地獄先生と陰陽師少女 作:花札
霊霧魚を退治しようとするぬ~べ~だが、霊気の霧の中では、全く歯が立たなかった。
攻撃しても切りがないことに気付いたぬ~べ~は、生徒達を連れて学校の中へと逃げ込んだ。
学校の中へ入ったぬ~べ~は、五年三組の教室へ入り鍵をかけた。
「広、卵を産み付けられたのは何人だ?」
「九人だ。
晶と克也とまこととそれから」
「焔、しっかりしろ!!」
麗華の心配する叫び声に、ぬ~べ~は顔を向け麗華の所へ寄った。そこには背中に卵を産み付けられ、苦しむ焔に呼び掛ける麗華と麗華の隣に立って焔を心配する雷光がいた。
「生徒だけでなく、焔にまで……」
「私が、あの時もっと早く気づいて、避けていればこんなことには」
「麗殿せいではない。某が不甲斐ないばかりに……」
「雷光、アンタのせいじゃない……
くっ!」
何か思いついたのか、麗華は来ていた上着を脱ぎそれを足首に巻き、巻かれた部分を焔の口に銜えさせた。
意識が朦朧としていた焔は、目を開け力ない声で麗華の名を呼んだ。
「れ、麗?」
「焔、しばらく体全体に激痛が走る。その間お前は私の脚を噛め。いいな?」
「……」
「何をする気だ?麗華」
麗華の行動を理解できないぬ~べ~は、彼女に質問した。麗華は立ち上がりポーチから一枚の紙を取り出し、指を噛み血を出した。血が出た指で彼女は持っている紙に触れた。
紙は麗華の血に反応し、煙を出しその中から薙刀が出てきて、麗華はそれを手に掴んだ。
「その薙刀……」
「名は岩融(イワトオシ)。武蔵坊弁慶が生前使われていたとされる薙刀だ」
「それでお前はどうする気だ?」
「鵺野、怪我をしなくなければ、私達から離れていろ」
「?」
「雷光、行くよ!!」
「承知」
「四縦五黄禹為除道蚩尤避兵令吾周遍天下……」
その呪文に反応したのか、焔の身体が光り出しそこから半透明になったもう一体の身体が浮き出てきた。だがその身体には、無数についた霊霧魚の卵があった。
「うぅぅ!!!」
苦しむ声を上げて、麗華の足首を強く噛む焔……
「そんなことをして、何をする気だ!!」
「鵺野は黙ってろ!!
雷光、焔の幽体に雷を流せ!」
「承知!
雷術、千鳥流し!」
麗華の命に承知した雷光は、手から雷を出しそれを焔の幽体へ流した。痛みから、焔はさらに麗華の足首を噛み、今にも暴れそうに体を激しく動かした。
「氷鸞!焔の体を押さえろ!」
慌てて麗華は、ポーチから紙を取り出し氷鸞を出した。氷鸞は麗華の命令通り、暴れる焔の体を抑えた。
そんなことをしている最中に、幽体に取り付いていた霊霧魚の卵が、次々に孵化した。
「霊霧魚の卵が!!」
「これが狙いだ!!」
その言葉を放つと、麗華は足に力を入れ、薙刀を横へ振った。薙刀は勢いよく卵をすべて真っ二つに斬り落とした。斬り落とされたと同時に、麗華はその場に力なく腰を下ろし、息を切らした。
すると、焔の本体の背中から卵が消え、幽体となっ焔の身体はもとの体へと戻っていき、痛みが消えた焔は体から力を抜き、すっと目を開け口に加えていた足首を離し、目を向けた。
「れ、麗?」
「焔、よく頑張ったよ」
息を切らしながら、麗華は焔の頭を撫でてやった。焔はそんな彼女に力無い笑みを溢した。
「全く、無茶をするな。お前は……」
麗華の行動を見たぬ~べ~は、麗華に近寄った。彼女は持っていた薙刀を着きながら、立ち上がり彼を見た。
「生徒を命賭けで守るアンタと同じことをしただけ。
言っとくけど、生徒にさっきと同じことをやるのは無理だ。
焔を見た通り、死ぬぐらいの激痛と体力を使う。とてもじゃないが、皆にやれば死者が出る可能性がある」
「……」
「今の技が出来ないとなれば、これからが大変ですよ?鵺の先生」
二人の話を聞いていた玉藻は、壁に寄りかかりながらそう言った。麗華は足首に巻いていた血の付いた上着を持ち、それを肩に羽織った。
「何が大変なんだ?」
「霊霧魚の卵は、日没とともに孵る。
もし、日没までに霊霧魚を倒さなければ……」
「卵を産み付けられた奴らは、全員食い殺される……」
「日没までって……あ、あと三十分しかないわよ…」
郷子の言葉に、ぬ~べ~は動揺の顔を隠せないでいた。
「麗華、さっきの技を皆に…」
「無理だ。危険すぎる。
ヘタしたら、八人の中から死者が出る」
「そ、そんなぁ……」
郷子の問いに、麗華は悔しい顔を浮かべながら答えた。郷子は残念そうな顔を浮かべた。
「一つだけ、方法はある。」
考え込んでいたぬ~べ~が、顔を上げて生徒達に言った。
「何だよ?その方法って」
「説明は後で話す。
悪いが、誰か体育館から網を持ってきてくれ」
「網?」
「そうだ。何でもいいから、網になっている物をありったけ持ってきてくれ。作戦の説明はその後だ。
それから、誰か一人保健室から救急箱を取ってきて、麗華の怪我の治療を頼む」
「分かった」
「体育館に行く奴らは、念のため雷光を連れて行け。
雷光、ついて行け」
「承知」
「じゃあみんな、頼んだぞ」
「任せとけって!」
広が返事をすると、それを合図に数名の生徒が教室を出て行った。
「バレーボールのネット、サッカーのゴール、野球のバックネット……その他もろもろ。
言われた通り、ありったけの網を持ってきたぜ。先生」
「ご苦労」
「雷光、氷鸞。お勤めご苦労。もう戻っていいぞ」
「しかし……」
「心配するな。あとは自分で出来る」
「承知した」
「分かりました」
渋々、氷鸞と雷光は紙の姿へとなり、麗華の手元へと帰った。
「麗華、治療終わったよ」
「悪いな、稲葉」
「良いって、これぐらい」
「ククク……
そんな網で、いったいどうやってあの巨大な霊霧魚を?
奴の力を侮ってはいけませんよ?奴は」
「それ以上口出しするなら、その喉を切り裂くよ?」
喋っている玉藻の喉に、麗華は薙刀の先端を向けた。その行為に驚いた玉藻は、喋るのを止め黙り込んでしまった。
黙ったのを気に、ぬ~べ~は鬼の手を出し、網に鬼の霊気を流し込んだ。
「なるほど。
霊力を網に封じ込めるわけですか。
これなら、霊体を捕まえることもできる……考えましたね」
「黙れ化け狐」
「おやおや、化け狐呼びですか……
あなたは、礼儀というものを弁えたらどうです?女性なのですから」
「余計なお世話だ!」
「麗華、手伝ってくれ」
ぬ~べ~の声に気付いた麗華は薙刀を下ろし玉藻を睨みながら、ぬ~べ~の元へ駆け寄った。
「この網を繋ぎ合せて、大きな網を作るんだ。
そして、校庭の周りの木に張り巡らせて、底引き網の要領で奴を斬りの外に引き出す!」
「まさか、校庭で漁業をやる羽目になるなんて……」
「でも捕まえた後、どうするの?
アイツは、殺してもすぐに再生するんでしょ?」
「それは」
「霧の中から出せば、行けるんじゃないのか?
言ってたよな?あいつはこの霧の中を泳ぐ怪魚だって。
ていうことは、海の魚と同じように、霧の中から引き揚げられたら再生能力は失われるんじゃ」
「その通り。
霊霧魚はもともとは、深海魚が妖怪化したもの……
だから太陽の光に弱い。霧の外に出て太陽の光を当てれば、彼女が言った通り、再生能力は失われる」
「そっか、深海魚は暗闇の中でしか生きられないのから……」
「なぜ、そんなことを教えてくれる?!」
「私はあなたの力を知りたいんです。それに、そこにいる陰陽師の彼女の力も知りたい。
無限に霊力を高められるその能力の秘密を」
「生憎、化け狐に見せる力は、私は持っていない」
「俺もだ。
あるのは、死んでも子供たちを守らずにはいられない……自分でも抑えきれない気持ちだけだ」
「……」
「麗華、俺が網を仕掛けている間、こっちの指示は頼んだ」
「分かった」
麗華に頼むと、ぬ~べ~は網を持って窓の外を飛び下りて行った。
霧の掛かった校庭を走り抜けていくぬ~べ~……
中には、卵を産み疲れて寝ている霊霧魚の姿があった。
(占めた!今の内だ)
ぬ~べ~は急いで、木に登り網を幹に結んで行った。
最後の網を結んだぬ~べ~は、木の天辺へ登り手を挙げて合図を出した。
「合図が出た!
皆、引っ張って!!」
「せーの!!」
合図を見た麗華の掛け声と共に、広達は一斉に網を引っ張った。網に乗っていた霊霧魚は霧の外へ引き上げられ、叫び声を上げた。
「釣れたー!!」
「見ろ!!
日光に当たった途端、アイツの身体から煙が!」
「日没まで、あと十分はあるぞ。大成功だ!」
「ヤッホー!!ぬ~べ~ばんざー」
「気を抜くな!!こっちに来る!!」
暴れていた霊霧魚は、広たちがいる教室めがけて突進してきた。麗華はすぐに広達を自分の後ろへ隠し、手に持っていた薙刀を霊霧魚目掛けて振り下ろした。
「くたばれ!!」
「ギャアアアア!!」
すさまじい声を上げた霊霧魚は、攻撃してきた麗華を睨みさらに突進してきた。
「水術!渦潮の舞!」
その声と共に、何者かが麗華を連れてその場を離れた。彼女が居た場所からは、渦の巻いた水が霊霧魚に当たり、霊霧魚はそれに驚き再び霧の中へ入ってしまった。