地獄先生と陰陽師少女 作:花札
彼女の話を聞いた龍二は、驚きの顔を隠せず、ただそこに呆然と立っていた。
「グルルゥ……」
「見つけた。花を盗った人間!!」
麗華達に後ろで大人しくしていた二匹の猿猴は、郷子達の存在に気付き、牙を向け一目散に祭壇から飛び降り、彼女達に襲い掛かった。
「キャアアア!!」
「キャアアア!!」
「ウワァアアア!!」
「郷子!広!美樹!」
三人の名前を叫びながら、ぬ~べ~は三人の元へ駆け付けた。
「雷光!氷鸞!すぐに、青と白を止めて!!」
「丙!雛菊!お前等は麗華の友達を助けろ!」
騒ぎに気付き家から飛び出てきた二人に、麗華は指示を出した。同時に楽器が置かれている場所にいた二人に、龍二も麗華と同様指示を出した。
四人は指示に従い、雛菊と丙は逃げる郷子達を誘導させ、早期に作り上げた丙の結界の中へ入った。
「ガウウゥゥ!!」
結界を破ろうとする、二匹の猿猴……
その猿猴達に、攻撃をする氷鸞と雷光……
「何で!何で!オラ達の邪魔をする?!」
「我が主、麗様の命令だからだ!」
「麗はオラ達の母親だ!麗!何で、オラ達の地を荒らした人間を庇うんだ?!」
祭壇から飛び降りる麗華に、二匹の猿猴は目を向けた。彼女はどこか悲しそうな目を浮かべながら、二匹の猿猴を見つめた。
「何で…何で!!」
一匹の猿猴が、爪を立てて雷光と氷鸞の間をすり抜けて、麗華に襲い掛かった。
「麗様!!」
「麗殿!!」
「麗!!」
“ドーン”
何かが地面に当たる音と共に、麗華の周りに激しい土煙が舞い上がった。その突然の大音に驚き、寝ていた妖怪達は飛び起き辺りを見回した。
「な、何だ?!」
「喧嘩か?!」
「それとも、大地震か?!」
「大丈夫だ。何もない」
慌てる妖怪達に、人間の姿をした渚は、煙が立った香炉を手にしてやってきた。
「じゃあ、この上がっている煙は……」
「安心しろ、そなた達はまだ夢の中にいるのだ」
「夢の……中?」
「そう。
だから、もう一度おやすみなさい……」
香炉から出る煙を吸った妖怪たちは、また深い眠りにつき、次々とその場に倒れて行った。
「やれやれ」
「やることが速いですね?白狼の女性の方は……」
倒れる妖怪達の中で、静かに酒を飲む青髪をまとめた男性が、渚に語りかけた。
「さすが、沼の神の市島(イチシマ)。私特製の、眠りを誘うお香を嗅いでも、寝ないとは……」
「お褒めの言葉、ありがとうございます。
しかし、私だけは無いですよ?寝てないのは」
市島が言う通り、周りにはまだ寝ていない妖怪達がいた。
(次は、もっと強いお香作ろう……)
その一方、麗華達は……
攻撃してきた猿猴の爪を、麗華は手に持っていた扇子で振り払った。その衝動で、爪は地面に突き刺さり、猿猴は身動きが取れなくなってしまった。
「……母(カカ)?」
「青……
あの人間は、花を盗ってしまったことを深く反省して、今日謝りに来たんだ」
「けど、我等の地を荒らした者は、どんな理由であろうと殺す!それが猿猴達オラ達の掟だって、先代の巫女は……」
「確かに、母さんはそう言った。
だけど、それはこの森の事情を知っている人間の場合だ。あいつ等は、お前の地だとは知らずに入り、花を盗ったんだ」
「けど……」
「花なら、私がまた植えてあげるよ。だから今回は、見逃してくれ?なぁ」
「……
白、帰るぞ」
麗華の言葉を承知したのか、青は氷鸞と雷光の攻撃していた白を呼んだ。白は攻撃を止め青の傍へ行く途中に、麗華に甘えるように擦り寄った。
麗華は、擦り寄ってきた白の頭を撫でた。そんな白の姿を見ていた青は、郷子達に目を向けた。
「今回は許す。
だがもし、またオラ達の地を荒らしたら、次こそは八つ裂きにしてやるから、覚悟しとけ」
「は、はいぃ……」
「は、はいぃ……」
「は、はいぃ……」
「白、行くぞ」
青の呼び声に、白は麗華から離れ青の後を追い、二匹は共に森へと帰って行った。
「ゆ、許されたのか?」
恐る恐るぬ~べ~は、麗華に近寄り話しかけた。
「一応、許し得た。
もう大丈夫だ」
「じゃあ……」
「もう、襲われることは無い」
「はぁ……」
「やっと、安心したわぁ」
安心した三人は、力なくその場に腰を下ろし座り込んだ。そんな様子を見た龍二と麗華は、やれやれと手を上げて浅く息をついた。
それからしばらくして、渚は妖怪達を眠りから覚まさせるお香を炊いた。妖怪達は次々に目を覚まし、大きい口を開きながらあくびを出し起き上ってきた。
「時間となりましたので、今宵の祭りは終了とします。
また次週、皆様のお越しをお待ちしております」
龍二の挨拶を機に、妖怪達は皆空へと飛び、各地自分の持ち場へと帰って行った。
低級の妖怪達が去った後、上級の妖怪達は神社の鳥居を潜り帰って行った。
「桜巫女、また桜を見にやってくる。その時はお前はあの時の様にいるのか?」
「生憎、私は今はいない。
けど、アンタがいてほしいって言うなら、連絡をくれ。その時はいる」
「そうか……では、また来月」
桜雅は、頭に被っていた笠のつばを持ち、鳥居を抜け霧の中へと消えて行った。
そんな様子を見ていたぬ~べ~は、麗華に近付き話しかけた。
「あの桜雅という妖怪は何者なんだ?桜の守り神と聞いたが……」
「もとは人間だ。
桜を愛し過ぎたために、桜の守り神となり、妖怪になった」
「そうだったのか」
「まっ、この話もだけど、もう一つ訳はあると思うよ。
ただ、言いたくないだけで……」
「……」
「麗華!片付け始めるから、手伝え!」
龍二の呼ぶ声に、麗華は大きく返事をしながら境内の方へ駆けて行った。
片付けは、ぬ~べ~と郷子達の手伝いがあったおかげで、いつもより早く終わった。
眠さからぬ~べ~と郷子達は大きくあくびをし、その様子を見た麗華は、既に布団が敷かれた客間へ案内した。案内されたぬ~べ~と郷子達は、そのまま布団へダイブし深い眠りに入ってしまった。
そんな郷子達に、麗華は鼻で笑い客間の電気を消し、襖を閉め自分の部屋へと行った。
月が輝く夜空を龍二は縁側から眺め、お茶を飲んでいた。すると、廊下を歩く音が聞こえてきて、後ろを振り向くと、そこには寝間着姿になった麗華が居た。
「今日は、ご苦労だったな」
「何か、いつもの何倍も疲れた」
「そうだろうな。猿猴の襲来に桜守の攻撃……
散々だったな……?」
話をしていると、麗華は眠い目を擦りながら、その場に座り込んでしまった。
「麗華?」
「ゴメン…何か、一気に睡魔が襲ってきて……」
「疲れたんだろ?こっち来い」
手招きをされた麗華は、龍二の傍へ行った。龍二は麗華の手を握り、その場に座らせゆっくりと頭を自分の太腿へ寝かせた。麗華は龍二の温もりと安心感から、重い瞼を閉じ、そのまま眠りについてしまった。
そんな様子を見た焔と渚は、狼化し龍二と眠る麗華を囲い静かな夜を過ごした。