地獄先生と陰陽師少女 作:花札
私は、親も分からずその森にいた。琵琶だけが、ただ一つの親の形見だったのかも知れない……
『私も親はいないよ……家族もいない。
でも……朝木がいてくれるから、全然寂しくないよ』
琵琶を弾く度に、あの人はいつも舞ってくれた……そして、笑っていた……
時が経つうち、あの人の体はどんどん衰えていった。そしていつしか、舞うことが出来なくなった……
『朝木がいてくれたから、私……幸せだった。
あなたの琵琶は、心を癒やす力がある……
皆の心を癒やしてあげて』
あの人は笑顔でそう言って……亡くなった。
息を切らし膝を付く麗華達。朝木は白水に治療されながら、彼女達の闘いを観戦していた。
「……」
『アンタ、優しいんだね』
(……何故)
『朝木は優しいから、皆に愛されるんだよ』
(……私は)
村人達から暴行を受けて以来、自分の中で氷の絶壁を作り誰にも心を開こうとしなかった……
だが、その壁を溶かしいつの間にか、自分の陣地へあの子は入ってきた。
『だから朝木の気持ち、少しは分かるよ』
『麗は昔、人から酷いいじめを受けてたんだ』
「……何故」
「?」
「何故……ここまで私を」
「……ほっとけないからでしょ」
「……」
「麗華の奴、人より私達妖怪が好きだから。
昔から、アイツは妖怪が大好きで……怪我をしてる奴を見ると、いつも手を差し伸べて手当てしてた。
だから、ほっとけないんだよ。貴様みたいに独りになり、分厚い壁を作った奴は特に」
膝を付いていた麗華と輝三は、武器を使いながら立ち上がり構えた。男は笑みを溢しながら、ハープを奏で氷の礫を放った。礫は容赦なく麗華達の体に当たり、脚に当たった麗華はその場に尻を着いた。
「もはやここまで……
勝ち目は無い」
「……?」
何かの気配を感じたのか、麗華は辺りを見回した。同じように焔達も辺りを見回し始めた。
「どうした、麗華」
「……聞こえない」
「?」
「鳥の声が聞こえない……
それに、何か変」
“ゴォォオオオ”
何かが流れ落ちる音と共に、地面が揺れた。輝三はふと山の方に目を向けると、雪が流れ落ちていた。
「雪崩だ!!」
「このまま流れたら、あの村を飲み込むぞ!」
「やっとだ……
やっと復讐出来るよ」
「テメェの復讐って、何だいったい……)
「……そこにいる、朝木を傷付けた復讐だ」
「?!」
「俺と朝木は、ある雪山で生まれた……
だが、ある吹雪の日……朝木は消えた」
「……」
「俺はずっと、探し続けた。たった一人の肉親を……兄弟をずっと……
そして、この村に辿り着き見つけた。
血塗れの手で、琵琶を弾くお前を」
「……」
「朝木……消えてなんぼだろ?憎い村人達が、あの雪崩で消えるんだからな」
「……確かにそうかもね。
琵琶の音色を、金儲けの為に使って……
けど、その音色は……凄く綺麗で、皆の心を癒す力がある。
それは、朝木が優しいからだよ」
「……」
『あなたの琵琶は、心を癒やす力がある……
朝木は優しいから、皆に愛されるんだよ』
朝木は吹雪を起こし、巨鳥の姿に変え雪山の方へ飛んでいった。彼の後を男は追い駆けていった。
「輝三、私達も!
焔!」
「竃!」
二匹はすぐに輝三達の背中に乗せ、二人の後を追い駆けていった。
流れる雪……そこへ朝木は行き、氷の技を放った。氷は一時的に雪崩を食い止めた……だが、その氷を追い駆けてきていた男に壊され、また雪崩が再開した。
「何故助けようとする!
貴様をいじめた奴等を何故!」
「……確かに暴力は受けました。
しかし、地獄から救ったのは、人の子です」
「……」
「あなたが家族というのであれば、私の気持ちが分かるはずです……あなたが……兄だというのであれば」
朝木は人の姿へと戻りながら、男にそう言った。そして朝木は雪崩に近付き、氷を放った。
固まっている男に、焔に乗った麗華は近付き話し掛けた。
「朝木は優しいよ。
だから、被害に遭ってもほっとけないんだと思う……あの村人達を」
「……」
雪崩の元へと行く朝木の姿を、男はしばらく眺めた。
最後に会ったときは、まだ小さく頼りないものだった。だが琵琶を弾かせれば天下ものだった。
朝木の琵琶と自分のハープで演奏をすると、森に住む小さな妖怪や動物達が喜んだ……
だが、朝木はある日煙のように姿を消した。そして月日が経ち見つけた……この村で、指を血塗れにして琵琶を弾く朝木を。
(……朝木)
迫り来る雪崩。氷で壁を作るが、力が及ばず壁を作ってもその壁すぐに崩壊してしまった。
(勢いが強すぎる……このままだと)
「朝木!
俺が水を出す、それを凍らせろ!」
「……はい!」
男はハープから滝の様に水を出した。水は雪崩の前に流れ落ち、その水を朝木は凍らせ分厚い壁を作った。
雪崩の勢いは収まり、そして氷の壁を壊し止まった。
「止まった……!」
近くにいた男は、ハープを落としそのまま真っ逆さまに落ちていった。
「兄上!!」
朝木は彼の後を追い駆けていった。その光景を見ていた麗華は、焔から飛び降り二人を追い駆けていった。
「麗!!」
「あの馬鹿!何考えてんだ!」
焔と輝三はすぐに彼女を追い駆けていった。
落ちていく男……その先には氷の刃が待っていた。朝木は手を伸ばし彼の手を掴もうとした。
(……また無くすのか。
大事なものをまた)
「大地の神告ぐ!汝の力、我に受け渡せ!その力を使い、目の前のものを助ける!」
その声に朝木はハッと顔を上げ隣を見ると、そこに白いオーラを纏った札を構えた麗華がいた。
「いでよ!氷室!」
札は氷を出し、男の先にあった刃を砕いた。壊れた氷の地に男は落ちた。何とか難を逃れた男の元へ、朝木は降りていき、共に落ちていた麗華を追い付いた輝三は下でキャッチした。
「ナイス!輝三」
キャッチした麗華の頭を、輝三は思いっ切り殴った。麗華は殴られた箇所を抑え、涙目で彼を見た。
「何で?!」
「阿呆が!!死ぬ気か!」
「ああでもしないと、間に合わなかったんだ!仕方ないでしょ!」
「……ったく。
あんまり、無茶すんじゃねぇぞ」
安堵の息を吐き、彼女の頭を雑に撫でた。そして二人は朝木の元へと行った。