地獄先生と陰陽師少女 作:花札
麗華は日に日に増すいじめが原因で全く学校に行けなくなってしまった。そして誰とも話さなくなり、笑顔も浮かべなくなった。
三年生になった麗華……
小島に住む、動物の世話をしながら時間を弄び、そこで知り合った鮫の妖怪や、海に潜む妖怪達と遊びながら過ごした。
学校が休みだったある日、麗華は一人海沿いを歩いていた。ふと釣り場を見ると、そこで遊ぶ久留美達が遊んでいた。
(あそこには、確かアイツが……)
その時、久留美はなかなか入ろうとしない男子を突き落した。男子は這い上がろうと手をばたつかせていると、底から足を引っ張られたかのようにして海底に引きずり込まれてしまった。瞬時に麗華は着ていた上着を脱ぎ捨て、走り出しその勢いのまま釣り場から海へと飛び込んだ。
海に入ると、そこに潜む妖怪の触手が引きずり込んだ男の子・遙の脚に絡みついていた。遙は必死になってその触手を取ろうとしていたが、息が続かず一気に息を吐き意識が朦朧とし始めていた。麗華は遙の脚に絡んでいる触手を無理に外し、急いで上へと上昇した。そこへ遅れて入ってきた焔は麗華と遙の腕を掴み、勢いよく水面目掛けて投げ飛ばした。
投げ飛ばされた麗華と遙は、水面から飛び出て一瞬宙を舞い、また海へと落ちて行った。気を失った遙を引きながら、麗華は息を切らしながら浜へと上がってきた。そこへ久留美と一緒に遊んでいた七海が大人を連れてきた。
麗華は遙を浜に残すと、再び海へ戻った。海の中へ入った麗華は、触手を伸ばしている妖怪の元へ行き、妖怪の周りに結界を張り水を閉ざした。
「ここにいてもいいけど、人を襲うようなことはしないで」
「ただ、遊びたかっただけだ……
一緒に…遊びたかった」
「だったら、あの小島に来て。
そうすれば、私と遊べるよ」
「……ここに来る子には、もう手を出さない。
けど、君には」
「良いよ。
その代わり、突然引きずり込むのは、止めてよ?」
「うん……」
話が着くと、結界を解き麗華は焔と共に、陸へ上がった。
浜へ上がると既に大人達が、自分が助けた遙の手当てをしていた。遙は意識朦朧としながらも、息をしっかりしており、顔色を見たところ命に別条はない様だった。すると、大人達から少し離れた場にいた久留美は、海から上がってきた麗華に気付くと、何かを思いついたかのように不敵な笑みを浮かべて、大人達の所へと駆け寄った。
一人の大人の肩を叩き、麗華をチラチラ見ながら、久留美は何かを伝えた。久留美の話を聞いた大人は、険しい顔を浮かべながら、麗華にズカズカと近付いてきた。
近付くと大人は何も言わずに、突然麗華の頬を殴った。殴られた麗華はそのまま倒れ、頬を押えながら起き上り大人を見上げた。
「おめぇ、何てことをしたんだ!!」
「?」
「海に飛び込んだ遙の脚を、引きずって海で溺れさせたと、久留美から話を聞いた」
「わ…私、そんな」
「言い訳何ざ、聴きたくない!!
ったく、これだから余所者は嫌いなんだ」
ブツブツと文句を言いながら、大人は遙の元へと駆け寄った。打たれた麗華は、その場に座り込み声を堪えながら、涙を流し海の中へと入りその場を立ち去った。
家へ帰ってきた麗華は、部屋に入りベランダで蹲っていた。焔は麗華を囲う様にして寝そべり、心配そうな顔で麗華を見つめた。
「麗華」
部屋に入ってきた龍実は、ベランダで蹲っている麗華の元へと近寄った。
「飯だけど、食うか?」
龍実の質問に、麗華は首を横に振り答えた。
「なら、また持ってきてやるからな」
「……
こんなところ、もう嫌だ」
「麗華……」
「帰りたい……」
身を縮込ませ、涙声で龍実にそう訴えた。
先程、母から聞いた麗華の事……昼間、遙を溺れさせたというが、遙はやったのは久留美だと言っているそうだ。だが親は、遙は麗華から脅されてそう言っていると決め付けたそうだ。
数日後……
もう少しで、麗華にとって三度目の夏休みが来ようとしていた時期だった。
ある日、麗華は久しぶりに学校へ行った。理由は昨晩担任から電話があり、出席日数が足りないので、そろそろ来ないと一年留年するという連絡があったため、麗華は仕方なく行くことにした。
学校へ着た麗華……教室へ行き入ろうと戸を開けると、突然クラスの男子に打たれた。打たれた麗華は勢いで、その場に尻餅をつき男の子を見上げた。彼の後ろには、自分を虐めている者たちが集まっていた。
「お前だろ!」
「何が?」
「奈美の体育着、隠しただろ!!」
「し、知らな」
「知らばっくれるな!!
お前以外に、誰が犯人なんだよ!?」
「そんなこと……言われても」
自分を責めるクラスメイト達……そこへ担任の先生がやってきて、慌てて皆を教室の中へと入れ話し合いをし始めた。話し合いをして、ようやく収まるかと思っていたが、担任は男子達の言い分を正しいと判断し、証拠もなく自分を犯人だと決定付けた。
クラス中から暴力を受ける麗華……その後ろで、七海と遙、あの男の子はクラスメイトを辞めさせようと必死に訴えていた。
(何で……どうして、いつも……
私が、何をしたっていうの……何もしてない……
もう耐えられない……もう……耐えられない!!)
蹴ってきた足を受け止める麗華……その足を持ち上げながら立ち上がり、その持ち主である男子を投げ飛ばした。麗華を止めようと、他の男子達が寄って集って抑えようとしたが、彼女はあり得ぬ力で、男子達を投げ飛ばした。そして一人の男子は廊下側のガラスを突き破り飛ばされた。廊下を出た麗華は割れたガラスの破片を手に取り、ガラスの上で倒れている男の子の腕を、突き刺した。
悲痛な声が、廊下中に響き渡った。突き刺したガラスの破片を抜き取り、教室にいる男子達を一斉に斬り付けて行った。ガラスが無くなると、今度は暴力で男子達をボコボコにした。
しばらくして、一学年下の担任が駆け付けてきた。担任はその荒らされた教室と、血と傷、痣だらけになった男子達と担任を見て驚いた。教室の真ん中には、血だらけと痣だらけになった麗華が、長く伸ばしていた髪を乱し、息を切らしながらそこに立っていた。教室の隅では、泣きながら怯える女子達がいた。
「あなた、一体何をしたの?!!」
「?」
その声で、麗華はようやく我を取り戻したかのようにして、教室を見回し理解してないのか、自分の肩を掴んでいる担任を見た。
「私が……やったの?」
「あなた……」
学校はすぐに、残っている生徒達を全員家へと帰し、怪我をした三年の男子達は病院へ送り女子達は親が迎えに来て、皆帰っていった。
校長室のソファーで顔を下に向け座っていた麗華は他の先生達の質問に何一つ答えようとしなかった。そこへやってきた龍実の母は、麗華を覗き込むようにしてその場に座り彼女の顔を見た。
その顔は、まるで魂が抜けたかのような表情になっていた。
夕方……
麗華の事を聞いた龍二は、すぐに龍実の家へと駆け付けた。客間で龍実の祖母を前に座る麗華……龍実の母の話からでは、事件を起こしてから一度も顔を上げようとせず喋ろうともしないとのこと。
(麗華……)
「俺が見てた限り、麗は何にも憑りつかれてなかった」
龍二の後ろから、小声で焔はその時の麗華の状態を教えた。龍二は焔を渚に渡し、客間へと入り彼女の隣に座った。
「全く、これだから春子の孫は」
「ちょっと、お母さん!」
「元に事件を起こしたではないか。
お~ヤダヤダ。
陰陽師の才能があり、妖怪や幽霊と仲良しになれても、人とは仲良くなれぬという事か。あ~ヤダヤダ。こんな化け物の様な子は、儂は生まれて初めて見たわい」
「お母さん!!」
「……ら」
「?」
「だったら……」
“バン”
机を叩き、立ち上がった麗華……その顔は怒りに満ち、目から涙を流していた。
「麗華…」
「だったら、何で引き取ったのよ!!
そんなに化け物、化け物っていうなら、引き取らなきゃよかったじゃない!!
こんな場所……こんな場所、こっちから出てってやる!!」
そう叫ぶと麗華は、客間を出て行き家を飛び出していった。その後を、龍二は追いかけようとしたが、それを龍実は俺が追いかけるといい、彼女を追いかけて行った。
小島へ着た龍実は、浜で蹲る麗華を見つけ、彼女に駆け寄った。
「麗華」
「帰りたくない……あんな場所」
「……」
するとそこへ、渚に乗った龍二がやってきて二人の前に降り立った。渚は人の姿へとなり、心配そうに麗華を見る焔を抱け寄せ、二人を見守った。
「龍二さん……」
麗華の前に行くと、龍二はしゃがみ込み彼女を見ながら話しだした。
「麗華、明日帰るよ」
「え?」
その言葉に、麗華は一瞬自分の耳を疑い顔を上げ龍二を見た。
「帰るんだよ。家に」
「本当に……本当に帰っていいの?」
「あぁ。
小母さん達に話を点けて、明日帰ることになった」
麗華は見る見るうちに、笑顔を取り戻していき満面な笑みで、龍二に抱き着いた。龍二は抱き着いてきた麗華を受け止め、頭を撫でながら言った。
「今まで、我慢させて悪かったな。麗華」
翌日……
早朝の船に乗り、遠ざかっていく島を眺める麗華……海には、自分を見送りに着た妖怪達が、手を振りながら船を追いかけてきていた。そんな妖怪達に麗華は手を振り返しながら別れを告げた。
港で、遠ざかっていく船を、七海は一人見送っていた。同じ頃、病院の部屋からあの男の子は、申し訳なさそうな表情で海を眺めていた。