トリスタニア診療院繁盛記   作:FTR

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その18

『ディルムッド!』

 

案内に従って入った控えの間でヴィクトリアの声を聞いたディルムッドは、一瞬で扉に寄ると強烈な蹴りを見舞った。

聖杯システムとは異なる魔術体系で具現化したがために受肉した存在である彼ではあるが、受肉したと言っても英霊である。

その力を凌駕できる存在はこのハルケギニアにはほとんど存在しない。

硬化や固定化がかけられた扉であったが、分厚いそれはディルムッドの前蹴り一つで吹き飛んだ。

いかに魔法といえども、想定を超える衝撃の前ではその効力を失う。

下手な砲弾より破壊力があるディルムッドの蹴りの前にはドア程度は紙と変わらない。

 

廊下に出ると、そこには5人のメイジが戦闘態勢を整え、杖をディルムッドに向けて構えていた。

ディルムッドの感覚にもひっかからずに布陣を済ませているあたり、明らかな害意を感じた。

先頭に立つのは、ここまで案内した執事であった。

 

「おとなしくしておれ」

 

既に詠唱を終えていたメイジたちが、ディルムッドに向かって一斉に魔法を解放する。

その魔法すべてが貫いたのは、果たして、ディルムッドの残像であった。

あまりの速さに動体視力が追いつかないと理解した時には、メイジたちの胸板に真紅の花が咲き乱れた。

トリスタニアの『夜』の町内会の一角の手勢にして、トリスタニアの夜の平穏を預かる一騎当千の精兵にとって、5名程度のメイジなど塵芥に等しい。

その手には紅と黄の双槍。

その二つの牙があるところ、ディルムッド・オディナの前に敵はない。

 

血煙を上げて倒れ伏すメイジたちを一瞥もせずに廊下を駆け抜けたディルムッドがヴィクトリアが入った部屋にドアを蹴破って飛び込むと、既にそこは無人であった。

開け放たれた窓から夜空を見上げると、上空にグリフォンに跨った白仮面が見えた。

快速を飛ばして高度を上げていくその腕の中に見えるのは、意識を失っている己の主の姿。

見事なまでの逃走であった。

歯ぎしりをしながら紅の槍を構え、投擲の姿勢に入ろうかという時に背後から声がかかった。

 

「良いのか? お前の主は気を絶している。それを投げたら、あの子は飛ぶこともできずに地に墜ちるぞ?」

 

後ろを振り返りもせずにディルムッドは応じる。

 

「笑止。俺が受け止めれば済むことだ」

 

「落下中の姫君を魔法で狙う連中がいてもか?」

 

前庭に目を向けるや、どこに潜んでいたのか屋敷の周囲をメイジの傭兵たちが取り囲み、一斉に窓際のディルムッドに向かって杖を構えた。

先ほどと異なり、数十名の多勢である。

先のメイジたちと同様に魔法を使った隠形を使っていたようであった。

ディルムッドはそれら有象無象に鋭い視線を向けたまま、手にした槍を背後の白仮面に一閃した。

閃光と言われるメイジですら反応もできない速さの刺突を顔の真ん中に受け、今まさにエアカッターを放とうとしていた白仮面は遍在の術式を断たれて瞬時に煙のように消えた。

 

「ならば、貴様らを全員あの世に送ってからお助けするまで!」

 

滅多に見せない憤怒の表情を浮かべたまま窓から飛び、前庭に軽やかに降り立つと取り囲むメイジたちと対峙する。

その右手には紅の槍。破魔の紅薔薇。

左手には黄の槍。必滅の黄薔薇。

壮絶なまでに美しい男は、羽を広げた怪鳥のような構えで鋭い視線を目の前の生ける障害物たちに向けた。

 

「トリスタニア診療院 院長 『慈愛』のヴィクトリアが臣、ディルムッド・オディナ ― 推して参る!」

 

 

 

 

「お医者ってのも大変だね」

 

時計を見ながらマチルダはしみじみと呟いた。

ディルムッドと連れ立って出かけるヴィクトリアの背中には迷惑そうな気配は欠片もないが、我が身に置き換えて考えたマチルダはヴィクトリアの持つ商道徳に心底感心した。

夜討ち朝駆けの商売を自分がやれと言われたら、恐らくそう間をおかずに音を上げるだろう。

 

「姉さん、先に寝ちゃっていいよ。明日もお仕事あるんだし、私が起きてるから」

 

「ヴィクトリアもディーもお前も寝てないのに、私だけ寝られる訳ないだろ」

 

ソファの上でクッションを抱きしめてゴロゴロしながらマチルダは唸る。

ぞんざいな物言いの中にもマチルダの優しさを感じてティファニアは笑った。

 

「何か暖かいものでも淹れようか?」

 

そんな会話をしている時である。

マチルダが寝そべっているソファの上で表情を変えた。

半身を起こして、鋭い目つきで壁を見詰める。

その仕草は、どこか猫が微かな音や匂いに気づいた時の物によく似ていた。

 

「どうしたの?」

 

首を傾げるティファニアに口元に人差し指を立てて示しながら、周囲に神経を向ける。

マチルダは土のトライアングルである。

土のメイジとしての純度が極端に高い彼女は、土がらみの状況を把握することに長けている。

地下の水脈等の地中で起こっていることや、大地の振動から周囲の状況を感じ取る事は容易であった。

その警戒網に引っかかった振動があった。

診療院の周囲に展開している不審者の数はおよそ10。

気配を殺す足運びは堅気の雰囲気ではない。

マチルダはゆっくりと立ち上がり、静かにルーンを呟く。

光の粉が宙に舞い、探知の魔法が発動する。

どこにも耳も目もないことを確認し、マチルダは次いでサイレントのルーンを唱えた。

空気中に冬の湖のような凛と澄んだ雰囲気が漂い、あらゆる音が遮蔽されたのを確認してマチルダは居間の真ん中に敷かれた絨毯をめくった。

 

そこに、四角い開口部があった。

 

ティファニアやヴィクトリアの身の上を考えると、いつ何時こういうことが起こっても不思議ではないとマチルダは考えていたため、そのための準備も怠っていなかった。

開口部の先には、診療院設立以来マチルダが時間をかけて掘り進んだ脱出のためのトンネルがあった。

静かに開口部を空けてティファニアにハンドサインを送る。

幾度も避難訓練をしているだけにティファニアも心得たものであり、真剣な表情で居間の壁にかかったバッグを手に取った。

中には緊急時用の食料や秘薬、金銭などの脱出用具が入っている実用一点張りのキャンバス製のバッグである。

それと杖を手に、音を立てずにぽっかり開いた避難口に滑り込んだ。

マチルダが続いて穴の中に入り、蓋を締め、備え付けの紐を引っ張ると絨毯が元通りに開口部を覆った。

今そこに人がいるような空気を漂わせた、無人の居間が後に残った。

 

 

 

杖や剣を手にした黒ずくめの男たちが、玄関ドアをアンロックで開いて突入して来たのはその数分後であった。

まだ照明がついた室内に二人の姿がないことを確認し、黒服たちが罵声を吐いて周囲の探索を始めようと診療院の外に飛び出した時である。

 

「そこまでだぜ。得物を捨てな」

 

重い男の声が響き、次いで黒服たちを取り囲むように30名ほどの男たちがマスケットを手に展開した。

武器屋の親父を中心に、見るからに腕に覚えがありそうな男たちがその左右にずらりと並ぶ。

その銃口は一直線に踏み込んだ黒服たちを狙っている。

完全に機先を制された形であり、いかにメイジがいようとも戦力的に黒服たちが不利であった。

 

「妙な連中がうろついてると聞いて来てみたが、この街できな臭えマネするたぁ、物を知らねえ連中のようだな。

どこのどいつか知らねえが、どういう用事で俺たちのマドンナのヤサに踏み込んだのか、こってり教えてもらうぜ、おい」

 

居並ぶ男たちの目つきは、自分たちのアイドルに粗相を働いた者に対する親衛隊のものである。

駆け付けた傭兵たちは全員、先に行われた影の美女コンテストにおいてマチルダに一票を投じた者たちであった。

先頭に立つ武器屋の親父は黒服たちに鋭い視線を向けたまま、手にした銃を真っ直ぐに突きつけた。

 

「やんのかやんねえのか、三つ数えるうちに答えを出しな」

 

 

 

 

ディルムッドは焦燥していた。

本来であれば、防げたはずの事態である。

これまでも己と共に幾度か危ない橋を渡ってきた主ではあるが、今度は危機的状況の意味合いが違う。明らかに、彼女自身を狙っての挙であった。

連れ去るという行為に照らせばすぐさま生命の危機ということはそうそうないとは思うが、それでも虜として主を拘束されることは使い魔として屈辱であった。

女性の診察とは言え、あの場で主を一人にしたことに対する慙愧が心を蝕むが、悔やむのは主を助けだしてからと気持ちを切り替える。

 

ディムッドは、ヴィクトリアという主を気に入っている。

思い出すのは4年前。

不遇なる運命を悔い、その払拭だけを願って現界を悲願したディルムッドであったが、呼び出されてみればそこは異世界ハルケギニア。

召喚した者もまた、みすぼらしい襤褸を着た娘であった。

しかし、その主となるべき少女は己に対する数々の下知において、その外見にそぐわぬ器量を示して見せた。

本来であれば手を貸す義理もない弱者のために、己を召喚したという動機づけも心地よい。

何より、あたかもディルムッドの事を良く知っているかのようにディルムッドの忠義と名誉に対し、充分なる配慮を忘れないところも特筆に値する。

性根のすべてが全きの善とは言わないが、悪に対しては果断な対処をためらわず、必要とあらば自身の手すら汚すことを厭わぬ人物であった。

ディルムッドが刃を振るう際、その傍らには常にヴィクトリアの姿があった。

トリステインに盗賊団が流れ着いた際には、その退治の現場には必ず足を運んで自首を勧告するのはヴィクトリアである。

その結果は素直に降伏する盗賊はいないために力ずくの解決になるのが常であるが、己をただの走狗とてけしかけたりはせず、通すべき筋を通す主の姿勢にディルムッドは好感を持っている。

往々にして主の上下関係を気にせぬふるまいに戸惑うこともあるが、そのことからも主の自分を見る目は傀儡に対するそれではなく、揺るがぬ信頼をおく家族同然の存在に対するそれであることが判る。

その主が、今は何者か知れぬ輩の手に落ちている。

一瞬でも早くその身柄を奪還し、不届き者を成敗することだけを考えてディルムッドは地を蹴った。

 

 

 

 

グリフォンの騎上でワルドは恐怖していた。

もとより、気が進む仕事ではなかったことは確かであったが、それを差し引いてもひどく割を食ったものだと思う。

あれは一体何者なのか。

いや、あれは一体『何』なのか。

正直、得体が知れない。

韻竜と、さしで戦う方が気が楽やも知れぬ。

腕の中で眠っている娘の使い魔の事は、かなり細かいところまで調べたつもりではいた。

トリスタニアで悪事の企みあれば、どこからともなく現れては凶事の芽を事前に摘み取っていく街の守護者にして、そこらの傭兵程度では相手にもならない手練れのメイジ殺し、というのがワルドの知る情報である。

しかし、実際に相対してみれば、それは手持ちの情報とは比較にならない化け物であった。

屋敷に用意した戦慣れした傭兵メイジ40人の手勢は、2分も持たずに皆殺しにされた。

いずれも腕自慢の傭兵である。それを歯牙にもかけずに一方的に葬り去った。

その間に運よく奴の投擲の射程から外れることができたが、奴はそのまま地を駆けて追ってくる。

しかも空を行くグリフォンにも迫ろうかと言う速さである。

念のためと街道に伏せていた手勢が杖を向けるが、遭遇するたびに鎧袖一触に屠られている。

遍在は繰り出せば繰り出すだけ倒されており、自慢の魔法であるライトニング・クラウドですらその槍の前に雲散霧消のあり様である。

いずれも、穂先が閃いたと思った時には決着はついている。

己も閃光と呼ばれる速さ自慢のメイジであるが、あれは次元が違う。

本当の意味での閃光の一撃を見せられた思いであった。

ワルドはまだ健闘している方であり、他のメイジが撃ちだす射撃系の魔法はその影を捉える事すら出来ない。

土魔法のゴーレムが立ち塞がれば、それは一撃で魔術的な結合を絶たれて土塊に戻されたり、穿たれた大穴が修復せずに崩れ落ちたりと、およそ自分が知っている戦闘とは異なる魔性を見せつけられている。

恐らく、直接相対しても自分でも五合と持つまい。

あれは使い魔ではなく、人の形をした『天災』のようなものだとワルドは思った。

踏んではいけない何かの尾を、自分は踏んでしまったのだ。

『メイジの実力を見たければ使い魔を見よ』と言うが、逆もまた然り。

落ちたりとは言え、大公家息女にして、この歳でトリスタニアの重鎮になり、あまつさえヴァリエール公爵家の覚えもめでたいと言う事実に応分するだけの使い魔だと認識を新たにする。

そして、そんな代物が己の命を狙って血相を変えて追って来ていると言う事実に、自然と心臓が鼓動を早める。

捕まれば最後、どんな命乞いもきくまい。

まさに命がけの遁走に、ワルドはさらにグリフォンに鞭を入れた。

 

 

 

追跡劇はトリスタニアでも行われていた。

ティファニアを抱えたマチルダは、背後から迫る追っ手に必死の逃走を図っていた。

二人がくぐったトンネルの出口はブルドンネ街の工房の裏手に繋げてあったが、石畳を持ち上げて路地に出た時、待っていたのは白い仮面の男であった。

手にした杖剣を抜く白仮面に己との格の違いを感じとり、マチルダはとっさにティファニアを抱き上げてフライの魔法を唱えて空に舞い上がった。

魔法や脚力で男に敵うとは思えなかったがための苦肉の策であったが、空を飛んでみれば白仮面の方が飛行速度が速かった。

恐らくは風のメイジ。

トライアングルとは言え土属性の自分より敵の方が速いという現実に、マチルダは奥歯をかみしめた。

正直、打つ手が見つからない。

得意のクリエイトゴーレムをはじめ、土の魔法はどれも素早い相手とは相性が悪い。

背後からプレッシャーをかけてくる白仮面はいたぶるようにマチルダを追いこんでくる。

状況を見るに、遊ばれている気がした。

敵の出方は判らないが、余裕をかましているのだとしたら付け入る隙を見出すこともできるかも知れない。

空中戦から地上戦へシフトするタイミングをマチルダは探り始めた。

アップタウンを超えて貴族の別邸が並ぶエリアまで追い込まれ、今までが遊びであったかのように白仮面が急に速度を上げてきた。

 

『誘導された!?』

 

一瞬そんなことが脳裏をよぎった隙を突かれ、白仮面に完全に追いつかれたマチルダは高度を落として回避を図るが、その背中に強い蹴りを受けてバランスを失った。

ティファニアをかばうように落下し、勢いを殺しきれずに豪勢な屋敷の庭の立ち木に突っ込む。

枝を跳ね飛ばして木立を抜け、そのまま花壇に背中から落下し、その衝撃にマチルダは脳震盪を起こして気を失った。

ティファニアが慌ててマチルダの様子を見るが、今は介抱などできようはずもない。

追いかけるように降りてくる白仮面に、ティファニアは杖を向けた。

 

「近寄らないで!」

 

マチルダを庇って威嚇するティファニアを気にも留めず、白仮面はゆっくり地に降りた。

 

「手並みは悪くないが、詰めが甘いな」

 

「あなたは何者!?」

 

「誰とは言えないが、お前たちを連れてくるように指示されている。おとなしく従ってもらいたい」

 

「嫌よ!」

 

「まあ、そうだろうな。だが、お前たちの大事な同居人は、今ごろラ・ロシェールに向かってフネの中だ。おとなしく従った方がいい」

 

その言葉にティファニアは息を飲んだ。

 

「ヴィクトリア姉さんをどうしたの!?」

 

「あの者の血筋の因果が動きだしているのだ。その因果の咢から逃れるのは、物騒な使い魔を連れていても難しかろう」

 

ティファニアは思う。

ヴィクトリアの血筋に対して興味を示すとしたら、現時点ではアルビオンしかありえない。

昼間に武器屋で聞いたアルビオンの政変。

予想外に早く、王家の血筋の悪しき影響が己の姉に手を伸ばしてきている。

その尖兵とも思える目の前の男が、自分たちを連行してまともなことに役立てるとは思えない。

ティファニアは自分が知る唯一のルーンを唱える決意をし、杖を持つ手に力を込めた。

 

足音が聞こえたのはその時である。複数の慌てた気配が迫って来た。

程なく現れた衛兵たちが3人の姿を認めて大声で叫ぶ。

 

「何者だ!」

 

迫る衛兵の姿を確認して、白仮面は暢気な調子で呟いた。

 

「ふん、邪魔が入ったようだな。運が良かったな、娘」

 

まるですべてが織り込み済みであったかのように呟き、そして、そのまま霧のように消えた。

 

 

 

残るティファニアとマチルダのところに衛兵が駆け寄り、取り囲んでポールウェポンを突きつけた。

遅い時間にいきなり庭に飛び込み、しかも杖を向け合う者たちを放置するからには不審者として警告なく攻撃されても文句は言えない。

 

「待ってください、私たちは怪しい者ではありません!」

 

杖を捨ててティファニアは両手を上げる。

 

「お前たち以上に怪しい者がおるか!」

 

「経緯はこれからご説明します!」

 

必死に抗弁するが、説明する暇もなくティファニアは地面に抑え込まれ、その身に縄が打たれた。

気絶しているマチルダにはさすがに手荒な真似はしなかったものの、油断なく得物の矛先が向けられている。

 

「貴様ら、平民だな? 夜中に貴族屋敷に飛び込み、木々や花壇を荒らしてただで済むと思うなよ」

 

「悪漢に追われていたんです!」

 

そんなやり取りをしていた時である。

 

 

「何事ですか。夜更けに騒々しい」

 

 

凛とした、威厳ある声が聞こえた。

全員が視線を向ける先に、姿勢の良い、貴族の奥方を絵にかいたような女性が立っていた。

上品なデザインの服を纏い髪を結いあげた、眼光鋭い女性である。

貴婦人というより、どこか軍人のような厳格な風格を漂わせた女性であった。

手にした杖の持ち方ひとつとっても洗練された戦人の気配が漂う。

居並ぶ衛兵が一斉に姿勢を正し、二人を取り囲む者以外は全員武器を立てて礼を取った。

衛兵の中の年嵩な一人が貴婦人に応じる。

 

「お騒がせして申し訳ありません、奥方様。先ほど、敷地に侵入した者たちを捕縛しております」

 

その言葉に貴婦人はティファニアとマチルダを一瞥し、衛兵に問う。

 

「風体だけでは賊には見えませんが、賊はそこの二人だけですか?」

 

「それが、もう一人おりましたが、煙のように消えまして・・・」

 

衛兵の言葉に貴婦人の眉が微かに動いた。

 

「風の遍在・・・ただの賊とは思えませんね」

 

「詳しいことはこの者たちを尋問の後、明朝ご報告に上がります」

 

そんなやり取りが続いていた時であった。

 

「泥棒ですか、お母様?」

 

どこか陽気な声が聞こえたのはその時である。

その声に、ティファニアは聞き覚えがあった。

衛兵の人垣が割れて見えたのは、先日診療院で倒れた若き貴婦人の姿であった。

 

「あら、あなた、先生のところの受付の子じゃない」

 

 

カトレアが月明かりの下で首を傾げた。

 

 


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