入る。

中に入ると、シンプルながらも手入れが行き届いた室内で一人の老人がベッドにうつ伏せに横たわっていた。

好々爺を絵に描いたようなおじいさんだった。この人が患者らしい。

白髪に白髭。何だか、眼鏡をかけて白いスーツを着てステッキを持って、鳥の唐揚げが入った紙箱を手に店先に立っていると似合いそうな人だった。

目の前の患者さんが、贔屓の球団が優勝した時に熱狂した群衆によって橋から川に放り込まれる妄想を慌てて打ち消しながら、起き上がろうとする老人を手で制して部屋に上がりこんだ。

 

「トリスタニアのヴィクトリアです。手紙をいただいたので取り急ぎ伺いました」

 

さすがにここまで年が離れていると、幾ら私でもある程度慇懃な態度を取る。

 

「遠いところ、わざわざ済みませんな。力仕事でちょっとやってしまいまして。お恥ずかしい限りで」

 

「いやいや、こればかりは仕方がないですよ」

 

診察したところ老人の腰は案の定ぎっくり腰で、原因は筋断裂だった。要するに肉離れ。

普通なら一週間は痛みが続くところだが、これくらいならすぐに治せるのが魔法のすごいところだ。

魔法をかけて組織を修復すると、老人はようやく安堵のため息をついた。

腰と言うのは厄介な部位で、一度痛めるとなかなか癖になりやすい。痛めたのなら動かさないことが一番なのだが、腰は体の要と書くだけあって動かさずにいることは難しいからだ。

メイジではあるものの、老人は火の属性らしく、治癒魔法が使えず難儀していたそうだ。

主家に連絡すればいいだろうと思って訊いてみたが、主家の手を煩わせたくないとのこと。何だか律義な人らしい。

ようやく起き上がれるようになった老人に心づけ代わりの茶を御馳走になりながら、腰に対するケアを指導しておく。

腰痛はコルセットの装用が有効だが、常用することは好ましくない。体がコルセットに頼る事を覚えてしまい、筋肉が萎えてしまうからだ。装用する場合は、その辺の加減をしながら装用してもらうよう説明する。

また、重い物を運ぶ際にレビテーションを多用することも体力維持の面からはいささか問題はあるが、不安に感じたら無理はしないことが肝要であり、日常ではできる範囲で腰を動かし、腹筋や背筋を使うことで周辺の筋肉を鍛えることを心がけてもらう。効果的な腰痛体操というものもある。

世間話じみた会話の中で、そんなことをつらつらと説明しておく。

話が一段落したところで、私は上品な芳香を放つハーブティーが入ったカップを手に外に目を向けた。

窓の外に、新緑が鮮やかな公園の様子が見える。

 

「それにしても、初めて来ましたが…何と言いましょうか、美しい公園ですな」

 

「ほほ、気に入っていただけましたかな」

 

「ええ、帰りがけには一回りさせていただこうと思います」

 

「それでしたら…」

 

管理人さんは公園の地図を広げ、私に示して見せる。

 

「この時期ならば、この辺りにお立ち寄り下され。なかなか見事な眺めが見られますぞ」

 

 

平民レートの診察代を受け取り、茶の礼を言って私たちは管理人小屋を辞した。

広い園内を散歩するように一回りしてみる。

静かで、自然な感じの公園だった。

 

ほどなく、管理人さんの言われたエリアに差し掛かった。

そこで私たちは、この世のものとは思えぬ艶やかな景色を見ることとなった。

 

「うわ~……」

 

「これは見事な……」

 

幾本もの、大きな樹。

空を覆うかのように大きく張り出したその樹の枝に、綿菓子のように白い花が満開になっていた。

 

「綺麗……」

 

まるで幻想郷のような白い眺めに、ティファニアがため息を漏らす。

 

「スリジエだ」

 

品種の正確な名前は知らないが、一般的にスリジエと言われるガリア原産の桜の一種だ。

ソメイヨシノによく似た、小ぶりで鮮やかな花を咲かせる品種だった。

見事な枝ぶりを見上げながら樹の一本の傍に寄り、ごつごつした幹に手を当てた。力強く水を吸い上げている気配を感じる。

枝の端々まで水が行き渡り、花に潤いを与えてる様子が伝わってくる。

樹齢は、恐らく300年くらい。

懐かしい。

私は以前に触れた、一本のスリジエの樹を思い出した。

 

 

私がまだ、アルビオンにいたころの話だ。

年齢は、ドットの魔法の練習を重ねていたころだから7歳くらいだったように思う。

 

アルビオンの王家では、年に2回、春と秋に王室主催の園遊会が行われるのが習わしだった。

このロンディニウムのハヴィランド宮殿で行われる宴の時だけは、名ばかりの私たち一家も家族の外面を整えて参加することになっていた。

園遊会はアルビオンの社交界では最大のイベントの一つだが、内実は大人の権謀術数や噂話の行き交う矢玉が飛ばない戦場でもある。

体に穴を穿つ矢玉は飛んでこない代わりに、心を抉る陰口が幾つも飛び交うどす黒い戦場だ。

私にとってもまた、そこは心地よい場所ではなかった。

『北の売笑婦の娘』というのが、社交の場で私に付けられていた通り名だった。

淫蕩な母の影響で頂戴したものだが、そう言われても仕方がないほど母の評判は王宮ではいいものではなかった。

外見こそ居並ぶ貴婦人の中でも抜きんでて美しいことは確かだったが、娘の目から見ても燕狩りに勤しむその所業は、およそ貴婦人のそれとは言い難かった。

それを言うならその手管に嵌る方々も紳士と呼べるようなものではないだろうにとも思うのだが、中央の貴族にとっては北部の連中は田舎者ということになっているらしく、そのようなエセ貴族の娘を嫁に取らねばならなかった父への同情も少なくないようだった。

そんな事情なので、私に対しても風当たりも結構強く、宴のたびに私は専ら壁の花を務めることとなった。

これでも公女という地位もあり見目も悪い訳ではないのだが、私に迎合しても旨味がないとでも思っているのか、大抵の貴族の方々の反応は温かくはない。むしろ、いつ一悶着起こるか判らない一族に御令息を近づけまいと必死な気配すらあった。料簡の狭い奴らだとは思ったが、母のせいではなく父の自爆という形ではあったものの、結果的には本当に大公家はダメになってしまったのだから、彼らの読みは正しかったのだろう。

 

そんな訳で穏やかに村八分な私は、毎年のように宴の中盤には居場所をなくして一人で庭に木々の声を聞きに出た。

王宮だけあって、公領の庭に比べても遜色のない手入れの行き届いた庭だ。

王宮の木々は見栄えにこだわったためか園丁が少し枝をいじめすぎのような気もするが、木々は今年も私を静かに出迎えてくれた。アルファ波なのかマイナスイオンなのか判らないが優しい雰囲気が満ちていて、気持ちが落ち着く穏やかな空間だった。

私はお気に入りの樹の下に行ってみた。

樹齢500年を超える、大きなスリジエの樹だ。

樹皮に触れてみると、公領の楡の樹ともまた違った音色で水が流れている感触がある。

桜は1000年くらいで寿命を迎えるそうだが、そうだとするとこの樹はちょうど壮年のあたりだろうか。

壮年なのに、まだ子供の私より長生きし、私が死んだ後もここにあるであろう樹。

そう思うと、何だか不老長寿の魔法使いのようにも見えてくるから不思議だ。

 

そんな見事な桜の木を見上げていると、背後に人の気配を感じた。

振り返り、そこにいた人に私は息を飲んだ。

 

へ、陛下!?

 

さすがに言葉には出さなかったが、心の中で絶句した。

立っていたのは畏れ多くもアルビオン王国国王、ジェームズ1世陛下だった。

この王様は、やんごとなき御方にしては気さくな人ではあるのだが、どういう訳か子供には結構厳しいところのある人だった。躾とかに厳しい頑固じじいタイプというか、子供にとっては仏頂面の国から仏頂面を広めに来た仏頂面の使者のような人で、いついかなる時でも仏頂面をしているイメージがある。生まれた時に仏頂面のまま産湯を使ったと言われても、私は信じるかも知れない。

とにかく、威圧感があって恐いのだ。

慌てて首を垂れる私を見下ろし、陛下は静かに口を開いた。

 

「顔を上げなさい」

 

不機嫌そうな声で言われたので、何か失敗してしまったかと思いながら顔を上げる。

陛下が大切にしている花でも踏んでしまったのだろうか。

次いで陛下が言う。

 

「口を開けなさい」

 

口?

何のこっちゃと思いながらも大人しく口を開けた。

そんな私の目の前で、手にした杖を軽く振って見せるジェームズ1世。

出し抜けに口の中に飛び込んできた固い感触に私は目を丸くした。

 

「ほえ?」

 

思わず間抜けな声が出るほど驚いた。

最初はドングリでも飛んできたのかと思ったら、舌に感じる感触は甘い。

砂糖のような甘さ。

氷砂糖?

 

「・・・甘いです」

 

「うむ」

 

素直に感想を言う私に、陛下は種明かしと言った感じに、マントの下から瓶を取り出して私に差し出した。

中には色とりどりの砂糖菓子。直径が1サントほどの大きさの金平糖のようなお菓子だ。

私にそれを渡すと、陛下は何事もなかったかのように踵を返し、宴が続く会場の方に歩き出した。

その後姿を呆気にとられて見ていた私だったが、大切なことを思い出して声を上げた。

 

「伯父上!」

 

本当は、ここは『陛下』と呼ばなければいけないところだ。

家庭教師あたりにバレたら怒られるかもしれないが、この時、私は王や公女としての立場がどうこうというよりも、人としての言葉をかけたくなったのだ。

私の声を受け、陛下は振り返った。相変わらず仏頂面のままだ。

 

「お菓子、ありがとうございます」

 

一礼する私を、やはり仏頂面のまま見つめ、

 

「・・・うむ」

 

とだけ言って仏頂面のまま会場に戻っていった。

 

 

 

 

気づけば、ティファニアが楽しげな顔で笑っている、

 

「何だい?」

 

「姉さん、すごく優しい顔をしてる」

 

「そ、そうかい?」

 

慌てて顔を抑えるが、別に表情が緩んでいる感覚はない。

 

「うん。何か、楽しいことでも思い出したの?」

 

「まあ、そんなところだよ。そういえば、何でこの樹の花はこんなに綺麗なのか知ってるかい?」

 

ちょっと意地悪そうな顔をして話を変えようと話題を切り出した私を見ながら、ティファニアは首を振った。

 

「逸話があってね。この樹の下には、ある物が埋まっているからなのだそうだよ。何だと思う?」

 

「埋まっている、って…肥料とか?」

 

私はゆっくりと首を振り、もったいをつけてボソッと答えた。

 

「…屍体」

 

キョトンとしたテファの表情がこわばり、次いで眉が吊り上った。

 

「もう、やめてよ、せっかくこんなに綺麗なのに」

 

怒らせてしまった。

梶井先生、貴方の感性はこの世界では受け入れてもらえないようです。

 

 

そんな話をしながら、いささか移動の疲れもあって陽だまりにあった木の切り株に腰を下ろして花を見上げる。

エネルギーあふれるテファは初めて見る桜が楽しいのか、そんな私をよそにあちこち歩きながら眺めて回っていた。

桜の樹の下で、満開の花を背景に美しいティファニアが大きく手を広げて花を見上げる様子は、あたかも一枚の絵画のようだ。

この世にアルフヘイムというものがあるのなら、きっとそこは、私が今見ているような幻想的で美しい光景に違いない。

そう思わせるだけの神秘的な美しさを醸し出しながら、ティファニアは笑顔で舞い散る花弁を見つめていた。

私の前で、楽しそうな顔をしている可愛い妹。

最近、この子の笑顔を見るたびに、私はやるせない思考の迷宮に迷い込む。

それは妄想にも似た、可能性という不確かなものに対する思いだ。

その可能性の枠組みの中では、この子とここで今一度このような穏やかな時間を持つことは、もうないのかも知れない。

今この時も、砂時計の砂は止まることなく落ち続けている。

やがて来る時代の動乱は、容赦なく私たちにも押し寄せてくるだろう。

私がそのささやかな力で築き上げた砂の城は、その奔流にさらわれて崩れて消えるのだろうか。

やがて、狂王が演出するブリミル教徒が相打つ抗争と、始祖の代弁者たる教皇が唱える不可避な聖戦が始まる。

聖地奪還を掲げ、ハルケギニアの人々を救う美名のもとにエルフに対していくことになる諸国の英傑たち。

その中にはティファニアも、あの黒髪の少年も取り込まれていくのだろう。

聖地に何があるのかは、私には判らない。

聖地とやらに風石の暴走を食い止める装置があるのかないのか。あったとしたらそれはどういうものなのか。

判らない歯がゆさが心に応える。それさえ覚えていればまだ取るべき手を考える余地はあるというのに。

ビダーシャルはシャイターンの門を開けると災厄が湧いて出るとか言っていたが、困ったことにシャイターンが何なのかも覚えていない。開くと大災厄がどうとか言っていたと思うが、開くとブリミルが言っていたヴァリヤーグとかいう物騒な連中が復活してくるのだとしたら、確かに聖地には触れない方が得策だろうし、それならばヴィットーリオだって無理やり封印を解こうとするとは思えない。

風石対策とシャイターンの門、この二つがどういう関係にあるのか今一つ明確ではない。

私が『ゼロの使い魔』という物語を忘れてしまったのか、最後まで読んでいないのか、それとも途中で私が死んじゃったのか、あるいは作者さんが完結まで辿りつかなかったのかは定かではないが、記憶が虫食いだらけの頼りない転生者には未来を見通す力はないのだ。

 

先入観抜きに考えても、私としては、人間もエルフもお互い人語を解する種族なのだから、互いの齟齬を会話で埋める努力をまずはするべきなような気がする。

虚無を見せつけて言うことを聞かせようという砲艦外交がまず最初にありきというは、どう考えてもこちらの思惑通りに事が運ぶように思えない。

エルフだって馬鹿ではない。実際、才人もテファもエルフの虜になったことがあったはずだ。

もっと、穏やかな交渉の方法はないものか。

博愛は誰も救えない。それも確かに真理かも知れない。

人の歴史は戦争の歴史だ。クラウゼヴィッツの戦争論は読んだことはないが、戦争は人が人である限りは切り離せないものだとは思う。

それでも、やはり戦争は悪だと私は断じる。

博愛は誰も救えないのかも知れないが、戦争は愛の否定そのものに他ならないだからだ。

人を助ける職業を生業にしている者として、その対極に位置する行為を肯定することはできない。

ティファニアを危険に晒したくないというひどく身勝手な動機ではあるが、泣かなくても良い者が泣かねばならない未来が待っているのだとしたら、為政者たちにはもっと良い未来を模索することを放棄して欲しくはない。

 

そんな考えも、所詮は幸せ者の戯言だ。

今の私は、恐らく人生で一番幸せな時間を享受している。

今が変わって欲しくない、保守派の人間だ。

その日の糧にも困るような者にとっては、世界が丸ごと変わってしまうような大事件をこそ欲しているのかも知れない。

やがて来る大隆起の後には、そういう人が人類の大部分を占めるようになるのだろうか。

少しだけ後ろめたい感覚を覚えつつ、咲き誇る花を見ながら私は思う。

桜の下に埋まっているのは、もしかしたら、『幸せ』なのではないかと。

根は蛸のようにそれを抱きかかえ、いそぎんちゃくの食糸のような毛根でそれを吸い上げて、錦のように花模様を仕立てている。

だから今、その花の下で私が感じている穏やかな白い空間は、こんなに幸せに満ちているのだと思うのだ。

 

 

「姉さん」

 

戻ってきたティファニアが微笑む。

 

「ん?」

 

「来年は皆で来ようよ」

 

確かに、私とティファニアだけで見るにはもったいない眺めだ。

前世で味わって以来のお花見というのも悪くない。

 

「そうだね。皆で来ようか。食べ物や飲み物持って、この下にシートを広げて」

 

「ピクニックみたいだね。楽しみだわ」

 

ティファニアの笑顔が、心に棘になって刺さる。

それは、守れないかもしれない約束だ。

『もしも』に彩られた約束。

もしも、来年も皆で一緒にいられたら。

再び花の下に走って行ったティファニアの背中を見ながら、私は言いかけた言葉を飲み込んだ。

 

 

 

桜を見すぎてしまったため、帰り道は夕日と追いかけっこになった。

春とはいえ、まだ陽はそう長くはない。

トリスタニアに着くころには陽は落ち切り、夕暮れが足早に通り過ぎた後に夜の帳が下りた。

 

家に着いた時、南の空に、一筋の流れ星が流れて消えた。

 

 

 

 

私の知らないところで、時代が動き出していた。


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