地獄先生と陰陽師少女 作:花札
ぬ~べ~の肩を叩き、麗華はじゃあと言うかのように手を上げながら、どこかへ行ってしまった。
「?
おい。
何だか、人間の臭いがしないか?」
麗華が居なくなると、酒を飲んでいた妖怪の一匹が、酒の入ったお猪口を持ちながら、鼻を動かした。その妖怪に続き、他の妖怪達も鼻を動かし、周りを嗅いだ。
「おい!見ろ!
あんな所に、人間がいるぞ!」
妖怪の一匹が、郷子達を指差してそう叫んだ。その声に周りにいた妖怪たちは一斉に、ぬ~べ~達の方へ顔を向け、彼等が逃げる隙も与えず、即座に周りを囲った。
「何だ?今夜のメインディッシュか?」
「美味そうな人間が、四人かぁ」
「刺身にすれば、酒のいいつまみになるぞ?」
「俺の生徒に手を出すな!!
南無大慈大悲救苦救難広大霊感……
我が左手に封じられし鬼よ」
「遅い!!」
「わぁあ!!」
左手に嵌めていた手袋を外そうとした途端、妖怪の一匹が刀を抜き彼の左手を刺した。
ぬ~べ~は刺された左手を押さえながら、その場に蹲った。
「ぬ~べ~!!」
「卑怯よ!刀を使うなんて!!」
「卑怯だぁ?
だったら、お前等人間もだ」
「そうだ。
人の住んでる場所を、無理矢理盗って邪魔だからどこかへ行けだぁ?ふざけるな!!」
「誰のおかげで、その土地がずっと綺麗だったか分かってるのか?!」
「作物が育ち、水が枯れなかったのは誰のおかげだ?!」
「俺達が出て行った後、水は枯れ作物が育たなくなったと思えば、今度は自然の壊して、汚い空気にしやがって!!」
「そ、それは…」
「お前等何て、俺達の餌にしてやるよ」
「嫌ぁああ!!」
「待て!」
聞き覚えのある声が、どこからか聞こえたかと思えば、郷子達の前に大狼が降り立ち、周りの妖怪達を尻尾を振り回し追い払った。
「ほ、焔!!」
「これは、私達の餌だ。お前達に与える人の子はいない」
後からやってきた目の青い大狼がそう言いながら、妖怪達を睨み付けた。
「渚さん!!」
「ゲッ!!
こいつ等、白狼一族のもんじゃねぇか!!」
「マジかよ。この人間、お前等の餌なのかよ?!」
「そうだ。巫女と神主が、俺達のために特別に用意してくれた餌だ」
「主の用意してくれた餌を、横取りするって言うなら、相手になるわよ?」
鋭い目付きを、妖怪達に向ける二匹……
その鋭い目付きに怯んでか、妖怪達は尻尾を巻いて、自分達の席へ戻っていった。
「フゥ~……一時はどうなるかと思ったぜ…」
「ありがとう。焔、渚さん」
「お蔭で助かったわ」
「何で、姉者だけ“さん”呼びなんだ?」
「焔のお姉さんだから」
「何だよ、それ……」
「けどよ、俺達が焔達の餌なんて……本当なのか?」
「んなわけねぇだろ?
麗と龍に頼まれてやったことだ」
「ああでも言わないと、アイツらは引かないからね」
「あぁ、そう…」
「それより、そこで蹲ってる先公借りるよ。
傷の手当てするから」
そう言いながら、渚は人の姿となりぬ~べ~の襟を掴み引きずり、家の中へと入った。
(雑な扱いだなぁ……)
“ドン”
「?
始まるな」
「始まるって」
「お祭りが?」
太鼓の音が聞こえ、その音に反応した焔は郷子達を隠しながら、祭壇が見える位置へ移動した。
祭壇前は、先程まで騒いでいた妖怪達が静まり返り、それと同時に祭壇の中心には長細い棒が一本建てられており、祭壇の前には太鼓の撥を持った龍二が立っていた。
「今宵も、我が神社『山桜神社』へ来ていただき、ありがとうございます!」
「神主!型っ苦しい挨拶良いから、早く巫女出せ!巫女!」
「という意見が出たので、これから我が神社の名物、神楽舞をご披露させて貰います。今宵はこの細い棒の上で、巫女が華麗に舞いを見せます!では、どうぞご覧ください!」
挨拶が終わり龍二が祭壇からいなくなったと同時に、琴や三味線、笛と太鼓の音が鳴り響いてきた。
その音と共に、下駄を鳴らしながら走ってくる麗華の姿が現れ、祭壇に上がるとそこから華麗に飛び上がり、細い棒の最短へ着地し、頭から被っていた羽織を脱ぎ捨て、手に持っていた扇子を広げ、片足を交互に変えなら、棒の上で麗華は華麗に舞った。
「おぉ!!」
「良いぞ!!桜巫女!!」
「よっ!!日本一だ!巫女!!」
その麗華の華麗な舞に、圧倒され声も出なかった郷子達は、彼女に見惚れながら声を出した。
「す、凄ぉ……」
「まるで、風に舞う花弁みたい……」
「これが、この神社の名物だ」
「納得するわぁ。
こんな舞、どこの神社へ行っても見れないもの」
「この祭りって、麗華の舞のための祭りなの?」
「違う。
この祭りは月に一度、午後十時から十二時または一時まで行われる妖怪達のための、祭りだ」
「妖怪達の?」
「各地にいる、土地の守り神達が集まって、日頃のストレスを発するための祭りだ。
麗の舞は、そんな妖怪達のための出し物の様なものだ。低級の守り神もいれば、高貴でしかも長年ある地を守り抜いている、霊力の高い妖怪もいる」
「へぇ~」
「そんな妖怪達が唯一、心を休める場所がこの山桜神社であり、この祭りなんだ」
「そうなんだぁ……」
“タン”
下駄が祭壇の板に降り立つ音が聞こえると同時に楽器の音が止み、広げた扇子を顔を覆うように持つ麗華の姿がそこにあった。隙間から見える彼女の怪しげでだが美的な目付きで微笑む顔が、妖怪達に向けられた。
その目付きを見た妖怪達は、一斉に歓声を上げた。
「良いぞう!!桜巫女!!」
「華麗な舞、お見事だ!!」
「さぁ、舞も終わったとこで、今宵もこの神社へ来られたこと、そして皆さんのご苦労と日々の疲れを取れるようお祈りを込めて、乾杯!!」
「乾杯!!」
麗華の手に握られていた扇子を閉じ、声を上げて閉じた扇子を上に掲げた。扇子に釣られて妖怪達は自分の持っているお猪口を上に掲げて、一斉に声を上げた。
酒を飲み合う妖怪達……
その中を、踊り巫女の格好のまま麗華は酒の入った瓶をお盆で運びながら、妖怪達の中を行ったり来たりしていた。
そんな忙しそうにしていた麗華は、酒の瓶を運び終えると、焔の傍にいる郷子達の所へ行き、焔の前足付近で腰を下ろした。
「大丈夫?麗華」
「何とか。毎月こうだから……」
「そうだ!
麗華、さっきの舞よかったぜ!!」
「うん!まるで、風に舞う花弁みたいだったよ!!」
「そりゃどうも。
あれ?鵺野は?」
「あぁ、ぬ~べ~。
さっき、渚さんが家の中に連れて行って、それっきり……あれ?そう言えば、まだ戻って来てないわね?」
「渚が?」
「うわぁああ!!
この、変態エロおやじ!!何しやがる!!」
家の中から突然その叫び声が聞こえたかと思うと、中から人の姿となった渚が飛び出てきて、狼の姿となっている焔の後ろへ隠れた。
渚に遅れて、右手に包帯を巻いたぬ~べ~が出てくるなり渚に駆け寄った。
「あれは事故だ!!信じてくれ!!」
「何が事故よ?!人の体触りやがって!!」
「何?!
貴様、姉者の体に触れただと?!」
渚が放った言葉に疑問を感じた焔は、狼から人の姿に戻り渚を隠すように前に出た。
「テメェ、人の女より妖怪の女が趣味なのかぁ?!」
「違う!!」
「焔、私が許可を取る!!この男を丸焦げにしろ!!」
「承知!!火術……火炎」
「止めんか!!」
手に火を溜めていた焔の頭を、麗華は立ち上がり拳で殴った。焔は頭にタンコブを作り、そのまま俯せで倒れてしまった。
「こんな所で、喧嘩沙汰起してどうする!
渚、このエロ教師に何されたんだ?」
「この男、せっかく手当してやったのに、突然手当した左手で、私の胸を掴んできたんだ!!」
「このくそ野郎!!」
「見損なったぞ!ぬ~べ~!」
「男として、しかも教師として最低よ!!」
「違う!!誤解だ!!
目が覚めて、立ち上がろうとした時にだな」
「言い訳は結構!!」
怒りに満ちた顔で、麗華は腕を組み膝をついて謝るぬ~べ~を睨み付けて顔を近付けさせた。
「この罪、たっぷりとお詫びして貰うよ?」
「え?そ、それは…だから…」
「渚、私が許可する。
こいつを懲らしめていい」
「そう来ないと!!
さぁ、しばらく私と遊んでもらいましょうか?変態エロ教師さん?」
狼の姿となった渚は、ぬ~べ~に向かって熱湯を噴き掛け、さらに爪で顔を引っ掻いた。
傷を覆ったぬ~べ~は、その場に倒れ顔から熱湯をかけられたせいか、湯気が上がっていた。渚は狼から人の姿へと変わり、腕を組んでぬ~べ~を見下ろした。
「ふん!!思い知ったか」
「姉者、あれはやり過ぎだ。
せめて、熱湯をかけるだけでも…」
「アンタは、どっちの味方なの?」
「もちろん姉者だ」
「なら、私がすることに、口出ししないの」
「承知」
そんな二人の会話を聞いていた麗華はため息をつき、そんな彼女達を見た郷子達は顔を合わせて、苦笑いを浮かべた。