地獄先生と陰陽師少女 作:花札
「わぁ!!見てみて!島よ島!!」
船の上から、小さく見える島を指さす郷子……彼女の指す方へと、移動する広達は手すりから身を乗り出し、島を見て大はしゃぎしていた。
船内では、木の長椅子に腰掛け膝の上で自分の毛を舐めるシガンを撫でる麗華は、一人ウォークマンで音楽を聴いていた。
「あれが鬼驎島かぁ……
思っていたほど、デカくない島だな」
「ま、小数人しか住んでないから、島の殆どの人が顔見知りって感じだよ」
「ほぉ……
龍二、ちょっと聞いてもいいか?」
「ん?」
「麗華がお世話になった親戚の人達は、この依頼を受けなかったのか?
普通なら、その島に住んでるものがやるんじゃ」
「あの人達は、違うんだ」
「違う?何が」
「俺等の祖父母に当たるんだけど、母方の祖母には歳の離れた末の妹がいたんだ。
けど、その妹には霊力も無いし、霊感も無い。それを知った当主が、その妹を家から追い出したって話だ」
「追い出しただと……」
「つっても、十八で嫁に出されたって聞いた。
その後の詳しい話は、何も聞いてない」
「……お前達の家系は、とても厳しいんだな」
「まぁな。俺等は分家の一族だし、もし才能がなければ追い出されてたかもな」
しばらくして、船は港へと着いた。荷物を持ちながら、龍二は辺りを見回しながら、誰かを捜している様だった。
「龍二さーん!」
「!おう!」
港へとやってきた一人の少年……癖のある黒い髪を生やした、少年は龍二に駆け寄ってきた。
「お久しぶりです!龍二さん!」
「久しぶりだな、龍実!」
「あれ?この人達は?」
「あぁそうか。
こいつ等は、麗華の友達だ。行くなら一緒に行きたいって言ってきたから、連れてきたんだ」
「へぇ、麗華に友達かぁ。
俺は川島龍実(カワシマタツミ)。龍二さんと麗華の従兄妹ってところかな」
「初めまして。私稲葉郷子!」
「俺は立野広」
「木村克也」
「栗田まことなのだー!」
「細川美樹でーす!」
「よろしくな!」
ふと船を見ると、船長と麗華に支えられて出て来るぬ~べ~がいた。
「あ、あの男の人は?」
「麗華の担任、鵺野鳴介だ。
さっき、波で船がスゲェ揺れてて、酔っちまったんだよ」
「ハハハ……そりゃあ災難だったな」
ぬ~べ~を支える麗華の姿……龍実は一瞬、幼い頃の彼女を思い出した。
(……デカくなったな、あいつ)
「ゲー」
「うわっ!ここで吐くな!!バカ教師!」
「そ、そんなこと言われても……オゲー」
「吐くなぁ!!」
「龍実、こいつ等を宿まで頼む。
俺と麗華は、町長の所に行って挨拶してくる」
「おぉ!」
「麗華ぁ!!行くぞぉ!!」
「あぁあ!待ってよ!兄貴!」
「麗華ぁ!!手伝うよ!
広、手伝って!」
「ったく、しょうがねぇ教師だなぁ!」
郷子と広はぬ~べ~の元へと駆け寄り、船長と麗華と変わり彼を支えた。郷子達にぬ~べ~を任せた麗華は、先に歩いていた龍二の後を慌てて追いかけて行った。
「さてと、俺達も行くぞ」
「はーい!」
海沿いの道を歩く郷子達……
「わぁ―!!海よ海ぃ!!」
「早く荷物置いて、泳ぎたいぜ!!」
「ハッハッハ!!張り切ってるなぁ、広君」
「当ったり前ですよ!!
海を楽しみに、ここへ来たんですから!」
「コラ!広!」
「いいっていいって」
「ねぇねぇ、龍実さん!
ここに住んでた頃の麗華って、どういう感じだったんです?」
「ちょっと、美樹!失礼よ!」
「いいじゃな~い!
ねぇねぇ、どうなんです?」
「そうだなぁ……
あの頃の麗華は、今とは全然違う奴だったよ。
当時のアイツは、無表情で無口で、誰とも触れ合おうとせず、しょっちゅう浜辺や森、無人島になんかも行ってたっけなぁ」
「無表情で」
「無口……」
昔の麗華を想像する五人……今の性格とは、無口以外は異なっている事に気付いた。
「龍実さん!無人島って、どこにあるんです?」
「俺ん家から少し歩いて、入江を泳いで行ったところにある小さな島さ」
「マジっすか!!
じゃあ、後で皆で行こうぜ!」
「良いわねぇ!それ」
「面白そうじゃん!」
「え~、怖いのだ!危険なのだ!」
「何、ビビってんだよ!」
「でも~」
「まことの言う通りだ。無人島に行くなんて、危険すぎる!」
「え~!!良いじゃねぇか、ぬ~べ~!」
「駄目だ!!
海に行くのはいいが、無人島に行くなどけしからん!!」
「スゲェ固い事言うなぁ……お前等の担任」
「当り前だ!」
「ハハハ……
あ!着いたぜ」
二階建ての大きな木造の家に着くと、郷子達を中に入れた龍実は、勝手に靴を脱ぎ家の奥へと行き家主を呼びに行った。
「何か、地味な家ねぇ」
「美樹!」
「そう言うな。
風流があって、いいじゃないか」
「昔の家って感じだな!」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
奥から出てきた、夏の着物を身に纏った若い女性が、笑顔で出迎えてきた。
「うひょぉお!メッチャ美人!!」
「ぬ~べ~……」
「この宿を経営してる、美香さんだよ」
「今日から、よろしくお願いしまーす!」
「こちらこそ!」
「そんじゃ、美香さん後任せたよ。
俺、龍二さん達のところ行って来るから」
「分かったわ。二人によろしく伝えといてね」
「はーい。じゃあなお前等」
「あぁ、龍実さん!
麗華に会ったら、海で泳いでるって言っといてください!」
「了解!!」
靴を履きぬ~べ~達に別れを言い、龍実は龍二達の所へと向かった。
市役所へ着いた龍実……
外ではウォークマンを聴き、黒いキャップ帽を深く被った麗華が、壁に寄りかかり座っていた。龍実に気付いたのか、麗華は顔を上げ耳に着けていたイヤホンを取り龍実の方を向いた。
「待たされぼうけってか?」
「違う。
さっきまでいたけど、居辛い空気になったから先に出てきて、待ってるだけ」
「そういう事か……」
「……?」
麗華の前でしゃがみ込むと、龍実は彼女の帽子を取り頭を雑に撫でた。
「何?」
「デカくなったなぁって思って」
「……」
「そっちの学校は、楽しそうみたいだな?
友達と担任の顔見て、少し安心したよ」
「……」
麗華は黙り込み、頬を赤くしてそっぽを向いた。そんな彼女を見て、鼻笑いしながら立ち上がり、傍にいた狼姿の焔と渚を見た。
「何も変わってねぇな?この狼」
「うるせぇ!」
「?
焔、こいつは私達が見えるのか?」
「まぁな。
この島で俺達妖怪や、幽霊が見えるのは龍実ぐらいだったからな」
「そうなのか」
「もう一匹の方は?お前、二匹も一緒にいたっけ?」
「もう一匹は兄貴のだ」
「龍二さんも持ってたのか」
「お待たせ」
建物の扉が開き、中から龍二が数枚の紙を持って出てきた。麗華は立ち上がり、龍実から帽子を受け取り被りながら、龍二の方を向いた。
「どうなの?被害者の数は」
「被害者って……」
「神隠しに遭った子供だよ。
そいつ等の資料を貰ったんだ。」
「あぁ、そういうこと……
そろそろ行きます?」
「……」
その言葉を聞くと、麗華は耳にイヤホンを着け二人に背を向けた。
「悪いなぁ……無理矢理連れてきたようなものだからさ」
「やっぱり……
すんません、祖母ちゃんが」
「いいよ。今回は俺がいるし……
それに、ここにいる間は家にいなくていいって言っといたし。後あいつ等がいるし。
さ、行こうぜ。麗華、ちゃんとついて来いよ!」
龍実の背中を押しながら、龍二は市役所を後にした。二人の後を麗華は、気が向かない脚を動かしトボトボと着いて行った。
海沿いを歩く三人……その時、前方から歩いて来る四人の男女の子供に、麗華は帽子のつばを深くし四人と目を合わせぬように歩いた。
歩いて来る四人とすれ違う麗華……事をやり過ごしたかのように、麗華は深く息を吐いた。その様子に心配したのか、肩に乗っていたシガンは心配そうな声を出しながら、彼女を覗き込むようにして顔を見た。
「麗、大丈夫か?」
「あ、あぁ……」
訊いてきた焔に答えながら、麗華はシガンの頭を撫でながら、再び歩き出した。
島の隅の方へと着き、そこに建つ家の前で龍実達は足を止めた。二人が足を止めると、麗華も離れた場所で足を止め、家を見た。
古い木造の二階建ての家……時代劇に出てきそうな門を構え、龍実と龍二はその門を通り中へと入った。ふと龍二は、ついて来ない麗華が気になり、外へと出て行き門へ着の前で立ち尽くしている麗華の肩に手を回し、一緒に入っていった。
先に歩いていた龍実は、引き戸を開き二人を中へと入れた。
「今母ちゃん呼んでくるから、ここで待っててくれ」
「分かった」
靴を脱ぎ、龍実は廊下を歩き母の元へと行った。
麗華と二人っきりになった龍二は、彼女の抱き寄せ肩を擦った。
「大丈夫だ。今回は俺も一緒だし、もうここへ置いてったりしねぇよ」
「……」
「麗華ちゃん」
聞き覚えのある優しい声……帽子を取り顔を上げると、黒い髪を一つに結った女性が、龍実と一緒に立っていた。
「……お…小母さん」
「大きくなったわね、麗華ちゃん」
「……」
「龍二君、わざわざ遠いところから、ご苦労様」
「いえ、いいんです」
「ごめんなさいね。お母さんがまた無理なお願いを」
「来たのかえ」
「!?」
その声にビクついた麗華は、素早く龍二の後ろへ隠れた。
奥の部屋から出てきた、紺色の着物を着灰色の髪を簪でまとめた、怖い顔をした老婆……
「お母さん」
「祖母ちゃん」
「……お、お久しぶりです」
「春子姉さんのとこの孫が、よくも来たもんだ。
私に才能がないという理由で、私を家から追い出しその挙句、私はもういない者という扱いをしたくせに……
そして、春子の娘・優華が死んだ時に、ようやく私達の事を思い出したかのように、葬式に呼んで」
〝バン”
耐え切れなくなった麗華は、引き戸を思いっきり開け飛び出していった。
「麗華!!」
「祖母ちゃん、いい加減にしろよ!!アイツを攻めたって、何も解決しないだろ!?」
「フン!
知ったことか。一族にちゃんと身を置いてる者に、才能がないという理由で追い出され、除け者にされた一族の気持ちなんか、分かりゃしないよ」
「お母さん、いい加減にして!!」
「フン!知らんことだ」
聞き流すかのようにして、祖母は部屋の中へと戻った。
少し前……
麗華とすれ違った四人の子供のうち、一人が足を止め、歩みを止めていた麗華の後姿を見ていた。
(……まさか)
「どうしたの?」
「え?あ…何でもない」
「ふ~ん」
「あの人達、龍実さんの親戚の人かな?」
「そうなんじゃない?
だって町長さん、今日確か霊媒師を呼んだってママが言ってたもん」
「あぁ!例の神隠し」
「そうそう」
「本当に妖怪の仕業なのかしら?」
「そんなこと断じてあり得ませんよ!第一、この世に妖怪やら幽霊やらがいるなら、なぜ僕たちの前に現れないんです?」
「知らないわよ!そんなこと!
ま、あの子だったら、見えてたかもね」
「あの子?」
「ほら、いたでしょ?
二年前の夏休み前に、転校した子。男子達に酷い怪我を負わせて、挙句の果てに担任を辞めさせた異端な女が」
「……」
「どうしてるかな……今頃」
「僕達……謝ってないんですよね……」
「謝る必要なんかないわよ。
そもそも、体育見学して、好き放題に学校休んで、おまけに勉強できて、それで何で罰を与えちゃいけないわけ?」
「でも」
「ねぇ!アンタはどうなの?」
「……知ったことか」
「あら、流すのね?」
「うるさい。
さっさと行くぞ」
「あ、待ってよ!」
「二人共、待ってください!」
後ろで止まっていた男の子が、歩き出し三人の間を通り過ぎて行った。その後を女の子二人が慌てて追いかけて行き、三人に置いて行かれてしまったもう一人の男の子も、走って後を追いかけた。