地獄先生と陰陽師少女 作:花札
激しい揺れに、思わず立っていた子供達は地面に尻を突いた。輝二は倒れかけた麗華を抱き寄せ支え、同じようにして優華を龍二が支えた。
地面は激しく揺れ出し、そして塀を壊し黒い霧からそいつは姿を現した。
「あれは……」
「八岐……大蛇」
“キシャァァアア”
八岐大蛇は鳴き声を発し、麗華達を睨んだ。そこへ不敵な笑みを浮かべた梓が、髪を弄りながら宙に浮いていた。
「どうも~」
「梓!」
「こりゃまたビックリ。
鬼と狐も来ていたなんて。久しぶりねぇ」
「目的は麗華か?!」
「麗華は確かに欲しいわよ……でも、目的はこの世にいる生き物を全て殺すこと」
殺気に満ちた目で、梓は麗華を見つめた。その眼に怯えた麗華は輝二にしがみ付ついた。殺気に満ちた目を見た式神達と白狼達は自分達の主を守るかのようにして、前に立ち構えた。
「そんなことしても無駄よ。
だって……もうその子は、私の手の中にいるんだもの」
その言葉に応えるかのようにして、地面が激しく揺れ、その衝撃か輝二は麗華を離してしまった。離された彼女の周りに、土の塀が伸び閉じ込めた。
「麗華!!」
「優華、離れて!!」
閉じ込められた麗華の前、一つの首が近づいた。麗華は逃げようと周りを見たが、逃げ道がどこにもなく追い込まれ土の壁に背中を押しつけた。
焔はすぐに氷鸞達と助けに行こうとしたが、地面が揺れ足を動かすことが出来ず、空を飛ぼうにも空には無数の妖怪達が飛び交っており、飛べば戦闘は避けられない状況だった。
梓は土壁に背中を押し付けている麗華に、近付き不敵な笑みを浮かべながら言った。
「殺せば……あなたと私は一体化。
じゃあね」
言葉を合図に、大蛇の口から火が出てきた。
「麗華!!」
「麗華!!」
「麗!!」
「麗様!!」
「麗殿!!」
土の塀に、激しく炎が広がり塀の内から炎の赤い煙が上がった。優華は口を抑え、輝二は口を開けてその光景を見ていた。龍二と焔、氷鸞と雷光は目から涙を流し、上がって行く煙を見た。
「アハハハハハ!!
どう?大事な家族を失った悲しみは?」
「……」
「言葉にもできないわよね~
先生方はどうかしら?灰になった生徒を目の当たりにして」
「……」
「ウフフフ……いい目ね。さてと……これで」
「これで何だって」
その声と共に、梓目掛けて毒槍が飛んできた。梓はすぐにその槍を避け、投げてきた方を向いた。そこにいたのは、もう一つの槍を構えた安土だった。
「安土……」
「え?」
「我が美しく舞をする唯一の巫女……桜巫女を殺そうとは、許せぬな」
「桜雅!」
「やれやれ…姫様から頂いた、桜の木を育てている最中なのに……こうも、空が曇っていては育つ者も育たぬではありませんか?」
「皐月丸!?」
「この御嬢さんの舞が無きゃ、酒が美味かねぇんだよ」
「あいつ、輝三の所にいた妖怪の主!」
「姉御を傷付ける奴やぁ、この俺が許さねぇ!!」
「姉さんを傷付ける奴は、この私が許さない!!」
「ショウ!!瞬火!」
塀を飛び越え、ショウ達が八岐大蛇の前へ立った。空からは桜雅、皐月丸、主が自分達の妖怪達を率いて、ゆっくりと地面へ降り立った。彼等が降り立つと同時に猿猴の青と白も降り立った。
「何なの……こいつ等」
「麗華を気に入ったり、彼女に助けられた妖達だ……
こいつ等全員、麗華を助けにこの地……古き都へ来たんだ」
声の方に振り向くと、そこにいたのは麗華を抱えた牛鬼だった。梓は驚きの顔を隠せないでいた。
「あら……牛鬼」
「……麗華、目を開けろ」
頑なに目を閉じていた麗華は、牛鬼の声に恐る恐る目を開け彼を見上げた。
「……牛鬼」
「もう大丈夫だ」
梓を見る牛鬼の目を見た麗華は何かを察し、彼の首に手を回し両手を開けさせた。牛鬼は空いた手に霊気を溜め巨大な弓を作り、そこに毒矢を弦にはめ引き離した。矢は梓の腹部を貫き、梓は腹を抑え殺気に満ちた目で牛鬼を睨んだ。すると傍にいた大蛇達は口から炎を吐き攻撃した。牛鬼は麗華を担ぎ、すぐに炎の攻撃を避け梓を睨んだ。
「一時…退却してあげる……けど、次は無いと思いなさい。
この子の力を……見縊らない事ね」
霧を出し梓は、八岐大蛇と共に姿を消した。
地面へと降りた牛鬼は、抱えていた麗華を下ろした。下ろされた麗華の元へ、優華は素早く駆けつけ麗華を抱き締めた。
「よかった……良かった無事で」
「母さん……痛い」
「驚いたぜ……桜雅はともかく皐月丸が来るとは」
「陽が出てなく、桜に元気がありません。その原因を突き止めるために、ここへ来たんです」
「何か嫌な予感がしたから、ここへ来たんです。でないと、春の楽しみが無くなってしまいますから」
「オラ達、空見た。雲行き怪しかった。それに妖気が充満してた。
だから、母達がいるこの地に来た」
「綺麗な舞が見れないと、酒が美味くないからな。それで助けに来た。
そういや、名前まだだったな。俺様は時雨。あの地域一帯は、この俺様の物だ」
「あ、ハイハイ」
「俺達とそこにいる男二人は、テレビ見てここに来たんだ」
誰とも目を合わせようとしない牛鬼と安土……優華は麗華を輝二に渡し、牛鬼と安土に歩み寄った。
「……あなた達」
「……」
「母さん……そいつ等はもう、悪い奴じゃ」
「……手の呪いが消えてる。どうやって」
「そこにいる妖狐に、解いて貰った」
「なるほど……
ま、過ぎた事はもういいわ。それに、今は麗華のお気に入りみたいだし、アンタ達二人共」
そう言いながら、優華は安土と牛鬼二人の頭に手を置いた。
「アンタ達二人は、一生あの二人の家族を守っていくこと。子孫の代までね。いいわね?」
「当ったり前だ!」
「当然だ」
「よし!その答えが聞ければ、こっちも安心だわ」
「母さん」
「麗華が気に入ってるんですもの。殺したり怒鳴ったりはしないわ」
そう言いながら、優華は麗華の額に自分の額を合わせた。
「全員揃ったところで、作戦会議をする。
麗華と陽一を含むガキ共は、少し眠れ。闘う時お前等の力も必要になる。特に麗華、お前は霊気を使い過ぎている。体がそろそろ悲鳴あげてもいい頃だ」
「けど」
「麗華、今は休みなさい。
父さんと同じ体なら、休んだ方が良い」
「……」
「残った大人達で、あの八岐大蛇と梓をどうやって退治するかを離す。無論、先生方も頼む」
「はい」
「分かりました」
それぞれの式神達を戻した大人達は本堂の中へと入った。氷鸞と雷光を戻すと、猫の姿になったショウと瞬火は彼女に擦り寄り、焔は麗華の頬を舐めた。すると麗華の肩に自分の腕を置き、酒を飲む時雨が絡んできた。
「嬢さん、ここいらで舞ってくれ」
「この非常時に、舞う馬鹿がどこにいる!」
「え~……いいじゃねぇ」
「麗華に、絡むな!!」
牛鬼達は絡んでいた時雨の頭を殴り、安土は倒れた時雨の服の襟を引っ張り、庭の方へ行った。麗華は呆れ顔になりながら、彼等を見届けた。そこへ笑みを浮かべた陽一が、歩み寄り麗華を見た。
「お前、人には好かれへんのに、妖怪達には好かれるんやな」
「変な男に絡まれるよりマシでしょ?」
「ま、そうやな」
「……」
「……?麗」
「ん?」
「どなんしたん?顔、赤いで」
麗華は顔を赤くし、そして力が抜けたように陽一の胸の中に倒れ込んだ。
「麗!」
「……陽」
「麗!しっかりせい!
叔父さん!!叔母さん!!麗が!」
陽一の叫び声に、彩華達は振り向き二人の様子を見て驚き、すぐに駆け寄った。
「陽一、アンタは早く部屋に布団を敷きな!」
「う、うん!」
顔を赤くして倒れる麗華を、輝二は体を起こし呼び掛け、不安げな顔で輝三を見た。
「兄さん、どうしよう!」
「心配すんな。お前等二人のガキだろ」
「で、でも……お、俺の子だから、体弱いし…それに喘息持ちだし」
オドオドしている輝二に、優華はため息を吐きそして彼の頭を思いっきり殴った。
「父親でしょ!シャキッとしなさい!」
「でも」
「でもじゃない!!アンタがそんな不安げな顔してたら、治るもんも治らないじゃない!!
刑事でしょ!警察でしょ!警部でしょ!!仕事の顔つきになりなさい!!」
「は、はい……」
「お袋……親父を叱ってる暇があんなら、麗華の診察しろ!
医者だろ!院長だろ!さっさと娘の診察しろ!」
「分かってるわよ!それくらい!」
「テメェ等三人は、喧嘩する前にやることがあるだろ!!」
輝三に怒鳴られ、優華はすぐに麗華を診た。
「霊力の使い過ぎね。熱はその疲れから。
けど、体が弱い分熱が高いし…たぶん今、意識は無いわ」
「えぇ!や、ヤバいんじゃ」
「だ・か・ら!いちいち、心配しない!」
「親父、先に俺と本堂行こうぜ」
「け、けど!」
「迦楼羅、頼む」
「ハァ~……ったく、世話の掛かる主だ」
迦楼羅はため息を吐きながら、輝二の服の襟を引っ張り彼を引き摺って龍二と共に本堂へ向かった。輝三は手で頭を抱えながらため息を吐き、輝一は目頭を手で抑えた。
その後麗華を抱き上げた輝三は、陽一が用意した布団の上に寝かせた。
「陽一、あとは任せたで」
「おう!」
本堂へ行った親達を見届けた陽一は、壁に凭り掛かり座り持っていた本を広げた。するとそこへ、眠いのか目を擦った果穂が、毛布を持ってやって来た。
「あれ?果穂ちゃん、どなんしたん?」
「……」
「?
ここで、寝るか?」
「うん!」
陽一の隣に果穂は座った。座った彼女から毛布を受け取った陽一は果穂の体に掛け頭を撫でた。果穂は陽一に凭り掛かり、あくびを一つするとそのまま目を瞑り、眠ってしまった。眠った果穂を見ると眠気が襲い、陽一は一度体を伸ばすと、本を置き重たい瞼を閉じ一緒に眠った。
本堂では、晴明を中心に左右に分かれて座っていた。中心に座っていた晴明は、本家の顔を見ながらため息をついていた。
「全く……
何で、この霊力の低い者達が、本家なんです?分家の…とくに、先程名を聞いた神崎龍二はんとその妹はん、それに三神家の女子とあの小さい男。四人の方がよっぽど、霊力があるますで」
「それは……」
「言い訳は結構。この話は後程、させてもらいます。
さて、本題に入りましょう。
先にこれだけは言っときます……八岐大蛇をもう一度封印することは出来ます。
けど、あの女子の妖怪……梓は、余りにも霊力が強過ぎて、とてもじゃありまへんが封印することはできまへん」
「そ、そんな……」
「その二体だけじゃないわ。
他の妖怪達も、前より魔力を増してるわ。もしかしたら、今回の妖怪達を全部封印することはできないかもしれないわ。八岐大蛇はともかく」
「嘘……」
「優華……お前と輝二が封印した妖怪は、どうなんだ?」
「分からないけど……ギリギリ封印できるかなって感じかな」
「俺も優華と同意見だ」
「あんさん達は、自分が封印した妖怪等の相手をしてください。もちろん、あなた方本家もそのお手伝いをお願いします」
「分かりました」
「八岐大蛇の封印には、神崎龍二はんと妹の麗華はん、お願いします。親御はん方は、自身が封印した妖怪の退治。その後で手伝って下さい」
「分かりました」
「晴明様!何故、本家ではなく分家の者が?!」
「霊力も無く、プライドと態度が高いもんが何を言ってはるんです!
本家のもんより分家の方の霊力が高いから、私は選んだまでです!」
「……」
「残った方々は、梓と彼女が率いてる妖怪達の退治をお願いします。封印できるならば、封印して下さい」
「わ、分かりました」
「話は以上です。体を休めた後、開始です」
晴明に言われ、全員用意された部屋へと帰った。龍二達は麗華達がいる部屋へ行き、彩華は眠っていた陽一を抱きかかえて輝一と美幸がいる部屋へ、里奈は彼の傍に眠っていた果歩を持ち上げ、輝三達がいる部屋へと戻った。
部屋に残り、布団の上で寝ていた麗華の傍に、輝二は座り額に手を置いた。
「熱が引いてる」
「だから言ったでしょ。大丈夫だって」
「いつ言ったっけ?」
「言いました!
こんなに大きくなってたなんて……やっぱり、子供の成長は早いわね。
死ぬ前は、龍二はまだ十二歳で麗華は六歳だったもんね」
「お前はいいだろ。俺なんて、龍二はまだ六歳……おまけに麗華に会ってないし」
「暗い話すんなよ…親父もお袋も」
「アハハハ……ゴメンゴメン」
「龍二、アナタも少し寝て体休めなさい。アンタは先祖と協力して、やるんだから」
「いいよ。俺、眠くないし」
「眠そうな顔して、何言ってんのよ。布団敷くから寝なさい」
そう言いながら、優華は積まれていた布団を麗華の隣に敷いた。龍二は嫌そうな顔をしながらも、仕方なく母が敷いた布団に横になった。すると一気に睡魔が襲い、龍二は重くなった目蓋を閉じそのまま眠ってしまった。
その頃、白狼が集う場所では、狼姿になった焔と渚は、迦楼羅と弥都波に寄り添うようにして眠り、そんな我が子を二人は毛を整える様にして舐め、彼等に寄り添った。
日が落ちた頃……
麗華は目を覚ました。起き上がり、ふと隣を見ると起きたのか、龍二も目を擦りながら起き上っていた。
「あれ?兄貴も寝てたの?」
「いつの間にか、寝てた……もう大丈夫なのか?」
「一応……体は重くないし」
「……」
起き上がった麗華は、隣の部屋を覗いた。そこには優華と輝二が楽しそうに話していた。
「……いる。母さんと父さんが」
「限られた時間だ……麗華」
「……」
龍二は襖を開け、麗華と共に二人がいる部屋へ入った。龍二は輝二の隣りに座り麗華は優華の膝の上に乗り、今まで起きた事を楽しそうに話した。そんな様子を、楓と鎌鬼は障子越しから眺め聞いていた。
するとそこへ、ぬ~べ~がやって来た。そして障子越しに耳を当て二人の笑い声を聞いた。
「あんな楽しそうな麗華と龍二の声、初めて聞いた」
「親がいれば、子供は普通にああいう声になるわ」
「……」
「その親を殺した犯人が、ここに全員いるのに……半殺しに出来ないのが、つまらないわねぇ」
楓の殺気に、隣に座っていた鎌鬼は顔を引き攣り、遠くにいた牛鬼と安土は、体を震え上がらせて辺りをキョロキョロと見回した。