地獄先生と陰陽師少女 作:花札
ビル内は、和風な家具や置物、花やカーペットで飾られていた。
「和物ばかりですね」
「楓は、この古風ある家具に惚れて、呉服店を開いたんだ」
「へぇ」
「昔見た、ある女性の木もがそれはそれは綺麗で……私も、ああいう着物を着て歩きたい……また着物を織ってみたいって思って、それで会社を開いたんです」
「そうそう」
楽しそうに話す龍二達の後を、麗華は展示されていた着物を眺めながら来ていた。
「すごぉ……
ここのデザイン、全部こないだ届いた着物と一緒だ」
「龍と麗の着物が、デザインされてまだ出展する前に、作って送っているそうだ」
「へぇ……って、何で渚がここに?
兄貴の所にいなくていいの?」
「龍の傍には焔がいる。私はお前のその機嫌損ねた気持ちを聞きに来た」
「……」
「何をそんなに、怒っているんだ?私に話してみろ」
「……」
「麗」
「……同じ」
「?」
「何で、母さんと同じ黒髪なの?アイツ」
「髪?」
麗華が見詰める方に、渚は目を向けた。歩いている楓の髪は黒く艶のある髪で、桜のバレッタで纏めていた。
「何で……」
「あの姿は、優の姿を真似て」
「それを何で、ずっと真似てんの?
母さんの式を辞めたなら、別の姿になればいいじゃない!」
「それは……」
「キャァア!」
悲鳴が聞こえたかと思うと、突然何かが開いた音が響いた。麗華はすぐに渚と共に悲鳴が聞こえたところへ駆けた。駆け付けると、ドア前には鬼の手を出し構えるぬ~べ~と犯人を見詰める龍二と、そして三人を守るようにして楓と焔が立っていた。
彼等の前には、二本の鎌を持った男が一人、切られた着物の前に立っていた。
「けっ!
こんなもん作ってるとは、思いも知らなかったぜ。志那都(シナツ)」
「その名で呼ぶのは辞めてちょうだい。イタ丸」
「人の姿になって、人間の世界に溶け込んでるようだが、匂いは変わらねぇな」
「それはアンタも一緒でしょ」
楓の言葉が気に食わなかったのか、イタ丸は背後に飾られていた着物をビリビリに切り裂いた。
「気に食わねぇなぁ……
志那都、また昔みたいに暴れようぜ?」
「私はもう暴れたりはしない。主と誓ったの」
「主ねぇ……」
楓の言葉を繰り返しながら、イタ丸はドア付近にいる麗華と彼女の前へ行き、守るようにして立つ龍二が目に映った。
「志那都、お前確か男が嫌いだったな?」
「?……!!
龍二、麗華!!」
次の瞬間、二人の前に稲妻のようにしてイタ丸が移動し、二人目掛けて鎌を振り下ろした。龍二は咄嗟に相手に背を向け麗華を守るようにして抱いた。渚は二人の前に立ち、死を覚悟したかのように目を頑なに閉じ、両腕を広げた。
“パーン”
何かが弾かれた音が聞こえ、渚は恐る恐る目を開き、その光景を見た。音が気になった麗華は、振り返っていた龍二と同じ光景を見た。
「……!?」
そこにいたのは、青紫色の長い髪に、水色の羽織に身を包み、大きな扇子を盾にした妖怪が一匹立っていた。
「楓……」
「え?」
「二人共、怪我は?」
「大丈夫だ」
「……」
安心したかのように、楓は息を吐くと麗華の方を見た。彼女は別の姿になった楓をジッと見ていた。
「……麗華」
「……」
「驚かせた……よね。
これの姿が、私の妖怪としての姿なの……」
「……」
「先生!鬼の手で、早くアイツを!」
「はい!」
鬼の手を構え、ぬ~べ~はイタ丸の方に顔を向けたが、そこに彼の姿は無かった。すぐに周りをキョロキョロと見たがどこにも無く、次の瞬間立てられていた扇が倒れ、それに手を乗せ前にいるイタ丸を睨む楓がいた。イタ丸は麗華と龍二を人質に立っていた。
「アンタ……」
「二人を殺られたくなければ、戻ると言え……
元の場へ……また昔みたいに暴れようぜ?」
「……
イタ丸、早く二人をこっちに返しな」
「戻ると言ってからだ」
「その前に返しな……早く」
髪の間から見せる怒りに満ちた目で、楓はイタ丸を睨んだ。イタ丸は記に食わぬような表情を浮かべて、二人から手を離した。龍二は離される麗華の手を取ろうと手を伸ばしたが、イタ丸は麗華の腕を掴み風の檻を作りその中へ彼女を放り込んだ。
「麗華!!」
「イタ丸!アンタ!!」
「吉那都……どうしても戻らねぇなら、代わりにコイツを連れて帰る」
「?!」
「何が『楓』だ。
人間に名前なんて着けて貰いやがって……」
「楓……」
「……昔、私は山でコイツと一緒によく暴れた。
だがある日、私の前にアイツが現れた」
「……」
『アンタ、風使いなんだね』
『何?』
『アンタに興味あって……
綺麗な髪だね。桔梗(キキョウ)みたい』
『……』
『ねぇ、私の式になって』
『式?』
『そう、式。駄目?』
『嫌だ。縛られるのは嫌いだ』
そう言い楓は優華の誘いを断り、イタ丸共にどこかへ行った。だが次の日もその次の日も、優華は一日も欠かさず自分に会いに来た。
「何日も何日も来た……
しつこいくらいに……だがある日、その山で事件が起きた」
大雨が降る日……楓とイタ丸はいつも通りに、風を起こした。だがその時崖崩れが起き、楓はその瓦礫と共に山の下へと落ちていった。
目を覚ますと、見覚えの無い天井が目に映り、起き上がりふと自分の体を観た。至る所に包帯が巻かれ治療されていた。ふと自分に掛けられている布団に目を向けると、そこには静かに眠る優華がいた。
『この子……』
『目を覚ましたか?』
『?』
『申し遅れた。私は弥都波。
この子に仕えている白狼です』
『……なぜ私を』
『優が、どうしてもアナタが欲しいと言って、アナタがあの日瓦礫と共に落ちていったのを優は見たの。私と真白と一緒にアナタを助け、家へ運んできた』
『……』
『帰る前に、どうしてもアナタを自分の傍にいて欲しかったのよ』
『帰る?』
『この家は、夏休みだけ来ているんだ。それが明日帰るんでどうしても』
『……なぜ、私を欲しがる』
『優は寂しがり屋だから、アナタのその気持ち分かったんじゃないの?』
『……』
「布団の上で涙を流し眠っていた優華を見ていたら、何だか今まで彼女がしてた事が全部、嬉しくなって傍にいたくなった」
「だから、お袋に?」
龍二の質問に、頷きそして扇を手に掴み扇を振った。扇から風の帯を出し、イタ丸が作った檻を壊し、麗華を出し自分の傍へ抱き寄せた。
「優華と弥都波、真白が死んだと知れば私は……私は二人を守る義務がある!」
扇を開き強風を起こした。イタ丸は風の勢いで壁にぶつかり、彼が怯んだ隙に鬼の手を出していたぬ~べ~は、彼にトドメを刺そうとしたが、イタ丸はその攻撃を避け楓の前に立った。
楓は麗華を後ろに隠し、イタ丸を睨んだ。
「……
はぁ……お前がそこまで言うなら、俺はもう何も口出しはしない」
「イタ丸」
「お前はそいつ等と、一緒にいた方が幸せそうだしな。
嫌がらせも辞める。好きに生きろ」
風を起こしイタ丸は、その場を去っていった。
夕方……ぬ~べ~は、荒らされた部屋の後始末を手伝っていた。その間、麗華達は屋上に作られた中庭で、楓と一緒にいた。
「え?母さんの姿を真似してんじゃないの?」
「お前がまだ赤ん坊だったある日、ぐずって泣いた時があってな。その日お袋は当直でいなくて、お袋を求めて泣いているお前を楓があやしたんだ……
けどお前、さっきの姿した楓見た瞬間、大泣きして。
俺と渚と焔で、お前をあやして何とか泣き止ませたっけ」
「……」
「その後、お前を抱くお袋を見て楓は、お袋と同じ黒髪の女の姿になったんだ。それからお前はその姿をした楓を見ても、泣かなくなったんだ」
「……」
「今でも同じ黒髪なのは、いつか俺等に会った時お前が楓の妖の姿見て、また泣き出したら困ると思って、同じ黒髪なんだよ……
別にお袋の代わりになろうと思って、今の姿をしてるわけじゃねぇんだ」
「……何か、ごめんね。
麗華が怒るのも無理ないよね。麗華の母さんは優華だけだもんね」
「……」
「麗華が嫌なら、私この姿を変えるつもりだから」
「……変えなくていい」
「え?」
「今の姿のままでいい。
それに、私もう……楓のあの姿見ても泣かないし」
「……麗華」
「それから私好きだよ……
楓の髪。桔梗みたいで」
その言葉を聞いた楓の目に、一瞬優華が映った。自然に涙が流れ、咄嗟に麗華と龍二を抱き締めた。
「楓?」
「どうしたの?」
「ちょっとね……ごめん、しばらくこうさせて」
『楓?それが私の新しい名か?』
『うん。
楓は風の使い何でしょ?だったら分かり易く、風が入ってる漢字の楓って名前にしてみた』
『……』
『それにね、楓の名前には意味があるんだよ』
『意味?』
『楓の花言葉は『大切な思い出』
私は楓みたいに長生きできない……ずっとなんていられない。だからね……もし私が死んじゃった時、教えてあげて。私と楓が過ごした思い出を。楓だけじゃ無い。お姉ちゃん達やお父さんやお母さんの事も、私の子供や孫、曾孫に教えてね』
『……うん』
『で?気に入った?』
『え?』
『名前!どう?』
『……気に入った!』
それから数日後……
神社に集まった妖怪達の前で、舞を見せる麗華……
その着物は赤い布生地に、黄色い紅葉がデザインされた着物だった。舞台傍で彼女の舞を静かに見る龍二の赤と茶色の狩衣に身を包み、一枚の写真を見た。
『楓、この着物って……』
『新しくデザインした着物よ。紅葉をイメージして作ったの。綺麗でしょ?』
『綺麗だけど……これ着て写真撮るの?』
『いいじゃない!記念に』
撮られた写真には小恥ずかしそうに笑う龍二と麗華……二人の間に入るようにして立つ妖怪の姿をした楓が写っていた。
その写真は、楓の机の上に写真立ての中に収められ、彼女は仕事をやりながらそれを眺めていた。
『時々、泊まりに来て』
帰り際に、麗華は楓と二人っきりになったのを見計らって、そう話してきた。
『そんで聞かせて……
母さんの話……それから』
『?』
言葉を詰まらせながら、麗華は恥ずかしそうにモジモジと体を動かした。そんな姿に楓は笑い麗華を抱き締めた。
『もちろん、泊まりに来るわよ』
『……!!』
おもむろに楓は、麗華の頬を撫でた。麗華は顔を赤くして体を震えさせた。
『やっぱり、プニプニしてて気持ちいい!』
『や、辞めてぇ!』
そんなことを思い出した楓は、楽しそうに笑いながら夜の街を眺めた。