地獄先生と陰陽師少女 作:花札
人は死んだ後、別人になって生まれ変わる。
その時、前世の記憶は失われるが……稀に前世の記憶が残っている時がある。
「まぁ皆も知っての通り、今日の授業参観日の話題は僕のママに決まりだな」
登校中、広達に自慢げに秀一は話した。
「美人だし服の趣味はいいしね」
「いくら服にお金かけても、中身がねぇ……」
「どういう意味だよ!」
「悪いけど、話題を浚うのはうちのお母さんよ!
何しろ私に似て美人だし!」
「あれが美人?
ただの巨乳おばさんじゃないか」
「悪いが今日の話題はやっぱり、ハンサムな鵺野先生でしょ!」
「……」
「馬鹿の間違いじゃないの?」
「美人のお母様方にモテちゃったりして……
『キャー、鵺野先生素敵!』」
「いい加減にしてよ!!」
ぬ~べ~達がふざけていると、今まで黙っていた郷子が怒鳴った。
「アンタ達にはデリカシーってものがないの?!
広と麗華の前で、お母さんの話をして!!二人には話したくても、お母さんがいないのよ!!」
「アンタが一番、デリカシーがないんじゃない?そんなにはっきりお母さんがいないって言っちゃって!」
「!」
美樹に言われ、郷子は思わず自分の口を手で塞いだ。すると、広は笑いながら郷子に言った。
「気にすんなって!俺全然、気にしてないから!
母ちゃんが死んだ時は、三つで何も覚えてないし……いないのが普通っていうのかな?」
「私の母さんは私が小学校上がる前だし……
今更寂しいだの言ったって、母さんが帰ってくるわけでもないし」
「麗華のお兄さんも広のお父さんも、カッコいいもんね……
お兄さんとお父さんが、授業参観日に来てくれれば」
「それが父ちゃん、仕事で来られなくなっちまって」
「兄貴は普通に学校だ。今学校の行事の準備で、行かなきゃいけないんだとさ」
「え……」
「ホント気にすんなって!
俺なんか、今日は授業が半日だから、家に帰ってテレビでサッカー見れるから嬉しくってさぁ!」
「家に帰れていいなぁ。私なんか、学校終わったらそのまま兄貴の学校行かなきゃいけなくなっちゃったし……」
「え?家に帰れないの?」
「こないだ、あのイタコギャルと対決したでしょ?夜遅くに。
それが兄貴にばれて、学校が早く終わったらまず兄貴の所に行かなきゃいけなくなっちゃって……事の発端を起こした真二兄さんは、しばらく兄貴の雑用係」
「アハハハ……可哀想、真二さん」
「それより、早く行こうぜ!学校に遅刻するぞ!」
歩き出す五人……すると前方から、四歳くらいの女の子を連れた母子とすれ違い掛けた時だった
「広!」
「?」
女の子が突如、母親の手を放して広の名を呼んだ。
「広だね?」
「あ?」
「随分大きくなって!」
「恵子ちゃん?」
「知り合い?」
「全然知らない子だよ」
「何言ってんだい!お前の母ちゃんじゃないかい!」
「はぁ?!」
「へぇ?!」
恵子と名乗る女の子の発言に、一同は驚きの声を上げた。
「母ちゃんの顔を忘れたのかい?
そりゃあ長い間、病院に入ってたけど」
「ちょ、ちょっと恵子ちゃん!
ごめんなさいね!さぁ、早く幼稚園に行きましょう」
「え?幼稚園?」
不思議そうに恵子は自分の手を見た。その隙に広達は、逃げる様にして学校へ向かった。
「あ!広!
広!お待ちったら!」
「恵子ちゃん!」
広を追いかけようとした恵子を、母親は慌てて止めた。そんな彼女を麗華とぬ~べ~は疑いの目を向けた。
(幼児の嘘にしちゃ出来過ぎだ……
これはもしかしたら)
場所は変わり、学校のぬ~べ~クラス……
授業をやるぬ~べ~……授業を受ける生徒達。
後ろには生徒達の保護者が、授業の様子を見ていた。窓の外では焔と、龍二に頼まれ様子だけに見に来た渚が麗華の様子を窺っていた。
文字を書き終えたぬ~べ~は、チョークを置き生徒の前に体を向けた。
「それじゃ、この問題が解ける人」
「……」
「どうしたぁ?いやに大人しいじゃないか?
お母さんたちが来てるからって、恥ずかしがることは無いんだぞ」
「だって……」
「ねぇ……」
「間違ったっていいんだぞ!正しい答えを教えるために、先生はここにいるんだからなぁ!」
「ハーイ!ハイハイ!」
手を上げて返事をする声……後ろに注目すると、そこには今朝出会った恵子が元気よく手を上げていた。
「あらら……学校にまで来たか」
「はぁ!?」
「へ?!」
すると恵子は、もうダッシュで広の所へ行き彼の手を掴むと、その手を無理矢理上げさせた。
「その問題は、広が答えます!」
「き、君」
「先程は失礼しました。広の母でございます。
いつも広がお世話になっています」
「こ、こちらこそ!ご挨拶が遅れまして……広君の担任の鵺野です」
「アホか!幼稚園児の飯事に真面に答えてどうすんだよ?!」
「!
き、君!」
「広ならこの問題出来ます!
先生、広を指して下さい!私に似て顔も頭もいいですから!」
「あ、あの…そういう問題じゃなくて……」
「何ですか?!先生、広があの問題解けないとでも?!」
「いや、そうじゃなくて……」
「恵子ちゃん!」
後ろから、恵子の母親が彼女を抱き上げた。母親に抱かれた恵子は暴れながら、反抗した。
「は、離してよ!」
「恵子ちゃん、帰るのよ!」
「嫌だ!授業参加に出るんだから!
私が出なくて、誰が出るのよ!」
「恵子ちゃん!」
「離してよぉ!」
「すみません」
母親は一礼すると、恵子を連れて教室を出て行った。そんな光景を、渚と焔は羨ましそうに眺めていた。
「いいよなぁ……親が輪廻転生して」
「いいわけないでしょ……って、アンタまだ親離れしてないの?」
「違ぇよ!
ただ……」
言い掛けながら、焔は窓際の席で問題集を解き終え、一息つく麗華の姿を見た。
「麗も龍も、何も言わねぇけど……寂しいに決まってんだろ……
特に麗は……」
「……そうね」
「それに姉者と俺も」
「そうね……って、私はもう!」
「背伸びしなくたっていいじゃねぇか。俺と一緒だろ?」
「ウ……そう…だけど」
頬を赤くして、渚は麗華に顔を向け焔と目を合わせぬようにした。
放課後……
「いや~!今日の話題は、広のお母さんで決まりだね!」
「美樹!」
顔を赤くして歩く広に、美樹は大笑いしながら広をからかった。そんな美樹に郷子は注意するかのようにして怒鳴った。すると、美樹が笑みを溢しながら校門を指さした。
そこには校門のへいにへばりつく恵子と、申し訳ないようにしてぬ~べ~に頭を下げる母親がいた。母親は恵子に一言言うと、彼女を置いて帰って行った。
「ぬ~べ~!」
「?」
「どうしたの?その子?」
「広ぃ!」
「うわぁ!」
「母ちゃんだよ!」
「雛形恵子ちゃんだ。見ての通りなんで、お母さんから預かった」
「そんなガキ預かって、どうするつもりなんだ?」
「仕方ないだろ?
恵子ちゃんは自分は広の母親の生まれ変わりだと信じてる……調べなきゃ、治まらないだろ?」
「馬鹿馬鹿しい!こんなガキが、母ちゃんなわけないじゃないか!」
「そんなに言うなら、証明してあげるよ!」
「え?」
(面白い展開になりそう)
広達を連れて、恵子はあるボロアパートへ来た。
「ここが私達が住んでいたアパートです」
「凄いボロアパート」
「俺達の家よりボロいぞ」
「いや、私達の家と比べるな。差が違う」
「こ、ここは……
俺が小さい頃住んでた家だ」
「え?!」
アパートの戸に手を掛け開けようとするが、カギが閉まっており開かなかった。仕方なく管理会社へ電話しようと思った時、恵子は壁に出来ている穴からアパートの鍵を取り出した。
「ここにいつも鍵を隠しておいたから」
「……」
鍵を開け中へ入ると、恵子は部屋の構造を広達に説明した。
「入って右が共同トイレ。奥が管理人の部屋。
そして、ここが私達の部屋」
指差している部屋の戸を開け、中へと入り部屋を見た。部屋へ入ると、恵子は台所に出来ている床の刺し傷に触れながら言った。
「この床の傷は……お前がここで悪戯した時のものだよ。
鍋や包丁やらが落ちてきて、危うくお前が怪我するんじゃないかってあんときゃ冷や冷やしたよ」
「その話だったら、父ちゃんに聞いたよ。確かそん時、母ちゃん右肩に怪我をして……!!」
話をしていると、恵子はおもむろに服を脱ぎ右肩に出来た傷跡を広達に見せた。
「これで分かっただろ?さ!母ちゃんと呼んでおくれ!」
「嘘だ……そんなの証拠になるもんか!!」
咄嗟にぬ~べ~は、鬼の手を出し恵子の額に指を当て記憶を探った。
「広……この子は嘘をついていない。
確かにお前のお母さんの生まれ変わりだ」
「そ、そんな!!」
それを知った恵子は、流し台の下の戸を開け床板を外すとそこにあったがま口の財布を手に取った。
「こっそりヘソクリを貯めていたんだけど……ようやく役に立つ時が来たよ。
さ!広、行こう!」
「ぬ、ぬ~べ~!」
「これは親子の問題だ……第三者の俺には、口を挟む余地は無い」
「そんな~!俺は今日早く帰って、サッカーの試合見るんだよ!」
恵子(広の母)に連れられ、広はアパートを出て行った。その後を面白そうに美樹と郷子がついて行った。
「あ!おい、コラ!二人だけにしてやれ……ハァ。」
「にしても、前世の記憶強過ぎない?あの子」
「あぁ。これでは、幼稚園児としてのあの子の人格が……」
「立野の母さんって、確か病死だよね?」
「そのはずだが」
「それじゃあ、無念大有りだね。
息子の成長を見れなかったのが、死ぬ時よっぽど悔しかったんでしょうね」
「それはお前のお母さんも一緒だ」
「……」
「お前のお母さんだって、きっとどこかで」
「してるわけないじゃん……」
「?」
「してるわけ、ないじゃん……」
「麗華?」
「何てね。
正直言って、母さんの死んだ時の記憶、曖昧だからどうやって死んだかなんて私知らないし」
「……」
「二人の事、見させてね。
どうも気になって」
童守町センター街に来た広達……
服やへ行き、恵子(広の母)は広に小さい子が七五三に着る様な短パンの黒いスーツを購入した。その後デパートの屋上へ行き、そこにある遊具で広と遊んだ。広は顔を赤くして恥ずかしながらも、大げさに楽しんだ。
夕方……公園のベンチで、二人はソフトクリームを食べながら、休憩していた。彼等の様子を後から追い駆けてきたぬ~べ~と麗華は遠くから眺め、二人の近くのベンチで郷子と美紀が心配そうに見ていた。
「あ~!楽しかったねぇ!
こうしていると、誰も親子だと思うんだろうねぇ」
「誰も思わん!」
「ねぇ一言、お母さんって呼んでくれないかい?」
「死んでも嫌だ!!」
「……」
「あの……ちょっとお話が」
やってきたぬ~べ~に、恵子(広の母)は彼に連れられ、話を聞いた。話を終えると恵子(広の母)は、残念そうな顔を浮かべていた。
「広……
今日は本当に楽しかったよ。母さんが死んじゃって、寂しい思いをしてるんじゃないかと思ったけど……元気そうで安心したよ。
もう思い残すことは無いわ……先生、どうぞ。私の記憶を消して下さい。」
(え?!)
「前世の記憶が強過ぎると、この子……恵子ちゃんの人格にとっても良くないんだって。
そりゃそうだよね……
いつまでもお前のお母さんでいたいけど……そうしたらこの子のお母さんが悲しむものね……そんなことできないわ。
一言『お母さん』って、呼んでほしかったけど……仕方ないよね。
じゃあ先生、お願いします」
「えぇ」
「あ……」
鬼の手を出すぬ~べ~……
「南無大慈大悲救苦救難!前世の記憶を消し去りたまえ!」
「待って!」
広が止めに入ったが、もう遅かった……鬼の手はすっかり恵子の記憶を消し去った。そんな恵子の姿を見た広は、目から涙を流しそして彼女に抱き着き泣き喚いた。
「ごめん!ごめんよ母ちゃん!!
俺……恥かしかっただけなんだよぉ!!本当はずっと、母ちゃんがいなくて寂しかったんだ!授業参観の時も運動会の時も、父ちゃんが仕事でいない時一人で食べる夕食の時も……いつもいつも……
なのに……なのに俺!」
泣く広……すると、広の頭を何かが撫でる感触があり、広はハッと顔を上げた。そこには涙の流し嬉しそうに微笑む母親の姿があった。
「ばかね。男の子がメソメソ泣くんじゃありません。
でも……やっとお母さんって呼んでくれたのね。嬉しいよ」
「母ちゃん……」
「ありがとう、広」
礼を言うと、母親は涙を流したまま消えて行った。
「人は輪廻によって生まれ変わる……しかし、それは前の人生をやり直すためではない。
新しい人生を始めるためなんだ。
そのためには、冷たいようだが……前世の記憶など忘れてしまった方が良い」
「その方が良い……過去に囚われてたら、いつまで経っても前に進めない。
無い方がマシさ」
「恵子ちゃん!」
公園へ迎えに来た恵子の母親……恵子は嬉しそうに叫びながら、母親に飛び付いた。
「ママ!あのね、あたし大きくなったら、あのお兄ちゃんみたいな子供産むね!」
「何言ってるの」
その言葉に、広達は安堵の顔を浮かべた。そんな中、麗華はふと首から下げていた首飾りを手にして、母親の事を思い出した。蘇る記憶……それは、優華がいつも笑っていた頃。
(……母さん)
その夜……
風呂から上がり、タオルで髪を拭きながら龍二は居間へと入った。
「?」
何かを見ていたのか居間の机に体を伏せ、麗華はすっかり眠っていた。
「ったく……
おい麗華、風邪ひくぞ」
「スー……スー……」
「ふぅ……しょうがねぇなぁ」
体を起こし、彼女を持ち上げようとした時だった。麗華が見ていた本が床へと落ちた。彼女を床へと寝かせ、その本を手に取るとそれは色違いのアルバムだった。
「これって……麗華のアルバムじゃねぇか」
ページを捲りながら、龍二は写真を見て行った。
生まれた麗華とまだ幼い自分が写った写真……母に抱かれる赤ん坊の麗華……初めて立った時の写真……真二達と一緒に撮った写真……七五三の時の写真……
数々の写真を眺めながら、龍二はふと麗華を見た。
(やっぱり、寂しいだろうな……)
ふと思い出した記憶……優華の葬式時、麗華が放った言葉。
『私が……私が母さんを殺した』
その言葉を聞いた龍二は、黙って自分に彼女を抱き寄せ小声で言った。
『お前のせいじゃい……』
その言葉を発するのが、精一杯だった。
だが翌日……麗華は、優華が亡くなった時の記憶を忘れたかのように、母親はなぜ死んだのかと自分に訪ねてきた。
その事を思い出した龍二は、アルバムを閉じ机に置き居間の電気を消した。消すと寝かせていた麗華を持ち上げ部屋へと行き、ベットに寝かせた。
「龍……」
寝かせた麗華を撫でると、後ろから渚と焔が心配そうな顔で自分を見ていた。
「お前等……」
「そろそろ……話してもいいんじゃないか?」
「……」
「辛いのは分かるが、いつまでも隠せないぞ」
「分かってる……もう少し……もう少ししたら話すつもりだ」