地獄先生と陰陽師少女 作:花札
手を動かそうとした時、手が動かずさらには足も体も身動きが取れぬよう、糸が巻かれていた。何とか体を起こすことができ、起き上がり辺りを警戒した。
「お目覚めかしら?」
糸で出来たカーテンが開き、外から梓が入ってきた。
「……」
「怯えることは無いよ。私はアナタなんだから」
「アンタが私?」
「あなたの心を元に、私はこの世に生まれたの……牛鬼の手によって」
「……」
不敵な笑みを浮かべながら、梓は麗華が横になっていたベッドの上に乗り警戒している彼女の頬に、ソッと手で撫でた。
「……私をどうする気?」
「牛鬼を呼び出す餌よ。
少し、言う通りに動いて貰うわよ?」
「アンタの言う事なんか、聞か……!!」
梓は麗華を押し倒し、彼女の上に跨がり顔を動かさぬように手で押さえ、不気味に光る自身の目を彼女の目と合わせた。
「怯えることないわ……
少しの間、眠ってて貰うだけよ……」
「え?」
「私の目を見てれば分かるわ」
「目?」
不気味に光る梓の目を、麗華はジッと見つめた。やがてその不気味な光は、麗華の目にも輝いた
「麗華……
今から私が言う事を、しっかり聞きなさい」
「言う……事?」
「えぇそう………
いい?」
「言う事を……聞く」
「その通りよ……麗華」
梓が目を反らすと、麗華は目を閉じそのまま眠ってしまった。彼女の頬を手で軽く触れると、ベッドから降り手足と体に巻き付けていた糸を解いた。
「目覚めれば……全て計画通り。
牛鬼、待ってて。すぐに迎えに行くからね」
「……は?」
病室で立ち尽くす龍二……丙から治療を受ける焔は、誰とも目を合わせぬよう、顔を下に向けていた。先に丙の治療を終えた竃は、顔を下に向ける焔の頭に手を乗せ、彼を宥める慰めるようにして撫でた。
危害が無かったぬ~べ~は、先程起きたことを全て話した。
話を聞いた牛鬼と安土は、顔を強張らせて互いを見合い前で立ち尽くす龍二の背を見た。
「さらわれたって……」
「……」
「梓にさらわれたって事かよ……」
「……その通りだ」
「何でだよ……何で」
「龍……」
「焔……
テメェ、傍にいながら何やってたんだ……」
「……」
「龍二、焔を責めるのは門違いだ」
「竃は黙ってろ!
焔、答えろ」
「……」
「龍、焔を責めたって麗は」
「うるせぇ!!」
怒鳴る龍二の声に反応してか、治療中の焔は突然立ち上がったが、目が眩みしゃがみ込んだ。
「まだ治療中だ!焔」
「もういい……俺は行く」
「待て。どこにいるのか分かっているのか?!」
「麗の臭いを辿ればいい話だ!
雷光、氷鸞、来い」
「ほ、焔!そなたの治療を終えてからの方が」
「さっさと来い!
主を見捨てる気か?!」
「しかし!」
「足手まといになるだけです。治療を終えてからにして下さい」
「阿呆鳥、黙れ」
「黙りません。治しなさい馬鹿犬」
「余計な口出しすんな!!
行くと言ったら」
“パーン”
焔の頬を、渚は思いっ切り叩いた。彼の頬は赤くなり焔は頬を手で押さえながら渚の方に目を向けた。
「そんな怪我で行って、勝てるとでも思ってるの?」
「……」
「今の状況が、どういう状況か分かってる?」
「……」
「……六年前のあの日と同じよ」
「!」
「龍……
また麗を悲しませる気?違うよね?」
「……」
「ここで言い争ったって、何にも解決しないでしょ?
それに今回は、六年前とは違う……雷光と氷鸞がいる。鎌鬼だっている」
「……」
「それだけじゃない。
皆、前より強くなってる……麗だって……強くなってる」
「……」
「龍、アンタも強くなってる。
だから、次は勝てる。今回は麗だって、ちゃんと戦える。焔……アンタ、これで行ってもし、死んだらどうするの?麗を独りにさせる気?
以前言ったわよね?麗は、自分がいなきゃ駄目だって……
いなきゃ駄目なら、死んだらどうするの?!ねぇ!
考えなかった!?アンタが死んだら、この先誰が守るの?」
黙り込む焔……全てを言ったかのように、渚は息を切らし龍二と焔を交互に見た。
「さすが、弥都波のガキだな」
その声と共に、寝ていた輝三がゆっくりと起き上がった。
「輝三……」
「彼女と一緒で、しっかりしてる……さすがだ。
焔、お前の気持ちはよく分かる……だがな、怪我を治して万全で行かなきゃ、麗華だって安心出来ねぇぞ」
「けど……」
「助けたい気持ちは分かる。
その前に、怪我治せ」
「っ……」
「龍二、ちょっと付き合え」
「あ、あぁ……」
ベッドから降りた輝三は、龍二を連れて部屋を出て行った。二人の後を鎌鬼は、ソッとついて行った。
喫煙室へ来た輝三は、ベンチに座り煙草を口に銜え、火を点け煙を噴き出しながらついてきた龍二の方に顔を向けた。
「奪われて悔しい気持ちは分かる……けどな、だからって焔に八つ当たりすることねぇだろ?」
「っ……」
「後で竃に、麗華の霊気を探って梓のアジトを見つけ出して貰う」
「……」
顔を下にしている龍二に輝三は、頭に手を置き雑に撫でた。
「少しは気を緩めろ。
張り過ぎで、顔が疲れてるぞ」
「余計なお世話だ」
「屋上に行って、風でも当たって来い」
気が進まないが、龍二は輝三に言われた通りに屋上へと行き置かれているベンチに座った。雲一つない青空に心地よい風が吹き、龍二の髪を靡かせた。
「少しは、落ち着いたか?」
「?……渚」
「抱え込み過ぎだ。だから、私たち妖怪ではなく人に頼れと言っているんだ」
「……お前は、生まれた時からその口調だな」
「当たり前だ。
普通、私が麗の傍に着き、焔がお前に着くのが理想だ。だけど、生まれる順番は神にしか操れることができない……だから私は、龍に着く事になった時、父上と輝から人間の男の事をいろいろ聞いた。その結果が、これだ」
「悪かったな、俺が先で」
「文句は言ってない。
私は今でも覚えている」
「?」
「お前がまだ赤ん坊だった頃……優は私に抱かせてくれた。
私が抱いた時、お前は目を開け笑って、私の頬を触ってきた。まだほんの小さい手で」
渚の頭に映る記憶……赤ん坊の龍二を渚は弥都波と優華が見てる中、彼女は二人の顔を伺いながら、抱いている龍二を見た。
「触られた瞬間、私は決意した。
コイツは私が、死んでも守ると……」
「……」
「とまぁ……
昔話はこれくらいにして、病室に戻るぞ。探しに行っている竃もそろそろ戻ってくるまで……!」
驚いた表情で、渚は振り返り上を見上げていた。龍二は立ち上がり、その方向に目を向けた。
そこにいたのは、幼い姿をした麗華だった。麗華は龍二の横を通り過ぎ、そして何かを伝えるとそのまま消えた。消えた地面には人型の紙が一枚落ちていた。
「龍……」
「……アイツ」
夕方……
病室で集まる龍二達は、竃の話を聞いていた。
「廃墟?そこにいるのか」
「焼けた建物から、只ならぬ妖気を感じた。
見たところ、所々に糸が張り巡らされていたうえ、無数の巨大蜘蛛がいた」
「分っかりやす!何?!そのアジト!」
「渚殿の言う通りです……」
「何を目指しているんです?その者は……」
「さぁな……」
「何か……絶対住みたくない」
「右に同じく…」
「ま、俺が集めたのはここまでは。
輝三が治ってから行った方が良いと俺は思うが……そこにいる、三馬鹿はその気はないみたいだし」
「三馬鹿?」
「何故、このバカ犬と一緒なのです」
「テメェは俺より、大馬鹿だ」
「あなたに言われたくない」
「んだと!!」
「三馬鹿トリオ、うるさい!!」
「姉者!!」
「アイツらほっといて、話し続けてくれ」
「……
今回は行かせるが、無茶だけはするな。先生、龍二と麗華を頼んだぞ」
「分かりました」
「鵺野はともかく、そこにいる化け狐は責任あんだから、来なさいよ」
「わ、分かってますよ……」