地獄先生と陰陽師少女 作:花札
目を覚ました輝三は、起き上がりあくびをしながら水を飲もうと台所へと行った。
台所には既に起きた龍二が、朝ご飯を作っていた。
「龍二?」
「あ!輝三、おはよう」
「朝っぱらから、大変だなぁ」
「母さんが朝居ない時は、いつもこうだよ。
焔ぁ!!麗華の奴、起こしてくれ!」
「分かったぁ!」
庭で渚と組み手をしていた焔は、龍二に返事をして麗華の部屋へと向かった。渚は縁側に置いていたタオルで顔を拭きながら、台所にいる龍二の元へと行った。
「ゲホゲホゲホゲホゲホゲホ!」
咳に気付いた龍二は、洗い終えたフライパンをコンロに置き、輝三と一緒に廊下を見た。
焔に抱かれている麗華は、激しく咳をしていた。
「喘息か?!」
「多分……起きたら、この調子だったから」
「そこに寝かせろ。薬持ってくるから」
龍二の言う通りに、焔は座布団を枕にして麗華を寝かせた。苦しく咳をする彼女の元へ薬を持った龍二が寄り、薬を飲ませた。薬を飲みしばらくして、麗華は落ち着き息を整えながら、起き上がり傍にいた龍二に抱き着いた。
「確かに、喘息持ちだな」
「時々こうなるんだよ……
けど、参ったなぁ……今日母さん、帰ってくるかどうか分かんねぇし」
「麗華の面倒なら、俺が見る」
「えぇ?!!」
「何だよ、その反応」
「いやだって……」
「言っとくが、こう見えても俺は自分のガキ二人を立派な大人に育て上げた」
「とか言って、本当は美子叔母さんが全部やってたんじゃねぇのか?」
「……余計な口叩いてないで、とっとと飯食って学校行け」
「話を反らすな!」
「いいから食え!」
しばらくして、朝食を食べ終えた龍二は急いで支度をし渚と共に家を飛び出して学校へ行った。
龍二が出て行き、家にいるのは輝三と竈、丙、焔と麗華の五人だけ。麗華は縁側で狼の姿になった焔に凭り掛かり座りながら、大人しく絵を描いていた。
「ガキの割には、大人しい奴だな」
「優は手が掛からなくて楽だって言っていたけど……ちょっと心配だよ。
龍が麗くらいの時は、大人しくなくていつも輝と優が手を焼いていた。それに比べて麗は……
体のこともあるからだとは思うんだが……」
「心配すんな。
輝二のガキの頃も、こんな感じだった」
「そうだったのか……」
「中身といい外見といい、輝二そっくりだな」
「外出る!」
スケッチブックを床に置き、麗華は焔を飛び越えて表へと出た。
「待て!麗!」
外に飛び出た麗華を、焔は庭を出て彼女の前に立った。
「今日は外に出るのは駄目だ!」
「え~……何で?」
「朝、咳しただろ!」
「もう平気だもん!」
「駄目だ!今日は家で大人しくしてろ!」
「嫌だ!」
言い争う焔と麗華に、仲裁に入るかのようにして輝三と竈が止めに入った。
「そこまでだ」
「輝三……」
「いちいち喧嘩すんな。
麗華、焔の言う通り今日は家で大人しくしてろ」
「嫌だぁ!遊びたいぃ!」
「龍二達が帰ってくるまで、大人しくしてろ」
「嫌だ!行く!」
隙を狙い、輝三の後ろへと回りそのまま走り出し森へ入った。
「麗!」
「すげぇ速さだな……」
「感心してる場合か」
「だな……竈」
「ったく」
狼の姿へと変わり、竈は焔よりも早くに森に入った麗華を止め、頭で彼女の背中を押しながら追い駆けてきた焔に渡した。
「家帰るぞ」
「……」
膨れながら麗華は、その場に座り込んだ。後から輝三が駆け付け、座り込んだ麗華に合わせる様にして座り込んだ。
「しょうがねぇ……
湧水までなら、行ってもいい。ただし俺と一緒だ」
「本当?!」
「輝三!」
「輝三!」
「怒るな怒るな。
何でもかんでもダメダメ言ってちゃ、将来こいつグレるぞ」
「グレ……」
「簡単に言うと、輝三みたいになる」
「嘘?!」
「竈!」
「事実だろ?」
「っ……
おら、行くぞ!」
立ち上がり竈と焔を退かしながら、輝三は歩いて行った。その後を麗華は追い駆けていき、焔と竈は互いの顔を見合わせながら二人の後についた。
茂みを抜け、湧水に着いた輝三達。麗華は湧水の縁まで行き、袖を上げ湧水に手を入れた。
「中には入るなよ。湧水とは言え、底が深いから」
「縁でも駄目?」
「足浸かるならいいが、真ん中に行くんじゃねぇぞ」
「うん!」
履いていた下駄を脱ぎ、袴の裾を上げ足を浸からせた。焔も彼女と一緒に、湧水に入った。入ってきた焔に、麗華は水を掛けた。掛けられた焔は顔に付いた水を払い、彼女に向かって水を掛け返した。
昼過ぎ……掛け合いで濡れた麗華の体を、輝三は持っていたタオルで拭いた。
「ったく、ビショビショになるまで掛け合いすんな。
風邪引いたら、元も子もねぇぞ」
「へへ!大丈夫!風邪引かないもん!」
「だからってな……ま、いっか。
さ、家帰って飯食うか」
「うん!」
拭き終えると、麗華は一目散に茂みの中を駆け入って行った。その後を慌てて焔は追いかけて行き、二人の後を輝三と竈はゆっくりとついて行った。
お昼ご飯を食べ終え、縁側で焔の胴に頭を乗せ昼寝する麗華に、輝三は肩に羽織っていた羽織を彼女に掛け、近くに座った。
「遊んだら寝るか……子供らしいな」
「一時間後には起きる。そして遊ぶ……
毎日この繰り替えしさ」
「教育としてはいいが……」
「?何か不満でも」
「別に……お前等妖達には、関係ないことだ」
「なんだい、それ」
「気にするな……?」
眠る麗華にふと、顔を向ける輝三……寝ている彼女の頬が少し赤くなっているのに気付いた。
「丙、こいつの顔、赤くねぇか?」
「え?」
麗華の額に手を当てると、額は熱く更に麗華は咳を出した。
「完全に風邪引いたな……」
「じ、じゃあ」
「心配すんな。軽い風邪だ。
しばらく大人しく寝てりゃあ、元気になる。丙こいつの部屋、どこだ?」
寝ている麗華を抱き上げ、輝三は丙に案内された部屋へ入り、彼女をベッドへ寝かせた。後から来た狼姿の焔は、床に横になった。
「焔、見張り頼んだ」
そう言いながら、輝三は戸を閉めた。
数時間後……麗華はゆっくりと目を覚ました。すると目の前に、自分の額に自身の額を当てる龍二の姿がいた。
「あれ?……お兄ちゃん」
「熱は下がった見てぇだな」
「熱?」
「昼間、熱出して寝込んだんだろ?
輝三から聞いた」
「ふ~ん……
ねぇ、母さんは?」
「母さんならさっき電話があって、今日は帰れないだとさ。後、輝三は今、夕飯の買い出し」
「麗華も行きたかったぁ!買い物」
「阿呆!熱出して寝込んでる奴を、連れて行けるか!」
「え~!!」
「え~じゃねぇ!
ほら、夕飯できるまで寝てろ!」
「もう平気だもん!
ねぇお兄ちゃん!森行こう!」
「駄目だ!大人しく寝てろ!」
「寝るの嫌だ!起きてる!」
「だったら大人しくしてろ!」
「縁側で絵ぇ描く!」
ベッドから飛び降り、麗華は部屋を飛び出した。
「麗華!
ったく……」
「あれだけ元気にはしゃいでんだから、いいじゃねぇか」
「いや、そうだけど」
「心配し過ぎよ、龍」
麗華を追い駆け、龍二は縁側へ行った。先に来ていた麗華は、縁側の窓を開け空を見上げていた。
「どうかしたか?麗華」
「外が暗い……」
「当たり前だ。もう七時なんだから」
「フーン……」
「ほら、窓閉めるぞ」
「うん」
そう言いながら、龍二は窓を閉めた。
それから数分後、輝三が買い物から帰ってきた。彼が作った鍋焼きうどんを、二人は美味しそうに食べた。食べ終わると、麗華は顔を赤くしてボーッとしていた。
「麗華?大丈夫か?」
「ふん?ゲホゲホ」
「咳が出て来たな……ぶり返したか?」
「麗華、もう寝よう」
「え~……まだ起きゲホゲホ!」
「咳してるし、熱もあんだから寝るぞ」
「う~……」
龍二に抱かれ、麗華は部屋へ行った。縁側で横になっていた焔は一あくびし、二人の後をついて行った。
部屋へ入り、いつの間にか寝てしまった麗華をベッドに寝かせた。布団を掛け龍二は心配そうにため息を吐いた。
「湧水で遊ばせたのが、まずかったか……」
部屋に入ってきた輝三は、麗華の額に冷えピタを貼りながら申し訳なさそうに言った。
「湧水?」
「森の中にある小さな溜池だ。どうしても森で遊ぶって騒ぐから、遊ばせたんだ。焔と水掛け合って、ビショビショに濡れたんだ。一応タオルで拭いたけど、あんまし効果無かったな」
「濡れたなら、風呂に入れといてくれよ。こいつ本当に体弱くて、ちょっとしたことでもすぐに風邪引くんだから」
「……本当に輝二に似てるな」
「え?父さんに?」
「輝二も、麗華くらいの頃は体が弱くて、しょっちゅう風邪引いてたんだ。
俺がまだ学生時代、昼間に家へ帰ってくるといつもいた……迦楼羅に凭り掛かって、軽く咳しながらガキのくせに難しい本読んで……後でお袋に聞くと、学校で喘息の発作起こして、早退したんだとさ」
「父さん、そんな風には見えなかったけど……」
「大人になって、喘息が治まったんだろ……だから、何も言わなかったんだ。まぁ、お前が生まれた時喘息持ちじゃないって言うのを聞いて、あいつスゲェ喜んでたっけなぁ」
「ここで父さんの話すんなよ……
麗華が聞いたらどうすんだ」
「おっと悪い」
真夜中……
「ゲホゲホゲホゲホゲホゲホ!!」
自分の咳で起きる麗華……布団を退かしながら体を起こし、咳をしながら部屋を見た。彼女の咳で目が覚めたのか、焔は顔を上げた。
「麗、どうかしたか?」
「ゲホゲホゲホゲホ!母さんは?」
「優なら、母上と一緒で帰ってこないって……龍が」
「ゲホゲホゲホゲホ!」
ベッドから降り、咳をしながら麗華は部屋を出た。その後を焔は狼から鼬へと姿を変え、ついて行った。
その頃、輝三は寝泊まりしている部屋で古いアルバムを見ていた。それは自分達がまだ子供の頃、この神社で住んでいた時に撮られた写真だった。中学に上がるまでの間、自分はずっと一人だったが、小学校を卒業する二ヶ月前……双子の弟達が生まれた。
双子の内、一人は丈夫に育ったがもう一人は喘息持ちの上体が弱かった。すぐに風邪を引くため、保育園にも行けずいつも家にいた……それが、末の弟の輝二であり龍二と麗華の父親。
(……二人目のガキの顔を見ずに逝って、悔しかっただろうなぁ。俺があの時、もっと早く駆け付けてさえいれば)
その時、廊下の板が軋む音が聞こえた。輝三はアルバムを部屋に置かれていた桐タンスの中にしまった。それとほぼ同時に、襖が開きそこにいたのは、咳をして半べそをかいた麗華だった。
「麗華……どうした?」
「ゲホゲホゲホゲホ……母さんは?」
「優華なら、今日は帰ってこない」
「ゲホゲホゲホゲホ」
咳をしながら、麗華は泣き出しその場に蹲った。輝三はため息を吐きながら、蹲った彼女を抱き上げ自分の布団に寝かせた。布団を掛け、しばらく麗華の頭を撫でていると、重い瞼を閉じそのまま眠りに入った。
二人の光景を見ていた焔は次第に眠くなり、鼬姿のまま大あくびをウトウトしていた。すると部屋の隅で寝ていた竃が焔の傍へ寄り、ウトウトしている焔を寝かせた。
(本当……輝二にそっくりだな)
眠る麗華の頭を撫でながら、輝三は昔のことを思い出した。
高校時代、勉強で夜遅くまで起きていた頃、両親が仕事の都合で帰ってこない日が希にあった。双子の兄はすんなり寝てくれたが、輝二だけどうしても夜眠ることが出来ず、輝三の部屋に来ては一緒に寝ていた。
しばらくして、輝三は部屋の電気を消し自分も眠りに着いた。