地獄先生と陰陽師少女 作:花札
休み時間、古い新聞記事を眺めるぬ~べ~。
その記事には八年前、K大学で起きた狂気事件の内容だった。
(研究所から十五体の死体を発見。
K大学の教授であった、K氏は『妖怪を喚ぶために、生き血が必要だった』など、訳の分からないことを言っていた……
確かに、古い言い伝えの中には、人の血が必要だと聞いたことがあるが)
「鵺野先生!
何を真剣に読んでいるんですか?」
真剣な目で読んでいるぬ~べ~が気になった律子先生が声を掛け、新聞記事を覗き見た。
「あぁ、律子先生」
「この記事、確か八年前に起きた狂気事件ですよね?」
「はい。律子先生もご存知でしたか」
「えぇ。良く覚えてますよ。酷いですよね……
自分の教え子を、妖怪を喚ぶために殺すなんて……」
「おまけに、その死体は呼び出した妖怪の餌として保存してたみたいですし」
記事を見ながら、ぬ~べ~は律子先生に説明した。そしてまた真剣に記事を読み返した。
(通報した女性に、教授は『いつか子供達を殺す』などと叫びながら逮捕された……
二人に何もなければいいんだが……)
『学校の外出れば、赤の他人でしょ』
蘇る言葉……その言葉を思い出したぬ~べ~は、深くため息を吐いた。
午後……
教室へ入ってくるぬ~べ~。
「昨日の事件もあって、今日は午前授業とする」
「やったー!!」
「静かに!!
家に帰ったら、一歩たりとも外に出ない様に」
「先生!休んでる麗華には、この事言わなくていいのか?」
「帰りに俺が彼女の家に寄る」
「じゃあ、私達も」
「駄目だ。お前等は家に帰って大人しくしてろ」
「え~!!」
「話は以上だ。
寄り道せず、まっすぐ帰れよ」
生徒を全員帰らせると、ぬ~べ~は急いで麗華の家へと向かった。
山桜神社へと着たぬ~べ~。階段を上り切り息を切らし、汗を腕で拭うと早足で家へと向かい戸を叩いた。しばらくして、戸が開き中から巫女の格好をした麗華が出てきた。
「何?まだ学校じゃないの?」
「昨日の事もあって、今日は午前授業で終わったんだ。
龍二は?」
「兄貴なら、学校だ。
呼び出し喰らって、午後には帰ってくると思うよ」
「そうか……なら、中で待たせて貰う」
「え?ちょ…ちょっと!」
靴を脱ぎ、客間へ入り座るぬ~べ~に、麗華は追い駆け襖に手を掛け身を乗り出し文句を言った。
「いきなり来て何なの?!
早く出てって!兄貴が帰ってきたら、行かなきゃいけない所があるん」
「昨日の奴の家か?」
「?!」
「図星か……
やはり来て正解だったな。悪いが、それに俺も同行する」
「……ふざけた事言わないで。
他人は口出ししないで!!」
「他人だろうと、俺はお前の教師だ!生徒が困ってる時こそ、力になるのが教師の役目だ」
「何が困ってる時だ!!
どんなに助けを呼んだって、力に何てならないじゃない!!教師は!!
親がいない今、私も兄貴も自分達二人の力で、助け合って行かなきゃ生きられないんだよ……」
「……」
「昔からそうだよ……父さんが死んだ時からそう!母さんが死んだ時だって!!
周りの大人に助けを求めれば、嫌な顔されたり余計な心配をかける!だったら、自分達で解決した方が早いし、誰にも心配を掛けずに済む」
「けど、二人だけじゃ済まない時だって」
「そういう時は、妖怪に頼ってるよ。
あいつ等は……助け求めれば、すぐに助けてくれる。
それに、いつも傍にいてくれる……寂しい時、辛い時、悲しい時……いつもいつも傍にいてくれる」
目に映る焔の姿……いつも自分の傍にいてくれた。必ず、どんな時でも。
「もう……関わらないで」
「麗華……」
「鵺野、一つだけ教えてあげる……
教師だろうとね……超えちゃいけない境界線があるんだよ。どんな関係上でも」
「……」
涙目でそう言うと、麗華は家を飛び出しどこかへ行ってしまった。彼女と入れ違いの様に、煙管を銜えた丙が姿を現し、襖の縁に寄り掛かりながらぬ~べ~を見た。
「あんまり、麗をいじめないでおくれよ?」
「いや、別にいじめてるわけじゃ」
「麗も龍も、昔から人に頼ったことがないんだ。
童たちの世界は、人と違って皆に繋がりがある。困ればすぐに仲間の所へ駆けつけ力を貸す……けど、人にはそういうものがない。無いというより、だんだん無くなってきている」
「……」
「もし……
輝も優も生きていれば、二人はもっと周りの人間に頼ったのかもしれないな」
「父親の事は聞いたが、母親は一体」
「麗がこの地を離れる切っ掛けになった原因だ。
……あれは、麗と龍を変えた事件だ」
「事件?」
「何でもない。こっちの話だ」
“ビュー”
突然強風が吹き、何かの気配を感じ取った丙は玄関を飛び出し外へ出た。外へ出ると、そこには昨夜現れた焔と渚を連れたKの姿があった。
「お主は!!」
「お兄さんはいないのか……
なら丁度いい」
「?」
「君達二人に、伝言を頼みたいんだ。この子のお兄さんにね」
渚の足もとで傷だらけで倒れる麗華……Kは麗華の腕を掴み立たせると、持っていたハンターナイフを彼女の首に当てた。
「麗華!!」
「動かない方がいいよ。
この子の血は、妖怪を喚ぶために必要なんだ。お兄さんに言っといてくれ……妹は生贄にするってね」
「そうはさせぬ!!
氷術桜吹雪の舞い!!」
扇を広げ、丙は手元から氷を吹雪かせた。冷たい風に目を細めるK……立たされていた麗華は、意識を取り戻したのか足に力を入れ、隙のできた彼の腕を掴み投げ倒した。倒されたKを飛び越え、麗華は雷光と氷鸞を出した。
「渚と焔に攻撃しろ!」
「承知」
「承知」
獣の姿へと変わり、二匹は同時に攻撃を放った。二匹が攻撃している中、丙とぬ~べ~は彼女の元へと駆け寄ろうとした時だった。二匹の攻撃が弾かれ彼等が飛ばされると、焔は麗華目掛けて火を放った。
当たる寸前、ぬ~べ~は彼女を抱え炎を背にして転がり避けた。
「鵺野?!」
「麗華、大丈夫か?怪我はないか?」
「……」
自分を心配する目……一瞬、死んだ母・優華の姿が映った。
(母さん……)
「麗!!変態!!避けろ!!」
丙の叫び声に、ハッと焔の方に顔を向けると彼は口から巨大な炎の玉を二人目掛けて放った。ぬ~べ~は白衣観音経を盾のように広げ攻撃を防いだ。
だが、焔の圧倒的な力で観音経は、燃えて無くなり麗華に当たり掛けた時、ぬ~べ~は背を向かせその攻撃を受け彼女を守った。
「ガァアアアア!!」
「鵺野!!」
「クックックック……
これ以上、人を傷つけられたくなければ、僕と一緒に来い。そうすれば、もう攻撃はしない」
「……」
「麗、もう少しすれば龍が帰ってくる。
それまで」
「丙……」
「?」
「兄貴に伝えて……
先にKの所へ行ってるって……」
「麗……お主まさか」
「見たくないよ……
焔が私や鵺野、皆を傷つける所なんて……」
「……」
「丙……ごめん」
「?……!」
丙の額に、睡と書かれた札を着けた。その瞬間、丙は力無くその場に倒れた。立ち上がり、木に凭り掛かり気を失っている雷光と氷鸞を確認すると、麗華はKの方に顔を向けた。
「お前と一緒に行く……けど、条件がある」
「条件?なんだい?」
「焔と渚を元に戻せ。すぐこの場で」
「……いいよ。
けど、戻すのは焔だけだ。変な行為を見せたら、そこに居る男の命はないと思いな」
「……分かった」
返事を訊くと、Kは白衣のポケットからリモコンを取り出し操作した。すると焔の首輪をのライトが点滅し消えると、焔は正気に戻ったかのようにして首を振った。
「ここは……」
「焔!」
「麗!!」
正気に戻った焔に駆け寄ろうとした時だった。突如渚は、水を放ち麗華に攻撃した。水の勢いで麗華は、近くに生えていた木に体を打ち、そのまま気を失った。渚の方を振り向いた焔に、Kはすぐにリモコンを操作し首輪のライトを点けた。
「そう簡単に、感動の再会何てさせないよ。
良いことを教えてあげるよ。僕には妻と娘が居た。
生きていれば、娘は結婚をしてた頃かもね……
でも、君達兄妹は僕から二人を奪った。もう、僕には帰る場所がないんだよ……君達兄妹と君達の母親のせいでね」
思い出す過去……牢獄中、一通の手紙が届いた。それは妻子が自殺したという内容だった。
『娘は父親が殺人犯という理由で、学校からいじめを受け堪えきれず首を吊って自殺。妻は世間からの好奇の目、そして仕事を失い再就職が出来ず、鬱へとなり娘が亡くなった二日後に睡眠薬を飲んで自殺。』
手紙の内容を思い出しながら、Kは気を失っている麗華を持ち上げ焔の背へと投げ乗せ自分も乗ると、二匹と共にどこかへ行ってしまった。
夕方……
目を覚ます、ぬ~べ~……体に出来ていたはずの火傷や傷はどこにもなく痛みも感じなかった。掛けられていた掛け布団を退かしながら、起き上がり火傷があったであろう両手を見た。
(……傷跡もない上、痛みもない。
どうなっているんだ)
「やっと目覚めたか……」
その声と共に、襖が開き着流しを着た龍二が姿を現した。
「龍二……」
「話は全部、丙から聞いた。
全く、どこまでお節介何だか……」
「……」
「……帰れと言って、素直に帰る男じゃないことは承知済みだ。けど、これから行くところはお前の墓場になる場所になるかもしれない。それでも行くか」
「その覚悟で、ここへ来た」
「……」
「本当、お人好しだなぁアンタは」
龍二の肩に手を乗せながら、真二はニヤ付いた顔でぬ~べ~を見た。
「お前は引っ込んでろ」
「いいじゃねぇか?龍二君」
「お前…」
「長い付き合いだろ?
麗華とも緋音とも……お前等、少しは周りの奴に頼ってみろよ」
「何知った様な口訊いてんだよ!」
「まぁまぁ。俺等も、参戦させてもらうからな?
緋音はここで留守番な!」
「オッケー!美味しいご飯作って、待ってるね!皆の帰り!」
「勝手に決めるな!」
「そんじゃあ、お前一人の力で大事な妹を救えるのか?」
「っ……」
「人はな『独り』じゃ生きていけねぇんだ。誰かの手を借りなきゃ、ダメになる。
昔教えてくれただろ?お前、以前の俺と同じだぞ」
「……」
「頼ってみろ。妖怪じゃなくて人に。
周りの大人に助けを求めろって言ってるんじゃない……俺等には頼ってくれよ。親友だろ?龍二」
「……
勝手にしろ。
氷鸞!雷光!お前等もついて来い!」
真二の肩を突いて、龍二は二人の名を呼びながらどこかへ行ってしまった。真二は頭を掻きながら、ため息を吐いた。
「全く、相変わらず素直じゃねぇんだから。
と言う訳で、さっさと表で待つぞ!先公」
笑みを見せながら、真二は表へと出て行った。
(……長い付き合いか。
確かにそうみたいだな。俺には壊せない壁を、二人は難なく壊した。
俺も、いつか二人の支えになりたいな……)
表へと出てきたぬ~べ~。外には馬の姿になった雷光と巨鳥の姿になった氷鸞が待っていた。傍には狐姿になった雛菊の頭を撫でる青い狩衣を着た龍二がいた。
龍二は真二に、雷光に乗るよう手で指示し龍二はぬ~べ~を氷鸞の背に放り投げ、自分も飛び乗り指示を出しそのまま目的地であるKの家へと向かった。