地獄先生と陰陽師少女 作:花札
それは、神に使わされた獣……神獣とも言われている。
その霊力は、極めて高く、聖域を汚す者には容赦なく厳しい罰を与える、天の裁判官とも言われている。
神社の沼へとやってきた克也……
「獲るなって言っても、ここの鯉はデカくってさ。
特に、刺身に出来る鯉は、魚屋で高く買ってくれるんだ」
沼に網を入れ、そこに住んでいる鯉を獲りながら言った。
「神社での殺生はいけないっていうけど、生け捕りなら神様も文句ないだろ」
鯉を持ち帰ろうとした時、空の一ヶ所が光り出しその光に克也は驚き、振り向いた。
鹿のような強大な体を持ち、顔は竜に似ており、馬の蹄に牛の尾を持った獣が、舞い降りてきた。口には血を出したチンピラを銜えており、チンピラは苦しみの声を上げながら暴れていた。
その光景に絶句した克也は、気を抜き思わず捕まえた鯉を網から落してしまった。落ちた場所が運悪く岩の上で、鯉は骨を折ったのか跳ねることなく、体を痙攣させ動かなくなってしまった。
しまったと思った克也は、無我夢中で駆けだしその場を逃げだした。
夜……
寝付けないでいた克也は、鯉を獲ったことを思い出していた。
“ピシャーン”
雷が鳴り、その光で外に映る獣のシルエットが、部屋の窓に映った。ふと克也は窓を見たが、そこには外に干している洗濯物の影しか映ってはいなかった。気になり、そっとカーテンの隙間から外を覗いた。
(ま、まさか……たかが魚一匹くらいで……)
同じ頃……
眠い目を擦りながら、鯉の死骸を見る麗華と龍二……
「ったく、誰だよ。
鯉釣った奴」
「やっぱり、立札じゃ効果はないってか?」
「ハァ~ア……
釣った奴、また殺されるよ?」
「自業自得だ。
それより、早く帰って寝ようぜ」
「だな」
狼姿になっている渚と焔に二人は乗り、神社を後にした。
翌日……
学校へ着た克也は、休み時間昨日の事を広達に話した。
「ホントかよ?
明神沼に、竜に似た馬が出たって」
「そうなんだ。
頭には角みたいなものがあってさ。口には血だらけになった男を銜えてて……
きっと、食われちまったんだ。多分、魚殺して罰が当たって」
「まさかアンタ、あの大きな鯉を釣ろうとして、明神沼に行ったんじゃないでしょうね?」
「どうなのよ、克也」
「……
う、うん」
「やっぱり!
とうとうあなたは、禁じられた鯉を釣ってしまったのね!
あれ程」
「釣ってはいけない鯉を釣ったてか?
明神沼の鯉を?」
階段を下りてくる麗華は、美樹の言葉を繋げる様にして言った。
「麗華」
「木村、本当にあの沼の鯉を釣ったのか?」
「あ……あぁ」
「殺されるよ?その獣に」
「え?」
「竜に似た馬の様な獣と言ったな」
その声に、郷子達は振り返った。手すりに手を置くぬ~べ~が問いかけてきた。
「そいつは麒麟かもしれんぞ?」
「首が長くて、黄色くて、斑のある動物園にいるキリン?」
口を揃えて言う郷子達……ぬ~べ~は少々困り果てた顔を浮かべ、麗華はため息をついて呆れた表情を浮かべた。
ぬ~べ~は階段を降り、麗華の隣へ立つと話し出した。
「そのキリンじゃない。
神の使いと云われている獣の事だ。
でも大丈夫、麒麟は何もしないさ。理由もなく人間を襲ったりはしない」
「理由がなければね」
「?どういう意味だ、麗華」
「別に」
「さってと、皆放課後暇だったよな?」
郷子達に放課後残るように言うと、ぬ~べ~はどこかへ行ってしまった。
図書室で、麒麟について調べるぬ~べ~……
(麒麟は聖域を汚すものに対して、厳しい罰を与えるか)
「何で、私達まで手伝わなきゃならないのよ!」
文句を言いながら、図書室の本を運ぶ郷子達……
「全く、人使い荒いんだから」
「一人でできねぇのか?ヘタレ教師」
(まさかな……
麒麟が本当にいるなんてことは……)
本を片付ける郷子達……
克也は書棚に、持っていた本を元の場所へ戻していた。その時ふと風が吹き、気になり恐る恐る後ろを振り返った。
後ろにいたのは、あの時見た麒麟の姿……
「わぁああああ!!」
麒麟の姿に驚いた克也は、持っていた本を落とし叫んだ。その声にぬ~べ~は、すぐに立ち上がり克也の元へと行った。
克也の元へ行くと、彼は腰を抜かし座りこんでいた。
「どうした?克也」
「き…き…麒麟が……
麒麟が今、ここに!」
ぬ~べ~の後ろを指さす克也……彼の指す方にぬ~べ~は振り返った。克也の叫び声に、郷子達が駆け寄ってきた。
「どうしたんだよ、克也ぁ」
「急に大声何て上げてさぁ」
「ビックリするじゃないの」
克也のもとへ着た麗華は、ふとぬ~べ~が向いている方に目を向けた。すると肩に乗っていたシガンが、毛を立たせながら威嚇の声を上げた。
その声に応じるかのように、姿を消していた焔が姿を現し麗華の耳元で囁いた。
「麗、麒麟の奴がここへ来た」
「その様だね。
先に戻って」
「了解」
姿を消し、焔はどこかへ行ってしまった。
二人が向く方に在ったもの……それは光る毛だった。
威嚇するシガンを宥めるかのようにして、麗華は頭を撫でながら克也の方を振り向いた。
「罰が……罰が当たったんだ……きっと。
俺、鯉釣ってそれでまた沼に放してやるつもりだったのに、麒麟を見た時慌ててて、それで捕まえた鯉を岩の上に落しちまって……だから、罰が!!」
「なるほどねぇ……
ぬ~べ~、何とかしてやれば」
「落ち込むなよ。
ぬ~べ~に任せれば、大丈夫だよぉ!」
「そうそう!
心配する事なんかないわよぉ!」
「克也が危なくなったら、鬼の手があるじゃない!」
「『俺の生徒に、手を出すなぁ!』」
「下手くそ!『鬼の手よ、今こそその力を示せ!』」
笑い合い、冗談を言い合う郷子達……
ぬ~べ~の元へと行った麗華は、彼の手の上で消える麒麟の毛を見ながら小声で言った。
「今回は、アンタもお手上げなんじゃないの?
神獣相手じゃ、鬼の手がどこまで効くか」
「あぁ。
いくら俺でも、神の使いである麒麟を……」
「神獣の怒りを鎮めるには、生贄が必要」
「?」
「何てね。
どうすんの?あいつ等、アンタに期待してるけど?」
「う~ん……
お前ならどうする?」
「知らない。
大体、獲るなって立札立ってたにも関わらず沼の鯉を、獲った木村が悪いんでしょ?自業自得だよ」
「そうだが……」
「私にどうしろっていうの?」
「っ……」
「アンタの手伝いはするけど、どこまで力になれるか、分かんないよ」
「悪いな」
「ったく。世話のかかる教師ですこと」
「お前が言うな!問題児め!」
沼へやってきた郷子達……
「ねぇ、本当に神様の罰なんてあるのかしら」
「分かんないわよ!そんなこと!」
「まさか、地獄へ落されるとか?」
「じ、地獄?!」
「コラ!美樹!
何てこと言うのよ!」
「大丈夫だって克也!
きっとぬ~べ~は何とかしてくれるから、元気出せよ!」
「そうよ!きっとぬ~べ~が何とかしてくれるから!」
思い出す、先程のこと……
『とにかく夕方、明神沼へ行ってみよう。
麒麟が神の使いなら、分かってくれるさ』
その言葉を思い出す克也は、意を決意し沼の方へと歩いて行った。
沼へ行く途中、橋を割っていると小川から水の音と何かの声が聞こえ、郷子とまことは足を止めた。
「何かしら?」
「何なのだ?」
よく見ると、そこにいたのは小川に落ち草に絡み、上がれない状態になった子犬だった。
「何だ?またお前か!」
そう言いながら、克也は土手を滑り降り、小川の中へと入った。
「ったく、あれ程こっから離れろって言ったじゃねぇか!
バッチィ犬がよ!
いいか?今助けてほしいのは、こっちの方なんだぜ?」
文句を言いながら、克也は草を解き子犬を抱き上げた。子犬は毛を振り水を落とそうとし、その行為に驚いた克也は足を滑らせ尻を着いてしまった。
そんな克也の頬を、子犬は舐めてやった。舐める犬のくすぐったさに、克也は笑いながら子犬を放した。そんな彼を見る郷子達は、どこか悲しげな眼をしていた。
ぬ~べ~と約束の場所へ着た郷子達……
そこには木の釘を円形に刺し、釘を通して注連縄が設置されていた。
郷子達の姿を見たぬ~べ~は、顔を顰めて言った。
「お前達は、帰るんだ」
「どうしてよ!」
「いつもいつも、邪魔なんだよ!
お前等、前からずっと言おうと思ってたんだけどな……いいか?これは御遊びじゃないんだ。」
「でも!」
「帰れ!
もうとっくに、下校時間が過ぎてんだ!早く家へ帰れ!」
「け!何だよ!」
「帰ろ帰ろ!
邪魔なんだから、私達は!!」
「そうそう!邪魔なんだってさ!」
「全く、失礼しちゃうわよねぇ!」
「俺達がいて、助かったこともあんのにさぁ!」
「そうよ!それなのに、あんな言い方ないわよね!
ぬ~べ~の、おたんこなーす!!」
文句を言い捨てながら、郷子達は帰っていった。
そんな光景を空から見る、焔の背に乗った踊り巫女の格好をした麗華……
「全く、好き勝手言って」
「いつ頃、あの二人の元に出るんだ?」
「麒麟が姿を現した頃かな?しばらくは様子見」
「了解」
「克也」
不安げな表情を浮かべた克也に、ぬ~べ~は声をかけた。
「せ、先生」
「これは結界だ。
この中にいれば何が来ても、こちらには手出しできない」
言いながら、ぬ~べ~は注連縄を結んだ円の中へと入った。彼に釣られて、克也もその中へ入った。
「で、でもどうして、こんなものを?」
「克也、今度は今までのように、簡単にはいかないかもしれないんだ。
相手は麒麟、神の使い……いや、神そのものと言ってもいいかもしれない。恐らく、俺の霊力とは桁違い」
「そ、それじゃ俺は?!」
「心配すんな!
お前だけは、必ず守ってやる。命に代えてもな」
その会話を、近くで聞く郷子達……
「まさか、ぬ~べ~にも勝てない相手?」
「じ、冗談でしょ?」
「麗華さえいてくれれば……」
「さっき帰っちゃったもんねぇ」
バックから霊水昌を取り出し、ぬ~べ~はそれを天に翳した。翳しながら、ぬ~べ~は数珠を手に巻きお経を唱え出した。すると、辺りが暗くなり、雷を放ち出した。
お経を唱えていると、霊水昌が粉々に割れぬ~べ~は沼を見た。
「来たか!」
「え?!」
沼に現れる一頭の獣……その姿は、紛れも無く麒麟であった。
「おい、あれって」
「本物?」
麒麟の姿に驚く広達……
「現れたぜ?どうする?」
「もう少し、様子見。
ヤバくなったら、行くよ」
「分かった」
空から、麒麟の姿を観る麗華と焔……
麒麟はぬ~べ~達へ近付いてきた。
「せ、先生!!」
「任せろ!」
近付いて来る麒麟……麒麟の頭には、克也が言った通り角が生えていた。
(生命を尊び、殺生を嫌う麒麟の角は、通常他の生物を傷つけないよう、肉に包まれ丸くなっているという……
明らかに奴は、怒っている。
克也は、神の怒りに触れたのか……)
“グォオオオオ”
叫ぶ麒麟……声に反応してか、その角は光り出し空から雷をぬ~べ~達目掛けて落した。落された雷は、ぬ~べ~が張った結界を破り彼に攻撃した。
「先生!!」
ぬ~べ~は、体から煙を上げその場に膝を着いた。
『裁きを受けろ!』
聞こえて来る麒麟の声……
膝を着いたぬ~べ~は、白衣観音経を広げた。
「麒麟よ、訊いてくれ!
確かにこの子は、沼の魚を死なせてしまったかもしれない!しかし、許してやってくれ!
この子に悪気はなかったんだ!この子は決して、悪い奴ではない!信じてくれ!」
その言葉は、麒麟の耳には届かず、角を輝かせ雷を起こした。雷は白衣漢音郷を破り、まずいと思ったぬ~べ~は克也を守るようにして、麒麟に背を向かせた。すると雷はぬ~べ~の背中へ当たった。
当たったぬ~べ~は、力なくその場に倒れてしまった。
「せ、先生!!」
『裁きを受けろ!』
“チリーン”
何処からか聞こえる、鈴の音……
音の方に目を向けると、麗華は焔の背中から飛び降りた。
「れ、麗華」
「その者を、許してやって下さい。
十分に、反省しています」
静かに言う麗華……だが麒麟は、怒りを鎮めることなく、彼女へ雷を放った。雷に驚いた麗華は、避けるかのようにして後ろへ飛び下がった。
「麗!!」
「やっぱり、一筋縄じゃいかないか」
麒麟は再び克也の方を向いた。克也はまるで蛇に睨まれた蛙のようにして、その場から逃げ出すことができず怯えていた。その時、倒れていたぬ~べ~がすっと立ち上がり、麒麟を睨んだ。
「やはり、俺の霊力とは桁違いか……
だが、例え神でも!俺の生徒に、手出しはさせん!!
我が左手に封じられしおによ、今こそその力を示せ!!」
鬼の手を出したぬ~べ~は、麒麟に攻撃した。麒麟は彼の鬼の手に角を触れさせ、鬼の手から血を流し、ぬ~べ~は叫び出し麒麟は彼を投げ飛ばした。
「あのバカ……神獣に対して、鬼の手が通じるとでも思ったの?」
「どうする?麗」
「あそこまで怒ってちゃ、手も出せない……(奇跡を待つか……)」
角の先端を克也に向ける麒麟……
沼で倒れているぬ~べ~のもとへ、郷子達は駆け寄った。
「頼む!!克也を許してやってくれ!
俺は教師だ!その子のやったこと、俺に責任がある!
克也を裁く前に、俺を裁け!!」
『裁きを受けろ』
「克也、逃げろ!!」
「逃げるのよ!!克也!」
だが克也は、恐怖のあまりその場から逃げ出すことができなかった。麒麟は角を天に向け、角に反応したかのように雷が克也目掛けて、落ちてきた。
「やめろぉおお!!!」
「ワン!ワン!ワン!!」
聞こえてくる犬の鳴き声……
落ちてきた雷は、克也にあたる寸前で消え、麒麟はその犬の声の方に目を向けた。
克也の前に立つ、先程助けた一匹の子犬……
麒麟は子犬に顔を近づけさせた。すると子犬は威嚇の声を上げながら、麒麟に飛び掛かり噛みついてきた。噛みついてきた子犬を振り払い、麒麟はその子犬を見つめた。
子犬は、怯えもせず麒麟にずっと威嚇の声を上げていた。
そんな姿を見た麒麟は、角を引っ込め姿を消した。
「麒麟が去っていく……」
「たった一つの善行が、アンタの罪を軽くしたんだ……
麒麟は天の公正な、裁判官だからねぇ」
傍にいた麗華は、克也達に説明するかのようにして言った。
麒麟は鳴き声を発しながら、天を駆け上っていった。
沼から上がってきたぬ~べ~達……
「そういや麗華、お前何でそんな格好してるんだ?」
「……」
克也の質問に何も答えない麗華は、容赦なく彼の頭を思いっ切り叩いた。打たれた個所を押えながら、克也は半ベソを掻きながら麗華の方を見た。
「何で打つんだよ!?」
「当り前だ!!人にこんな格好させといて!!
獲るなって言った物獲って、神の裁きを受けなかったんだ!!私の腹の虫が治まらない!!」
「はぁ!?」
「まぁまぁ、麗華」
「ったく……
あ~もう!!ムシャクシャするぅ!!焔、帰るよ!!
帰ったら、お神酒飲みまくってやる!!」
「そんなことしたら、龍に怒られるぞ?」
「うるさい!!」
焔に乗り、麗華は家へと帰っていった。打たれた個所を撫でながら、克也は麗華の行為が今一理解できないでいた。
「麗華、やっぱり心配して戻ってきてくれてたのね!」
「だな!」
「さーてと、腹も減ったな!
ラーメンでも食いに行くか!」
「ち、ちょっと待って!!鬼の手は!?」
「ああ、これは霊気さえあれば、一週間で再生する」
「げ~!!やっぱ、人間じゃねぇな!」
「うるさい!」