地獄先生と陰陽師少女 作:花札
濃霧が掛かった場所……岩に座っていた梓は、服を着替え立ち上がり立て掛けていた薙刀を手にした。
(綺麗な月……
あいつ等を殺すのには、ピッタリね)
月が雲に隠れた時、赤く光る梓の目の背後に無数の殺気に満ちた目が光っていた。
優華の膝の上で眠る麗華……彼女の体に輝二は、毛布を掛けてやった。
「眠ってるな……」
「まだ回復しきってなかったのよ……体弱いのに、こんなに頑張って」
「そうだな。
しかし驚いたよ。鎌鬼の後にそんな沢山の妖怪達を倒していたなんて」
「まぁな。十一年前よりは、成長しただろ?」
「恐れ入った。あのやんちゃな龍二が、面倒見のいい兄さんになっていたとは」
「ヒヒ!」
「……龍二」
「?」
「この戦いが終わったら、母さん達またあの世に逝くわ……
またお願いできる?麗華のこと」
「……あぁ」
「龍二、父さんと一つ約束してくれないか?」
「何?」
「一人で抱え込まず、周りの人を頼りなさい。
お前もだけど、麗華も……抱え込み過ぎなんだ。
お前達二人は父さんも母さんもいないんだ……だから、周りの大人を頼ったって、別にいいんだ」
「……」
「何か困った事があったら、茂や輝三義兄さん……自分達が信用できる人に、相談しなさい」
「……」
「ん~」
目が覚めたのか、目を擦りながら麗華は起き上がった。
「あら、起きた?」
「うん……」
その時、襖が開き外から輝三が入ってきた。
「兄さん……」
「時間だ」
「何の?」
「支度終わったら、本堂に来い」
輝三はそれだけ言うと、部屋を離れていった。
「ねぇ、何の支度?」
麗華の質問に、輝二は先程聞いた話を全て話した。
「八岐大蛇を、私達が」
「先祖が決めたことだからな。最初は俺とお前の二人だけでやる」
「母さんと父さんは、自分達の妖怪を倒してからそっちに合流するから」
着替えを済ませた四人は、部屋を出た。するとそこへ、猫の姿をした瞬火が、彼女の元へ駆け寄りジャンプし肩へ登った。
「そういえば、その灰色の猫……どうしたの?
ショウと同じ猫のようだけど」
「前に起きた事件で、助けたの。
それからはショウと一緒」
「そうだったの」
「よかったなぁ、ショウ。
彼女が出来て」
自分の傍にいたショウに輝二は、微笑を浮かべながら言った。彼に言われたショウは、顔を赤くしてそっぽを向いた。
龍二達は準備があると言い、麗華は先に本堂へ行った。中へ入ると、そこには数名の本家の者がおり、中には本家の子供の晴彦がいた。
晴彦は麗華に気付くと、彼女に近寄ってきた。
「何で、あなたのような分家が、ご先祖様のお手伝いに任命されるんですかね」
「実力の差じゃないの」
「といいますと?」
「甘い汁を吸って生きてるアンタと、苦い汁を吸って生きてる私達とじゃ、育ち方が違うからね」
「……」
「アンタさ……死にかけの修行をしたことある?」
「修行?そんなもの、僕には必要ありません」
鼻笑いしながら、晴彦は腕を組んでそう言った。そんな彼に、麗華は目付きを変え、足を上げ晴彦の顔面ギリギリで蹴りを止めた。晴彦は蹴りにビビり、思わず腰を抜かし地面に尻を突いた。
「女の蹴りごときで、そんな風にビビってるようじゃ……いざという時、白狼と地震の式神達の足を引っ張るだけ。妖怪と闘ったことないでしょ?」
「……何…!」
立ち上がった晴彦は対抗しようと口を動かそうとした時、彼女の背後に殺気立つ無数の眼が光っていた。その眼に恐怖を感じた晴彦は、身を引き即座に自身の母親の元へと泣きついて行った。
なぜ逃げたのか理解できず、首を傾げる麗華に背後から誰かが手を回し絡んできた。
「ちょっと嬢さんが、脅かしただけであんなにビビるか?普通」
「ビビった理由、私以外にあるような気がするんだけど」
「硬い事言うな。それより、いつ舞見せてくれるんだ?」
「……この戦いが終わってから」
「本当か?」
「どうでもいいけど……早く手ぇ放して」
「いいじゃねぇか~」
「ちょ…抱き着くな。
わ!変なところ触るな!」
「この爺!何、麗華に触ってんだ!!」
「んだよ、いいじゃねぇか。
お前さん達よりは、俺の方が付き合い長いぜ?」
「長くねぇだろ!俺等は麗華がまだこのくらいの頃から知ってるわ!!」
「ヘイヘイ。分かったよ。
んじゃ、こうしたらどうなるかな?」
にやけながら時雨は麗華を抱き寄せ、彼女の顎を持ち自分の口を近付けさせた。麗華は抵抗しようと手を上げたが、時雨は彼女の腰に当てていた手で、その手とさらにもう片方の手を後ろへと持って行き抑えた。
(こいつ……本気だ)
「がぁぁ!!麗華から離れろ!!」
(ヤバい……力強!)
「これでもう、離れられねぇだろ?
さぁて……譲さんの、唇をコイツ等の前で頂くと…」
顔を近付けさせようとした瞬間、時雨の頭に陽一の蹴りが飛んできた。時雨は何かを言い掛けのまま横へ倒れ、倒れた彼の元へ部下の妖怪達が慌てて駆けつけた。
「テメェ……例え妖怪でも、俺の麗に……とくに唇を奪おうなんざ、百年早いねん」
怒りの目付きで、陽一は時雨に言い放った。時雨は蹴られたせいか、口から魂を吐き気を失っていた。
「す、スゲェ蹴り……」
「妖怪の主を、一撃で」
「当たり前よ。
陽一は、僅か小学生で全国大会一位獲ったんだから」
「一位?何の?」
「私と互角に戦える唯一の武道……空手」
(……あいつ、災難だな)
「何やってんだ?
つか、何で時雨が倒れてるんだ?(しかも、気を失ってる)」
本堂へやって来た龍二は、気を失っている時雨を目の当たりにしながら、二人に質問した。
「麗華の唇を奪おうとして」
「そこの男に蹴られました」
「陽一!アンタ、形振り構わず蹴るの辞めなさい!」
龍二の後ろにいた美幸は、陽一の元へ寄り頭を思いっきり叩いた。
「何で殴られなきゃ、アカンのや!?アイツは、麗の唇を奪おうとしたんやで!!」
「だからって、闘う寸前で味方を減らす馬鹿がどこにおるん!?」
口喧嘩する美幸と陽一に、龍二の後ろにいた彩華は思いっきり頭を叩き怒鳴った。
「こんな一大事に、喧嘩しなさんな!!
早う、席に着きなさい!!」
「ハイ……」
「ハイ……」
美幸は龍二に釣られ、席に着いた。麗華は陽一に服を引っ張り、耳元で礼をいいながら指に嵌めていた指輪を返した。陽一は歯を見せ笑顔を浮かべて、彼女と共に席に着いた。
全員が揃いかけた時だった。突然地面が揺れ、それと共に何かが崩れる音が聞こえた。急いで外へ出ると、そこには再び張った結界が破れ、外から無数の妖怪達が攻め込んできていた。妖怪の群れの奥には梓と八岐大蛇がいた。
「お待たせしました」
「全員、式神を出しなさい!」
「はい!」
「龍二!麗華!先祖と一緒に、早く行け!」
「分かった!麗華」
「うん」
「お二人はん、こちらへ」
晴明と共に龍二と麗華は、本殿を出て行こうとした。だがその行く手を阻むかのようにして、無数の妖怪が三人の前に立った。
「……仕方ありまへん。
龍二はん、麗華はん……闘いましょう」
「分かりました」
麗華が武器を出そうと、懐を探っていた時だった。彼女の体に何かが巻き付き、そのまま引っ張られ空へと登っていった。
「麗華!!」
着いた場所……そこは、梓の手元だった。
「逃げようとしても無駄よ。
アナタは私から、逃げることは出来ないわ」
にやける梓に、麗華は懐から小太刀を取り出し、それを梓の手に刺した。刺された梓は、痛みで麗華を抱えていた手を離した。
落ちていく麗華を、焔はすぐに飛び彼女を受け止め、すぐに龍二の元へと連れて行った。地面に下ろされた麗華は、駆け寄ってきた龍二に抱き締められた。二人の元へ、晴明は駆け寄り麗華を見た。
「麗華はん、お怪我はありまへんか?」
「大丈夫です……私は」
「それはよかった……」
「龍……多分梓の眼中には、俺等の姿は入ってない」
「そんな……」
「……焔と云いましたな。
あんさん、麗華はんを連れて梓と戦いなさい。もちろん氷鸞と雷光も共に」
「し、しかし」
「こっちの事は、私と龍二はんで任せてください。それに、妖怪の退治が終われば、あなた方二人の御両親も手伝いに来ますさかい」
「……分かりました」
狼姿になっている焔の元へ、麗華は薙刀を手に取りながら乗ろうとした。すると彼女の元へ、梓が降り立ち不敵な笑みを浮かべながら、麗華を見つめていた。
「先にあなたを殺してあげるわ」
「……」
二人の行動が同時に動き、薙刀がぶつかり合う音が鳴り響いた。梓は薙刀を軸に飛び上がり、宙に浮き麗華を見下ろした。麗華は既に構えていた焔の背に飛び乗り、梓に向かって炎の攻撃をした。梓は薙刀で炎を振り払い、手から毒の槍を飛ばし攻撃した。飛んできた毒槍を、氷鸞は氷の息を吐き固め、雷光が雷で砕き壊した。
「妖怪の力を借りて、闘う……
あなたは自分の力で、闘うことはできないのかしら?」
「……無理だね。アンタと違うもん……私」
「……」
「霊力は確かにある……けど、その能力を使って妖怪達と戦うには限度がある。
だから、妖怪達の力を借りる……自分だけじゃ倒せない敵でも、妖怪達がいれば倒せる……人間も一緒だ。仲間がいれば、強くなる……」
「……」
「だから……私は、もう我慢はしない。
皆が…傍にいるから」
「……そんなもの、私が消し去ってあげるわ」
「?」
梓は手を上げ指を鳴らした。それを合図に、八岐大蛇達は口からそれぞれ、炎、水、雷、氷、風、毒、土、酸を吐き攻撃した。白狼達はそれぞれの主を背に乗せ、素早く空へ飛び式神達はそれぞれの技で攻撃を何とか防いだ。
「この子がいれば……全部、消せるのよ?
でもね、一番消したいのは……麗華、アナタただ一人!!」
梓は薙刀を振り上げ、麗華目掛けて突進してきた。麗華は焔の背からジャンプし、振り下ろしてきた梓の薙刀を振り払い、持っていた薙刀で梓に攻撃した。梓は麗華の振り下ろした薙刀の勢いに負け、地面へと墜落した。ジャンプしていた麗華は、そのまま焔の背に着地し彼と氷鸞と雷光と共に、地面へ降り立ち梓を見た。
その時、梓が墜落した場所から毒槍が麗華の肩を掠り通り過ぎた。麗華は肩を抑えながら、その場に膝を付いた。
「死んだと思った?
残念。普通に生きてるわよ」
笑みを溢しながら、梓は服に着いた砂を振り払った。
「死んだなんて、思ってない……痛」
「フフ……その傷、早く治療しないと体中に毒が回って、動けなくなるわよ」
「……」
梓は持っていた薙刀の形を変えた。薙刀は弓矢へと変わり、握り革を握り梓は矢を弦に嵌め引いた。焔達は人の姿へと変わり、彼女を守ろうと駆け寄ろうとした時、突如目の前に無数の妖怪達が道を塞ぎ邪魔をした。
「助けに来るものは誰もいない……」
「……」
「じゃあねぇ」
笑みを浮かべながら、梓は矢を放った。次の瞬間、放たれた矢は横から飛んできた毒槍に当たり、麗華の横を通り過ぎ地面に刺さった。そして彼女の前に、牛鬼と安土が守るようにして立った。
「梓……お前の相手は、俺達だ」
「……」
座り込んでいた麗華の元へ、焔が駆け付け彼女を抱き上げその場から離れた。
離れたと同時に、牛鬼達は梓に攻撃を開始した。梓は弓から薙刀へ形を変え二人相手に攻撃を開始した。
牛鬼達から離れた麗華は、龍二の元へ行き丙から治療を受けた。
「梓の相手は牛鬼達に任せて、俺達は先祖と一緒に八岐大蛇を封印するぞ」
「……分かった」
「お前等は、焔と渚をリーダーに俺達の護衛に回れ」
「承知」
丙の治療が終わると、龍二の手を借り麗華は立ち上がり先に行った晴明の元へ急いだ。
晴明の所へ行くと、そこには五つの鏡が円を描くようにして置かれていた。
「こっちの準備は出来ました。
龍二はんは私と共に、八岐大蛇の封印を。麗華はんには、私らが八岐大蛇を封印する前の儀式……鏡に梨乃と同じ霊気を入れて下さい」
「分かりました」
麗華は、鏡が置かれている中心に立ち意識を集中させ、霊力を溜めた。すると霊気は麗華の身体から放たれ五つの鏡へ入るようにして当たった。
鏡は白く光り、そこから光線を出し八岐大蛇の体に巻き付いた。
「麗華はん!そこから出て、あんさんの白狼に乗って、八岐大蛇を攻撃して、こちらに誘導させなさい」
「はい!」
地面に刺していた薙刀を手に取り、麗華は狼姿になっていた焔に乗った。乗ったのを確認すると、焔はすぐに空へと上がった。
「龍二はん、八岐大蛇がこちらへ来たら、すぐに結界を張って逃がさないようにして下さい」
「分かりました」
八岐大蛇に攻撃する焔と麗華……二人の攻撃に八岐大蛇は、ゆっくりと胴体を動かし移動した。それに気付いた陽一と美幸は、敵に蹴りを当て既に狼になっていた波と業火の背に乗り、二人に協力するかのようにして攻撃した。
一方優華達は、自信の妖怪を封印し直すと弥都波達と共に、龍二の元へ駆けていった。
八岐大蛇は、鏡が置かれている近くに着き、それを見た晴明は龍二達に合図を送ると鏡を移動させ、八岐大蛇を中心に並べ周りに結界を張った。麗華はすぐに地へ降り、空いている鏡の前に立ち手を合わせた。
「今から、封印します!
あんさん達の霊気を全て、この鏡に入れるつもりで送り込んで下さい!」
「はい!」
「はい!」
「はい!」
「はい!」
晴明がお経を唱えると、それに反応するかのようにして鏡が五つの光を放った。手を合わせ霊気を送り込んでいた龍二と麗華、優華と輝二の体にその色の光りが包み込んだ。
光りはやがて一本の線になり、暴れる八岐大蛇の身体に巻き付き、そして身体を分割させた。
「麗!頑張れや!」
「龍二!しっかり!」
「桜巫女!」
「桜神主!」
「龍!」
「龍!」
「龍二!麗華!」
「優華!輝二!」
「優!輝!」
「姉さん!」
「姉御!兄貴!」
闘っていた桜雅達は、龍二達の方に目を向け声を出した。陽一と美幸は、二人を見守るようにそして祈るようにして手を握り祈った。
八岐大蛇の体が分かれ、それぞれの鏡に吸い込まれていった。八岐大蛇は雄叫びを上げ、そして二人目掛けてそれぞれの攻撃をした。その瞬間、麗華の前に陽一と波、龍二の前に美幸と業火が立ち、その攻撃を防いだ。八岐大蛇は悔しそうな声で鳴き叫び、そのまま鏡の中へと封じ込まれた。封じられると鏡は黒く染まり、宙へ浮くとそれぞれの場所へと飛んでいった。
飛んできた鏡は、それぞれの社の中へと入り破かれていた札は元の形に戻り、鏡へと付き八岐大蛇を封じた。
すると、それぞれの社の中から獣が姿を現した。獣は目を光らせ八岐大蛇が封じられた鏡を守るかのようにして、影で鏡を覆った。