地獄先生と陰陽師少女 作:花札
その時、サラリーマンの前に不敵な笑みを浮かべた梓が降り立った。梓は手を出し、そしてそこから毒槍を出しサラリーマンの胸を貫いた。
サラリーマンは、口から血を出し倒れた。そしてその容姿はミイラ化していった。
「フフフ……フフフフ」
不気味な笑い声が、夜の町に響き渡った。
ベッドに眠る麗華を輝三は見て、そして病室に置かれているソファーに腰掛けた。
「確かに眠ってるな……
安土、麗華を目覚めさせる方法は他に何かねぇのか」
一緒に来ていた安土に輝三は、機嫌悪そうに質問した。安土は怯えたようにして、体をビクらせ傍にいた龍二の後ろへ隠れながら、首を激しく左右に振った。
「輝三、顔怖い」
「……チッ」
「オッサン、顔マジで怖いから」
「……」
「茂さん、その後の麗華の様子は」
「何も変わったところは無し。
あると言えば、時々魘されてるって感じかな」
「魘されてる?」
「昼間はあまり無いんだけど、夜になるといつも……」
麗華の頭を撫でながら、焔は心配そうに言った。
「多分、兄貴が邪魔してるんだ……
麗華は目覚めようとしてるけど、それを兄貴が邪魔してる……だから魘されてるんだと……思う(あの人、怖い!!)」
睨んでくる輝三にビビりながら、安土は説明し再び龍二の後ろへ隠れた。
「輝三、顔」
「義妹殺されてんだ。こういう顔になる。
それにこの顔は、生まれ付きだ」
(僕は弟を殺したけど……こういう顔にはなってないけど……)
睨む輝三……そんな彼に、茂は持っていたカルテで頭を思いっ切り叩いた。輝三は素早く後ろを振り返り、茂の胸倉を掴み同じく茂も輝三の胸倉を掴んだ。
「何のつもりだ!!テメェ!!」
「そんな顔してたら、話せるもんも話せねぇだろうが!!」
「生まれ付きだ!!」
「何が生まれ付きだ!!
麗華ちゃんや龍二君、神崎院長に輝二さん達と話してた時、アンタはそんな顔してなかった!!
俺が間違った道に行こうとしてた時だって、そんな顔はしてなかった!!」
「っ……」
「いつだってアンタは、自分の家族を誰よりもそして、自分の命よりも大事に思ってた……
麗華ちゃんをあいつ等に奪われて、悔しい気持ちは分かる……だからって、そんな顔すんな」
「……」
互いの胸倉を二人は離した。輝三は舌打ちしながら、麗華の病室を出て行った。その後を竃はため息を吐きながら、鼬姿へと変わりついて行った。
「……し、茂さん」
「時々強く言わないと、色々抱えちゃうから。
あの人も」
「……」
「輝二さんを亡くしたとき、随分自分を責めてたからね……
『自分がもっと早く行っていれば、輝二は死なずに済んだかもしれない』って、よく口に出してたから」
(……輝三)
屋上へ来た輝三は、胸ポケットから煙草を取り出し、口に銜えライターの火を点け吸った。
心地良い風が吹き、輝三の髪を靡かせそれと共に懐かしい声が彼の耳に入ってきた。
『兄さん!見てみて、ほら俺にも子供出来たんだ!』
職場の喫煙室で、刑事に成り立てだった輝二は内ポケットから一枚の写真を出し、輝三に見せた。
『優華に似てるな……女か?』
『違うよ。男だよ』
『へぇ……名前は?』
『龍二。
父さんの名前と俺の名前を取ったんだ』
『お前らしいな』
『どういう意味だよ……
そうだ!今度、遊びに行ってもいい?お義姉さんと里奈ちゃん達にも見せたいし』
『連絡さえくれれば、いつでも構わねぇよ』
『本当?じゃあ、今週の土曜日にでも、遊びに行くよ』
嬉しそうに輝二はそう言った。だが六年後、その輝二は二人目が産まれる前に死んだ。輝三が警察病院に駆け付けた時には既に輝二は帰らぬ人となっていた。
それから一ヶ月後、仕事の都合により輝三は再び輝二の職場へ行き、そして帰り掛けに輝二の家に寄り線香を浴びた。
『二人目を見ずに逝っちまいやがって……って、思ってません?』
『……ケッ。
相変わらずだな、優華』
『フフ……
輝二もそういう気持ち、あると思いますよ。待望の二人目……女の子を見ずに逝っちゃったんですから』
ベビーベッドから起きていた赤ん坊の麗華を、優華は持ち上げ輝三の隣へ座った。
『……赤ん坊の頃の輝二によく似てる』
『龍二は私似だけど、麗華は輝二似ね』
『全くだ』
口に銜えていた煙草を手に持ち、煙を吐き出し輝三は空を見上げもう一度煙草を口に銜えた。
『輝三!こっちこっち!』
成長した麗華に引っ張られ、輝三は神社の山の中を歩いていた。険しい山道を歩いていると、森を抜け見晴らしのいい場所へ辿り着いた。
(……ここは)
輝三はこの場所に見覚えがあった。かつて輝二が小さい頃、自分に見せたいと案内した場所だった。
『白と一緒に見つけたんだよ。
綺麗な場所でしょ!』
『……あぁ』
見せてきた麗華の笑顔が、一瞬輝二の笑顔と重なって見えた。輝三は麗華の頭に手を乗せながら、しゃがみ込みその光景を眺めた。
ふと麗華の隣を見ると、そこに輝二の姿が一瞬見えた。彼は輝三の方に顔を向けると、歯を見せてニッと笑うと風と共に消えた。
「?」
何かの気配に気付いた輝三は、顔を上げた。そこにいたのは、宙に浮かんだ梓だった。彼女の姿に、傍にいた竃は狼姿へと変わり威嚇声を上げながら、攻撃態勢になった。
「……何者だ」
「私は梓。
この世にいる全ての生き物を殺すの。そうすれば、ずっとあの人と一緒にいられる……だから、消えて」
手から紫色の槍を出し、それを輝三目掛けて投げた。傍にいた竃は輝三の前に立ち、口から炎を出し攻撃を防いだ。
「あら?普通の人ではないの?」
「普通じゃないねぇ」
「それじゃあ、少し手詰まるわね……けど、死んで貰うわ」
手から無数の紫色の槍を放ち、槍は雨のように降り注いだ。その槍を輝三は棍棒を出し、前で回し槍を弾き飛ばした。
「手応えのある人……
でも、これで終わり」
「?」
病室にいた龍二はふと窓の外を見た。外はどす黒い雲が空を覆い、辺りは薄暗くなっていた。
「降りそうだな……」
「……?」
何かを察したのか、渚と焔は顔を上げた。
「渚?」
「……焔はここにいなさい。
龍、鎌鬼、来て!」
扉を開けた渚を先頭に、二人は病室を出て行った。
病室に残された焔と安土……魘されだした麗華に、焔は彼女の頭に手を置いた。
「……何か悪い。
兄貴のせいで」
「誰も攻めちゃいねぇよ……」
「……」
「それに麗のことだ。
目覚めるって……牛鬼なんざ倒して、すぐにさ」
屋上へ来た龍二達……
「……!!」
目の前に倒れる輝三と竃……二人の前に、不敵な笑みを浮かべながら立った梓がいた。
闇の中……
握られている牛鬼の手に、麗華は空いているもう片方の手で彼の手を包み込むようにしてソッと握った。
(……牛鬼。
アンタは私にずっと傍にいると言った……けど、こういう形じゃないでしょ?アンタが望んでたことは)
黒く染まった牛鬼の目から透き通った涙が溢れ落ちた。その瞬間、麗華の手から牛鬼の手が離された。麗華は離し独りになった彼に抱き着いた。
(……私の所に来て。
そして、あの殺人鬼を倒そう。安土も待ってるよ)
その言葉に、牛鬼は頷き彼女の手を掴み投げ飛ばした。そして自分もその闇から消えた。
“バン”
「!?」
ソファーで転た寝していた焔は、その音で目を覚ましベッドに目を向けた。
いつの間にかベッドは空になっていた。ふとドアの方に目を向けると、扉が開いていた。
「……麗」
驚き口を開けている安土の背中を押し、焔は病室の外へ出た。