地獄先生と陰陽師少女 作:花札
自分が寝ていた場所や時間や日にちまで……
まるで寝ている間に、突然他の空間に放り出されたみたいに……食い違う時があるだろう。
そんな時、君は……本当は……
こいつに襲われているのだ……
次元妖怪・枕返し
ある日の朝……
「郷子!!起きなさい!!遅刻するわよ!!郷子!!」
下から母親の怒鳴り声が聞こえ、郷子は眠い目を擦りながら布団から顔を出し時計を見た。
「う~、何か眠い……
何よ~、まだ六時じゃない」
起きた郷子は、下ろしていた髪を結びながら下へ降り母親に文句を言った。
「ちょっとぉ、お母さん何でこんな早く起こすのよ」
「早くって?もう六時よ」
「らって、学校は八時起きで十分……」
「学校?何寝ぼけてんの?
アンタ、今年で二十六にもなってどこの学校に行くんだい!?」
「え!?(二十六?)」
母親の言葉に驚いた郷子は、自身の胸を見たが小学生の頃と余り変わっていなかった。それを母親に言うと、遺伝だと怒られ郷子は急いでテーブルに置いてあった鏡を見た。鏡に写ったのは、成長した自分だった。
(そんな……何これ……
私は十一歳、童守小五年三組、ぬ~べ~クラスの稲葉郷子……よ)
「どうしたの、一体……
小学生みたいにお下げして……大丈夫かい?」
「(私……寝ぼけてるんだ……
そういえば……小学校、卒業したっけ……記憶の混乱?
中学も……高校も……あ……大学も出たんだ。
そう、今OL四年目で……私)
あ~!!
何でもっと早く起こしてくれないのよ!!会社遅刻だわ!!」
「ホッ……よかった
いつもの郷子だ。ほら、口紅食べるな」
スーツに着替えた郷子は、腕時計を見ながら道を走った。
(何て酷い記憶混乱だろ……心が小学生に戻っちゃうなんて)
満員電車を乗り、会社へ着いた郷子……上司に怒られ仕事をやるが、次々に先輩達が仕事を言いつけられどんどん増えていった。
「(フウ……目が痛い。
キツい会社、入っちゃったなぁ。
あの頃は……よかったなぁ。
ぬ~べ~……皆……
あはっ……凄く鮮明だ…これも今朝の記憶の混乱のせい?
何だか私……まるで昨日まで小学生だったよう……
突然……二十六歳になって、OLになったみたいに……)
ち……違う違う!!やっぱり、これは私じゃない!!」
「稲葉君!」
資料を撒き散らして、郷子は会社を飛び出した。そして近くにあった電話ボックスから、美樹の元へ電話し彼女の家へ行った。彼女は三つ子を産んでおり、三つ子の面倒を見ながら郷子の話を聞いた。
「へぇ……つまり、今の自分が本当の自分じゃない気がするのね」
「うん……そう……」
「今じゃ克也が、空自で戦闘機のパイロットよ。驚くよね」
「ヘエー」
「まことは、八頭身に成長して、モテモテの敏腕弁護士に」
「ゲッ」
「のろちゃんは、中学高校と男好きの本性を現し、ズルズルとAV女優に(嘘)」
「ええ!!」
「ねぇ……本当に頭の中が小学生になっちゃったの?」
「う、うん……
確かに現在までの記憶はあるけど、それはまるで取って付けたような感じで、現実感がないの……
だから今の皆の話にしても、ハッと驚くのよ……
でも、小学生の時の記憶だけは鮮明で……本物って感じ……」
「仕事とか嫌で、楽しかった過去を懐古する……現実逃避じゃないの~?」
「そんなんじゃないの!信じて!」
「ま……半信半疑だけど……これで分かるかな?」
そう言いながら、美樹はある一本のビデオテープを流した。
流れたのは、美樹と広の結婚式だった。背後には二人を祝福するクラス全員の顔があり、その中に自分もいた。
「郷子……あなたは……
高校の時、広と大喧嘩して別れて……広は同じ大学に行った私とゴールインしたの。
今じゃ、広はJリーグのベルディの看板選手で私の良き夫。
もし、アナタの心が小学生の時のままなら、これをどう受け止めるかしら」
「広……そんな……」
映像を見て美樹の話を聞いた郷子は、目から大量の涙を流した。それを見た美樹は、ビデオを止めた。
「……分かったわ。
あなたはあの人の所に、行くべきよ」
「……」
「何してるの急いで!!アナタはこの世界の人間じゃないの!!あの人なら、きっと助けてくれる!!」
美樹に押され、郷子はある場所へ向かった。そこは自分の母校である童守小だった。
だが、今の教員の中であの人のことを知っている人は誰もいなく、今どこにいるのかさえ分からなかった。
トボトボと歩いていると、ある場所へ着いた。そこはかつて麗華が寄っていた病院だった。何気に中へ入ると、待合室でカルテを見ながら歩く白衣を着た女性を見つけた。
「……麗華?」
中に入ってきた郷子に気付いたのか、女性は振り返った。その女性は、長い紺色の髪を耳下で結った麗華だった。
「稲葉?」
「麗華……麗華ぁ!」
麗華の姿を見た郷子は、泣きながら彼女に抱き着いた。郷子に抱き着かれた麗華は、カルテを他の医者に渡し屋上へ行った。
屋上に置かれていた自販機でコーヒーを買った麗華は、泣き止み落ち着きを戻し、ベンチに座っていた郷子に渡した。
「ありがとう……」
「いいって」
隣に座りながら、コーヒーの蓋を開け飲んだ。そんな麗華の姿を見た郷子は、少し安心したかのような顔をした。
「麗華……お医者さんになってたんだ」
「まぁね……まだ見習いだけど」
「……」
「どうかした?ここに来るなんて」
「……あの人を捜してるの。
どこにいるか、知らない?」
「……悪いけど、何にも。
中学までは、アンタ達と一緒だったけど……高校からは、誰とも連絡を取ってない……細川と立野の結婚式に出たのが中学を卒業した以来だったよ。皆に会ったのは」
「……」
「稲葉……
細川にも言われたんでしょ?この世界の人じゃないって……
私はもう、アンタ達の力にはなれない」
「どうして……」
「……?
お迎え来たみたいだよ」
吹雪が起き、そこから成長した雪女が現れた。雪女は泣き付いてきた郷子の涙を拭き取ると、麗華に軽く会釈し、郷子を連れてどこかへ行ってしまった。
「何や、こんな所にいたんかい」
しばらくして成長した陽一が、屋上へやって来た。
「陽、仕事は?」
「少し抜けてきた。大丈夫大丈夫。
時間的に、人が来ない時やから」
「そう……」
「……また焔のこと、考えてたんか?」
「……」
「麗……」
服の下に隠していたペンダントを取り出し見た。ペンダントの鎖には、赤い色をした桜のマスコットが着けられていた。
「駄目だよね……早く立ち直らなきゃ」
「麗……」
「もう、四年になるのに……焔が死んで」
「……」
記憶に蘇る過去……血塗れとなり、生気のない目で倒れる焔。彼の体に伏せ泣き叫ぶ自身と、手で顔を覆い泣き喚く渚。
彼が死んで以来、麗華は全く妖怪と戦うことが出来なくなっていた。
「しっかりしなきゃね」
「……無理せんでええで。
辛くなったら、休め。な?」
「……うん」
雪女に連れて来られた場所は、森の中にある小さな家だった。郷子は雪女を見ると、雪女は静かに頷き姿を消した。
坂を下り家に行くと、玄関前に座る揺り椅子に揺れる一人の男性と彼を世話をする女性がいた。
「あら……まあ……」
女性は、律子先生だった。そして男性は包帯を巻き意識の無いぬ~べ~だった。
「早いものね、月日の経つのは……
あなた達が卒業して二年後……鵺野先生はこれまでにない、強い悪霊と闘って除霊に失敗……
生徒は救ったものの、自分は全身がほとんど麻痺状態に……
私が先生のお世話をすることになったけど、私はこれで少しは幸せなの……」
「ち、違う……
違うよ!!こんなの現実じゃないよ!!」
「認めたくないのは分かるわ。でもね……
これが現実なの。辛いけどこれが……」
「やめてやめて!!
私はこの世界の人間じゃないの……帰して!!
帰して!!楽しかったあのぬ~べ~クラスの日々に!!」
その時、ぬ~べ~の左手が微かに動いた。
「ぬ~べ~!!」
「郷子……こっち……来い……
妖気……お前……悪い妖怪に……早く」
郷子に手袋を外してもらい鬼の手を出すと、ぬ~べ~は彼女の背中についていた妖怪の頭を鷲掴みにした。
「こいつは……枕……返し……
こいつに……枕を返されると……今の……お前のように……魂が違う世界に……飛ばされる。
そうして……困っている人間を見て……楽しむ……
しばらく……枕を返した……お前の様子を……面白がって……背中で見ていた……だから捕まえられた。
こ…こは……お前の……世界で……ない……
ここは……パラ……レル……ワールド……
たくさんある……未来のうちの一つ……こういう……未来も……あるという事だ……
さあ……帰りなさい……俺の……可愛い生徒……
そして……幸せな未来を……築く……んだ……
枕返しよ……郷子を……元に戻せ……さもないと……」
「!!」
飛び起きる郷子……体を見ると、元の小学生に戻っていた。頭を抑えながら道を歩くと、そこに元気な姿をしたぬ~べ~と広達がいた。
(戻ったんだ!元の世界に!)
それは、只の悪夢だったのか、それとも……