地獄先生と陰陽師少女 作:花札
彼等の気配に気付いたのか、入ってきたと同時に茂が病室へ入ってきた。
「茂さん」
「麗華ちゃんの状態は?」
「……玉藻が言うには、催眠術に掛かってるってさ」
「その様だね。
脈拍も呼吸も正常……目立った外傷も無し。
とにかく、ベッドに寝かせて。後は僕が見るから」
抱えていた麗華を病室のベッドに寝かせ、龍二は渚に乗り病院を去って行った。残った焔は狼の姿のまま中へ入り、床に丸くなり眠りに入った。
茂は持っていたカルテをベッドに掛け、病室を出て行った。
住処へ帰ってきた牛鬼と梓。牛鬼は力無く住処に置かれていた岩に腰掛けた。
「……牛鬼、どうしたの?」
「……」
「牛鬼……?」
洞窟内に吹き込んできた風に、梓は洞窟内を見回した。吹き込んできた風の音が、人の悲鳴の様に聞こえ梓は恐怖に見舞われ、牛鬼に寄りしがみついた。しがみついてきた梓を、牛鬼は抱き寄せ露出していた彼女の二の腕を擦った。
「……」
「牛鬼……怖い」
「……
大丈夫だ……俺がついてる」
擦りながら、牛鬼はそう言った。
『これからは、俺がお前を守ってやる……
何があっても、絶対に』
昔、そう約束した……親父とお袋が人間に殺された時、兄貴は俺の手を握って……
「……」
見覚えのない部屋で、安土は目を覚ました。自分に起きたことを思い出すと、彼は飛び起きたがその瞬間腹部に激痛が走り、腹を抱えて蹲った。
「しばらくは安静だ」
「?」
その声の方に顔を向けると、障子に手を掛けた龍二が立っていた。
「……」
「一応傷口は塞いだけど、動けばすぐに開くから絶対安静(丙の奴……手ぇ抜きやがって)」
『傷口さえ塞げばよいのだろ?』
『いや、普通に治せよ』
『嫌じゃ。
麗をさらった者の治療など、したくもないわ』
『……ハァ』
「あれから、何日経った?」
「まだ一日しか、経ってねぇよ」
「……」
腹部に出来た傷を撫でながら、安土は思い詰めた表情を浮かべていた。
「……
あの梓は、何でお前を」
「……知らねぇ。
もう、分かんねぇよ……」
掛け布団を強く掴み、安土は目から涙を流して訴えた。
龍二は静かに戸を閉め部屋を離れていった。
本殿の階段に腰掛け、龍二はため息を吐いた。彼の傍へ狼姿の渚が寄り座った。
「何か、色々分からなくなってきて……」
「……麗の心を持った梓か」
「本当に麗華の心を持ってるのか、疑わしくてさ……
アイツの心を持ってんなら、あんな事躊躇するはずだ」
「……
もしかしたら、あれを使ったのかも知れない」
「あれ?」
「牛鬼と安土みたいな、蟲といった小さい生き物から妖怪化した者の一部に使える術があるんだ」
「術?」
「人の心を元にして、人でも妖怪でもない……
人の形をした殺人鬼を作り出す術だ。形は作る本人が最も愛した者に近い姿になる」
「……今起きてるのと全く一緒じゃねぇか」
「牛鬼はそれを使ったのだろう……
愛した女を欲しいが為に……」
「けど、一回目に会った時は麗華の姿だったのに、二回目に会った時は、別人になってた」
「初めて愛した女に、情が移ったのかもしれないな」
「……どうすりゃ、心を取り戻せる?
このまま、アイツはずっと眠りっぱなしなのか?」
「……」
「もう心は戻ってると思う……」
境内から声が聞こえ、顔を上げるとそこには安土が立っていた。
「安土……
どういう事だ?心は戻ってるって」
「……
そいつが言った術は、確かに殺人鬼を作る。けど心がある間は、人どころか虫すら殺すことは出来ない……
お前等が一回目に会った麗華は、まだ心があった……
けど、二回目に会った麗華……いや、梓はもう殺人鬼も同然なんだ……殺すことを喜びとした……」
暗闇の中……麗華はゆっくりと目を覚ました。ふと隣を見ると、自分の手を握る黒い影がいた。
(……誰?)
『……お前は』
(……?)
『お前は……俺のものだ』
(……!)
自分の手を握っていたのは、黒く染まった牛鬼だった。麗華はすぐに手を離そうとしたが、彼の強い力から逃れられることが出来なかった。
その状況に、麗華は魘されていた。彼女の様子に気付いた焔は目を覚まし、人の姿へと変わながらベッドに行き震えている麗華の手を握った。
(……麗)
場所は変わり、山桜神社……
安土の話を聞いていた龍二は、驚きながらも口を動かした。
「心が戻ってるって……じゃあ」
「麗は何故、目を覚まさない?」
「覚まそうにも、覚められねぇんだ……
麗華の心を縛ってる紐を、麗華自身で解けば多分、覚めると思う……けど、それを邪魔する奴がいるんだ」
「奴って、誰だよ……」
「……
兄貴の牛鬼だ」
「!?」
「初めて麗華に会った時、麗華の奴牛鬼に懐いていただろ?神主、彼女の記憶からお前等の記憶を消したって事、兄貴から聞いたか?」
「あぁ、一応」
「その消した記憶を、牛鬼が持ってる……
牛鬼が邪魔をしてる限り、麗華はずっと目は覚めない……
いや、覚めることが出来ないんだ」
「……」
「今も苦しんでるよ……
牛鬼から離れようと、自分の中で藻掻いて苦しんで……
手を伸ばせば、届く光に手を伸ばして」
『牛鬼!安土!見てみて!』
幼い麗華の声が、どこからか聞こえた。牛鬼はゆっくりと目を開け目の前の光景を見た。
そこには、怪我を負う自分と安土が木に凭り掛かり座り、自分達の元へ、手に何かを持って走ってきた麗華が駆け寄り牛鬼の膝へ座った。
麗華は、手に包んでいた手を離し、中に持っていたものを見せた。それは色鮮やかな蝶だった。。蝶は羽ばたき、彼等の周りを飛んで回ると、そのまま空へと飛んでいった。
『綺麗でしょ?あの蝶』
『すげぇ綺麗だった……けど、どこにいたんだ?』
『森の奥』
『へぇ……』
『二人は蝶見たの初めて?』
『いや、見たことあるよ。な!』
『あぁ。
俺達が住んでた所には、花畑があって沢山の蝶が飛び交っていた』
『わぁあ!楽しそう!
ねぇねぇ、今度連れてってよ!牛鬼達の故郷』
『……
いつかな。いつか、連れてってやるよ』
『約束だよ!』
『あぁ』
差し出してきた麗華の小指に、牛鬼は自分の小指を出し、そして安土も小指を出し絡めた。
『指切りげんまんしたから、本当に約束だよ!』
麗華の笑い声が、響きその声に導かれるようにして、牛鬼はゆっくりと目を開けた。
「(……夢だったのか)?」
ふと隣を見ると、そこにいるはずの梓の姿が無かった。牛鬼は立ち上がり、洞窟の外へ出た。すると一匹の巨大蜘蛛が、自分に駆け寄ってきた。何かを聞くと、牛鬼は血相をかいて蜘蛛と共に茂みの中へ駆け込んでいった。
茂みの外へ出ると、そこは地獄絵になっていた。血塗れになった数多くの動物の死骸……そしてバラバラに引き千切られた数人の人間の死体……
その中心部に、手に着いた血を舐め牛鬼に気付いたのか、そこに立っていた者はゆっくりと振り向いた。
「……梓」
「牛鬼、凄いでしょう?
これ、全部私が殺ったの」
「!!」
「この地に住む、全ての生き物を殺せば……
ずっと、牛鬼と一緒……誰も邪魔はしないわ。ね?いい考えでしょ?」
「……
お前は……誰だ」
「……
私は梓。あなたが生涯、ずっと一緒にいたかった女よ?」
不敵に笑いながら、梓はそう答えた。梓は殺気に満ちた目で牛鬼を見詰めていた。
山桜神社へ何かが降り立ったのか風が吹いた。風に気付いた龍二は、渚と共に外に出た。
「……!」
降り立ったのは、輝三を背に乗せた竃だった。竃の背からから輝三は飛び降り、降りた彼の元へ龍二は駆け寄った。
「遅くなったな、龍二……?!」
輝三は、龍二の後ろにいた安土の姿に気付くと、棍棒を出し彼目掛けて攻撃した。輝三の攻撃を龍二は、慌てて剣で防いだ。
「どういう風の吹き回しだ?」
「一応味方だ。麗華を返してくれた」
「?!」
「詳しい話するから、家に入ってくれ」
「……分かった」