地獄先生と陰陽師少女 作:花札
時間が過ぎていく中、酔いが回ってきた妖怪達は次々と、倒れ眠りこけていった。
「ふぁ~……眠くなってきたぜ、俺…」
広は大あくびをし、目を擦りながら言った。広に釣られて、美樹と郷子もあくびを放った。郷子は眠い目を擦りながら、隣に座っていたぬ~べ~に声をかけた。
「ぬ~べ~、今何時?」
「今か?
ちょうど十二時だ」
「もう、そんな時間なの?!」
「全然、気付かなかった……」
「そんな時間になっても、あそこで動いてる麗華が凄いわ」
そう言いながら、郷子は麗華が居る方へ顔を向けた。
麗華は、眠ってしまった妖怪達の傍らに転がっている空っぽになった瓶を、お盆に乗せながら片付けていた。
「眠くないのかしら?麗華」
「さぁ……」
「それにしても、他の妖怪達は眠ってるのに、今起きてる妖怪達って相当酒に強いんだな」
「いや、強いんじゃない」
「え?」
「今起きている奴等は、名のある場所や川の守護神だ。今眠っている妖怪達と比べて、妖気が遥かに上だ」
「へぇ……」
「おい、桜巫女」
突然、前の方から麗華を呼ぶ声が聞こえた。ぬ~べ~達は、声がした方へ顔を向けた。そこには右目を髪で隠した男が座っており、その傍へ麗華は瓶が乗ったお盆を置き、その男の元へと駆け寄った。
「何かご用ですか?」
「低級共が眠りについた。
一つ、静かな舞を頼む」
「分かりました。
丙、雛菊、琴と笛の準備頼む」
「承知」
「分かった」
傍で片付けをしていた二人にお願いすると、麗華は祭壇へと登った。同時に丙達も自分の位置へと着き、楽器を鳴らし始めた。
神楽笛の静かな音と共に、琴の音が響き渡った。音が鳴り響くと、麗華は下駄を鳴らし手に持っていた鈴を鳴らしながら、一つ一つの動作がゆっくりとなった舞を披露した。
「麗華、大変ねぇ……」
舞を見ていた郷子がボソリと言った。その言葉を聞いた焔は、郷子に答えるかのように口を開いた。
「大変か……
確かに、他人から見ればそうかもしれねぇな」
「?」
「けど、麗は今まで一度も、この舞を……この祭りが辛いとは言ったことは無い」
「そう……」
「よっぽど、好きなんだなぁ……麗華は」
「私だったら、絶対音を上げるわ!」
「麗は、お前等と違って、鍛え方が違うんだ」
「何だよ、その言い方」
「クク……
!!」
突然、何かを察したのか焔は目を見開いて、立ち上がり神社の裏にある山を睨んだ。そんな様子を気にした郷子達は、焔に恐る恐る質問した。
「ど、どうし」
「この妖気、来るぞ!!」
ぬ~べ~はそう言いながら、後ろポケットに入れておいた白衣観音経を取り出し構えた。
「グルルゥ……」
唸り声に気付いた麗華は、舞う足を止め後ろを振り返った。
「……
青、白」
その名を発しながら、麗華は裏の森から出てきた二匹の猿猴を見上げた。二匹の猿猴は、彼女の前に座りまるで甘えるかのように擦り寄ってきた。
「やっぱりまだ、怒ってるのかな?」
「あの様子じゃ、もう怒ってないだろ?なぁ、ぬ~べ~」
「いや、まだ怒っている」
「え?だって、麗華にあんなに……」
「恐らく今は、麗華と他の妖怪達の姿しか、目に映っていないんだ。だが、妖力はかなり強い……」
「じゃあ……」
「まだ……」
「怒ってるってこと?……」
「そうなるな……」
擦り寄る猿猴たちを、麗華は頭を撫でながら二匹とじゃれ合っていた。そこへ、あの右目を髪で隠した男が祭壇へ登ってきた。登ってくる音に気付いた麗華は、猿猴達の頭に手を置きながら、男の方へ目を向けた。
「すみません。舞を途中で止めてしまい……」
「桜巫女の前では、猿猴は単なる人に飼われている犬と変わらないな……」
「犬って……」
「それで、この猿猴達は一体どういった用件で、森から来たのだ?
まさか、あの白狼一族の者に隠れている人の子にでもあるのか?」
狼姿となった焔がいる方へ、麗華は目をやった。焔は郷子達を自分の後ろへ隠し、いつでも攻撃できるよう態勢に入った。
「えぇ。この子達が住むこの森から、花を摘んでしまってね」
「花?」
「私が植えた花よ。百日紅の花」
「百日紅か……確かに、あの花は綺麗だ。
だが、この世で最もきれいな花は、桜巫女……
あなたが頭に着けているその簪の飾りの花だ……」
「桜…ですか?」
「そうだ。
俺がこの神社へ来るのは、桜の花を見るためだ。花が咲かぬ時期でも、あなたの舞が私の中に生える桜の花を、いつも満開にさせてくれるのです」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
「だが……
その楽しみにしている舞を、この二匹の猿猴が邪魔をし、潰してしまった」
「?」
「ここで、叩き切る!!」
突然、腰に備え付けていた鞘から刀を抜き出し、男は猿猴目掛けて振り下ろしてきた。麗華は、咄嗟に二匹を庇う様に前へ立った。その様子を見ていたぬ~べ~は、左手に嵌めていた手袋を外し、鬼の手を露わにしながら、麗華のもとへ駆けつけた。同時に焔も狼の姿から、人間の姿へとなり、麗華のもとへ飛んで行った
“キーン”
「!!」
二人が着く前に、急遽駆け付けた龍二が手に持っていた剣で、男の刀を振り払った。男が持っていた刀は、宙を舞い二人の足元へと落ち刺さった。
「あ、兄貴…」
「せっかくの、酒が不味くなるだろ?」
「神主……」
「ずっとそうだよな?
いつもいつも、この神社に生えている桜を見に、春夏秋冬朝晩問わずに訪問してきては、家の桜を眺めてたな?」
「……」
「そしてこの日、舞がある日は皆が寝静まるのを待ち、上級の妖怪達と静寂に満ちた舞を見る……
だったよな?桜の守り神・桜雅(オウガ)さん」
「……フッ
神主、俺はいつもアンタを見てきたが、昔から変わりませんね。
いつも明るく、陽気で、無邪気で、あなたがいると皆が笑顔になる。先代の神主と巫女も、あなたに釣られてよく笑っていましたな」
「お褒めの言葉、どうも」
「覚えてる……」
「?」
龍二の後ろにいた麗華が、突然口を開き龍二の横へ立った。
「小さい時、兄貴も母さんもいない午前中……
家を出て、境内で遊んでるといつもあの桜の前にいた……」
「あの桜?
麗華、どの桜だ?」
「境内の隅に生えてる桜……
そこへ行くといつも、見上げてた……悲しそうな目で、いつも……」
麗華の目に映る、過去……
境内で手毬遊びをしていた麗華は、手から離れて行った手毬を追いかけ、隅に生えている桜の木の所まで行った。そこには悲しそうな目で桜を見る桜雅の姿があった。手毬を追いかけていたまだ幼い麗華は、彼に近付き声をかけた。
『どうして、いつもその桜の木を見て、悲しい目をしてるの?』
『昔な、俺はある桜の下で、ある人と約束をしたのだ』
『約束?』
『その約束から、もう何百年も経つのかと思いながら、桜の木を見ているんだよ。』
『なんびゃくねん?約束した人とは会えたの?』
その言葉が響いたのか、桜雅の脳裏に自分が死んだ時の記憶が流れた。
死に際に目に映った桜の木と、その桜の下で待つ一人の女性……
『……もう、過去の話だ。
ゴメンな。
暗い話をしてしまったな、小さい桜巫女』
桜雅はまだ幼い麗華の頭を撫で、その場を立ち去って行った……