地獄先生と陰陽師少女 作:花札
『麗華の髪は、癖が無くて柔らかいね。
小さい頃の母さんとそっくり』
長く伸びた私の髪を梳かしながら、母さんはそう言った。
それが嬉しかった私は、髪を切るのを嫌がった。切る際は母さんが私を宥め、毛先を切るだけで後は伸ばしていた。
母さんが死んだ後も、髪を伸ばし続けた。ずっと……何年もの間、私を見守るかのようにして……
龍二の前に立つ麗華。意識を取り戻した龍二は、立ち上がりながらゆっくりと目を開けた。目の前に立つ麗華……だが、その後ろ姿は違っていた。
腰下まで伸びていた髪が、肩上までしかなかった。
「……麗華」
「氷鸞!水!
雷光!雷!」
「承知!」
「承知!」
二匹の攻撃を背に、麗華は龍二を見た。龍二は彼女の頭を雑に撫でると、前へと出て剣を構えた。
そしてふらついた妖怪目掛けて、龍二は麗華と共に武器を振り下ろした。攻撃が当たった妖怪は雄叫びを上げ、最後の力を振り絞り、麗華の脚に攻撃した。その攻撃を食らった麗華は、脚から血を出し、地面へと落ち転んだ。
麗華が落ちた共に、妖怪は力尽きたかのように倒れ、そして目をゆっくりと瞑った。
「……倒した。
!麗華!!」
倒れている麗華の元へ、龍二は剣をしまいながら駆け寄った。麗華は脚に出来た傷を押さえながら、起き上がった。二人の元へ、治療を終えた焔と渚が駆け寄ってきた。
「お前等、大丈夫なのか?」
「雛菊に治して貰ったから、一応」
「そうか……雛菊!
悪い、麗華を頼む!」
龍二の呼び掛けに、雛菊はすぐに駆け寄り起き上がった麗華の治療をした。
「傷口がかなり深い上に、毒が入ってる。
もしかしたら、今日の夜か明日にでも熱で魘されるぞ」
「雛菊……
もう、熱出た」
息を切らしながら麗華は、顔を真っ赤にして雛菊に言った。
治療を終え雛菊を戻した後、氷鸞は渚を雷光は焔を支え、麗華は意識朦朧とする中、龍二に背負られて山を下りていた。
「全く、主が大変な時に焔。あなたという人は」
「文句でもあんのか?」
「大ありですよ。馬鹿犬」
「んだと!!この阿呆鳥!!」
「焔、暴れると体に障ります!!」
「氷鸞!
私の弟を呷るな!!」
「っ……も、申し訳ございません(こ、怖い……)」
後方を歩く龍二は、そんな光景を見ながら面白可笑しく笑った。
「ったく、あいつ等。
何か、帰ったら賑やかになりそうだな?麗華」
「……」
「?」
背負っている麗華に目を向けると、彼女は疲れと毒で静かに眠っていた。
「……」
『嫌だ!髪切らない!』
『伸ばすんだもん!絶対切らない!』
『もう絶対切らない……母さんのもう一つの形見だから』
(……デカくなったのは、外見だけじゃなくて中身もか)
山を下り、集合場所へ着いた頃には、辺りは暗くなりかけていた。そこには待ちくたびれたかのように木に凭り掛かり転た寝をする泰明と阿修羅、煙草を吸う輝三の姿があった。
変わった麗華の姿を見て二人は少々驚いた。だがすぐに、輝三は微笑み龍二と麗華の頭を雑に撫で、共に山を下りていった。
それから四日間、麗華は熱で魘され眠り続けた。
そして五日目の午後……
「泰明!もっと腰を低くしろ!」
「分かってるよ!!」
「龍二!相手の動きから目を離すな!」
「了解!」
組み手をする二人の声で、麗華は目を覚ました。ボーッとしながら起き上がり、何気に頭を触った。
「!」
髪がないことに気付き、そして五日前に自分で切ったことをすぐに思い出した。
短くなった髪を触りながら、麗華は軽くため息を吐いた。
「あら、麗華ちゃん起きた?」
「里奈さん……」
「今日は一日、休みなさい。疲れが出たのよ」
「……」
「(あ、そうだ!)
ねぇ麗華ちゃん、髪梳かしてあげる」
麗華の髪を梳かす里奈。短くなった麗華の髪を梳かしながら、話し出した。
「本当にバッサリ切っちゃったわね」
「……」
「……麗華ちゃん、良いこと教えてあげる」
「いいこと?」
「昔から髪は女の命だって言うじゃない?」
「うん……」
「けど、その女が命よりも大事な髪を切るって事は……
髪よりも大事なものが出来たって事よ」
「……」
「髪はいつでも伸ばせるし、取り返せる……
でも、大事なものは一度壊れたら元に戻ることは出来ない……」
記憶に蘇る龍二の姿……いつも隣にいてくれる。そしてフラフラ歩いていると、必ず自分の手を握り共に歩いてくれた。
麗華は立ち上がり、手に着けていたゴムで髪を結ぶと壁に立て掛けていた木刀を取った。
「麗華ちゃん」
「里奈さん、ありがとうございます。
私、大事なもの守りたいからもっと強くなりたいんです」
そう言うと、麗華は障子を開け外へと出た。
それから月日は流れて行った。厳しい修行に、麗華はより一層励んだ。
そして、三月……
「え?学……校」
輝三の言葉に、麗華は動かしていた木刀を止めた。
「そうだ。
来月でお前は、小五だ。そろそろ行かねぇと、学校の方も何かとうるさいからな」
「……だったら、中学からでもいいじゃん」
「駄目だ。
これ以上、不登校すると益々学校に行けなくなる。まだ間に合う。この三月中にでも、家に帰れ。そんで四月から、学校に通え」
「……」
輝三の話に、麗華は納得のいかないような顔を浮かべた。
修行を終えた麗華は、木刀を片付け焔達と森の方へ行った。そんな彼女の姿を輝三は、困ったかのようにため息を吐いた。
「無理に行かせなくてもいいんじゃないの?
麗華ちゃん、確かに強くはなってるけど、精神的にはまだ……」
「ここで行かせないと、いつまでも行けやしない。
それに、社会に出ればアイツはもっと苦しむ……だったら、今出した方がいいだろ」
「それはそうだけど……」
「それに、この事本家の方に知られれば、龍二も麗華もあの神社にいられなくなる……
今までは、遠縁の親戚に預けられて精神を病んだと報告してた。けどもう一年だ……そろそろ本家の方も疑いの目を向けてくる」
森の中にある広場で横になり、空を見る麗華。傍には狼姿の焔と馬姿の雷光、そして鳥姿の氷鸞が彼女を囲うようにして休んでいた。焔の胴に頭を置き、目を閉じ島の学校で受けていたいじめを思い出す麗華。
「……やっぱり、行きたくない」
「学校か?」
「うん……」
「確かにな……
けど、そろそろ行かねぇと通う予定の学校から連絡があったんだろ?」
「そうみたいだけど……」
「あの、先程からお二人が仰ってる『学校』っとは、何です?」
「人間が、勉学を学ぶ為に通う所だ……
それから、他人の心を壊すところでもある」
「そんな所に、麗様を?!」
「これは俺等がどうこう出来る事じゃない。
氷鸞、変な事すんじゃねぇぞ」
「馬鹿犬に言われなくとも、そんなの百も承知です」
「誰が馬鹿犬だ!!?」
「焔!辞めな!
氷鸞、焔を呷るような言い方するな!」
「っ……も、申し訳ございません」
一息吐きながら、麗華は再び空を見た。夕陽の色に染まったオレンジ色の空に、数匹の烏が鳴きながら飛んでいた。
“ガサ”
「?」
誰かが近付いてくる足音が聞こえ、麗華は起き上がりその音の方に顔を向けた。氷鸞と雷光は彼女を守るようにして立ち上がり、攻撃態勢に入った。
「おいおい、そんなに警戒すんな。
俺だ」
草を踏み現れたのは、竃を連れた輝三だった。二匹は彼の姿を見ると、態勢を崩し近くに座った。
「輝三……」
「本当、ガキの頃の輝二にそっくりだな。
輝二もガキの頃、喘息のせいで学校に余り行けなくなって、いつしかアイツをいじめる奴が出て来て、学校に行けなくなった」
「……どうやって、行くようになったの?それとも、結局行けなかったの?」
「麗華が住んでる所は、妖怪が集う場所なんだ。
頻繁に人が襲われて、その度に輝二が助けにいっていた。そんな中、襲われた奴の中に輝二をいじめてた奴がいて……ある日、迎えに来たんだよ。そいつが」
「……それで行ったの?父さん」
「……行ったぜ。
迎えに来たそいつが、余りにもしつこくてな……まぁ、風邪とか喘息以外で、休むことはなくなった……いつもそいつが迎えに来て、学校行ってたっけ」
「……」
「麗華。全ての学校がお前を受け入れないって訳じゃない。必ず一校は、お前を受け入れてくれる……」
「……そんなわけ無いじゃん。
同じに決まってる」
「……」
「けど……
父さんがやってたこと、私もやる。
この力があれば、人一人くらい……いや、全員守ってみる。そう決意したから……」
短くなった髪を触りながら、麗華は言った。切った当時よりも伸びていた。肩に届く程度に伸ばした髪を結んでいた。
「家には戻る……
けど、学校は気分で行くから」
「……それでもいい。
しっかり、守るもん守れよ」
「うん……(絶対、守る……絶対に。
私の命を賭けて)」
それから一週間後……修行を終えた麗華は、迎えに来た龍二と共に輝三の家を後にした。
一年半ぶりに帰ってきた麗華の元へ、神社に住む妖怪達が一斉に彼女に飛び付き喜んだ。
そして学校へ行く前日……
「え?依頼?」
「本家の方から依頼受けて、それに行かなきゃいけなくなった」
「だったら、私も」
「お前は明日から学校だろ?
心配すんな。一ヶ月家を空けるけど、大丈夫だな?」
「別に……平気だけど」
そして、翌日……朝早く、龍二は出掛けていった。麗華は居間で一人、紙を見ていた。それは自分が今日から転入する予定のクラスの名簿だった。
(……生徒数、多。
担任は男か……)
「麗、そろそろ」
「う~ん」
縁側に置いていた鞄を手に取り、靴を履き神社を出て行き学校へ向かった。
校舎についた麗華は、自分が通っていた学校より建物がデカいのにビックリしていた。
「デカ……それに、人多」
校長室に来た麗華は、椅子に座りながら担任が来るのを待った。その様子を焔は外から見守るように見ていた。
「お待たせしました」
扉が開き、その担任は入ってきた。濃い眉毛が特徴の顔立ち、左手に黒い手袋を嵌めた男の担任……
(……強い妖気。
何なの?コイツ)
「君が転校生の神崎麗華君か!
俺、今日から君の担任の鵺野鳴介だ!通称ぬ~べ~と呼ばれている」
「……」
「ハハハ!
まぁ、初日だから緊張して当然か。これからよろしくな」
「……そういうの、いらないんで」
伸ばしたぬ~べ~の手を避け、麗華は外へと出た。彼女の後をぬ~べ~は、慌てて追い駆けていった。
ぬ~べ~を前にして、麗華は廊下を歩いた。すると騒がしい声が彼が止まった教室から聞こえた。
「今日からお前のクラスの仲間だ。
皆、面白い奴等だ。きっと仲良くなるぞ」
「……」
「さ!入るぞ!」
扉が開き、中へと入った。個性豊かな生徒達……皆麗華を見て、話すを辞めた。
(……予想通りの反応。
でも、こいつ等全員……私が命を賭けて守ってみせる……いや、守り抜く)