地獄先生と陰陽師少女 作:花札
傍には、シガンと焔がおり二匹は体を起こした彼女に擦り寄った。
「焔……シガン」
「もう平気か?」
「うん……
お兄ちゃんは?」
「龍は学校だ」
「そう……
ちょっと外出て絵、描いてくる」
キャビネットの上に置いてあったスケッチブックを手に取り、麗華はベッドから降りドアに手を掛けようとしたときだった。
突然戸が開き、外から茂が入ってきた。
「茂さん」
「その様子だと、もう大丈夫みたいだね」
「うん」
「……?
絵を描きに行こうとしていたのか?」
「うん……暇だったから」
「残念だけど、今日一日は部屋から出ないようにしてくれないかな?」
「え?何で」
「色々検査したいんだ。それにまだ体力が戻ってないだろ?
検査が終わったら、龍二君達と一緒なら外に出てもいいから」
「……ハーイ」
残念そうな声を上げる麗華に、茂は困った表情を浮かべながら頭をかいた。そんな彼女の元へ、シガンが肩へと登り頬擦りした。頬擦りしてきたシガンの頭を、麗華は優しく撫でてやった。
「ねぇ、麗華ちゃん」
「ん?」
「そのフェレットは、どうしたんだい?」
「この子ですか?
前に通り魔がありましたよね?その時の、犯人が妖怪で……
自分の罪を認めて、死ぬ際に私とお兄ちゃんの傍にいるって約束してくれて……この子はその生まれ変わりなんです」
「そうだったのか……」
夕方……病院へ来た輝三と同じタイミングで、ぬ~べ~がやって来た。
「アンタ…確か」
「こ、輝三さん(やっぱり、怖い……)」
喫煙所で煙草を喫う輝三は、麗華が記憶障害を起こしていることを防いで、面会謝絶の事情を話した。
「錯乱……ですか」
「あぁ……昨日、俺と龍二も彼女の所に行ったんだけど、急にパニック起してそのままだ。
茂からの話じゃ、しばらくは家族以外の面会は謝絶だとさ」
「そうですか……」
「花とか届けるのは、まだ構わない。けど会う事はできない」
「……」
心配顔を浮かべるぬ~べ~に、輝三は煙草を手に取り煙を吐き出し、彼の方を見た。
「教師っつうのは、生徒をそこまで心配するもんなのか?」
「しますよ。特に麗華は心配です。
彼女は、以前の学校で酷いいじめを受けて、転入してきた頃は、全く俺や生徒達に心を開こうとしませんでした……
けど、日が経つに連れだんだんと彼女も、心を開くようになっていったんです。確かに口調や態度は、時折目に障りますが……」
「……学校は毎日来てんのか?」
「えぇ。時折遅刻はしますけど……」
「……行かせて、正解だったな」
「?」
「いや何……島から帰って来てからの、約一年半……あいつ等の面倒みてたんだ。俺は」
「……」
「島から帰って来たって話を聞いて、溜まってた休み使ってアイツらの所に行ったんだ。
島の奴等は本当に麗華を壊したなって思った……あの時の彼女の姿を見て」
「その当時の姿って……」
「……人間不信……人間嫌い。どの言葉で表せばいいか分からなかった。
ずっと龍二の傍から離れようとせず、他人が来ればどこかに隠れちまう……この俺が来た時も、そうだった。昔は俺の事を、父親の輝二と重なって見えたのか、よく甘えてきたもんさ」
「……」
「優華が死んでから、アイツ等は変わっちまった」
「優華?誰です」
「二人の母親であり、先代の桜巫女だ。綺麗な女だった。
綺麗な女程……死期は早いなぁ」
「……失礼な事を聞きますが……
二人の母親は、なぜ死んだんです?」
「……さぁな」
「詳しく知っているなら、教えて」
「超えねぇ方が良いぜ?境界線」
煙草を消しながら、輝三はぬ~べ~の隣に立ち入った。
「超えれば、お前も関わることになる。
そして、死ぬ」
「……」
「これ以上……二人を苦しめないでくれ。特に龍二を」
そう言うと、輝三は喫煙所を出て行った。
病院を出たぬ~べ~……ふと上を見上げ、病室の窓を見た。どの部屋に麗華がいるかは分からないが、窓全体を眺めた。しばらく眺めると、ぬ~べ~は顔をおろし病院から離れて行った。
彼の後ろ姿を、麗華は窓から眺めていた。
(誰だろう……でも、会ったことある様な)
戸の叩く音が聞こえ、振り返ると戸が開き外から、茂と輝三が入ってきた。
「輝三!」
彼の名を呼びながら、嬉しそうに駆け寄り抱き着いた。そんな様子を見て、茂はホッとしたかのように息を吐いた。
「何だ。案外元気そうじゃねぇか」
「全然平気だよ!
だけど、茂さんは動いちゃ駄目だって」
「自分が善くても、身体は全然なんだから余りはしゃがないように」
「ハーイ……
ねぇねぇ、外行こう!」
「おいおい、茂の話聞いてなかったのか?」
「輝三が来たら外に出ていいって、茂さん言ったじゃん」
「いや、言ったけど……」
「守った約束はしっかり守れって、いつも母さん……が……」
突然黙り込む麗華……彼女の目に映る光景には、若い頃の茂がカルテを見ながら、困った顔をしていた。そんな彼に、優華は手に持っているカルテで軽く頭を叩いていた。
二人の姿に、幼い自分と龍二が笑っていた。それに釣られて優華と茂も一緒に笑った。
「麗華!!」
「麗華ちゃん!!」
二人の声にハッと我に返った麗華は、辺りを見回した。彼女の肩を掴んでいた輝三は、茂と顔を合わせもう一度彼女を見た。
近くにいた焔は、そんな彼女に擦り寄った。
「焔……」
「麗華ちゃん、大丈夫?」
「……」
「どこか、痛いところ無いか?」
「……母さんは?」
「?!」
「今……母さんがそこに……」
「……麗華……優華はな」
「どうして……」
「?」
「どうして、母さんと弥都波は死んだの」
「?!」
その言葉を放つと、麗華は力無く倒れた。輝三は倒れた彼女を受け止め、抱き上げるとベッドへ寝かせた。狼姿になっていた焔は、人の姿へとなり心配そうな表情で輝三の元へ寄った。
「輝三……」
「こいつの中で、何が起きてるんだ……」
「……覚えてるのか」
「?」
傍にいた竈は口を開き、焔に質問した。焔は訳が分からず、竈の方に顔を向けた。
「お前は、覚えてるのか……弥都波が死んだ時のことを」
「……
覚えてるよ」
「……」
「母上が死んだ時の事は……今でも覚えてる」
蘇る記憶……真っ白な毛が血で赤く染まった弥都波の傍で、涙を流しながら叫ぶ渚と自分。
震える焔を、竈は抱き寄せ慰めるようにして頭を撫でた。
同じ頃……童守病院のロビーのソファーに座る二人の兄弟。チャラけた格好をした弟とスーツ風の格好をした兄。
「よく来るねぇ……人が」
「黙って待っていられないのか」
「仕方ねぇだろ?暇なんだからさ」
「全く……」
「早く腕治して、あの二人を殺したいぜ」
「そうだな……
二人だけでない。あの神社も壊そう」
「えぇ!あそこも壊しちまうのかよ?!
あんな綺麗な場所、滅多に見れねぇぞ?」
「元後言えば、桜巫女が娘を渡せば済んだ話だ。素直に渡さなかった、奴等が悪い」
「それもそうだな」
「腕が治れば、こっちのものだ。
そうすれば……娘は」
兄の頭に蘇る記憶……手を差し伸べ、笑みを浮かべる少女の姿。
「惚れた女は、絶対だな?」
「当たり前だ」
「けど、殺すんだろ?」
「当然だ。この俺を裏切ったんだからな」
日が暮れ、辺りが真っ暗になり、病院内が寝静まった頃……
麗華は意識を戻しゆっくりと、目を開けた。体を起こし真っ暗になっている、部屋を見回した。床にはシガンと焔が体を丸くして、眠っていた。
突然怖くなり、ベッドから降り部屋の戸を開け病室を出た。真っ暗な廊下を、壁に着けられていた手摺を手で探りながら歩いた。
先の見えない闇に映る、白い白衣姿の人物……その者はゆっくりと麗華の方に振り向いた。
「……母さん」
『麗華』
優華に手を伸ばそうと時、顔に光が照らされ、眩しさのあまり目を細めた。
「麗華ちゃん?!」
懐中電灯を持った看護師が、驚いた表情で彼女の名を呼び叫んだ。
「どうしたの?!夜は部屋から出ちゃ駄目だよ!」
「……お兄ちゃんと輝三は」
「二人ならもう帰ったよ。
さ、お部屋に戻ろう」
看護師に釣られ、部屋へと戻った麗華。部屋に入ると戸を閉め、眠っている焔の胴に頭を乗せ眼を閉じ眠りに入った。何かが乗った感触に気付いた焔は、目を覚まし自身の胴に目を向けた。不安そうな表情で、眠る麗華の姿を見た焔は、自分の尾を彼女の体に乗せ再び眠りに入った。
眠りに着いた麗華は夢を見た。自分の幼い頃の笑い声が聞こえた。
『母さん、見てみて!
青と白が団栗くれた!』
『あら、よかったじゃない』
笑う優華……声に釣られて、麗華はゆっくりと目を開けた。だが、その光景は自分が想像しているものとは大きく違っていた。
血塗れになった優華と泣き叫ぶ自分……そして呼び叫ぶ龍二に優華の治療をする丙。
『私のせいだ……私のせいで』
目を覚める麗華……眠っている間に移動させられたのか、彼女はベッドの上にいた。窓の外は丁度陽が真上に昇っていた。既に起きていた焔は、起き上がった麗華に顔を擦り寄せた。
「焔……」
「?」
「焔は覚えてるの?」
「何をだ?」
「弥都波が死んだ時の事」
「……」
何も答えない焔……ふとキャビネットに置かれていた色紙を麗華は手に取った。
色紙には、『麗華へ』という字を真ん中に周りに沢山のメッセージが書かれていた。
『早く元気になってね!郷子』
『麗華がいないと学校つまんないよぉ!美樹』
『元気になったら、サッカーやろうぜ!審判でもいいかさ!広』
数々のメッセージ……
「……郷子?美樹?
広?」
頭に蘇る郷子達の姿……色紙を持っていた手が震えだし、自然と目から涙が流れてきた。泣いている彼女に焔は、人の姿へと変わり心配そうに肩に手を置いた。
「何だろう……
思い出しそうな記憶があるのに……思え出せない。無理に思い出そうとすると、頭が痛くなる……」
「麗……」
「どうしちゃったんだろ……私。以前はこんなんじゃなかった気がする……」
色紙の上に落ちる一滴の涙……泣く彼女を、焔はベッドの上に腰を下ろし、自身に抱き寄せ頭を撫でた。
夕方……ぬ~べ~達は、再び麗華の見舞いへと来たが、やはり家族以外の者とは面会謝絶だと言われ、仕方なく帰ろうとした時だった。
スケッチブックを持って階段を降りてきた麗華……その姿に気付いた郷子は、思わず声を掛けた。
「麗華!」
「?」
郷子達の方に振り向く麗華……三人の顔を見ながら、麗華はキョトンとしていた。
「えっと」
「面会謝絶だって聞いたけど、お前部屋から出て平気なのか?!」
「見た感じ元気そうでよかったぁ!」
「いつ頃、退院出来るんだ?」
戸惑う麗華に、ぬ~べ~は何かを察したのか、二人の話を止めさせ彼女に近付こうとした時だった。
突然、ぬ~べ~の腕が誰かに掴まれ行為を止められた。彼の腕を掴んだのは茂だった。
「茂さん……」
「悪いけど、これ以上は駄目だ」
「これ以上はって……」
「麗華ちゃん、この後検査があるから、部屋で待っててくれないかな?」
「分かった……」
傍にいた焔に釣られて、麗華は階段を上っていった。彼女の姿が見えなくなると、茂はぬ~べ~の腕を放した。
「どういう事です?これ以上はって」
「済まないが、それは教えられない」
「麗華、退院できますよね?」
「答えられないよ。済まないけど……
もう帰ってくれないか?あの子が混乱するから」
「混乱?」
「何がだよ」
広達の問いに何も答えず、茂はその場を去って行った。
ぬ~べ~達は仕方なく、病院を出て行った。彼等の帰って行く姿を、麗華は色紙を見ながら部屋の窓から眺めていた。
「あいつ等……私のこと知ってたみたいだけど……
この色紙を書いた奴等かな」
「……さぁな」
すると戸が開く音が聞こえ、後ろを振り返ると茂がドア前に立っていた。
「茂さん」
「君が屋上にいた事を、すっかり忘れてたよ」
「さっきの奴等って……」
「僕の知り合い。
さ、検査するから診察室へ来て。終わった頃に龍二君が見舞いに来るって言ってたから」
茂に連れられ、麗華は病室を出て行った。
闇の中……
目を覚ます麗華……目の前には、もう一人の自分が立っていた。
ーーーーー誰?
『いつまで、逃げてるつもり』
ーーーーー逃げてる?どういう事
『いくら目を塞いだって……記憶閉じたって……
何も解決しない』
ーーーーー……誰なの?
『アンタが記憶を戻したいって思えば、私は戻ってくる。
アンタが知りたいこと、私は全部知っている』
もう一人の自分は、煙のように消えていった。消えたと共に麗華は目を覚ました。
起き上がる麗華……枕元で寝ていたシガンは目を覚まし、起きている彼女の肩へと登り頬擦りした。
(記憶……閉じたってどういう事だろ……
閉じてなんか……)
ふと思い出す、優華の姿……だが、優華は一瞬にして血塗れで地面に倒れていた。
「分かんない……
だって母さんは生きて……あれ」
病院で過ごした日々……茂や龍二、輝三は部屋へ来た。
だが、ただ一人優華は一度も来ていない。
「母さん……母さん……
母さん!!」
彼女の大声に、眠っていた焔は目を覚まし顔を向けた。ベッドの上で耳を塞ぎ泣いている麗華……
焔はすぐに彼女の元へと駆け寄った。
「麗!どうした!?」
「母さん……母さん……」
「麗……」
人の姿へと変わり、焔は彼女を抱き寄せた。麗華は焔に抱き着きしばらくの間、泣き続けた。
別の場所の屋上……
写真を眺める輝三……幼い麗華と龍二を抱く自分と二人の男女と写った写真。
(お前が死んでから、あいつ等は苦しんでるぞ……
優華)
二人を抱いた自分の傍で、面白いのか満面な笑みを見せる優華と妻。
写真をしまい、胸ポケットから煙草を出し、火を点け吸い煙を出しながら、輝三は夜の街を眺めた。