地獄先生と陰陽師少女 作:花札
その日、大雨が降り海には荒々しい波が立ち、島には強い風が吹き荒れていた。当然学校は休みとなり、子供達は嵐が治まるまで外出禁止となった。
麗華は、大人達の目を盗んで一人小島へと行った。島へ着き島の裏にある海岸へと行き、そこで待っていた鮫の背びれに掴まり離島へと向かった。
離島へ着いた麗華……
以前龍実から、この島の事を聞いた。それは昔、この島は雷と風の被害がとても酷かった。季節問わずいつも雷は鳴り響き、風は吹き荒れていた。そんなある日、天から雷と風の神様が降り立った。
その姿は鬼のような赤い角に、黒い強靭の体を持った馬だったと……その神が降り立って以来、雷と風は治まり、島に平和が訪れた。その感謝の思いを込めて島の住民は、離島に社を建て、自分がいつも行っている小島ともう一つの小島に二つの祠を建てた。
離島の森を彷徨い歩いていると、奥から何かが倒れるような音が聞こえてきた。その音に、焔は狼から人間へと姿を変え、麗華を守りながら近付いた。
そこにいたのは、傷だらけになり弱り切った角を生やした黒い馬……
「馬?」
「あの馬……相当弱り切ってる。
何かと戦った後かもしれねぇ。妖力は俺より、かなり高いだろう。今は弱り切ってるけど」
立っていた黒い馬は、足が蹌踉けその場に力なく倒れてしまった。心配になった麗華は、茂みから飛び出し恐る恐る、黒い馬に近付いた。
黒い馬は、鋭い目付きで近付いてくる麗華を睨み、力を振り絞り立ち上がり、彼女に角を向け雷を出した。
「人の子が……いったい、某に何用で来た」
「別に用はないよ……
ねぇ、怪我してるよ?痛くないの」
「誰が負わせたと思っているのだ!!
人だ!!人が負わせたのだ!!貴様と同様の人の子が!!」
「……」
怒りに満ちた黒い馬の目を見た麗華は、自分に向けていた馬の角に怖がらず、恐る恐る手を伸ばし馬の額を撫でてやった。その行為に、馬は驚きの顔を隠せず、固まったまま彼女を見つめた。
「私も、同じだから……」
そう言いながら、麗華は着ていた服を脱ぎ捨て体中に出来ていた傷や痣を馬に見せた。
「この傷は全部、お前に傷を負わした人の子から受けたもの。
だから、お前の気持ちはよく分かる」
「……」
馬は姿を変えた。赤い髪を長く伸ばし、黒い侍風の着物を纏った男へと変わった。
「そなたの様な人の子、初めてだ。
某を見ても恐れない」
「お前の様な妖怪には、慣れてるから……
それに……ここの人達、皆嫌いだから……」
「……」
「お前ならできるか?
この風と雷を抑えること」
「もちろん。
某は、風と雷の使いです」
そう言うと、男はまた馬へと姿を変え、空へと高く駆け上り角を輝かせた。
輝いた角は、光を放ち島を襲っていた風と雷を消し去った。島を覆っていた黒い雲が晴れ、所々から陽の光が差し込んできた。
島で嵐の支度をしていた住民たちは、突然空が晴れたことに驚き動かしていた手を止め、空を見上げた。
「晴れた?」
「おい、見ろ!」
島の住民の一人が、離島を指さした。離島の真上にいる一匹の黒い馬……
「ありゃあ、鬼驎様だ」
「あれが」
馬は島へ降り、麗華の前で頭を下げた。麗華はそんな馬の額を撫でてやった
「ありがとう」
「……」
「ねぇ……お前さえ良ければ、式神にならない?」
「式神?」
「私が死ぬまで、ずっと守り続ける……それが、式神の役割。
私はお前が気に入った」
「……某も、そなたが気に入った。
そなたに一生仕えることを」
“ビシャ―ン”
“ゴォオオオ”
「この雷、そして風に誓う」
「……」
焔に持たせていた一枚の紙を、手に取った麗華は紙に術式を書きお経を唱えた。すると黒い馬はその紙の中へと、煙のように吸い込まれていった。馬を吸い込んだ紙は、術式が書かれ人型の紙へと変わった。
「これでいいの?」
「そのはずだ。
龍が雛菊を式にした時、確かこういう感じだったからな」
「……」
紙を見る麗華に、久しぶりの笑顔が戻った。そんな彼女の姿にホッとしたのか、焔は狼へと姿を変わり顔を摺り寄せた。
「何?」
「良いじゃねぇか……」
「……」
「さっそく、出してみればいいじゃねぇか?そいつ」
「うん」
紙に血を付け投げ、黒い馬を出した。馬は首を振り、麗華に擦り寄ってきた。
「お前まで……
ねぇ、名前ってあるの?」
「某の名は、ありません。
この島の者達は皆、某の事を『鬼驎』と呼びます」
「……そのまま呼ぶと、嫌なことばっかり思い出すから」
「そなたが着けてくださる名であれば、何でもよいです」
「その『そなた』って呼ぶのやめて。
麗でいいよ」
「では、麗殿」
「麗殿って……
ま、いっか。
そうだなぁ……雷と風が使えるんだよねぇ……
雷光」
「雷光…ですか?」
「うん。
目の色が、光ってたから。それに私、雷好きだし」
「麗殿……」
「気に入った?」
「はい!」
「じゃあ、これからお前は、雷光!
よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いいたす!」
夕方……
雷と風が治まった龍実は、島中を歩きながら朝から姿が見えない麗華を捜し回っていた。
思い当たる場所を捜したが、彼女の姿はどこにもなかった。龍実は、もう一度麗華がいつも行っている小島へと向かった。小島に着くと、浜に降り立つ一匹の狼が降り立つのが見え、龍実はすぐにその場へ向かった。
「麗華!」
狼から降りた麗華は、その声に気付き振り向くと駆け寄ってきた龍実は、彼女に抱き着いた。
「今までどこに行ってたんだ!?心配したんだぞ!!」
「ご、ごめんなさい……」
「ったく……」
「……」
「ほら、帰るぞ」
立ち上がり、龍実は麗華に手を差し延ばしたが、その手を拒否するかのように彼女は後ろで手を組んだ。
「……
帰りたくない」
「麗華……」
「お兄ちゃんのところ、帰りたい……
何で、いちゃいけなかったの?」
「……」
「母さんが死んだ時、お兄ちゃん言ってたよ!これからは、二人で頑張ろうって!!
なのに……なんで、私だけ」
「お前はまだ小さいし、龍二さんはまだ中学生だし……」
「でも、伯母さんが手伝ってくれるって言ってたもん!
だったらそれで……それで」
泣き出す麗華……龍実は彼女を抱き上げ慰めるように、頭を撫でながら焔と一緒に家へと戻った。
母・優華の葬式……
優華の遺影の前で、あやとりをする麗華を、龍実は初めて見た。彼はまだヨチヨチ歩きだった大空を連れて、彼女の元へ近寄った。すると大空は龍実から離れ、麗華の前で座り込むと、彼女が持っていたあやとりを掴んだ。
『コラ!大空!
それは、そいつの物だろ?返しな』
『やー!』
『返しなって!』
『やーあ!』
大空はあやとりを持ったまま、麗華の後ろへと隠れた。
『ったくぅ……
悪いな』
『……』
『麗華』
その声に、麗華は立ち上がり龍実を通り過ぎた。彼女が行った方を振り向くと、そこに龍二の姿があった。自身に抱き着いてきた麗華の頭を撫でながら、龍実達の存在に気付いたのか顔を上げ彼等を見た。
『えっと……』
『神崎龍二。お前は?』
『龍実、川島龍実です』
『龍実か。よろしくな』
『あ、はい!こちらこそ……?』
二人の後ろにいる渚と焔に気付いた龍実は、じっと後ろを見た。
『お化け―!』
『!?』
『!!コラ!
大空!』
『兄ちゃん、この兄ちゃんと姉ちゃんの後ろに、お化けがいるよー!』
大空の言葉に、龍二は二人の顔を見た。龍実は慌てめいた様な表情で、ごまかそうと言葉を並べるが、なかなか思いつかず戸惑っている様だった。
『龍実……
お前等まさか、見えるのか?』
『え?
あ、はい……見え…ます』
『……』
『……
お、おかしいですよね。やっぱり、見えるのって』
『全然』
『へ?』
『俺もこいつも、見えてる。
おかしくねぇよ』
『……』
『龍二さん』
親戚だという女の人に呼ばれた龍二は、麗華を連れ奥の部屋へと行った。
(遠縁の人は霊感があるって、話では聞いてたけど……まさか、本当だったとは)
『嫌だ!!』
奥の部屋から、麗華と思われる怒鳴り声が聞こえてきた。寝てしまった大空に上着を掛け、部屋を出て行き奥の部屋の襖を龍実は覗き見た。すると違う部屋から出てきた龍二と同い年くらいの女の子が駆け寄り、部屋にいた女性が泣き叫ぶ麗華を抱きながら部屋から出てきて、彼女に受け渡した。女の子の後をついてきたのか、麗華と同じくらいの少年が駆け寄り、泣き喚く彼女の手を引きどこかへ行ってしまった。
(何があったんだ?)
数分後、部屋から出てきた龍実の両親と祖母、そして龍二と女性……龍実の両親と祖母は、龍実が待つ部屋へ入ってきた。
『何話してたんだよ、母ちゃん』
『龍実……
これから話すことを、理解して頂戴ね』
『?』
『このお宅神崎さんの所にいるご兄弟と会ったでしょ?』
『あぁ。龍二さんと麗華ちゃんって女の子だろ?
二人がどうかしたのか?』
『さっき二人について、今後どうするかを話し合っててね……
そしたら、お祖母ちゃんが是非、家で麗華ちゃんを引き取りたいってことになってね……』
『え?
龍二さんは?』
『龍二君には、ここ童森町に残ってもらう事になったんだよ』
『じゃあ、麗華ちゃんとは離れて』
『そういう事になるわね』
『何で!二人を引き離すことなんて……』
『私達も反論したわ。余りにも酷過ぎるって』
『けど、お義母さんがどうしても引き取りたいと聞かなくて……』
『だから……あんなに、泣き叫んでたのか』
『それで結局、引き取ることになってね』
『……』
突然聞かされた話……
トイレの帰り、龍実は泣き喚く声が聞こえる部屋に通りかかった。気になり、ふと開いていた襖の隙間を覗いた。龍二にしがみ付きながら、駄々を捏ねて泣く麗華と困り果てる表情を浮かべる龍二……
そんな姿を見た龍実は、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。