地獄先生と陰陽師少女 作:花札
暗い洞窟の中を、牛鬼は麗華を抱えて歩いていた。
洞窟の奥へ着くと、牛鬼は抱えていた麗華を床に下ろした。下ろした彼女の手足の首に、蜘蛛の糸を巻き拘束した。
「……拘束しなくても……逃げないのに」
「……用心のためだ。
また来る……大人しくしていろ」
牛鬼は来た道を戻り、そして闇の中へと姿を消した。一人残った麗華は、蹲り膝に顔を埋めた。
洞窟から出て来た牛鬼。外で待っていた安土は、洞窟を覗き見しながら彼に話し掛けた。
「独りにさせる意味あるのか?」
「あれをすれば、あいつは完全に俺のものだ」
「あれって……確か体力が予想以上に必要だったような」
「その通り。
体力が万全になったら開始だ」
「りょーかい!」
ベッドの上で、腕に包帯を巻き眠る龍二。
彼の目覚めを待つようにして、傍には渚と竃、雛菊がいた。焔と氷鸞、雷光は屋上に出て太陽に照らされた街並みを誰も何も言葉を発しず、ずっと眺めていた。
その一方でぬ~べ~と玉藻、鎌鬼と輝三は別の部屋にいた。
四人の横でカルテに何かを書きながら、茂は重い空気を壊すようにして口を開いた。
「病院で怪我するって、いったいどういう考えを持ってるんです?
病院は怪我や病気を治す所で、患者を増やす所じゃありません」
「……」
「……とま、世間話は、これくらいにしといて。
どうするんです?」
「……元の発端を起こしたのは、この私です。全責任は私に」
「玉藻先生の意見は確かにそうかもしれません……
しかし、まだ他に理由ありますよね?」
「……」
「龍二君が話さなかったこともですが……オッサン。
アンタ全部知ってたんでしょ?神崎院長が操られた麗華ちゃんの手によって死んだって事……」
「……」
「知ってたくせに、事実を兄である龍二君に話すように押し付けた……そんなところじゃないですか?」
「……押し付けてねぇよ」
「?」
「あいつが全部言うって言ったんだ……自分の口から」
「……」
「予想通りの反応だった……
だから早く言えば良かったんだ……それをアイツは、麗華に辛い思いをさせたくないって、ずっと逃げてたんだ……いつでも言えるチャンスはあった……俺の元で修業してたときにだって、言えたはず……」
「……」
窓の外を眺めながら、輝三は静かにそう言った。
「……けど、アイツにはその勇気が無かった……
それが今の結果だ……」
そう言うと輝三は、片手をポケットに入れ部屋を出て行った。
屋上に居座る雷光と氷鸞……
そこへ、どこかへ行っていた焔が手にお神酒が入った樽を二本担いで帰ってきた。
「焔、それは」
「家から持ってきた……
全部飲み干す。俺等三人で」
「……」
「テメェ等、約束したよな?この俺と……杯交わしたよな?
何があっても、命に代えて我等が主・麗を守り抜くって」
「焔……」
「この二本、飲み干したら麗を探しに行くぞ」
樽を置き、懐からお猪口を取り出す三人。三人は同時に樽の蓋を叩き割り、中の酒をお猪口に注ぎそして互いの腕を絡み合わせた。
「テメェ等二人に問う!
我と義兄弟の契りを交わし、そして自身の命を我が主・麗に注ぐか!?」
声を張り二人に問う焔……すると、二人はそれぞれの技を出しそして言った。
「この氷鸞、我が能力……氷と水に誓い麗様を命に代えて守ります!!」
「この雷光、我が能力……風と雷に誓い麗殿を命に代えて守ります!!」
「その誓いを決して忘れるな!!」
その声と共に、太陽は三人を強く照らした。
場所は変わり暗い洞窟……
道を歩く牛鬼。奥へ辿り着くと、周りに見張りをさせていた蜘蛛達は、彼の元へと行き何かを伝えるようにして、口を動かした。
蜘蛛達から何かを聞いた牛鬼は、奥で蹲る麗華の元へと近付き隣へ座った。
「……何を怯えている」
「……分かんない……ただ怖い……」
身を縮込ませ、麗華は震えた声で言った。牛鬼は彼女を抱き寄せ、そして優しく声を掛けながら肩を擦った。
「誰もいねぇからだ……でも大丈夫。
この俺が、ずっとお前の傍にいてやるからな……」
「……」
「お前も……俺の傍にいたいだろ?」
顔を上げ牛鬼を見る麗華。牛鬼は笑みを溢し、彼女の頭を優しく撫でてやった。
「俺はずっとお前の傍にいるからな……」
麗華を抱き締めながら、牛鬼は静かに優しく囁いた。
すると麗華は、その言葉に安心したのか瞼をゆっくりと閉じ、そして深い眠りに入った。
「桜巫女、眠っちまったか?」
そこへ、頭の後ろに手を回し組んだ安土が彼等の元へとやってきた。牛鬼は眠った麗華を寝かせ立ち上がった。
「やるぞ……」
「応よ!」
安土は指を鳴らし、周りにいた蜘蛛達を集めた。蜘蛛達は麗華に尻を向け一斉に糸を出した。糸は眠った麗華を包み込んだ。
牛鬼は手から六本の矢を出し、麗華を囲うようにして投げ刺し、蜘蛛達が出していた糸がその矢に絡んだ。すると糸は不気味な色を出し、包み込んでいた麗華を持ち上げそして四方に糸を張り巡らせると、大きな繭になり不気味な光を放った。
「スゲェ……」
「目覚めるまで時間は掛かる……
だが、目覚めればこの俺のものになる……完全にな」
病院のロビー……隅の椅子に座り、鎌鬼は麗華が首から提げていた勾玉を眺めていた。眺めている最中、鎌鬼は龍二の手首にも同じ勾玉のブレスレットを思い出した。そしてそのブレスレットは、生前輝二が身に着けていた物だと言う事も……
「そりゃ、優華が生前着けていたペンダントだ」
顔を上げると、そこにいたのは輝三だった。輝三は鎌鬼の隣へ座り、彼が持っていた勾玉に目を向けて話を続けた。
「輝二が高校生の時、優華の誕生日にそれをプレゼントしたんだ。
そんで、優華は輝二とお揃いにしたくて、輝二の誕生日に同じ勾玉のブレスレットをプレゼントしたんだ……
今でも覚えてる……互いのプレゼントに喜んだ二人の顔」
「……その笑顔の一つを、僕は奪った」
「……やっぱりか」
「十一年前、輝二の命を奪ったのは僕です……
復讐するがために、多くの命を奪いました……そして最後に目を付けたのが、麗華でした。
けど、そんな僕を救ってくれたのが麗華でした。罪滅ぼしにと思い、僕の魂は転生しフェレットのシガンになったんです。以前、麗華と龍二が危険にさらされた時、僕はこの姿になって二人を助けました」
「一瞬ぶん殴ろうと思ったけど、二人の命を助けてくれてんなら、良しとするか」
「貴方は、輝二の……」
「兄貴だ……年が離れてて、あんまり一緒にいられなかったが、アイツはよく優華を連れて俺の元へ遊びに来た。
しばらくして、甥っ子も連れて来て……本当に楽しかった。輝二もだが輝一も来てくれた……二人が来るたんびに家ん中が賑やかになったもんさ。
輝二が死んだ後、残った優華達の事が気になって時々様子を見に行ってたが、相変わらず賑やかだった。輝二が亡くなったのは痛かったが、アイツは残してくれた……『麗華』っつう存在を」
「……」
「よく電話で相談された……
次に生まれてくるガキの名前を考えたいって……どうしても優華の『華』の字を入れたいって言って、色々名前を思いついて言ったんだが、輝二の奴どれもピンと来なかったらしくて……
けど、生まれる半月前だったけなぁ……名前が決まったって、喜んだ声でそう叫んでた。お袋の字を取って『麗華』……
アイツ、自分より早死にした親の名前を、自分の子供二人に付けやがって……正直凄ぇ奴って思ったよ。ある意味で」
「……僕が殺さなければ、今の状況を輝二はどうしたんでしょうね……」
「さぁな……」
「今二人が頼れるのは、輝三……君しかいないと、僕は思うよ」
「……かもな」
鼻で笑い、輝三と鎌鬼はしばらくの間、ロビーで時間を潰した。
空のなった樽が転がる屋上……
「俺は北と西、雷光は東、氷鸞は南の山を捜してくれ。
俺の予想が当たってれば、奴等はどこかの山に潜んでる可能性がある。
明日の夕方、ここへ戻ってこい」
「承知」
「承知」
「じゃあ行くぞ……散!」
焔の掛け声と共に、三人は屋上から姿を消しそれぞれの区域へ向かった。