地獄先生と陰陽師少女 作:花札
「何てこった……京都がこんな事になっていたとは」
「……!?」
本家の屋敷がある場所には、無数の妖の群れが攻め寄っていた。
「な、何で……」
「結界が破られていますね」
「そ、そんな……
氷鸞、早く!」
「承知」
降下し氷鸞は、屋敷へと向かった。だがそこへ向かう途中、妖怪の群れが麗華達に襲ってきた。
「急いでるのに……
焔!」
麗華は薙刀を出すと、シガンを下ろし氷鸞から飛び降り群れの中へと突っ込んだ。焔はすぐに狼の姿へなり、落ちていく麗華をキャッチし、そのまま群れに向かって火を吐いた。群れは一瞬で火に包まれ、その背後からまた新たな群れが攻め寄り、麗華は薙刀を振り回し群れを退治した。
「氷鸞!このまま行って!!」
「分かりました!」
翼を縮め、氷鸞は猛スピードで降下した。彼に続いて焔も、麗華を乗せそのまま降下した。
屋敷の庭に、氷鸞は着地した。玉藻は気を失っていたぬ~べ~を支え降り、彼に続いて楓も降りてきた。
そこへ氷鸞の妖気に気付いた龍二が、駆けつけてきた。
「龍二!」
「楓!」
駆けつけてきた龍二の元へ、楓は駆け寄った。
「大丈夫か?怪我はしてないか?」
「俺は大丈夫だ……つか、あの教師はまた気を失ってるのか?」
「……」
気を失っているぬ~べ~を、龍二は呆れて見た。そこへ焔が到着し、彼の背から麗華が飛び降り、龍二の元へ駆け寄った。彼女が降りたと共に、輝三達も駆けつけてきた。
「うわ!妖怪!!
風月!」
「あいよ!」
「待て」
玉藻に向かって攻撃しようとした時、輝三は慌てて陽一と風月を止めた。
「伯父さん、何でや?」
「あの狐は、麗華の知り合いだ」
「え?!あの、今にも人を襲うとしている奴が?!」
「アンタ、失礼にも程があるで」
「何や?!これは」
そこへ本家の者達が駆け寄り、麗華はすぐに龍二にしがみ付き後ろへ隠れ、焔は鼬姿へとなり彼女の肩へと登りシガンは鎌鬼の姿になり、氷鸞は人の姿へとなり二人は龍二達の前に立った。
「何者です?この者達は」
「この二人……とてつもない、妖気を感じますが」
「龍二達の知り合いだ。助けて貰おうと呼んでもらった」
「呼んだって……この霧で、しかも結界が張っているのにどうやって」
「コイツに行ってもらった」
輝三の言葉に応えるかのようにして、龍二の後ろに隠れていた麗華はそっと顔を出した。彼女の顔を見た瞬間、本家達は顔を強張らせた。
「お前さん方が、くだらない話をしている最中に、行ってもらった」
「何ちゅうことを!!輝三はん!
あんさん、自分が何をしたか」
「ガキ一人閉じ込めてる暇があんなら、この事態をどう解決するか考えろ!!
他人に全て責任を擦り付けやがって……その間にでも退治するかと思えば、くだらない話をしやがって」
「……」
「ま、これからまた話をする」
「話?」
「結界が破られた今、手を打たねぇとここもヤバい。
全員、本堂に呼べ。無論ガキ共もだ」
本家者達は渋々、輝三の言う通りに動いた。彼等が去った後、麗華は龍二の後ろから姿を現した。
「プライドだけは、高いみたいですね」
「力は、この二人より無い。いい迷惑だ」
「……」
麗華は龍二に頭を撫でられて、安心した表情を浮かべて彼を見上げ、彼と共に本堂へ向かった。
本堂へ入り、一族は全員席に着いた。ぬ~べ~は頭に巨大なタンコブを作り、玉藻の隣に座っていた。
「なぜ、頭にタンコブが……」
「それは麗華君に、聞いてください」
「なかなか起きないから、一発活を入れました」
「お前……」
「そろそろ、口閉じろ。当主が来る」
龍二の言葉通り、当主が部屋へと入り中心に座った。
「さて……事情は全て分かっていると思われます。
あの妖を、どうやって封印するかです。今回の話は」
「そんなん簡単な事ではないですか。
原因を作った、神崎麗華をあの妖に渡せば全て丸く治まります」
「ちょっと、それどういう意味?
アンタ、他人の子供を殺す気なの?」
「何です?この者は?」
「神崎優華の式神……名は楓」
「優華……あぁ、龍二君の麗華さんの母親の」
「式神が、口出しするのはやめて貰いまへんか?」
「やめません。あなた方がやろうとしているのは、人殺しと同じです」
「ま!何て事を」
「それでは、我等が殺人犯の様ではないですか?!」
「そうなんじゃないんですか?
それとも、自分の子供を贄に出す勇気がありますか?」
「っ……」
「その勇気があるならば、麗華をその妖に差し出しても構いません」
「……」
「黙り込むところを見ると、君達は他人はいいけど自分は嫌だって感じだね。二人に親がいないことをいいことに、言いたい放題言って……
僕はそういう人は嫌いだ。今すぐにでも、この鎌で首を斬りたい気分だよ」
そう言いながら、鎌鬼は目を光らせ鎌の刃を向けた。本家の者達は怯えた様子で、身を引いた。
「お前等、人をビビらせてどうする……」
「ん?何も、ビビらせてないわよ?」
「同じくです。
僕はただ、あの者達が言った言葉をそのまま彼等に返しただけです」
咳ばらいをした本家の声に、二人は黙り込み本家の方に目を向けた。本家が話をしている最中、玉藻は彼等の霊気を感じながら小声で、麗華に話し掛けた。
「この者達が、本家の者達ですか?」
「そうだけど…」
「霊力が乏しいですね……これだったら、麗華君や龍二君、鵺野先生の方が断然上です」
「態度とプライドだけ高い奴等だから。
もしかしたら、いずなより下かも」
「輝三、何か作戦があるのなら、ぜひ話して貰えませぬか?」
話をしていた当主は、隣に座っていた輝三に目を向けて話した。輝三は目を開け、全員を睨み付ける様にして口を開いた。
「口寄せをし、先祖たちを呼び出す」
「え?」
「それが、作戦ですか?」
「あの妖怪は、以前先祖が封印したんだろ?だったら、その張本人を出せばいい。それに、今この京都を襲っているのは、歴代の先祖達が封印したはずの妖怪達だ」
「確かに……」
「文句があんなら言え。その代わり、この作戦に賛成なければ、あとはお前等本家で何とかしろ。俺達……神崎家と三神家はこの作戦を実行する」
その言葉に、本家達は何も口答えせず、黙り込んだ。それを見た輝三はさも企んでいたかのような顔をして、話を続けた。
「全員賛成のようだな……それじゃあ、早速作戦を実行する」
表へ出た一同……小さい子供達は、遠くから見守る様にして、縁側に座り待っていた。
「我々大人がやるのはまだ分かりますけど……何で、神崎家と三神家の子供まで参加するんです」
「月影院の坊ちゃんは、大人しくあそこに座っているのに……」
「この二人は、アンタ等よりよっぽど霊力がある」
「……」
ため息を吐いた陽一は、麗華の耳元で何かを囁き、麗華はそれに吹き笑い、陽一も一緒に笑った。
「なに笑ってんの?お前達」
「別に~…なぁ」
「知らなくていい、鵺野は」
「?」
「無駄話はしてねぇで、さっさと始めるぞ。
一応、この屋敷内にも妖怪の群れが入り込んでる」
輝三に言われた通り、人型の紙を持った者は全員構えた。鵺野と玉藻はそんな彼等を見守る様にして眺めた。
「霊界の扉よ開け!亡き魂の力を借り、邪気に満ちた者を倒す!」
その言葉に反応するかのようにして、構えていた人型の紙が光り出し、そして手元から離れ空へと登った。すると天から光が柱の様に降り注ぎ、その中から多数の人々が姿を現した。
「これは一体……どないな事になっているんです?」
澄ました顔で、男は龍二に話し掛けてきた。龍二は引き攣った顔で、その者に目を見ながら口を開いた。
「えっと……ア、アンタ…いや……あなたが、封印した妖怪が復活しました」
「復活?
この妖気……さては、八岐大蛇ですね」
「あ、はい」
「そういえば、あんさん……私の霊気を受け継いでいるみたいですね。
本家の者ですか?」
「い、いえ……俺は、分家の者です」
「分家?
あぁ、吉昌の家系ですね」
「そ、そうだと……思います(全然分かんねぇ……聞いてないし)」
「……して、あんさんの隣にいるのは、あんさんの子供ですか?」
「違います……妹です」
「妹……
これはこれは……また面白い」
「?」
「この女子はん……私の妻の霊気を受け継いでるみたいですね」
「ハァ……」
「ところで、何なんです?
この、霊気の弱い者は?」
「私達は、本家の者です。
そして、私が今この陰陽師家の当主……範正といいます」
「あんさんが、本家の当主?
……霊気がこの子等より、低いですな?」
そう言いながら、男は麗華達の家族を見た。ぬ~べ~は玉藻に小声で質問した。
「なぁ、まさかあの人が」
「霊気からして、おそらく……安倍晴明」
「私達って……姿だけでなく、霊気まで一緒だったんだね」
「だな……
つか、話し掛けられた時、半分ビビった」
「うん、知ってる」
「スゲェ、迫力」
「何かいろんな人達がいるんだけど」
「ほとんどが、今回の件で長い眠りから覚めた妖怪達を封印した者達だ」
「凄い霊力……さすが、陰陽師家の本家の人達ね」
「……ねぇ、封印した奴等がここにいるんだよね?」
「まぁな」
輝三の答えを聞いた麗華は、龍二から離れどこかへ走って行った。その後を龍二は慌てて追い駆けて行った。二人の様子に、輝三達は顔を見合わせそして後を追い駆けた。
口寄せされた者の間を通りながら、麗華は誰かを捜した。龍二も彼女と同じ様にして、辺りをキョロキョロと見回した……そして、捜していた者を見つけた。
「麗華……あれ」
「?……!」
人混みの中にいた見覚えのある姿……黒い長い髪を結い巫女の格好をした女性と、紺色の少し長めに伸ばした髪を結い黒い狩依を着た男性……二人は麗華と龍二の視線に気付いたかのようにして、後ろを振り向いた。それは自分が生まれる前に死んだ父・輝二と自分のせいで死んだ母・優華だった。
「麗華……龍二」
「……母さん!」
そう叫びながら、麗華は優華の元へと駆け寄り飛び付いた。飛び付いてきた麗華を優華は、力強く抱きしめた。
「こんなに大きくなって……
もっと顔見せて」
優華は涙を流しながら、自分と同じようにして涙を流す麗華の頬に手を当て、顔を見た。麗華はそんな母の手を握りながら、目を合わせた。そこへ龍二も目に涙を溜めながら駆け寄り、優華と輝二を交互に見た。
「龍二……」
「お袋……俺」
「いいのよ……何も言わなくて。
ゴメン……母さん、何でも龍二に任せて」
泣きながら優華は龍二を抱き締めた。自分より少し背が低くなり、龍二は時間の流れを実感した。あの頃の自分は、母親より小さかった……それが今、優華より少し大きくなっていた。
次第に龍二の目に溜まっていた涙が流れ、優華に抱き着き泣いた。麗華は何も聞かずに、ソッと母から離れ以前会った父親の元へと駆け寄り飛び付いた。飛び付いた麗華を輝二は抱き締め、笑み浮かべながら彼女の頭を撫でてやった。
そこへ輝三達が着き、彼等の姿を見て驚いていた。
「嘘だろ……な、何で輝二が」
「優華……」
二人は輝三達に気付くと、顔を上げ彼等を見た。輝三達はすぐに駆け寄り、美子と彩華は優華と涙を流しながら抱き合い、輝三は輝二の頭を雑に撫で、輝一は未だに現実を信じられていないかのような顔をして、彼を見ていた。
そんな彼等を見ながら、麗華と龍二は離れ傍にいた陽一と美幸の顔を合わせ笑った。
また焔達も、父と母である迦楼羅と弥都波に会い、渚は目から涙を流して弥都波に抱き着き、迦楼羅は渚と同様に泣いている焔の頭を撫でてやった。
そんな光景を見たぬ~べ~は、思わず口を開き玉藻に言った。
「あんな麗華と龍二の姿……初めて見た」
「無理もありません……二人は早く似御両親を亡くされています。
龍二君はともかく、麗華君は広君達と同様まだ小学生……普通なら、親の愛情を受けるもの」
ぬ~べ~に玉藻はそう話した。優華の元へ楓が駆け寄り、彼女に飛び付き泣いた。鎌鬼は申し訳なさそうな顔で、輝二を見たが彼は何も言わずに、鎌鬼に微笑み見せた。
「さて……感動的な再開もここまでにして……」
そう言うと、楓は拳を鳴らして輝二と優華の頭を思いっきり殴った。
「全く!アンタ達二人は!!
あれ程命を大切にしろと言っただろ!!我が子を残して逝くなど、輝二!」
「はい!」
「アンタ、自分の親と変わらないじゃない!!」
「す、すいません」
「優華!!
アンタ、私に言ったわよね?自分達の子供には、淋しい思いはさせないって……言った張本人が死んでどうすんのよ!」
「ご、ごめんなさい」
「まぁまぁ、説教はこれくらいにして」
「アンタに止められる筋合いはないわ!!輝二の命奪っときながら、何のうのうと生き返ってんのよ!!」
「いや、だからこうやって、麗華と龍二を」
「言い訳は結構!!」
三人に怒鳴る楓の姿を見て、美子達はため息を吐き麗華と龍二は呆気な顔で眺めていた。
「楓って……母さんの母さん?」
「簡単に言えば、そうね」
「私達のお母さん、仕事をやってて夜遅くに帰って来るのが多かったの」
「末っ子の優華にとっては、ちょっときつかった部分もあって……そんな時、楓に会ったの」
「式にされた後の楓は、優華にとって母親同然の存在だったわ。いつもいつも、傍にいて」
「へ~」
輝二の姿を眺める輝一……眺めた後、ふと龍二と麗華を見た。容姿が若い頃の弟に似た甥と、性格が一緒の姪……
(……いつからだったかな。
アイツに、妬みを持ったのは)
生まれた時間はずれていた……けど、同じ日に生まれた。赤ん坊の頃は覚えていないが、物心つくころから兄さんも父さんも母さんも皆……輝二の事を気に掛けていた。転んでも……風邪を引いても……
何をやっていても、全部輝二が優先された……どこかへ行きたくても、必ず輝二の体が心配された。
それもあってか、よく兄さんと喧嘩した……一回り年上の兄さんは、いつも輝二を気に掛けていた。そりゃそうだ……輝二は、喘息持ちのうえ体が弱い……俺と違うんだから。
学校の友達によく言われた……『何で輝一は来るのに、輝二は来ないんだ?双子なんだろ?』
知らない……俺だって、気分悪いから、学校休みたいよ。けど、親は許してくれない……『アンタは丈夫なんだから、大丈夫』って、勝手に言って……
中学へ上がる前、親は亡くなった……原因は交通事故。親権は既に成人であった兄さんが持つ事になった。けど兄さんはもう既婚して、子供もいた……高校に上がってからは、美子義姉さんの妹・彩華と付き合い始め、そして輝二も末っ子の優華と付き合い始めた……いや、もう付き合っていた。
新年会を、兄さんの新しい家でやることになり、三神家と神崎家(三人だけだけど)が全員集まった。そこで輝二は優華に惚れて、そして付き合い始めていた。
その後、大学は彩華の実家近くにある学校に入学した。そして卒業一年前に、彩華と結婚した。同じ時期に優華と輝二も結婚した。
卒業後、和菓子店を開き、見事有名になった。
昔から女の子みたいに、お菓子を作るのが得意だった。特に和菓子を作るのが……作ると、輝二が凄く喜んだ。弟の無邪気な喜ぶ顔を見たいがために、和菓子を作った。店を開き作った和菓子を弟に食べさせると、昔と同じように子供みたいな喜んだ顔で、美味しいと言って食べた。それは優華も一緒だった。
やがて、子供が生まれた……俺の方は女の子。そして輝二の方には男の子。二人の子供も、和菓子が大好きだった。頬に餡子を付けて、口一杯に頬張って笑顔で食べてくれた。
六年後、再び子供が生まれた。俺の方は男の子。そして輝二の方は女の子……弟の家に駆け付けた時、それを知った。冷たくなった弟の身体……ふと、優華の方を見ると、そこには写真で見たことがあった、輝二の赤ん坊とよく似た赤ん坊……
『名前は「麗華」……輝二が考えてくれたんです』
しばらくして、麗華に喘息があることが分かった。それを聞いた途端、彼女に輝二と同じような気持ちが芽生えてきた。和菓子を食べて、喜ぶ彼女の顔はどこか弟の面影があった……
それからまた、悲劇は起こった……冷たくなった優華…義妹の身体。その前に、幼い麗華は座り綾取りをしていた。そこへ見覚えのない家族が現れた……優華の祖母の年の離れた妹の家族。
『麗華は、儂等が引き取る』
その言葉がその祖母の口から出た。龍二は何とか反抗し、渡そうとしなかった。
だが、俺はその時恐らく、輝二に対しての恨み……そういう感情があったのかもしれない。俺がされてきたことを麗華ちゃんに仕返ししよう……そういう思いがあった。
そして……彼女を一人、預けた。
預けてから数年後……麗華は突然、島から帰ってきたと報告があった。別にどうでもいいと思い、和菓子を作り続けた……そして、いつしか俺の頭には、本家にはいい目で見てほしい…そういう感情があった。
それから、二人の報告は兄さんがしてくれた。二人共、式を作り、そして強くなったと。
そして五年ぶりに、二人に会った。そこにいた彼女の容姿はすっかり変わっていた……長かった紺色の髪は肩に届く程度の長さになり、それを一つに束ねていた。背は息子の陽一より少し低かった。そして何より、彼女は自分を見るなり怯えていた……そして言われた。
『出てって!!アンタの顔なんか、見たくない!!』
そう言った。自業自得だと思うが……
あの時、悲しかった……それと共に酷い後悔が、俺の心を襲った……自分は何てことをしたんだ……
悔やんでも悔やみきれない……
戻れるものなら戻りたい……和菓子を作って、それを食べた輝二の顔……それを見て笑った自分……幸せだったあの日々に。