地獄先生と陰陽師少女 作:花札
一緒にいた……兄貴の女だ」
「牛鬼の?」
「安土、その梓と牛鬼の関係は?」
「……
大事な女だ。兄貴が愛した人間の恋人」
二人が生まれた故郷は、山に囲まれた場所だった。昔から山に住み着く妖怪として、人間に恐れられていた。だがある日、二人の親は人の手により殺され、残された二人は人の目から隠れるようにして、山にヒッソリと暮らしていた。
そんな日々がもう何十年も続いたある日……
あの日。
雨の日、山で遭難した女を牛鬼は見つけた。足の至る所に傷があり、着ていた着物はボロボロになっており、乱れた髪を下ろして女は気を失って倒れていた。
気を失っている女を、牛鬼は抱え自分達の住処へと連れて行った。
『人間なんて連れてきて、どうすんだよ……
親父とお袋を殺した人間だぞ!!』
『そんなの百も承知だ』
『じゃあ何で?!』
『……』
安土に何も答えず、女の怪我の治療した。
それから月日は流れたある日……
『……ウ』
女はゆっくりと目を覚ました。彼女が目覚めたのに気付いた牛鬼は、人の姿となり近寄った。女は彼に怯え立ち上がり、ふらつく足で奥へと逃げ身を縮込ませた。
『……怯えなくても、俺は何も』
『来ないで!!
私に近寄らないで!!』
大声を発して女は震えた。牛鬼はそんな女に近寄り、隣に座り震える彼女を抱き寄せた。女は震えていたが、それは次第に収まり牛鬼にしがみつき泣き出した。
丁度そこへ安土は帰宅し、その光景を静かに眺めていた。
「その助けた女が、梓か?」
「……うん。
初めは凄く怯えて、牛鬼から離れようとしなかった。
ずっと牛鬼の傍にいた……でもだんだん、心開いて牛鬼の傍にいなくても怯えなくなったんだ。牛鬼は梓が気に入ってずっと、一緒にいるって約束したんだ」
「……しかし、人の寿命は我々と違う」
「違ぇよ……梓は歳を取って、死んだんじゃねぇ……」
「?」
「……裏切ったんだ……牛鬼と俺を」
「裏切った?」
「どういう事だ?」
「……山で遭難してたのは、確かだった。
けど……遭難した理由が……俺等二人を生け捕りするためだった」
「生け捕り?!」
「村の奴等が、俺等を山から追い出すためにやったんだ。
梓は、その村人の仲間だったんだ。俺等を捕まえた梓の顔……あいつの顔は今でも忘れねぇ」
『梓……お前』
村人に囲まれ、その中の男に抱き寄せられていた梓は、縛られた牛鬼と安土を見て、不敵に笑っていた。
『ずっと……ずっと、俺と一緒にいてくれるって』
『あんなの、嘘に決まってるじゃない。
誰がアンタみたいな、妖怪なんかと』
『梓……』
『演技すんのも、大変だったわ。
じゃあね……牛鬼』
固まった牛鬼の脳裏に、梓と過ごしてきた思い出が次々に蘇った。だがそれは全て嘘だった……悲しみが怒りへと変わり、牛鬼は姿を変え村人達を襲った。それは安土も同じくして姿を変え、彼と共に村人達を襲った。
一人残らず殺していき、村を壊し変わり果てた梓を前に、牛鬼は人の姿になり彼女を見下ろしていた。
「村人を全員……殺したのか」
「怒りに任せたから、よく憶えてない……
それからは、山を出てずっと旅してた。けどある場所に行き着いた時、攻撃されて大怪我を負った。深傷だった兄貴を支えて歩いて……着いた場所が」
「俺等の神社か……」
「……力尽きて、近くの木に凭り掛かって座ってた。もう死ぬんだと思ってた……冷たい風が、俺達の体を容赦なく冷たくさせた……
そんな俺等を、助けてくれた……麗華は」
木に凭り掛かり座る牛鬼と安土は、虫の息で生き延びていた。
『麗!!待て!!』
『待たないよぉ!!』
子供の声が聞こえ、二人は顔を上げた。茂みから現れたのは、赤いマフラーを巻き大きめの羽織を腕に通した幼い麗華だった。
(……人の子か)
『……
飲む?』
『……』
肩から提げていた水筒から、湯気の立ったお茶を備え付けのコップに注ぎ、差し出した。牛鬼と安土は彼女と差し出したコップを交互に見ながら、震えている麗華の手を掴み交代でコップのお茶を飲んだ。
「焔、お前が傍にいながら」
「仕方ねぇだろ……あん時、鬼ごっこして遊んでたら見失って……」
「さすが馬鹿犬」
「んだと!!」
「喧嘩すんな!!
安土、続けてくれ」
「麗華は……俺等の怪我が治るまでの間、ずっと傍にいてくれた。
俺等二人の絵を描いたり、自分の話をしてくれたり……楽しかった。麗華と一緒にいると……」
「……」
「怪我が治ったある日……牛鬼は麗華と一緒にいたいって言い出した。
俺は……兄貴が幸せになるなら、いいと思った。ずっとそう言い聞かせてた……」
『一緒に?』
怪我が治り立ち上がっていた牛鬼は、麗華にそう言った。
『俺達と一緒に、来ないか?』
『……行かないよ』
『……』
『だって、ここは私の家だもん。
離れるわけにはいかないよ』
『……』
『二人がどっか行っちゃっても、ここでずっと待ってるよ!』
「俺はその言葉が嬉しかった……
けど牛鬼は……」
「……それが、あの日か」
「……
お前等二人には、悪いことをしたと思った。俺等は母親を人間に殺されたのに、俺等はその人間と同じ行為をお前等二人の母親にやっちまった……」
「……」
「昔話は終わったか?」
「?!」
そこにいたのは、不敵な笑みを浮かべた牛鬼だった。
「牛鬼……」
「帰りが遅ぇと思ったら、こいつ等に捕まっていたのか……
拷問受けて、それで俺等二人の昔話をさせられたってか?」
「違ぇよ!
俺が自分から」
「黙ってろ」
「?!」
「神主、さっさと安土の氷を砕け。
さもねぇと、巫女の心を粉々に壊すぞ」
「……焔、溶かせ」
「……承知」
安土の氷を焔は手から炎を出し溶かした。動きが自由になった安土は、焔達から離れ牛鬼の元へ駆け寄った。
「返して貰ったお礼に、いいものを見せてやるよ」
「いいもの?」
廊下を誰が歩く音が聞こえてきた。ゆっくりとその音の方に目を向けた。
「!?」
「牛鬼、この人達は知り合い?」
現れたのは、赤み掛かった茶色の髪を長く伸ばし赤い目を開いた梓の姿だった。
「まぁな」
「兄貴、まさか」
「あぁ……梓さ」
梓は牛鬼の傍へと行き、彼の腕を掴み寄った。安土は恐怖に見舞われたような表情で二人を見ていた。
「……牛鬼、その女はどうした」
「どうしたって……創ったんだよ。
お前の大事な、桜巫女の心を取って」
「っ……」
「氷術氷棺!!」
牛鬼目掛けて、氷鸞は手から氷を放った。牛鬼は梓を抱えその場から飛び、氷の攻撃を避けた。
「氷鸞!!」
「雷光!風」
「承知」
怒鳴る龍二を差し置いて、焔の指示に雷光は風を出しその風に乗って焔は手から炎を出した。その攻撃を、牛鬼に支えられていた梓は、手から糸を出し盾を作り防いだ。
「?!」
「……よくやったよ。梓」
牛鬼に褒められた梓は、笑顔を浮かべながら彼に抱き着いた。
「牛鬼……
やっぱり、間違ってるよ!!なぁ、もう辞めようぜ?こんな事!」
「……」
「こんな事したって、麗華は喜びはしない!!
お前はただ……ただ……
麗華の笑顔が見たかったんだろ!?その笑顔のまま、自分の傍に……!!」
話していた安土の腹に、梓は手から毒の槍を出し彼の腹を貫いた。安土は口から血を吐き出し、梓は彼の腹から槍を抜き取り落ちていく彼を見下ろした。
「……うるさいのよ。
邪魔するなら、容赦しないわ」
「……」
落ちていく安土を焔が間一髪受け止め、梓達を見上げた。牛鬼は顔を固めて、血塗れになった安土を見下ろしていた。そんな彼に、梓は笑みを浮かべて口を開いた。
「これで邪魔者はいなくなったわ。
牛鬼、早く住処へ戻りましょう」
梓に言われ、牛鬼は彼女を抱え背を向け住処へと帰って行った。
傷を負った安土を抱えた焔は、地面へと降り立った。
「酷い怪我だ……龍二、すぐにでも治療を」
「分かってるよ。早くそいつを保健室に」
保健室へと入った龍二達は安土を床に寝かせ、近くにいた丙がすぐに治療を行った。
「かなりの深傷だ……」
「治りそうか?」
「ギリギリの範囲だ。
そもそも、こんな奴妾は助ける気などない」
「そう言うな。
麗華を連れて来たのはそいつだ」
「……」
その時、保健室に備え付けられていたカーテンが開き、中から玉藻が姿を現した。
「麗の様子は?」
「体には目立った外傷はありません。
今、眠っているのは催眠術に掛かってる……とでも言っときましょう」
置かれているベッドの上で麗華は眠っていた。連れて行かれた当時の入院服に身を包み首には、先程鎌鬼が掛けてくれた勾玉が提げられていた。
(麗華……)
「ここに置いとくのも何だし……どこか場所を移した方が」
「安土は家に連れて帰る。雷光、治療が終わったら安土を運んでくれ」
「承知」
「麗華は茂さんの病院に連れて行く。いつでも戻ってこれるように、病室の窓を開けておくって言ってたから。
焔は俺等と一緒に来い。丙と氷鸞丙が安土の治療が終わり次第、雷光と一緒に家に戻ってろ。もちろん鎌鬼も」
「分かりました」
「承知」
「分かった」
眠っている麗華を持ち上げ、龍二は外で待っていた渚に乗り、彼に続いて焔は狼へと姿を変え外へ出た。
「龍二、手伝うことがあればまた頼め」
「何とかな……
時期に輝三が戻る。そん時になったら牛鬼を倒しに行く」
「……」
渚の体を軽く蹴り、それを合図に渚は飛び立ち彼女に続いて焔も飛び立った。