トリスタニア診療院繁盛記   作:FTR

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その24

その些細な好奇心さえなければ、涙を流さなくても済んだ少年。

名誉や地位や友や、かけがえのない想い人を得ると同時に、親や故郷を失った時空の迷い人。

哀れとは思うまい。

彼が己の人生の最期に、それをどう思うかは私には判らないからだ。

 

 

 

突きつけられた現実が、辛い。

動乱期の到来を告げる春の使い魔召喚が終わっていた事実に、私は恐怖を覚えた。

現時点で確実になったことは、今の時間軸が『平賀才人が存在する世界』だということだ。

それは、激動の時代の始まりを告げる号砲としか私には思えなかった。

未来は常に不確実なもので、どうなるかは判らない未知数のものだ。しかし、スケベで気のいいこの男が存在しながらなお、ハルケギニアにこれからも平穏な時が流れると思うほど私は楽天家ではない。

私が知っている彼の物語は、まず召喚があって、次がギーシュ戦、その次に来るのはデルフリンガーとの邂逅。そしてフーケ騒動があって舞踏会。

この辺までは、まだほのぼのとしているからいい。

ハルケギニア全体からすれば大河の一滴にすぎない些事だ。

ルイズや才人の行動が、歴史に影響を与え始めるのはアルビオンからか。私の従兄弟が髭によって殺されるアレだ。

その先は泥沼。

タルブ侵攻、アルビオンへの逆上陸、ガリア戦役。

いずれも、ルイズと才人の二人がいたからこそ最小限の犠牲で物事が推移したイベントだったと思う。

今の時間がその流れに入っているのだとしたら、政治力も人脈もない私には、それに抗う術はない。

正直、自分のことなどは大した問題ではない。その気になればどこででも生きていける自信はあるし、運が悪ければ死ぬだけの話だ。

問題なのはティファニアだ。

その大いなる潮流の中で、やはりティファニアは、虚無の担い手として歴史の表舞台に上がらなければならないのだろうか。

聖女として、政治の道具として、そして、聖戦の切り札として。

その中で、あの子がどれほど大変な思いをするかを考えると、私としては身を切られるより辛い。

どこかに隠棲しようにも、ハルケギニアにいてはロマリアの探索の目から隠れ通すのは無理だろう。

サハラに逃げても、エルフからも悪魔と言われ、面汚しと蔑まれるであろうティファニアに安息は見込めまい。

どうすればいいのか。

打つべき手が見えないまま明日に怯えるというのが、これほど辛いとは思わなかった。

 

 

 

 

才人の状態は、見た目はひどいものの、幸い死ぬほどのものではなかった。

聞けば、案の定ギーシュのゴーレムにボコられたものらしい。前世でさんざん見てきた交通事故の患者に比べればマシだが、それでも青銅のゴーレムにどつかれまくっては、鈍器で滅多打ちにされたようなものだ。生身の人間ではたまったものではないだろう。

右腕と肋骨に左眼窩底の骨折。内臓も一部痛めていた。それでも、受けたダメージのことごとくが致命傷に至っていないあたりは主人公補正なのか、それともギーシュが手心を加えたのか。頭を打ったという描写があったような記憶があるが、脳も問題ないようだ。

取り急ぎ、骨折は魔法と秘薬を用い、打撲の部分には膏薬を貼る。

それにしても、ここまで痛めつけられても意地だけで立ちあがったあたりは、こいつもオリンピック級の意地っ張りだと思う。

笑う奴もいるかも知れないが、こういう馬鹿は私は嫌いじゃない。

治療しながらルイズに経緯を聞いたところ、決闘騒動は昨日だったそうだが、水メイジの教員が長期不在で手配がつかず、途方に暮れたルイズがとりあえず氷で冷やしていたらしい。厨房をうろついていたのも氷をもらうためだったのだろう。原作でも確か寝ずに看病していたとか言ってたっけ。人当りで損をしているものの、根は優しい子だ。

治癒魔法くらい同窓の水メイジに頼めばいいのに、とも思ったが、この時期のルイズが置かれていた学内の立場を思い出した。プライドでご飯を食べているような貴族に生まれたのに、その寄る辺たる魔法がダメとくれば、それを守るために攻撃的になるのもある程度は仕方がないだろう。

そんな彼女が起死回生の期待を胸に臨んだ春の使い魔召喚で、出てきたのが無礼でショボい平民では、ルイズでなくてもやさぐれたくなろうというものだ。

何だかんだ言っても、まだ16歳の子供だ。そこまでの度量を求めるのは酷だろう。

 

 

「これでもう大丈夫だよ」

 

包帯を巻き終わり、私は一息ついた。ちょっとしたミイラ男のでき上がりだ。

 

「御苦労さま」

 

・・・こいつも、これさえなければなあ。

ピンクよ、そこは『御苦労さま』じゃなくて『ありがとう』だろう。

私の中で、才人の看病していたことにより上がったルイズ株が暴落しかけた。

この決闘騒ぎから、才人を初めて名前で呼ぶ等の『つんつんルイズの解凍作業』が始まっていたはずだが、人は簡単には変われないようだ。まったく、親の顔が見てみたいわ、とはさすがに言えない。あのお二人には足を向けて寝られないくらいの恩があるし。

まあ、子供のやんちゃに目くじらを立てるのも大人げない。こめかみに井桁模様を浮かべながらも、ここは年上の度量を見せるとしよう、と思った時だった。

私は、とても大事なことに気が付いた。

この治療は、後に繋がる大切なイベントだったことを思い出したのだ。

そうかそうか、そうだったね。危ない危ない。

私としたことが、危うくフラグを折ってしまうところだった。

私はイベント消化に取り掛かった。

 

「ところでお嬢ちゃん、お代はいただけるんだろうね?」

 

「もちろんよ。幾ら?」

 

「ちょっと高いけど、大丈夫かい?」

 

「公爵家の娘に向かって失礼な物言いね、平民のくせに。言ってみなさいよ」

 

私が金額を提示するなり、ルイズの顔色が変わった。

いつもニコニコ現金払い。お金は、あるところからいただきます。

 

「あ、あんた、舐めてるの? ねえ、貴族舐めてるの?」

 

「知ってると思うが、水の秘薬は高いんだよ。それに、大事な使い魔の治療をしたんだ、当然の対価だと思うがね。それとも、ヴァリエールの三女の甲斐性はそんなものなのかい?」

 

「ぐ・・・」

 

いやはや、美少女が葛藤する様子を見るのは実に楽しい。

プライドと現実が両端に乗った彼女の中の天秤が、ミシミシと軋む音が聞こえてくるようだ。

程なく天秤がプライドに傾いたのか、ルイズは渋々と机から金貨の詰まった袋を取り出した。

 

「今後は腫れが引き切るまで氷は定期的に代えておくれ。膏薬は一日1回貼り替えればいいからね」

 

ずっしりとした革袋を受け取り、涙目のルイズの部屋を辞した。

 

 

そのまま厨房に戻り、シエスタに事の次第を告げると、ようやく先日見たような元気な笑顔を見せてくれた。やはり相当才人の事を気にしていたらしい。

厨房のおじさんたちも、診察した時以上の朗らかな笑顔を浮かべている。

既に『我らの剣』は、学院の平民の心を掴んでいるようだ。

夕飯を勧められたが、乗合馬車の時間もあるので丁重に辞退して私は帰路についた。

もうちょっとゆっくりしてコルベール先生にも会いたかったが仕方がない。

また今度飲みに誘おう。

 

帰りの馬車で、懐に感じる大金に思いを馳せる。

ルイズには意地悪のように思われたかもしれないが、これは才人とルイズのために必要な措置であって、決して意地悪のためにやったのではない。

理由はもちろん、デルフリンガーフラグのためだ。

見栄っ張りなルイズの事だ。この金が手元にあったまま武器屋に行ったら、躊躇わずにシュペー卿作と嘯く駄剣街道一直線だったことだろう。

そんなものを買った日には、アルビオンあたりで髭にローストされて一巻の終わりだ。

ここでルイズの有り金ををまきあげておけば、間違ってもガラクタを買うことはないはず。

誰かがやらねばならない憎まれ役をやるのが、たまたま私だったということにすぎない。

重ねて言っておくが、意地悪のためにやったのではない。

ましてや胸のサイズを笑ってくれたことに対する復讐でもない。

・・・・・・本当だってば。

 

夕暮れに染まる街道をポクポクと運ばれながら、平和そうな顔で寝ていた才人を思う。

明日には目覚めて、そしてルイズにベッドから蹴り出されるんだっけ。

すまないね、少年。

今、私ができるのはここまでだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

次の虚無の曜日、私はずしりと重い革袋を懐に感じながらブルドンネ街に繰り出した。

今日はルイズから巻きあげた潤沢な資金を元に、上物の秘薬の購入を考えていたが、まずは野暮用から片付けてしまおう。

目指すのはマチルダの工房。

縫合術の練習にだんだん熱が入って来たティファニアのために、思い立って彼女専用の持針器をオーダーしようと思うのだ。

工房も虚無の曜日くらい休めばいいのにと思うが、客商売は虚無の曜日こそが商機と言って、いつの間にかマチルダが気が向いた時に休む不定休のショップになり果てている。

 

カウベルを鳴らしてドアを開けると、受付にディーがいた。

 

「これは主、どうされました?」

 

受付にいる姿は見慣れているはずなのだが、いつ見ても見栄えするなあ、こいつ。

これが本当にサーヴァントだったら、女性がドアをくぐった瞬間に恋の奴隷一丁上がりなのだろうが、受肉したこの世界の彼には幸か不幸かそこまでの力はない。それに加えてマチルダが固定化加工した常時装備の絆創膏と言う黒子の封印もあるからこそ、ディーはこの街で普通に暮らしていられる。普通、ではないか。複数のファンクラブがあるとかジェシカが言ってたし。

一度でいいから『その結構な面構えで、よもや私の財布の紐が緩むものと期待してはいないだろうな? 店員』とかのたまう猛者に会ってみたいものだ。アニエスあたりが言えば似合いそうなのだが、マチルダと同様にディーとも普通に仲がいいから無理かな。

 

「ちょっと作って欲しいものがあってね。今日は私も客だよ。マチルダは奥かい?」

 

 

工房は大きく分けて、商品が並ぶ売り場、作業場、キッチン、物置からなっており、それぞれが壁やパーテーションで区切られている。

私はディーがいる売り場のカウンターを抜けて作業場に入った。

 

「ごめんよ」

 

「ん? ヴィクトリアかい?」

 

奥の作業場に行くと、作業台に向かってトンカンやっていたマチルダがちらりとだけ振り返った。

ポニーテールに作業用のエプロン姿のマチルダ。作業中、眼鏡の奥の視線は真剣そのもので、全身からプロフェッショナルのオーラが漂っている。

何だかもう、すっかりマイスターだね、この子。あれだけの錬金の技を盗人なんぞに使うのは惜しいと思って勧めた工房だったが、まさかここまではまるとは思わなかったよ。

 

「ちょっとお願いがあって来たんだよ」

 

「はいよ~。これがもうじき終わるから、ちょっと待っていてよ」

 

「こっちは急がないから、気にしないで続けておくれ」

 

工房を見回せば、開業したころからは想像もつかないくらい道具類が増えている。素人の私には何に使うのか判らないガラクタばかりのように見えるが、それぞれにきちんと役割があるのだろう。大釜や坩堝炉あたりまでは判るが、部屋の端っこで自律制御でしゃかしゃかと部屋を掃除している箒は見なかったことにしたい。あれ、ゴーレムじゃないよね。どうやって作ったのか知らないけど、さすがに疑似生命体はまずいよ、マチルダ。教会が来るよ、教会が。

事の是非はともかく、必要なものがあれば自分で機材をガンガン作ってしまう彼女のバイタリティはすごい。

私のような水魔法以外は下手っぴな融通が利かないメイジと違い、マチルダは土魔法の適性が滅茶苦茶高いくせに、他の系統もかなりのレベルで器用に使いこなす。その実力と几帳面な性格も相まって、評判は今なお上昇カーブを描くばかりだ。誰かに弟子入りした訳でもないのにこの腕なのだから、やはり天賦の才があるのだろう。ゆくゆくはかなり名を成す職人になるのではないかと思う。

そうなったら、僭越ながら私が彼女の生きざまを後世に伝えるべく筆を取るとしよう。

タイトルはもちろん、『マチルダのアトリエ ~トリスタニアの錬金術師~』だ。

 

工房内をあれこれ考えながら眺めていたら、どこから見ても『ファラリスの雄牛』にしか見えないオブジェの脇に、ずらりと並んだ剣があるのに気が付いた。

 

「最近は武器にも力を入れているのかい?」

 

「う~ん、武器屋の方で在庫がだぶつき気味らしいから何本か引き取って来たんだよ~。こっちとあっちで来週から共同キャンペーンを張ろうかって言う話になっているのさ~」

 

作業しながらマチルダが答える。

 

「食い合い潰し合いより共存共栄かい?」

 

「そんなところだよ~」

 

うまくやっているものだ。私は並んだ剣を見ながら感心した。

既に何本かの剣にはマチルダの研ぎや加工が入っており、武器そのものの獰猛さを誇示している。

私としては、煌びやかに飾られた物より、シンプルに必要なパーツだけで構成されたものが好みだ。至高の美とは機能美のことだとすら思っている。

殊に武器は命を預けるものなのだから、機能美に勝るものはないと思う。船にしても、貴婦人と言われる豪華客船よりも軍艦の方が美しいと感じるくらいだ。

私があまり装飾品を好まない理由の一つでもある。

そんな剣の中に、ひときわ見栄えがする一本の剣が剣架けにかかって置いてあった。

片刃の打刀。重厚な風格が、他を圧倒するような美を放っている。

それを認識した私の全身の血の気が、滝のように引いた。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

声を出した私に、剣が気付いた。

 

「よう、診療所の娘っ子じゃねえか」

 

お前、ここで何をしている!?

綺麗に研ぎあげられ、拵えも新たに作り直されて、神々しいばかりに輝くデルフリンガーが、剣架けの上に鎮座ましましていた。

 

「マ、マチルダ・・・こ、これは?」

 

「ああ、それかい?」

 

衝撃のあまり口の中が乾いてしまった私の様子に気づかないのか、楽しそうな声でマチルダが笑う。

 

「いいだろう? ここ最近じゃ最高の自信作さ。もらってきたガラクタの中にも何本か素地がいいのがあってね。その中でもピカイチだったのがそいつだよ。研ぎ直したら結構な代物でさ。柄も作り直したからバランスも取れたし、しかもインテリジェンスソードだから結構な値が付くよ。今回のキャンペーンの目玉だね」

 

「も・・・」

 

「も?」

 

「戻しておいで~っ!!」

 

「な、何よ?」

 

これはまずい。

やばいなんてもんじゃない。

決闘騒動の次の虚無の曜日は、才人とデルフの邂逅イベントだというのに。

私の仕込みが全部パーだ。

錯乱する私を、何だか不安げな目で見るマチルダ。

人の気も知らないで、よりにもよってキーアイテムをこんな逸品に仕立てあげてしまうとは。

このままじゃガンダールヴ終了のお知らせだよ。

どうしよう、今から武器屋に届けるか。ダメだ、こんな綺麗な外見じゃ武器屋も安売りしないだろう。

日を改めて送りつけるか。それもダメだ。ルイズが受け取るはずもないし、その時には既に才人も剣をあてがわれているはず。

困った。本当に、困った。

打つ手が思いつかない。

頭を掻き毟って懊悩する私を見るマチルダの、いろんな意味で心配そうな目が妙に痛い。

 

しかし、救いの手は思わぬところから伸びてきた。

神の御業か悪魔の所業か、うろたえる私を余所に、運命が工房のドアを開けたのはそんな時だった。

 

「ここだわ」

 

「ここで剣売ってるのか?」

 

私が混乱して動物園の熊のようにウロウロと常同運動を続けていた時、売り場の方からどこかで聞いた声が聞こえた。

ややトーンの高い、甘い声質。

まさかと思い、私は慌ててカウンターを覗きに走った。

首を出してみると、そこに見知ったピンクがパーカーを着た少年を連れてカウンターのところに立っていた。

何でこんなところに?

都合がよすぎる展開に私は首を傾げた。

 

「剣の他にもいろいろね。品物がいいから、最近貴族の間じゃ有名な新進気鋭のお店な、はうっ・・・」

 

「いらっしゃいませ」

 

店に入るなり、ルイズは応対に出たディーの魔貌の直撃を食らってフリーズした。精神の再構築まで数秒はかかるだろう。

 

「け、け、け、剣を探しに来たんだけど・・・って、何であんたがここにいるのよ?」

 

私に気付くなり、いつもの調子を取り戻すピンク。

私はお前の精神安定剤か。

 

「身内の店なんだよ。気にしないでおくれ。それより、剣を買いに来たんだって? 」

 

「そうよ」

 

「ここに武器を買いに来る客とは珍しいね。武器屋には行ったのかい?」

 

「武器屋って、裏町のあの店の事?」

 

「そう」

 

「だって、あっちって汚いんだもん。この工房でも武器は扱ってるんでしょ?」

 

なるほど、そういう基準の店選びか。確かにあっちとこっちじゃ街の雰囲気に歌舞伎町と銀座くらいの差がある。やんごとなきお嬢様ならこっちを選ぶか。

トリステインに広まりつつあるマチルダの名声に、ここは素直に感謝しよう。

 

「そういうことなら大歓迎だよ。身内ついでに言っておくと、この工房の品質は保証するよ」

 

「ふ~ん・・・まあ、いいわ。それより、あなた。こいつが使う剣が欲しいのよ。見繕ってちょうだい」

 

ディルムッドと商談に入ったルイズを余所に、私は急いで作業場に戻り、マチルダを捕まえて懇願した。

 

「マチルダ、一生のお願いだよ」

 

「な、何よ、いきなり?」

 

「あれを売っておくれ」

 

デルフリンガーを指さして、私は言った。

事の次第が飲み込めないマチルダが目を白黒させている。

 

「う、売るったって、身内ってことで多少泣いてあげても結構高いよ、これ?」

 

私は黙って重い革袋を渡す。対価としては充分だろう。

さようなら、愛しの金貨たち、短い付き合いだったね。悪銭身につかずとは良く言ったものだ。

 

「・・・何を考えてるんだい、あんた?」

 

「女の情けだ、訊かないでおくれ」

 

「ふ~ん・・・」

 

何だか値踏みするような視線を私に向け、革袋を軽く弾ませて頷いてくれた。

 

「判ったよ、持って行きな」

 

「ありがとう、恩に着るよ。さて、デルフ」

 

「なんでえ?」

 

「お前さんの持ち主に会わせてあげるよ」

 

 

 

 

在庫を確認しに作業場に入ってきたディーを捕まえて事の次第を打ち合わせ、彼が準備をしている間に私はカウンターに出た。

初めて見る生才人。これが伝説のナイト様か。

物珍しそうに店内を眺めている様子が面白い。好奇心強いタイプだったっけね。

 

「もう具合はいいのかい、少年」

 

「え?」

 

話しかけると、才人は驚いたように振り向いた。

初対面の人には良くやられるのだが、こいつもまた私の見た目と口調のギャップに驚いたようだ。

呆気にとられている才人に、ルイズが補足してくれた。

 

「あんたを診てくれたお医者よ、この子」

 

「こ、この子が?」

 

ふふん、人は見かけによらないだろう。

 

「そうだったのか。ありがとう。おかげですっかり元通りだよ。まだ小っちゃいのにすごいんだな、お前」

 

本当に小っちゃい子にするように頭を撫でてくる才人。屈辱だ、これは。私だって好きで小っちゃい訳ではないのに。実年齢教えてやろうか、坊や。

そんなやり取りをしていると、ディーが瀟洒な布に包まれた一本の剣を持ってきた。

カウンターに置き、丁寧に布を取る。才人の目が丸くなった。こういうの好きだよね、男の子って。

 

「おおおおおお~っ!」

 

「な、なかなかのものね」

 

神々しいばかりに美しく輝くデルフリンガーに、才人が目を輝かせる。ルイズも納得の面持ちだ。

 

「すげえ! かっこいい~!!」

 

「片刃の大業物です。銘はデルフリンガー。デルフリンガー、ご挨拶を」

 

「あ~? こいつに俺を売るのかい?」

 

いきなりやる気のない声を上げる剣に、才人が声を上げる。

 

「剣がしゃべってる!?」

 

「インテリジェンスソードと申しまして、知性がある剣なのです。お手にとってお確かめを」

 

「あ、ああ・・・」

 

驚きながら、才人がデルフを取った。

収まるべきものが収まるべきところに、きれいに収まると気分がいい。

才人が握ると、左手の甲が輝く。あれがガンダールヴのルーンか。

そして、今度はデルフが驚く番だった。

 

「おでれーた。てめ・・・『使い手』じゃねえか・・・・・・おい、娘っ子、お前、知って・・・」

 

余計なことを言いそうなデルフに、私は人差し指を唇にあてて見せた。

 

「・・・そうかい。おい、てめ、俺を買え」

 

才人は満足そうに頷いた。

 

「ああ。ルイズ、俺、これにするよ」

 

「これでいいの?」

 

「ああ、すごく気に入った」

 

「そう、ならばいいわ。幾ら?」

 

「この度は公爵家ご令嬢の初めてのご来店と言うことでもありますし、お代は新金貨で100ということで結構でございます」

 

値段は打合せてある。確か今日のこいつの所持金はそんなもんだったはず。

 

「手持ちで間に合うからいいけど、ずいぶん安いわね。大丈夫なの、これ?」

 

「品質は当工房が保証致します。本来であればエキューにして1000から2000を申し受ける品ではございますが、当店といたしましては名高きヴァリエール公爵家とのご縁ができるのであれば、これくらいの投資は安いものと」

 

私は顔に縦線を引いてディルムッドのセールストークを聞いていた。背中が痒い。

プライドをくすぐるような嫌らしい言い方だ。縁も何も、マチルダと公爵家は面識あるだろうに。

案の定、そうとは知らない単純なルイズはころりと上機嫌になった。

 

「ふふ、いいわ、買ってあげる」

 

才人から財布を受け取ったルイズがジャラリと金貨をカウンターに並べ、ディルムッドが勘定する。

それを余所に、才人はご満悦だ。

 

「いやー、本当にすげえな、これ」

 

「よろしければ、扱いにつきましてもご指導しましょうか?」

 

「「え?」」

 

ディルムッドの発言に才人とルイズは声を上げた。

ふふ、驚け驚け。

 

「これでもいささか腕には覚えがある身なれば、僭越ではありますが多少の教導はできるものと自負しております」

 

「あら、あいにく私の使い魔は結構強いわよ?」

 

ルイズは挑発的な表情で言った。

 

そりゃ強いだろうよ。伝説のガンダールヴだ、下手な剣士じゃダース単位でも勝てないだろう。

下手な剣士ならね。

うちの使い魔を、そこらの一山幾らの雑兵と一緒にしてもらっては困る。

才人君には、まずガンダールヴの力をもってしても勝てない存在がこの世にはあることを知ってもらうとしよう。

 

 

 

 

 

店の裏手にある資材置き場は、剣の手合わせくらいは充分できるくらいの広さがあった。

刃引きした剣を手にした才人に対し、ディルムッドもまた剣を手に対峙する。

 

『ディー、世の中を舐めてもらっちゃ困るから甘やかす必要はないけど、お嬢ちゃんの面子をつぶさない程度にね』

 

『お任せを』

 

念話で打ち合わせる私たちをよそに、ギャラリーであるルイズとマチルダが話している。

 

「んっふっふ。さて、坊やがどれくらいもつかねえ」

 

紅茶の入ったマグカップを手に面白そうな顔で眺めているマチルダ。完全に見世物見物の体勢だ。

その余裕に、対するルイズもまた胸を張る。

 

「ふふん、甘く見ない方がいいわよ。うちの使い魔は、ドットのものとはいえゴーレムに勝てるくらいよ」

 

「はん、その程度じゃねえ」

 

「何ですって!」

 

「二人とも静かに。始まるよ」

 

先に動いたのは才人だった。

残像を残して消えたような素早い踏み込み。素人の私の動体視力じゃ追いつかない。

これがガンダールヴか。

なるほど、7万に突撃し、大将首の一歩手前までたどり着くだけのことはある。

しかし、今回の相手もまた伝説の存在だ。

才人が消えたその時には、ディーの姿もまた消えていた。

不可視の攻防。少年ジャンプ的な演出をライブで見る日が来るとはね。

風切音に混じって撃剣の音が2回ほど響き、その数秒後に私たちの傍らにあった樽が唐突に弾けた。

樽の山に突っ込んで顔をしかめているのは才人だった。

 

「い、痛え~」

 

「思い切りはいい。しかし、一本調子ではすぐに読まれるぞ、少年」

 

何だかディルムッドもお師匠様モードらしい。意外と乗りがいいな、こいつも。

 

「にゃろ・・・」

 

才人も生来の負けん気を出してディルムッドに挑んでいく。

今度は速いながらもあまり足を使わずに打ち合っているので何とか見える。

さすがは英霊、ダンスを教えるように剣筋を導いているらしい。

一見すると才人も頑張っているように見えるあたりは見事な演出だ。

ルイズはと言えば、目を丸くして凍りついている。

ただの工房に、よもやここまでの手練がいるとは思わなかったのだろう。

 

「な、何なのよ、この店」

 

トリスタニアの商人は、マフィアより怖いんだよ。

 

 

 

 

 

「とりあえず、夕方になったら迎えに来なさい」

 

数合の手合せの後、ルイズは才人を置いて店を出た。

今日はヴァリエールの別邸に行くのだそうだ。

才人は残って特訓。

見ている間に一回も勝てなかったことが、ルイズはお気に召さなかったらしい。

才人の方も一矢も報いず帰るのは本意ではないらしく文句は言わなかった。

行きがかりで、店の外まで見送りに出る。

 

「別邸というと、親御さんにでも会うのかい?」

 

「姉よ」

 

「ほう」

 

「前に話したでしょ。2番目の姉。最近、新しい治療法を知ってるお医者が見つかって、その治療のために王都にいるのよ。秋からいたらしいんだけど、全然教えてくれなかったからとっちめに行くの」

 

嬉しそうにルイズは笑う。本来は、こういう笑顔が似合う女の子なんだろうな、この子。

 

「具合はいいのかい?」

 

「ええ、最近すごく調子がいいみたい」

 

「それは良かった」

 

「世の中にはすごいお医者がいるものだわ。あんたも精進することね」

 

「肝に銘じておくよ」

 

嬉しそうに去っていく後姿を見ながら、私は心の中で公爵に頭を下げた。

薔薇の下での話は秘密の話。

身内であってもそれを守ってくれる彼には感謝したい。

 

 

 

 

 

「どわあ!」

 

裏に戻れば、もう幾度目か判らないくらい才人は吹っ飛ばされて伸びていた。

 

「つ、強ええ」

 

当り前だ。もともとが伝説の戦士。それが英霊にまで昇華したディルムッドだ。

いくら伝説のガンダールヴでも相手が悪いよ。

正直、こいつを倒すには、別の英霊を呼び出すくらいしか私にも思いつかない。

それでもめげずに挑んでいく辺りは、この少年もなかなかの胆力だと思う。

どういう因果か、世界をまたいで出会った英霊と伝説。

これが神の采配の綾なのだとしたら、私は喜んでつけこませてもらおう。

 

『どうだね、ディー、この子は?』

 

『は。まだ形にはなっておりませんがその分変な癖もなく、なかなか良いものを持っております。長ずれば、かなりの使い手になりましょう』

 

『週一で通うように手配するから、速成で鍛え上げてやっておくれ』

 

『御意』

 

可能な限り、それこそ少しでもいい、才人にはディルムッドの強さを吸収していって欲しい。

この子の強さが、この世界の未来に希望を与えることを私は知っている。

それは同時に、ティファニアの未来に灯を点すことでもある。

エルフに攫われた時をはじめ、才人がティファニアを助けてくれた場面は少なからずあった。

矮小な私には、時間が動乱期に向かって流れていくことを止める術はない。

ならば、今の私にできることは、やがて名を成し、大切な妹を守ってくれる英雄の力になることくらいだ。

戦術、戦法、持って帰れるものは幾らでも持って帰って欲しい。

そして、稽古で一回剣を打ち込むたびに、彼自身が死から一歩遠ざかるのだと知って欲しい。

そのための協力は惜しむまいと私は思う。

必死に剣を振るう才人を見ながら、これから彼が紡ぐ物語を思う。

それは紛れもなく、語り継がれるべき英雄憚だ。

イーヴァルディすら霞む、本当の英雄の物語。

そんなことを考えている私の前に今一度吹っ飛ばされてきた、まだ英雄見習いでしかない少年。

 

「ほら、しっかりおしよ、男の子」

 

治癒魔法を施しながら、彼の未来が明るいものであるようにと、私は胸の内で祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどね~」

 

稽古の様子を見ながら、マチルダがぼそっと呟いた。

 

「ああいう子が好みだったわけね」

 

「?」

 

ずしりと重い革袋を弄びながら振り向いたマチルダは、ネズミを追い詰めた猫のような黒い笑みを浮かべていた。


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