地獄先生と陰陽師少女   作:花札

90 / 174
『……ん』



『……ちゃん』

誰だ……

『お兄ちゃん!』


幼い麗華の声に、目を開ける龍二……


目の前に映るのは、本殿の階段に座る自分に駆け寄ってくる幼い麗華。


『お兄ちゃん!見てみて!カブトムシ捕まえた!』

『お!凄ぇじゃねぇか、麗華!』

『エヘヘ!もっと捕まえてくる!』

『程々にしろよ!』


森へ向かう麗華……向かう先には、不敵な笑みを浮かべた牛鬼が立っていた。


麗華!行くんじゃねぇ!!

『精々、幸せでも祈っとけ』

やめろ……やめろぉぉおお!!


抑えていた思い

「麗華!!」

 

 

そう叫びながら、龍二は飛び起きた。

 

 

「龍……」

 

 

大量の汗をかき息を切らす龍二の肩に、渚はソッと手を置き彼を見た。龍二は息を切らしながら、心配顔をする彼女の方に顔を向けた。

 

 

「ハァ……ハァ……な、渚」

 

「大丈夫?随分魘されてたみたいだったが……」

 

「……」

 

 

息が整うと、龍二はベッドから降り部屋を出て行った。彼の後を渚は慌てて追い駆けていった。

 

 

病院を出て道を歩く龍二。彼の後を渚は鼬姿になってついて行った。

歩き辿り着いた場所……そこは自分の家だった。階段をゆっくりと上り、鳥居を抜けた龍二は境内を見回した。彼の目には、幼い麗華が地面に絵を描く姿や彼女より背の高い箒を持って境内を掃く姿や焔と一緒にボール遊びする姿が映った。

 

立ち止まっていた脚を動かし、龍二は家の中へと入った。留守番をしていた丙は、帰ってきた彼の姿に驚きながらも笑顔見せ声を掛けようとしたが、彼の顔を見て掛けるのを辞め廊下を歩いて行く後ろ姿を、人の姿へと戻った渚とずっと見つめた。

 

 

不気味な光を放つ繭……それを眺める安土と牛鬼。

 

 

「今更だけど、不気味な光りだなぁ……」

 

「……」

 

 

暗い闇の中……眠っていた麗華は、ゆっくりと目を開けた。起き上がり、辺りをキョロキョロと見回しながら誰かを捜した。

 

 

『俺はずっとお前の傍にいてやるからな』

 

 

どこからか聞こえた声の方に顔を向けると、そこには黒く染まった牛鬼が手を差し伸ばし立っていた。牛鬼の手を麗華は何の警戒も無しに握った。すると辺りの暗闇が更に暗くなり、麗華はその暗さに恐怖を感じ怯えだした。牛鬼は怯える彼女を引き寄せ抱き締め、撫でながら優しく囁いた。

 

 

『大丈夫だ……俺が傍にいる。怖がらなくていい』

 

 

その言葉に微かに指を動かす麗華……繭の中で彼女は目を覚ました。不気味な空間……体中には糸が張り巡らされ、身動きが取れなかった。

 

 

(……繭の中?

 

何で……)

 

 

ふと思い出す牛鬼の姿……

 

 

(……牛鬼)

 

 

彼の姿を思い浮かべながら、麗華は目を閉じ再び眠りに着いた。

 

 

 

曇っていた空から、シトシトと雨が降り出した。

 

縁側に座り、片膝を立て柱に凭り掛かり庭を眺める龍二。傍で狼姿になった渚が心配そうな表情で、彼を見ていた。

 

 

「龍二ぃ!!いるかぁ!!」

 

 

玄関を開けながら、大声を発しながら四人足音が聞こえた。目だけを廊下に向けると、そこには笑みを浮かべた真二と緋音、彼等の後ろには煙草を銜えた輝三がいた。

 

 

「輝三……お前等」

 

「話は全部、この厳ついオッサンから聞いた!」

 

(厳ついって……)

 

(真二……)

 

「龍二、さっさと麗華の奴を助けに行くぞ。

 

こんな所で、うじうじしてても」

「いいんだ……もう」

 

「?」

 

「……アイツは、自分の意思で牛鬼の元に行った。

 

だから、いいんだもう……」

 

「龍二……」

 

「……本気で言ってんのか?」

 

「……」

 

 

何も答えない龍二……それにキレた真二は、龍二の胸倉を掴む上げそして、頬を思いっ切り殴った。彼に殴られた龍二は柱に体をぶつけ、座り込んだ。

傍にいた渚は、人の姿へと変わり真二の元へ行こうとしたが、その行為をいつの間にか後ろにいた竃が彼女の肩を掴み止めた。

 

 

「……痛ぇな」

 

「当たり前だ……殴ったんだから」

 

「……」

 

「……麗華が自分の意思で行っただ?んなわけねぇだろ!!

 

お前、アイツの家族だろ!!兄貴だろ!!何でアイツの気持ち」

「勝手なことばかり言うんじゃねぇよ!!」

 

「!!」

 

「お袋の形見だった、ペンダントを外したんだぜ?分かるかその訳が……」

 

「……」

 

「優華のペンダントと輝二のブレスレットの勾玉には、悪霊から主を守る特殊な力があるんだ。

 

それを取ったって事は、麗華を守る結界も何も無い……つまり、悪霊からすれば麗華は強力な霊力を持った餌だ」

 

「……それをアイツは取ったんだ」

 

「そんなんで見捨てんのかよ……

 

龍二、もう一回考えてみろ……あの麗華がそんなことするか?俺も緋音も、ガキの頃からお前等とずっと一緒にいる……俺等二人にとっちゃ、麗華は本当の妹のように思ってた……」

 

「……」

 

「龍二……いつも話してくれたよね?麗華ちゃんの事。

 

凄く人見知りで、自分達以外の人には懐こうとしなくて……けど、寂しがり屋で甘えん坊で、それで誰に対しても凄い優しい子だって……動物にも妖怪にも」

 

「……」

 

「私思うよ……ペンダントを外したのって……

 

自分を犠牲にして、皆を助けたかったんじゃなかったの?」

 

「!」

 

 

緋音の話にハッとしたかのように、龍二は顔を上げ彼女の顔を見た。緋音は真二の隣へ行き話を続けた。

 

 

「龍二から見れば、多分麗華ちゃんは昔も今も変わってないかもしれないけど……私達や周りから見れば、凄く変わったよ。

 

私達の前じゃ、まだ小さい麗華ちゃんかもしれないけど、麗華ちゃんのお友達や担任の先生から話聞くと、全然違うもの……自分を犠牲にしてまで、皆を守ろうとしてたって……」

 

「……」

 

「焔ちゃんと渚さんが居なくなった時だって、麗華ちゃん自分を犠牲にして、Kの元に行ったじゃない……」

 

「……」

 

 

緋音の話を聞いている最中、龍二の目から大粒の涙がポロポロと流れ出てきた。

 

思い出す、麗華の姿……泣いた姿、笑った姿、怒った姿、寂しがる姿、甘える姿……

 

 

「……親父が死んだ時……俺思ったんだ。

 

生まれたばかりの麗華見て、俺がこれから親父の代わりに、お袋と麗華を守らなきゃって……決意した証にと思って、泣くのを我慢したんだ……

 

 

けど、六年後にお袋が死んで……自分のせいだって責めて泣いてた麗華見てて、もう麗華が頼れるのは俺しか居ない……だからしっかりしなきゃって……思って……葬式の時泣くのを我慢したんだ……」

 

「……」

 

 

涙声で話す龍二。輝三は真二と緋音を退け、座り込んでいる龍二を力強く抱き締めた。

 

 

「……泣け。

 

 

溜めてるモン、全部出せ……もう、我慢する必要は無い」

 

 

輝三の言葉に、龍二は彼に抱き着き大声を上げて泣いた。

長年、溜めていたものを全て吐き出すようにして、その泣き声は境内に響き渡った。

 

 

 

“パキ”

 

 

朝日が昇る少し前……洞窟内に張っていた繭に皹が入った。蜘蛛達は慌て出し後の一匹が洞窟の外へと出て行った。

 

川で水浴びをする安土と牛鬼。

 

 

「あ~~!気~っ持ちいい!」

 

「ったく、相変わらず脳天気な奴だな」

 

「いいじゃねぇか!それに、牛鬼が長年求めてた女も手に入って、嬉しいんだよ」

 

「……安土」

 

「俺等さ、ずっと住んでた山追い出されて、ずっと旅してたじゃん……

 

そんで、ずっと一緒にいた女は兄貴と俺を捨てて、人間の男とどこかに消えちまって……俺、心配だったんだぜずっと」

 

「……」

 

「そして、行き着いた場所が、あの山桜神社だった。

 

森の中で、傷だらけで腹空かせてた俺等に桜巫女は手を差し伸べてくれた」

 

「……そうだったな」

 

 

“ガサ”

 

 

茂みの中から、飛び出てくる部下の蜘蛛。その蜘蛛に牛鬼と安土は互いを見合い、牛鬼は蜘蛛の傍へと寄った。

 

 

「……!!

 

本当か」

 

「どうかしたのか?牛鬼」

 

「繭に皹が入ったらしい」

 

「えぇ!!

 

だって、あれって確か覚醒するまで数日はかかるはずじゃ」

 

「霊力が高い分、覚醒するのも早いんだろう……

 

行くぞ」

 

 

川から上がった安土に言いながら、牛鬼は部下の蜘蛛と共に茂みの中へ入っていき、服を着ながら安土は慌てて後を追った。

 

 

洞窟の奥へ着た二人。繭には部下の言う通り、皹が入っていた。

 

 

「マジだったんだ……」

 

「……」

 

 

割れる繭。牛鬼は繭に近付き手を伸ばした。すると繭の中からか細い手がゆっくりと伸び、彼の手を弱々しく握った。

 

 

「……麗華」

 

「……」

 

 

顔を上げる麗華……ぼやけていた視界がハッキリしていき、目の前にいる牛鬼の姿が映った。

 

 

「……ギュウキ」

 

「麗華……」

 

 

繭の中から牛鬼は、麗華を引き出し外へ出した。外へ出た麗華はもたつく脚で立った。

 

 

「何か、生まれたての子鹿みてぇだな」

 

「長い間、昏睡状態だったんだ……無理もない(ようやく……ようやく、俺のものになった)」

 

 

ふらつく彼女を牛鬼は抱き上げた。抱き上げられた麗華は、安心したのか再び眠りに着いた。

 

 

「寝ちまった……」

 

「体力が無いんだ。目覚めるまでの間、俺は麗華の傍にいる。安土は彼女に着せる服を探して持って来い」

 

「ヘイヘイ(人使いの荒い兄貴)」

 

 

しばらくして二人は、洞窟を出て行った。残された繭の残骸の中には、深い深い眠りに着いていたもう一人の麗華が糸に絡まれそこにいた。




南にあるとある山……

木の枝に立ち、町を見下ろす氷鸞。首から提げていた何かを手に取りそれを眺めた。それは青色の桜の手作りマスコットだった。


(麗様がいなければ、私はどうなっていたことか……

麗様……)


手に持っていたマスコットを見ながら、氷鸞は空に浮かぶ満月を見上げた。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。