地獄先生と陰陽師少女 作:花札
彼女の頭には、長年封印されていた記憶が蘇ったかのようにして、固まっていた。
「……これが全てだ」
「……私が……私が、母さんを」
「……違う。
お前のせいじゃ」
「何で教えてくれなかったの……」
「?!」
「何で教えてくれなかったの……
何で……ずっと」
「……」
ベッドから降り、龍二に近付く麗華。龍二は彼女と目を合わせぬようにして、下を向いた。
「答えてよ……」
「麗華……龍二はお前に辛い思いを」
「何が辛い思いよ!!」
「!」
「母さんの死の真相を知らなかっただけで……どれだけ辛かったか……
いつも思ったよ……何で自分には、父さんも母さんもいないんだろうって……
父さんはともかく……母さんは私のせいで」
「麗華」
「聞きたくない!!
兄貴なんか……大っ嫌い!!」
踵を返し部屋を飛び出る麗華。後を追い駆けようとした焔を竃は彼を止め、ついて行くなと首を横に振った。外で話を聞いていた鎌鬼は、すぐに彼女の後を追い駆けていった。
屋上へ出て来た麗華……その後を鎌鬼が追い駆け、後ろに立ち止まった。
「……麗華」
「……ずっと、思ってたよ……
母さんが、何で死んだのかって……兄貴に聞いてもいつも流されて終わって……
私が殺してたんだ……母さんを」
涙声で麗華は、首から提げていた勾玉のペンダントを手に取り見た。
「麗華……でも」
「アンタまで兄貴の味方するの!
父さんを殺したくせに……」
「!!」
「……!
ゴメン……しばらく一人にして」
それ以上は何も話さず、鎌鬼は中へと入った。一人になった麗華はその場に蹲り泣き出した。
「もう……誰も信じられない……誰も」
「だったら……俺の元に来るか?」
部屋で頭を抱えソファーに座る龍二……彼に輝三は、ずっと背中を擦っていた。
「……よく話したよ、龍二」
「……」
「……?」
「……輝三」
「来たか……
龍二立て、行くぞ」
「行くって……」
「屋上だ……奴等が来てる」
「……!!」
何かに気付いたのか、龍二は部屋を飛び出し屋上へ向かった。
立ち上がる麗華……目の前には、牛鬼と安土がいた。
「牛鬼……」
「記憶を取り戻した様だな……」
「……」
「水術!渦潮の舞!!」
突然放たれた水の攻撃に、二人は素早くその攻撃を避けた。麗華は後ろを振り返り、放たれた方に目を向けた。
そこにいたのは、氷鸞と雷光がいた。
「氷鸞……雷光」
「麗華!!」
息を切らした龍二が、麗華の前に姿を現した。その後を輝三達が追い駆けてきた。
「兄……貴」
「また邪魔が……」
「牛鬼、今回は人質に取ればいいんじゃねぇのか?」
「だな」
近くにいた麗華の腕を引っ張り、安土は給水タンクに蜘蛛の巣を張りその中心に麗華を投げ入れ拘束した。
「麗華!!」
「神主、俺等に勝つことが出来たら、桜巫女は諦め返す……だが、お前達が負けたら桜巫女はこの俺のものだ」
「……」
「答えを聞かずに、戦闘開始だ!!」
安土は跳び上がり毒針を出し、雨のようにして放った。
「渚!!氷鸞!!」
龍二の言葉に、二人は口から水を放ち毒針を消し去った。
「ふぅ!新たな妖怪を差し支えたか!
え~っと、氷と水に雷と風ってところか」
「?!」
「完全に見切られてるか……
全員攻撃しろ!!あいつ等に隙を作らせるな!」
攻撃を仕出す焔達……
輝三と龍二は、剣と棍棒を手に取り二人に攻撃した。二人は全ての攻撃を避け、宙に舞った。
「やれやれ……数が多すぎる」
「そんじゃ、部下出しますか」
「あぁ」
指を切り血を出し、宙に陣を描いた。すると陣から大量の巨大蜘蛛が姿を現した。
「そいつ等を全て殺し、俺等を倒したら桜巫女は返そう」
地面へ着地した蜘蛛は、龍二達を攻撃した。そんな様子を見ながら、安土と牛鬼は麗華の近くに降り立ち観戦した。
「ひょ~!良い景色」
蜘蛛を退治していく龍二達……その時、龍二の背後から蜘蛛が飛び掛かろうとした。
「兄貴!!後ろ!!」
麗華の声に龍二は、後ろを振り返ったが蜘蛛はすぐ目の前にいた。襲われる寸前、蜘蛛の体に白衣観音経が巻かれ、そして蜘蛛は粉々に消え去った。
その攻撃に、安土達はドアの方に顔を向けた。そこにいたのは、鬼の手を構えるぬ~べ~と首さすまたと狐の尾を出した玉藻がいた。
「阿呆教師……化け狐」
「僕の患者が、まさか君達兄妹の敵だったとは……」
「お!妖狐!
腕サンキューな!」
礼を言う安土……
動きが止まっていた蜘蛛達は、一斉に動き出し龍二達を襲いだした。
「腕を治したことには礼を言う……だが、貴様もそちら側なら、遠慮無く攻撃させて貰う」
「……」
「どうだ、桜巫女……
これがお前等を騙してきた、仲間の姿だ」
「……仲間」
思い出す、数々の戦い……龍二にぬ~べ~、焔達が傍にいた。そして助けてくれた……鎌鬼にも言えることだった。
島で起きた事件……死にかけたとき、助けに来てくれた。今回も同じだ……
(私は……)
闘う焔達……焔と竈、雛菊は火を放ち蜘蛛達を焼き殺し、氷鸞と渚は、渚が水を放ちそれを氷鸞が氷を放ち槍のようにして攻撃し、雷光は雷を放ち鎌鬼は大鎌を振り回し攻撃した。
だが、倒しても倒してもその数は一方に減ることはなかった。
「そろそろ飽きてきたな……牛鬼」
「……やるか。
安土、桜巫女を」
「応よ!」
宙へ飛ぶ牛鬼……真上へ来ると牛鬼は、自身を中心に毒針を浮かせそして払い投げた。毒針は一斉に龍二達目掛けて降ってきた。
「龍!!」
「輝三!!」
渚と竈は二人に覆い被さり、ぬ~べ~と玉藻達はその場に伏せ、攻撃を避けた。毒針の雨が上がり、牛鬼は龍二に覆い被さっていた渚を蹴り飛ばし、龍二の髪を持ち上げた。
「これで分かっただろ?貴様は俺等兄弟には勝てない」
「……」
「辞めて……」
微かだがその声が、どこからか聞こえ牛鬼は上を向いた。拘束された麗華が、下を向いてそう言ったのだ。
(麗……)
「もういい……
牛鬼、アンタと一緒に行くから……行くからもう辞めて」
「本当だな」
「……うん」
龍二の頭を離し、牛鬼は彼女の元へと行った。安土に解かれた麗華は、彼の手を借りて宙に浮いていた。そして空いているもう片方の手で、首から提げていた勾玉を取り捨てた。地面へ落ちた勾玉は、倒れている鎌鬼の元へと転がった。
「麗華……行く」
「黙れ」
起き上がろうとした龍二に、牛鬼は毒槍を飛ばした。毒槍は彼の腕に刺さり、動きを封じた。
「神主、桜巫女は貰っていく……
精々巫女の幸せでも祈っとけ」
安土から麗華を受け取り抱き抱えながら、牛鬼は龍二にそう言った。麗華は誰とも目を合わせず、牛鬼に抱えられるがままに彼等と共に暗い空へと消えていった。
「……キショウ……チキショウ」
拳を震えさせ悔し涙を出す龍二……手に刺さった毒槍を引き抜き、近くにあった剣で龍二は自身の手の甲を何度も刺した。
彼の行為を、輝三は止めた。止められた龍二は、彼の方を向いたら、輝三は首を横に振り口を開いた。
「自分を傷付けたって……帰ってくるわけじゃねえんだから止せ」
「……」
手から剣を落とす龍二……その瞬間、火が点いたかのように輝三の上着を掴み大声を上げて泣き出した。
龍二に釣られて焔は、地面を拳で叩きながら悔し泣きをした。氷鸞と雷光も、涙は流したが声に出さず、拳を握り己の弱さに嘆き悔やんでいた。
風が吹き木々がざわめく、山桜神社……
“パリーン”
仏間の壁に立て掛けていた優華の遺影が、突然床に落ち割れた。縁側で煙管を吸っていた丙は、煙管を置き割れた優華の遺影を手に持った。
その時、一瞬龍二と麗華の姿が頭に過ぎった。ハッとした丙は遺影を持ったまま、窓の外を見た。
外は嫌な風が吹き荒れ、木々を揺らしていた。丙はもう一度優華の遺影に目を向けた。優華の遺影は、笑っているがどこか悲しげな目をしていた。