地獄先生と陰陽師少女 作:花札
被っていた帽子を手に取り煽りながら、周りを見た。
「……九年前と全然変わんねぇなぁ」
一人思い出に浸った龍二は、荷物を持ち駅を出て輝三の家へと向かった。
麗華が輝三の家に来てから、二週間が過ぎた。
麗華は、体力と筋肉がつき始めていた。手に握っていた木刀を地面に立て、息を切らしていたが以前よりは息を切らさなくなり、泰明と同じ量をやっても平気になっていた。
彼女と比べ、泰明は相変わらず地面に倒れへばっていた。
「泰明……お前はいつになったら、体力が戻るんだ」
「し、知りません……とにかく、休ませてくれ……
全身筋肉痛で、既に悲鳴が」
「悲鳴なら、お前の口からいくらでも訊いてる」
「う~~……」
「輝三、こいつ等も終わったぞ」
泰明と同様に阿修羅が地面に倒れ、その脇で焔と雷光は余裕の顔をしながら立っていた。
「もうすぐしたら昼か……午前はここまでにしとくか」
「お、終わったぁ……」
「お、終わったぁ……」
「午後から、龍二も加わるから泰明の修行量は今の倍だ」
「何で?!」
「なぁなぁ、焔」
「?」
「渚ちゃん、美人になったか?」
「……何だよ、いきなり」
「美人になったかって、訊いてんじゃねぇか!答えろよ」
「美人じゃねぇの……というより、アンタにも居るだろ?姉者」
「駄目駄目、俺の姉貴。
もうガキ作って、一人前ぶってるから」
「誰がダメですって?」
その声に顔を青ざめた阿修羅は、ゆっくりと後ろを振り返った。そこには袴を着た女性が立っていた。
「あ……姉貴」
「阿修羅、誰がもうダメですって?」
「い、いや……言葉の操って言うか……なぁ、焔」
「……俺知りません。
雷光、行くぞ」
「はい」
焔は雷光と共にその場を離れ、阿修羅は殺気立っている姉に容赦なく殴られた。
麗華は木刀を元の場所に戻すと、鳥居を抜け坂を見下ろした。そこには坂を登ってくる見覚えの影が見えた。
「お兄ちゃん!」
龍二の姿だと気付くと、そこから勢い良く駆け出した。
坂を登っていた龍二は、駈け降りてくる麗華に気付き手に持っていた荷物を置き、飛び付いてきた彼女を受け止めた。
「麗華!お前、随分見ない間に逞しくなったな?」
抱き着いてきた麗華に手を引かれ、龍二は輝三の家へと急いだ。
麗華の喜ばしい声に、輝三は立ち上がり下駄を履き外へ出た。
「よぉ、龍二。久し振りだな」
「あぁ!」
「龍二君、遠い所からご苦労様」
「お久し振りです、叔母さん」
「本当お兄ちゃんらしくなったわね、龍二君。
最後に会ったのって、確か輝二伯父さんの葬儀以来だもんね」
龍二の所へ里奈達は寄り、彼の成長姿に驚いていた。
そんな中、焔は渚に今までやっていた修行内容を話していた。
「てな具合かな」
「ふ~ん……あんまり、変わらないのね」
「けど、竃の息子の阿修羅、全然駄目駄目で」
「コラ。さんを付けなさい、さんを。
仮にもアンタより一回り上なんだから」
「え~……努力はするけど」
「渚ちゃん!久し振り!」
焔の肩に手を置き、阿修羅は後ろからひょっこりと顔を出した。渚は彼の行為に少し身を引きながら、引き摺った笑顔を浮かべた。
「お、お久し振りです……阿修羅さん」
「いやぁ、随分と大きくなったね!美人にもなって」
「は、はぁ(相変わらず、面倒な男だなぁ……)」
「阿修羅!!渚ちゃん、困ってるでしょ!!辞めなさい!」
阿修羅の耳を姉は引っ張りながら怒鳴った。
「痛ててて!!痛い痛い!!
耳引っ張るな!!」
「アンタには、市姫ちゃんがいるでしょ!!渚ちゃんは、業火の彼女!!手を出すんじゃないよ」
「わ、分かったから!!分かったから!!引っ張るな!!」
阿修羅の姿に渚と焔は、呆れたようにしてため息を付いた。
お昼を済ませた三人は、外へ出て輝三が来るのを待った。
「そういえば、泰明さん」
「?」
「何で、アンタもやってるんです?修行」
「そ、そりゃあ……親父がいない間、お前等二人の修行をこの俺が見るんだ……うん」
「麗華、こいつの話本当か?」
「コラ!疑うな!!」
「……輝三がいない時、修行は見てくれてるよ。
でも……輝三とやってるといつもへばって倒れてる」
「ふ~ん……なるほどなぁ」
いたずら笑みを浮かべながら、龍二は泰明を見た。
「な、何だよ……」
「別にぃ……なぁ麗華」
龍二の言葉に、麗華は首をかしげて彼を見上げた。見上げてきた彼女に、龍二は微笑し頭を撫でてやった。
縁側でお裁縫をする美子。ふと彼女は手を止め顔を上げて輝三達を見た。
組み手をする泰明と龍二。輝三から薙刀の指導を受ける麗華。阿修羅の姉から水の技を教えられている渚と、阿修羅と共に竃から火の技を教えられていた。
「何か、二人が来た途端に随分賑やかになったね」
「小さい子供がいると、これくらい賑やかになるもんだよ。龍二君と麗華ちゃん見てると、昔のアンタ達を思い出すよ……
年の差もアンタ達と同じだけど、二人の方がよっぽど大人しいね。輝三の話だと、滅多にしたことないんだって!」
「?何をしたことがないの」
「喧嘩。
龍二君、本当に麗華ちゃんを大事にしてて。誰かさん達みたいに物を取り合ったりして、喧嘩したことがないんですって」
「ハハハ……」
引き攣った顔を浮かべ、里奈は苦笑いをした。ふと里奈は美子の縫い物を見た。それは自分が幼い頃に着ていた紺色の生地に白い菊の花の模様が着いた浴衣だった。
「その浴衣……」
「今日、お祭でしょ?麗華ちゃんに着せて、皆で行こうと思って」
「気に入るかな、麗華ちゃん」
「気に入るわよ。
あの子、優華と同じで花が好きだから」
夕方……
地面に倒れ力尽きる泰明と阿修羅。
「ったく……お前はいい加減、体力戻せ」
「親父の修行がおかしいんだよ!!
あんなの今だったら、虐待だぞ!!」
「テメェの年で虐待なんざ言ったら、馬鹿扱いされるのがオチだ!!」
言い合う二人を見ながら、龍二と麗華は里奈から貰ったタオルで顔を拭きながら、そんな二人を眺めた。
「いつもあんな感じだから、気にしなくていいよ」
「はぁ……」
「麗華ちゃん!ちょっと!」
美子に呼ばれた麗華は、龍二の方に顔を向け彼の様子を伺い、龍二は顔で行ってこいと顎を動かし答えた。麗華はタオルを手に持ったまま、美子の元へと駆け寄った。
「ちょっとこの浴衣、着てみて」
「え……」
「里奈がね、丁度麗華ちゃんくらいの時に着てた浴衣なの。今日のお祭にどうかなって」
「お祭り?」
「ここを下って少し行ったところに公園があって、そこで祭りがあるんだ。沢山屋台出てて舞なんかも見られて、結構楽しいぜ!」
「あの祭りかぁ……懐かしいなぁ。
俺、屋台で親父にいろいろ買って貰ったっけ」
「そんで、親父がよく優華伯母さんと輝二伯父さん二人を怒ったっけ」
「そういやぁ……そうだな」
「親父、今日の夕飯祭りで済ますんだろ?」
「その通り」
「さ!女性達は支度があるから、こっち!
輝三達は、支度が出来たら鳥居の前で待っててちょうだい」
里奈に背中を押され、麗華は部屋へと連れて行かれていった。美子は浴衣を持って行き中へと入った。
「女共が着替えてる間に、俺等は汗流して鳥居の下で待ってるぞ」
「ハーイ」
「ハーイ」
「……覗くか?」
「泰明さんでも、俺殴りますから」
「怖ぇ……」
浴衣に身を包んだ麗華は、鏡台の前に座り美子に髪を纏めて貰っていた。頭上でお団子にし蝶の飾りが付いた簪で美子は手際よく纏め上げた。
「はい!いいよ」
「……」
「そういう格好するの、初めて?」
「うん……
七五三以来」
「そっかぁ……」
「さ!そろそろ行かないと、男共が待ちくたびれてる頃よ」
「そうね!果穂、行くわよ」
赤ちゃん用の浴衣に身を包んだ果穂を抱き上げ、里奈はベビーカーに乗せた。玄関に出されていた黒い下駄を麗華は不思議そうに眺めた。
「それ、優華のよ」
「え?母さんの?」
「優華がまだ麗華ちゃんくらいの頃、よくこの下駄履いて境内を散歩してたっけ。弥都波と一緒に」
「……」
「お母さん、早くしないと泰明がまた文句言い出すわよ」
「そうね。
麗華ちゃん、行きましょう」
下駄を履いた麗華は、先行く美子の後を追い駆けていった。
鳥居の下で待っていた泰明は、三人が来ると里奈が言った通りの反応をした。里奈と泰明が口喧嘩をし始め、美子と輝三は呆れたようにしてため息を付いた。
二人が喧嘩している中、麗華の浴衣姿に龍二は褒めていた。
夜道を歩く輝三達。夜道には蛍が飛び散り、辺りを明るく照らしていた。
「相変わらず、スゲェ蛍」
「これだったら、懐中電灯とかいらねぇな」
夜道を歩き、輝三達は賑わう公園へと着いた。公園内はずらりと屋台が並び、所々に面を付けた子供が友達と騒ぎ、そんな光景を見て笑う親達がいた。
「あ!泰明さん!」
騒いでいた子供の内一人が、泰明に気付き名を呼び駆け寄ってきた。彼に続いて次々に子供達が寄ってきた。
「よぉ!お前等、元気にしてたか?」
「わー!赤ちゃんだぁ!」
「果穂よ!二月に生まれたの」
「可愛い!」
「よぉ!泰明!」
「おぉ!お前も来てたか!孝文!」
「何だぁ?お前、ついにチビに手を出したのか?」
性悪の格好をした男が、泰明の肩に手を回しながら寄ってきた。
「チビって……」
「あの子だよ。菊の柄の浴衣着た女の子」
「阿呆、あれは従弟妹だ」
「法律上、従妹とは結婚できるぜ?」
「俺には真理菜っつう、許嫁がいるんだ!未だに彼女も出来ないお前と違うんだ」
「泰明!テメェ!」
二人が喧嘩を始めた頃、里奈は子供達に麗華を紹介しようと彼女に手招きをしたが、麗華は首を横に振り龍二の後ろに隠れた。
「輝三、俺等先に屋台回ってるぜ」
「分かった。ほら金だ。無駄遣いすんじゃねぇぞ」
「しねぇよ」
「それから、河原で花火大会があるから切りのいいところで、河原に来い」
「分かった。麗華行くぞ」
龍二に手を引かれ、麗華は屋台が並ぶ道へ歩いて行った。