地獄先生と陰陽師少女 作:花札
こっからは、本家と本家の当主を変える話し合いでもしましょうか」
残っていた晴明は、突然口を開きそう言った。
「何で、あいつだけ残ってんの?」
「術で少しの間だけ、ここに残れることになりまして。
話し合いが終われば、私もあの世へ帰ります」
「あっそ」
「龍二はん、そう冷たくしないでくだはい……」
「氷鸞、鵺野達を童守町まで送っといてくれ」
「分かりました」
「鵺野、今回は助かった。礼を言うよ」
「絶鬼の時、お前等に助けて貰ったんだ。そのお返しだ。
それに、麗華は俺の生徒だ。目を離すわけにはいかない……」
「鵺野」
「玉藻も、今回はどうも」
「いえ、私はただの暇つぶしです」
「はいはい……
氷鸞、送って」
何かを言い掛けたぬ~べ~を、鳥の姿になった氷鸞はつまみ上げ自身の背中に乗せた。それと同時に玉藻も飛び乗った。飛び乗ると氷鸞は羽を羽ばたかせ空へと上がり飛んでいった。飛び立つと共に、誰かの悲鳴が空に響き渡ったのを、麗華達は聞こえていた。
「……何か、叫んでなかった?あの教師」
「気のせいだろ」
それから数日間、京都は復興活動に当たった。外の世界とは裏腹に、陰陽師家では話し合いが続いた。麗華と龍二は二日間眠り、二人だけでなく陽一や美幸、他の子供達も眠り続けた。
同じ頃、童守町では学校は開校し元の生活が戻った。そして郷子達は、京都へ行った麗華の無事をぬ~べ~から聞き、一安心し彼女が戻ってくるのを心待ちにした。
そしてその日は訪れた。
「それでは、私から判決を言います。
本家はただいまを持って、我が弟の家系……神崎家と三神家を本家とし、そして陰陽師当主を……
神崎輝三。あんさんが勤めなさい」
「分かりました」
「よっしゃー!」
「わ、我々はこれからどうすれば」
「あんさん方は、この本家に住んでて大丈夫です。
輝三はんには、まだ自身の仕事がありますさかい」
「そう…ですか……」
「ところで、神崎龍二と麗華はどうします?」
「二人の話は、後にします。少々私もあの子等とお話ししたいですし」
話し終えた一同は、本殿を出て行きそれぞれの部屋へ戻っていった。その時庭から笑い声が聞こえ、輝三達は顔を見合わせ、庭の方へ向かった。
庭では、妖怪達と戯れる麗華と龍二、そして陽一達の姿があった。
「俺の鉢巻返せ!」
「嫌ぁ!」
「嫌ぁじゃねぇ!
牛鬼、追い掛けるの手伝ってくれよ!」
「知らん」
「意地悪!麗華ぁ」
「果穂、もっと追い駆けっこしていいよ」
「わーい!」
「麗華!あ、待てコラ!」
果穂は安土の鉢巻を手にそこら中走り回った。彼女を追い駆ける安土の姿に、一同は大笑いしていた。麗華は陽一と一緒に縁側に座り、その光景に笑っていた。二人の膝の上には猫の姿をしたショウと瞬火が乗り昼寝をしていた。障子を開けた和室では、龍二は丙からまだ癒えてない傷の治療を受け、その看病に美幸が傍に座り、その光景を見て一緒に笑った。
「騒がしいと思えば……」
「里奈……お前」
「果穂が『絶対お姉ちゃんと一緒にいる』って、聞かなくって」
「ったく……どうにかしろ」
「そんなに言うなら、お父さんがどうにかしてよ。
未だに初孫、抱いてないじゃない」
「……」
「弟の子供は普通に抱けるくせに、自分の孫はだけないってどういう事よ!」
「……」
「輝三、いい加減抱きなさい。男でしょ」
「……ちっ。
抱けばいいんだろ、抱けば」
舌打ちしながら、輝三は前へ出て行き、走り回っていた果穂の襟を掴み抱き上げた。安土は走りながら地面に倒れ、息を切らした。
「や……やっと……終わった」
「ほら、そいつに早く鉢巻返せ」
「……」
「早く返せ」
「ジイジ、顔変!」
「っ!」
果穂は笑いながら、輝三を指差していった。その言葉に麗華と龍二は拭き笑い堪え、二人と同じ様にして美子と里奈、泰明も笑い堪えていた。その姿を見た輝三は、果穂を文也に渡し麗華と龍二、そして泰明と里奈の頭を順々に叩いて行った。四人は全員、頭を抑えてその場に座り込んだ。
「何も、叩かなくても」
「うるさい」
「全く……」
「パパ、何でママ、ジイジに叩かれたの?」
「ちょっと、悪いことしたから……かな」
苦笑いをしながら、文也は果穂に言った。するとそこへ、晴明が現れ麗華と龍二に近寄った。
「麗華はん、龍二はん、ちょっといいですか?」
「?」
「何です?」
「少々、話がしとうて……ここじゃなんですから、別の所へ」
「ハイ……」
「陽、シガンお願い」
「あぁ」
肩に乗っていたシガンを陽一に渡し、麗華は先に行った龍二の後を追い駆けた。
晴明達が来た所は、池がある場所だった。晴明は池を見ながら口を開いた。
「お二人は、妖怪は好きですか?」
晴明の質問に、二人は互いの顔を見合わせ彼に向かって頷いた。
「そうですか……
陰陽師はもともと、妖怪退治が本業です。私は様々な妖怪達を退治しました。
それが今回、この世に蘇って少々驚きました。何せ、私の子孫が妖怪達と仲良うしていたんで」
「……俺達二人にとって、妖怪は家族のような者です」
「それはそれは、また結構なことで。
お二人に聞きます。今後何があっても、童守町にあるあんさん方の家……山桜神社を守っていきますか?」
「はい」
「あそこを離れるわけにはいきません」
「私達の手を必要とする妖怪達は、沢山います。
それに、あそこは彼等にとって憩いの場……そこを奪うわけにはいきません」
二人は真剣な眼差しで晴明にそう言った。するとそこへ、猫の姿をした瞬火とショウが駆け寄り、二人の肩にそれぞれ飛び乗った。飛び乗ってきた二匹を二人は撫でた。
そんな姿を見た晴明は微笑んだ。
「どうやら、あんさん方を山桜神社から離すわけにはいきまへんな。特に麗華はんには」
「え?」
「龍二はん、麗華はん……二人と話が出来てよかったです。私の話はこれで終わりです。
すいませんが、輝三を呼んできてくれまへんか?」
「分かりました」
二人が戻ってくると、麗華の元へ安土が抱き着いてきた。そんな彼を牛鬼と時雨は怒鳴り、離れるように言い放った。龍二は輝三の元へ行き晴明の元へ行くよう伝え、輝三は彼の言う通りに晴明の所へ行った。
「そういえば、泰明さん」
「?」
「さっきの話し合い、どうだったんです?」
「本家は俺等の家系……神崎家と三神家が身を置くことになって、当主が親父になったんだ」
「……え?!本当ですか!?」
「本当だ!
だからお前等二人共、残れる可能性はある」
「可能性って……絶対じゃないの?」
「晴明様が、決めるんだって」
「……」
「おい待てよ……じゃあもし、その晴明って奴が戻るなって言ったら、麗華と龍二は」
「……戻ることは出来ない」
「そんな……」
「戻さねぇって言うなら、こっちは力ずくで嬢さん達を守るだけだ。
そうだろう?」
時雨は小太刀を手で叩きながら、牛鬼達を見た。彼等は時雨の言葉に強く頷いた。
「変な行為起こそうとするな!
その行いで、俺等いられなくなる可能性はあるんだから」
「う……」
「……あ、輝三」
輝三は一人、裏から帰ってきた。彼の姿に牛鬼達は武器に手を添え身構えた。
「お前等、構えるな!」
「氷鸞、雷光。こいつ等を見張ってて」
「丙と雛菊も頼む」
「承知」
氷鸞は氷の壁を牛鬼達の前に作り、道を塞いだ。
輝三は腕を組み並んで立つ龍二と麗華を見た。
「……輝三、俺達」
龍二が何かを言い掛けた時、鼻で笑いながら輝三は二人の頭に手を置いた。
「心配すんな。
お前等二人共、引き続きあの神社を守れとの命だ」
「じゃあ……」
「あの童守町に、残れるって事?」
「そうだ」
その答えを聞いた雛菊は、火を放ち牛鬼達の前にあった氷の壁を溶かした。邪魔だった氷の壁が消えた途端、彼等は一斉に麗華と龍二に飛び付いた。二人は横から飛び付いてきた牛鬼達を受け止めながら、泣いて喜んだ。
『あの子等、とても良い目付きをしていました』
晴明と二人っきりで話していた輝三……晴明は彼にそう言いながら輝三の方を向いた。
『私の妻、梨乃もまた、妖怪達に気に入られていた存在でした。彼女の姿を見ていく内に、私はただ妖怪を倒すのではなく、彼等の力を借りて悪霊を倒していく……そういう気持ちになりました。
二人の目は、まさに梨乃の目の色でした』
『じゃあ、二人は』
『山桜神社に残るよう伝えて下さい。
そして、神社を継ぐのは麗華はんです。あの子は梨乃と似たような力を持っています。それに彼女がいなければ、救われなかった妖怪達は、ぎょうさんいるんでは?』
『……仰るとおりです』
話している最中、晴明の身体は光の粒へとなっていた。そして首から下が全て消えていき、その状態になってもこれは口を閉じようとしなかった。
『そろそろ時間ですな。
ほな、輝三。後は任せました』
『分かりました。必ず守っていきます』
晴明は微笑み、そして空へと消えていった。輝三は彼が立っていた場所に歩み寄り、落ちていた人の形をした紙を拾い上げた。
そして拾い上げた紙を輝三は眺め、顔を上げ妖怪達と喜び合う麗華と龍二を見た。
「いい顔だな……あいつ等」
「そうですね」
二人を眺める輝一……頭に蘇る記憶は、幼い麗華と龍二が自分が作った和菓子を食べて、喜んでいる姿だった。
「……彩華」
「?」
「……明日、二人を……店に呼んで良いか?」
「……構へん。
アンタの店やろ」
「ありがとう」
翌日……
帰り支度を済ませた龍二と麗華は、輝一の店に来ていた。
「何だろう……用って」
「さぁな」
「二人共、こっちに来て」
厨房のカーテンを手で開けた輝一は、二人に手招きをしながら中へと入った。二人は顔を見合わせてから、厨房の中へと入った。
中へ入ると、調理台の上に紅葉の形をしたお饅頭が二つ並んでいた。
「饅頭?」
「食べてみてくれないか?新作なんだ」
「……」
二人は皿にのったお饅頭を一つずつ手に取り一口食べた。
「……栗?」
「栗の味がする」
「栗饅頭だよ。
二人に謝りたいんだ……すまなかった」
輝一は深々と頭を下げて言った。二人はキョトンとした顔で彼を見詰め、互いの顔を見合わせた。
「……いつも通り、饅頭くれればいい」
「?」
「俺もそれでいい」
輝一が顔を上げると、二人は笑みを浮かべて残りのお饅頭を口に頬張り食べた。その姿を見た輝一は、一瞬輝二と優華の姿が目に映り、彼は嬉しくなり目から涙を流した。
駅に着きホームに立つ輝三達……その見送りに輝一達が来ていた。
「暇出来たら、また遊びに行くね!」
「今度はちゃんと連絡してから来いよ」
「は~い」
「また新年会、開きましょう。美味しい酒持って行くから」
「もちろん!」
「龍二君、麗華ちゃん、二人共身体には気を付けてね」
「はい」
「特に麗はな」
「残念。ここ最近は風邪は引いてませ~ん」
「とか言って、ホンマは引いてんじゃないか?」
「引いてない!」
「陽一、しつこいで。
しつこいと、麗華ちゃんに浮気されるで」
「そういう姉ちゃんこそ、あんまりお転婆過ぎると、龍二兄ちゃんが逃げてまうで」
「なっ!なんやてぇ!!」
「こんな所で、喧嘩しなさんな!!」
彩華に怒鳴られ二人は身を縮込ませた。その時発車ベルがホームに鳴り響き、輝三達は急いで新幹線に乗った。
「じゃあな麗!浮気だけはするな!」
「しないよ。そういうアンタもね」
「俺は麗以外の女は、興味ない!」
「はいはい」
「今度そっち行ったら、デートしてや龍二」
「するする」
ドアが閉まり、新幹線は発車した。席へと移った麗華と龍二は窓越しから手を振った。陽一と美幸は二人に向かって手を振り替えした。そして新幹線が見えなくなるまで、手を振り続けた。
数時間後……輝三達と別れた龍二と麗華は、ようやく童守町へ着いた。外へ出ると、陽が沈み夕方になっていた。
「もう五時か……」
「明日休みで、本当によかった」
「まぁな」
「皆帰ってきてるよね?」
「もちろんだ」
するとそこへ狼姿をした焔と渚が到着し、二匹は狼から鼬へ姿を変え、それぞれの主の肩へ登った。焔の肩に乗っていたシガンは彼が鼬姿になったと同時に、地面へ着地し麗華の肩へと登った。登ってきた三匹を麗華と龍二は撫で、帰宅路を歩いて行った。
家へ帰ってくると、消したはずの家の電気が付いているのに二人は気付いた。すると引き戸が開き、中からエプロン姿の緋音が出て来た。
「あ!龍二、麗華ちゃん!
お帰りなさい!」
「お!龍二、麗華!帰ったか!」
緋音に続き、真二が笑みを溢しながら迎え出て来た。
「何で二人が?」
「つか、鍵掛けてきたはずだが……」
「私が開けたの。ちょちょいっとね」
そう言いながら、玄関鍵を回す楓の姿があった。楓の後ろからは、料理を手に持った瞬火とショウが現れ、更に麗華の後ろから時雨が抱き着いてきた。
「嬢さん、約束通り舞を見せてくれ」
「アンタね……
ハァ……しょうがない。兄貴、準備」
「へいへい……緋音達も手伝ってくれ」
「分かった」
部屋へと行き麗華は踊り巫女の格好へなり、本殿へ出た。真二達は猛スピードで、準備をし何とか終わり龍二と丙、雛菊、氷鸞、そして楓がそれぞれの楽器を持ち音を奏でた。音に合わせ麗華は、下駄を鳴らしそして持っていた扇を広げ足に着けていた鈴を鳴らし舞い始めた。
時雨は酒を飲みながら楽しみ、戻ってきていた牛鬼達も、神社へ足を運びその様子を眺めた。
その舞は、まるで喜びに満ちているようだった……また奏でる音色も喜びに満ちているようだった……
微風が吹き、下ろしていた麗華の髪を靡かせた。その姿はまるで風に乗り空を飛ぶ桜の花びらのように見えた。
その様子を、木の枝に止まっていた白い鷹は眺めていた。鷹に気付いたのか、牛鬼はふと鷹の方に振り向いた。しばらく鷹を見詰めた牛鬼は、鷹に向かって手招きをした。鷹は羽を羽ばたかせ、彼の元へと行き差し出されていた腕に留まった。
「牛鬼、その鷹どうしたの?」
舞を終えた麗華は、牛鬼の脚に留まっている鷹を見ながら質問した。
「さぁな。何かついてきてたみたいで」
「ふ~ん」
白鷹は首を動かし、鳴き声を発すると麗華の脚に飛び移った。麗華ほ少し怯えながらも恐る恐る手を差し伸ばした。鷹は差し伸ばしてきた彼女の手を見ると、嬉しそうにし手に擦り寄った。
「お、麗華に懐いたか」
「懐いても……この辺りを飛んでたら、すぐに捕まるよ」
「……俺が飼っとくよ」
「いいの?」
「構わない」
「何?兄貴、その鷹飼うのか?」
「あぁ」
「だったら、名前考えないとな」
「そんじゃ白で!」
「単純な奴……」
「こういうのを、馬鹿っていうんだ」
「何だと?!じゃあ、兄貴が考えてる名前、言ってみろよ!」
「まだ……考え中だ」
「じゃあ麗華は」
「え……
う~ん……そうだな~……
杏(アンズ)」
「あんず?」
「何か、そんな感じがした」
「杏……いいかもな」
「嬢さーん!激しい舞、頼むわ!」
時雨の声が聞こえ、麗華は杏を牛鬼に渡し舞台へと駆けて行った。牛鬼は鷹の頭を撫でながら静かに声を出した。
「お前はその形で、俺達と生きることにしたんだな……
今回は、俺がお前と一緒にいてやるよ。もちろん麗華の所にも連れてってやるからな。
梓」
鷹の方に目を迎えると、一瞬梓の姿になり、彼女は牛鬼の方に振り向くと笑顔を見せた。幻でも見たのかと思い、目を擦りもう一度杏がいる方に目を向けると、そこには杏が一匹いるだけだった。
牛鬼は微笑を浮かべ、舞をする麗華の方に目を向けた。