地獄先生と陰陽師少女 作:花札
その様子を、大輔は窓越しから眺めていた。麗華に言われた通りに、広達を町長の家の中へと入れた。大広間ではぬ~べ~が、今後どうするかを町長達と話し合っていた。別室にいる広達は、浮かない表情をして座っており、七海は隣の部屋で寝ている久留美の傍に座り、窓の外を眺めていた。
玄関で腰を下ろし、麗華の帰りを待つ龍二……すると雨の音に紛れ馬の蹄の音が聞こえてきた。
その音に気付いた焔は一目散に外へと飛び出し、音の方に目を向けた。焔の前で、雷光は足を止め彼らの方に顔を向けた。
「早く麗殿を!!」
「麗?……!!
麗!!」
放心状態になっているのか、何も反応しない遙に寄りかかるようにして倒れる麗華……背中には無数の針が突き刺さっており傷口は紫色に変色しており、それが原因か彼女の顔色は青白くなっていた。
「麗華!!」
焔に抱かれ下ろされる麗華を、龍二は駆け寄り彼から彼女を受け取ると、すぐに家の中へと駆け込んだ。放心状態になっている遙を渚は雷光から下ろし、龍二と共に家の中へと入った。雷光は首を振り顔に着いた水を飛ばし、ふと離島を眺めた。
麗華を抱えた龍二は、もう一室の別室へと駆け込み、抱えている彼女をうつ伏せで寝かせた。傷口を見ながら丙を出した。丙は麗華の様子を見て驚き、背中に刺さっている針を手で翳し調べた。
「これは、毒だ」
「毒?」
「かなり強力な毒だ。
すぐに解毒しないと、死ぬぞ」
「だったら、頼む!丙!」
「言われずとも!
少し、手荒な真似になるがな」
そう言うと丙は、羽織を脱ぎ懐から襷を取り出し、着ている着物の袖を上げ、麗華の服を破り自信の手に不思議な光を放たせ背中に翳した。光は麗華の背中全体に広がり、丙は背中に刺さっている針全てを抜いた。
「毒針は抜いた。
龍、ここから手荒になる。麗を抑えてくれ」
「わ、分かった」
丙は背中から手を放し、麗華に跨った。龍二は麗華の前に行き肩を抑え、丙に合図を送った。
彼の合図を見た丙は、手に青い光を放たせ懐から寸鉄を取り出し、青く光る手を背中に出来ている傷口に翳しながら、寸鉄で背中を斬った。背中に激痛が走った麗華は、起き上がろうと暴れ出した。
「麗華!少し辛抱しろ!
丙、続けろ」
「言われずとも」
斬った傷口に、手を翳すと青い光に反応してか傷口から紫色の液体が出てきた。
「かなりの毒の量だ。
まだあるぞ」
「殺す気だったのか?」
「いや……恐らく、動けなくさせるつもりだったのだろ……」
「じゃあ、次のターゲットはまさか」
「可能性は高い」
「……」
数時間後……
毒抜きが終わった丙は、傷が出来た背中を直し麗華の体に包帯を巻き、敷かれていた布団に寝かせた。寝かされた彼女に寄り添う様にして、焔は狼の姿へとなり隣に寝そべった。
「しばらくは起きないだろ」
「そうか……ありがとな、丙」
丙に礼を言うと、龍二は彼女を戻し広達がいる部屋へと行った。
部屋の襖を開けると、意識が戻ったのか七海の隣で座る久留美と、ようやく我に戻った遙が怯えた様子で膝を抱え体を震えさせていた。
「気が付いたのか、お前等」
「はい」
「龍二さん、麗華は?」
「奥で寝てる。
しばらくは起きない」
「そう…ですか」
「心配する事ねぇよ。
それより、久留美、遙……起きて早々済まないが、お前等二人に聞きたい事がある」
龍二の言葉に、久留美は七海に不安気な表情を浮かべながら彼女を見た。遙は体をビクらせ、頭を抱えながら泣き出していた。
「そんな怯えなくとも、俺は何も暴力振るう訳じゃねぇし」
「龍二さん、怖ぇもんな~」
「そうそう!麗華が喘息で倒れた時も、頭に血が上ってぬ~べ~の胸倉を掴み上げたこともあったわよね~」
「あった!あった!」
「そのペラペラ動くお喋り口、この手で今すぐにでも閉じるか?」
「い…いえ」
「え、遠慮しときます」
「なら、黙ってろ!
さてと、本題に移させてもらう。別に二人を責めるわけじゃないから、質問に答えてもらうよ。
まずは久留美ちゃん……俺の妹・麗華をいじめてたって事実を、七海ちゃんから聞いてると思うけど、お前自身どうなんだ」
「……」
「久留美…」
「……私……覚えてないんです」
「……」
「小一の時、麗華と小島に探検しに行った後の記憶があやふやで……麗華をいじめてたって七海から聞いて……でも、私…自分が本当にやったのかどうか……何もも……何も……」
泣き出す久留美……そんな彼女の背中を七海は擦った。
「やっぱり、妖怪が久留美ちゃんの体を乗っ取っていたのか」
「乗り移ってる時の記憶ってないのか?」
「だいたいな。あっても自身の意識でやってるわけじゃないから、そん時の記憶は曖昧。
恐らく、麗華をいじめている記憶はないけど、その他の記憶は多少残ってるって所だろ……
さて、お次は」
怯えている遙に龍二は目を向き、彼に近寄り肩に手を乗せた。
「怯える事ない。何もしない」
「……ぼ…僕」
「話してくれねぇか?麗華が、あんな状態になったことを」
「お……追いかけてきた妖怪から……僕を……僕を救ってくれて……馬に乗せて……に…逃げてたんだ……
そ…そしたら……妖怪が……妖怪が……攻撃してきて……その攻撃を……神崎さんが受けて……
あ……あの攻撃は、本当は僕が受けるはずだったんだ!!僕が受けて、あの妖怪にさらわれるはずだったんだ!!なのに、僕を庇ったせいで僕じゃなくて、神崎さんに順番が!!」
「分かったから、落ち着け!」
大声を上げる遙に、慌てて大輔は肩を両肩を掴み揺らした。遙は息を切らして、涙でくしゃくしゃになった顔で大輔を見上げると、また泣き出し彼にしがみ付いた。
「手口は丙が言った通りか……」
「龍二さん、これからどうするんです?」
「そうだなぁ……
アホ教師と町長達と相談して、思い付いたんだけど……お前等に、このミサンガを着けて貰う」
赤と白の糸で紡られた九個のミサンガを、龍二は彼等に渡した。
「七海ちゃん達はともかく、何で俺等まで?」
「そうなのだ!僕達は、ただ遊びに来てるだけなのだ!」
「お前等も、狙われてる可能背は高い。一応着けとけって意味だ」
「ただ遊びに来てるだけなのに?」
「何で着けなきゃいけないのよ?」
「そんなこと説明できっかよ。いいから着けとけ」
皆が着けだすと同時に、襖が開きぬ~べ~が部屋へと入ってきた。彼に気付いた龍二は後ろを振り向いた。
「どうかしたか?アホ教師」
「お前な、その『アホ教師』っていう名前で呼ぶのやめい!俺の名前は鵺野鳴介、通称ぬ~べ~!」
「今頃そんな説明してどうすんだよ……アホだからアホって言ってるだけだ」
「お前なぁ!」
「固ぇ事言うなよ」
「うるさいなぁ……静かにできないの?」
目が覚めたのか、目を擦りながら麗華が龍二達がいる部屋の襖を開けた。彼女を見た途端、その場にいた男達は皆、鼻血を出し女達は皆顔を真っ赤にした。
「麗!服!」
後から慌てて出てきた焔に言われ、麗華は自身の体に目を向けた。手に持っていた掛布団で大事な箇所は隠されていたものの、その他の丸見えになっており、それに気付いた麗華は鼻血を出し今でも自身の体を見ている広達に蹴りを食らわせた。
蹴られた他の彼等を見た大輔と遙は、顔を真っ赤にしながらも手で目を覆い隠していたため、何とか彼女の蹴りを食らわずに済んだ。
数分後…宿から浴衣を借り、それに身を包んだ麗華は、その場に座った。彼女を中心に円になって座る広達の顔は赤く腫れ、鼻血を出したであろう鼻にはティッシュが詰められていた。
「すぐに蹴り入れる奴があるかよ……」
「アンタ等男共が、厭らしい目で見てたからでしょ」
「まぁ…そうだけど」
「けど、意外に麗華の体良かったよな?」
「あぁ!それ、俺もそう思った!」
「また殴られたいか!?」
「も、もういいです……」
「麗華、大丈夫なのか?体の方は。
丙が言うには、二日は体の痺れが取れないって言ってたぜ?」
「痺れは多少あるけど、普通に動かせるし大丈夫だ。
それより、今後どうすんだ?」
「一応、こいつ等全員にはミサンガを着けさせた」
「それなら何とかなるか」
「お前に攻撃した妖怪、もしかして次に狙うのは」
「私じゃなく、渡部だ」
「?!」
「私を痺れさせたのは、動けなくするため。
あの蛇と戦ってる最中、アイツから聞いたんだ……さらう前にターゲットとした獲物の体のどこかに印を付ける。それを目印にしその晩に獲物を取りに行く。獲物には催眠術をかけ連れて行く……これが、奴の手段だ」
「そんな事、よく話してくれたな」
「べらべらべらべら……よくもまぁ、お喋りインコみたいによく喋るわ喋るわ」
「お喋りインコとは何よ!お喋りインコとは!!」
「それからもう一つ……
渡部の次は、飯塚…その次は、星崎……そして最後に九条」
「順番に、何か意味があるのか?」
「あるかどうかは分からないけど、いなくなった奴らの順番を見ていくと……
同じなんだよ……私に手を上げた順が」
「手を上げた順?」
「要するに、いじめだ。
最初にやったのは、上野。その次は新川、佐藤、橘、中野、渡部、飯塚……そして、九条」
「ちょ、ちょっと待てよ!
七海ちゃんや遙は、何もやってないって」
「やってるんです……」
「?」
「久留美に脅されて……私と遙、麗華の事いじめてたんです」
「だから……僕達も…さらわれて……と、当然なんです」
「そんな……」
「嫌々やってたみたいだったけどね。二人は。
ま、そんな事今は後回しにして、今夜どうする?」
「式神を付けといても、効果はなかった。
残るは、俺等が見張りをするってことで」
「賛成」
「よし、そんじゃ」
「待て待て待てぇ!!」
「ンだよ……せっかくまとまりかかってたのに」
「いくらお前等兄妹でも危険過ぎだ!
特に麗華!お前は、怪我負ってる上にまだ毒の痺れがあるんだろ?お前は寝てろ。俺が変わりに見張りするから」
「うわ。何先公面してるの?」
「こういう時だけ、先公面すんのやめろよ」
「己等ぁ!!」
夕方……
別室で、丙の治療を受ける麗華……すると部屋に、久留美が襖を開け入ってきた。治療が終えた丙は、大広間の方へと行き、部屋に残ったのは麗華と久留美の二人だけだった。
浴衣の袖を上げ袖に腕を通す麗華……
「……怒ってる?」
「何が」
「私が……麗華に酷いことしてきたこと……
あの時、一緒に小島に行ったでしょ?私が勝手に、あの祠を開けて……そしたら黒い影が……」
「……あれは、私の不注意だ」
「っ……でも!」
「そのせいで、お前の背中に傷を負わせた。
今でもあるんでしょ?爪の痕……
九条のいじめは受けて当然だ……」
「……
ゴメン」
小さいが涙声で、確かにそう聞こえた……声に反応し麗華は、浴衣の帯を締め後ろを振り向きながら立ち上がった。
「ごめんなさい……ごめんなさい…ひっ……ごめん…なさい」
「……」
「例え……妖怪にとり憑かれてたとしても……私がいじめたのに変わりはないわ……
だから……だから」
涙でくしゃくしゃになった顔を手で覆いながら、久留美は謝り続け座り込んだ。そんな彼女の姿を見た麗華は、ゆっくりと久留美に近寄り彼女の肩に手を置きながらしゃがんだ。
「謝ったからって、過去が消えるわけじゃない……」
「……」
「けど……
謝ってくれて、ありがとう……心の重荷が少し、軽くなった」
麗華は優しい声で、久留美に言った。久留美は覆っていた手を取り、顔を上げ彼女を見た。
昔、怪我した動物に見せていた表情……まるで生まれた赤ちゃんを抱いている母親の様な表情……そんな優しげな表情を見せていた麗華の顔を見た久留美は、また手で顔を覆い隠し大泣きした。
大泣きする彼女の背中を麗華は擦りながら泣き止むのを静かに待った。