地獄先生と陰陽師少女 作:花札
(……何で)
「目覚めたか」
前に目を向けると、そこに絵に色を塗るダビンチが座っていた。
「動かない方がいい。君の命がなくなるよ」
「……」
「素晴らしい絵が出来そうだよ」
ポーチから出て来たシガンは、彼に気付かれないように麗華の手のひらに乗り、ロープを噛み始めた。
(頼んだよ、シガン)
廊下を走る輝三……彼は外へ出ると、取り壊されていない旧校舎へ向かった。
「旧校舎?!」
「明日には取り壊されるんだ……そうか!兄さん、まさか」
「他の美術室と言ったら、ここだ」
「輝二ぃ!!」
自分の名を呼ぶ声が聞こえ、旧校舎の方に目を向けた。そこには、郷子達と一緒に立つ勇二がいた。
「勇二!」
「郷子!」
「広!」
「さっき、ダビンチがこの校舎に入っていくのが見えて……それで来たんだ。
あれ?麗華ちゃんは?」
「さらわれたんだ!早く助けに行かないと、麗華ちゃんが死んじゃう!」
「お、落ち着け!分かったから!」
「勇二、お前はここで待機してろ。無論お前等もだ」
「え?!」
「何でだよ!俺達も」
「分かった」
「勇二君!!」
「勇二!!」
「お前等が行った所で、何かの役に立つっていうのかよ!
輝二と輝三さんみたいに、武器出して戦えるか?霊力あって、妖怪の痛めつけることできるか?」
「そ、それは……」
「君等にここにいてもらうのは、もしダビンチが逃げた時にここで対処してほしいからなんだ」
「何だ!」
「そういう願いなら!」
「任っかせなさーい!」
輝三と勇二に向かって、頷くと二人は笑みを浮かべた。輝三は棍棒を出し輝二は槍を出し、校舎の中へと入り二人に続いて、白衣観音経を手にぬ~べ~も入って行った。
美術室へ着き、輝三が警戒しながらドアを開けた。中は物家の空になっており、布を被された銅像とキャンパスがあるだけだった。
「誰もいない?どうなってんだ?」
「兄さん、他の美術室は?」
「ない」
ぬ~べ~は美術室を歩き回り、中心に置かれていたキャンパスの布を取った。その絵は赤いドレスを着た麗華が描かれており、彼女の肌を塗ればほぼ完成だった。
(まさか!)
キャンパスの前に置かれていた銅像の布に手を掛けようとした時、突然カッターが飛びぬ~べ~は慌てて手を引っ込めた。
「ここに来るとは……しつこい」
「麗華を返せ!!」
「駄目だ。彼女の絵はもう少しで完成する」
白い布を取りながら、ダビンチは言った。布を取られた銅像は狭い台の上で拘束され、身動きが取れない麗華が立っていた。
「麗華!!」
「さぁ、見届けるが良い……美しい女性の絵の完成を」
ダビンチの声に反応するかのように、筆が動き色を塗り始めた。ぬ~べ~は筆に向かって白衣観音経を投げたが、キャンパス全体に結界が張っているのか弾き返された。
「さぁ……あとは唇を塗るだけ。
もうこの子に、用は無い」
そう言うと、ダビンチは麗華の台を蹴り飛ばした。縄が首を絞める寸前、迦楼羅の懐に潜んでいた焔が姿を現し、人の姿になり麗華を支えた。それと同時に、縛られていた手の縄がシガンの手により解かれ、麗華はすぐに首の縄を取り咳き込んだ。
「麗!」
「ハァ……ハァ……ほ、焔」
「キュー!」
「シガン……ありがとう」
シガンの頭を撫でながら、麗華は礼を言った。焔に下ろされ駆け寄った輝二の手により、麗華の足の縄が切られた。
目付きを変えた焔は、完成しかけている絵に向かって火を放った。絵は炎に包まれ燃えてしまい、ダビンチは怒りのオーラを纏い焔を睨んだ。
「よくも、僕の絵を!!」
「輝二!麗華!そこにあるキャンパスの前に行け!
先生、これをダビンチに近付けて下さい」
輝三から渡されたのは、火の点いた線香だった。同じ線香を持った輝三はすぐにダビンチの傍へ行き、彼に続いてぬ~べ~も傍へ行った。
「輝二!」
「分かった!麗華ちゃん、手を合わせて『ダビンチは絵の中で微笑め』って唱えて!」
「はい!」
二人が手を合わせると、周りに飾られていた絵が光り出した。二人を攻撃しようと、ダビンチが筆を構えたがその攻撃を焔と竃、迦楼羅は彼の前に立ち炎を放ち筆を燃やした。
「いくよ!」
「はい!」
「ダビンチは絵の中で微笑め」
「ダビンチは絵の中で微笑め」
声に反応するかのように、周りに飾られていた絵の光が強くなり、ダビンチの体が光の粒になっていた。
「ダビンチは絵の中で微笑め」
「ダビンチは絵の中で微笑め」
「や、やめ!!」
「ダビンチは絵の中で微笑め!!」
「ダビンチは絵の中で微笑め!!」
強い風が吹き荒れ、飛ばされる前に輝二は麗華の手を握り二人を守るようにして、焔と迦楼羅は抱き締めた。
ダビンチは、光の粒となり絵の中へと吸い込まれ消えた。風が止み麗華は焔の腕から顔を出し、教室を見回した。傍では風で飛ばされたぬ~べ~と輝三が頭を抑えて起き上がった。
「終わったの?」
「痛ててて……」
「輝、大丈夫か?」
「うん……迦楼羅、ありがとう。
わっ!ご、ごめん!」
麗華の手を握っていた輝二は、慌てて彼女の手を離し顔を真っ赤にして謝った。
「どうやら、封印は成功だな」
「それじゃあ」
「奴はもう、復活することは出来ねぇ。
ここの絵は全部、明日には焼却炉行きだ」
「……あれ?麗、服」
焔が指さし、麗華は自身の服を見た。服はいつもの普段着に戻っていた。
「いつもの服だ……」
「ダビンチがいなくなったことで、妖力が消えたんだろ」
「輝二!!輝三さん!!」
階段を駆け上る音が聞こえ、ドアを勢いよく開き外から血相を掻いた勇二が入ってきた。
「勇二、どうしたの?そんなに慌てて」
「広達がいなくなったんだ!!」
「え?!」
「美術室が光って、目を閉じたんだ。そんで開いたら、四人共いなくなってて!」
「ダビンチの妖力が消えたから、元の世界に帰ったんじゃ」
「だったら、何で先生と麗華ちゃんは」
「……もしかしたら、稲葉達は自動的に連れて来られたけど、私と鵺野はダビンチに無理やり連れて来られたからじゃ」
「可能性は高いな」
「じゃあ、早く探しに行かなきゃ!その入り口!
ほら、麗華ちゃん!行こう」
「え?行くって、どこ……ちょっと!」
輝二に手を引かれた麗華は、彼に引かれるがままに連れて行かれ、その後を勇二が追いかけて行った。
「先生……」
「?」
二人の背中を見送った後、輝三は口を開いた。
「あの麗華って女……輝二のガキだろ?」
「!い、いや……そ、その……それは」
「誤魔化さなくても分かる。
あの人見知りの輝二が、初対面の奴にあそこまで懐いたのは初めてのことだ。それに雰囲気といい容姿が、アイツにそっくりだ」
「……」
「お前等が帰れば……俺達の記憶からお前等の存在は無くなり、お前等の記憶からも俺等の存在は無くなる」
「……まさか、お前が呼んだのか?ダビンチじゃなくて」
「ンなわけねぇだろ?
ほら、行くぞ」
「え?行くって」
「決まってんだろ?新校舎の美術室だ」
先に付いた輝二達は美術室のドアを勢いよく開けると、準備室の中に置かれている絵が光っていた。それを手にして教室へ出した。その絵は輝二の描いたあの絵だった。
出したと同時に、輝三達が到着し教室の中へ入った。
「この絵か……(麗華が描いた絵にそっくりだ)」
「時空の扉が閉め掛かってる……早く行け」
「行くって……どうやって?」
「突っ込めばいいんだよ」
怖気着いているぬ~べ~の尻を蹴った。ぬ~べ~は悲鳴を上げながら、その絵の中へ吸い込まれていった。
「うわ……可哀想」
「麗華ちゃんも、早く行った方が」
「う、うん……」
輝二達を見ながら、麗華は目に涙を溜めた。それを見た輝二は勇二と顔を見合わせると、彼女の肩に手を置き優しく声を掛けた。
「大丈夫?」
「ご、ごめん……なんか、未来に帰るのが」
「麗華ちゃん……」
「……なぁ、俺と輝二は未来刑事なってんだろ?家庭とかって、どうなってんだ?」
「勇二、楽しみ無くなるよ」
「いいじゃねぇか!」
「……勇二は分かんないけど……
輝二は……優しい女性に会って……それで……二人の子供に恵まれてるよ」
「へ~……あれ?何で、そんなに詳しいの?」
「……」
何かを言い掛けた時、麗華は咄嗟に輝二に抱き着いた。輝二は顔を真っ赤にして、オドオドしながら勇二を見た。
「じゃあね。未来で……待ってるから」
そう言うと、麗華は絵の中へと入り消えた。光が強くなり、三人は手で目を塞ぎ光を遮った。
鳥の鳴き声が聞こえ、輝二達は目を覚ました。ボーっとしながら、輝二は立ち上がり辺りを見回した。彼に続いて、輝三と勇二も目を覚まし起き上った。
「何か、長い夢見てたみたいだ」
「さっさと、帰るぞ」
「はーい」
勇二は先に教室を出て行き、その後を輝三はついて行こうとしたが、ふと教室を見ると輝二は自身の絵の前から動こうとしなかった。
「輝二?」
「……なんか、大事な人が来てたように思えるんだ」
「大事な奴?」
「うん……(今度、その人の絵でも描いてみよ)」
「いくぞ」
「あ、うん!」
目を覚ます麗華……彼女がいたのは、体育館に敷かれていた布団の上だった。目には涙を流した跡があり、それを袖で拭きながら起き上った。彼女と同時に、郷子達も目を擦りながら起きた。
「あ~……なんか、変な夢見た」
「私も~」
「私も~」
「俺も~」
起床の時間となり、生徒達は自身の布団を片づけ朝食を終えた後、迎えに来た保護者と共に家へ帰って行った。
「どうした?スッキリしない顔して」
迎えに来た龍二は一緒に歩いていた麗華が気になり話しかけた。
「何か……変な夢見た」
「夢?」
「よく分かんないけど……」
「フ~ン……それより、明日蔵の掃除すんの、忘れてねぇよな?」
「忘れてるわけないでしょ」
「ならいい。ほら、帰るぞ」
「うん」
翌日……蔵の掃除をする麗華と龍二。麗華が奥の棚の整理をしていた時、棚の上に置かれていた何かが落ち彼女の頭に激突した。
「痛っ!」
「麗華!」
倒れている麗華を龍二は起こした。
「大丈夫か?」
「痛ってぇ……なんか、頭に当たった」
「当たった?……あ、これか」
龍二が手にしたのは、古いスケッチブックだった。裏には、“神崎輝二”と名前が書かれていた。
「父さんのスケッチブック?」
「みたいだな……?」
「この絵……」
スケッチブックの最後の数ページに描かれた絵……それは、自分によく似た赤いドレスを着た少女だった。
「この服……」
「麗華にそっくりだけど……
?何か、裏にも字が書いてる」
「何て書いてあるの?」
「『幻の少女。もし君に、もう一度逢えたら礼を言いたい』
どういうことだ?」
「この子に会ったって、事?」
「みたいだな」
“ガタン”
何かが落ちる物音が聞こえ、龍二達は慌ててその場所へ行った。そこでは焔と渚が出した本棚が倒れ、二人はその下敷きになっていた。二人叫び声を上げながら、本棚を持ち上げようと手を掛けた。
騒がしい声と共に、優しい風が吹き台の上に置かれていたスケッチブックのページが変わり、最後のページにも字が書かれていた。
『君に会えるのを、楽しみに待っているよ。
俺の娘・麗華』