地獄先生と陰陽師少女 作:花札
「どんな怨みあるか知らねぇが、この村の奴等をさっさと解放しろ」
「……知ったことか。
散々妖をいじめていたくせに……」
「その代償で、今この村は大雪だ」
「大雪だけでは足らん。もっとこの者達を苦しめるくらいの罰を与えないと……」
「……それじゃあ、邪魔させて貰う。テメェの行為を」
「受けて立とう。僕に勝つことは出来るかな?」
広場に着いた麗華達。周りは森で覆い尽くされ広場の中心には平べったい岩があった。
「……ねぇ、どうしてここだけ、雪が降ってないの?」
「ここは私の食糧倉庫とでも言っておきましょう。
ここだけに太陽を照らし、雪を降らせていないのです」
「へぇ……」
「さぁ、弾きますから準備してください」
「ハーイ」
背負っていた琵琶を手に取り、朝木は弦を調整した。麗華は平べったい岩の上に立ち、深呼吸をした。
朝木は、弦の上に指を置きそして一本一本動かしていった。琵琶からは、言葉に出来ない音色が奏でられ、それに釣られて麗華は下駄をならし舞を始めた。
その舞はまるで、水面で踊っているように静かだった。
(……この音色。
夢で聞いた音色と一緒……そうか。朝木はずっと一人で琵琶を弾いて、そして誰かが来るのを待ってたんだ……
この音色で舞ってくれる者を、ずっと……)
琵琶を弾く朝木は目を瞑り、昔を思い出していた。麗華が立っている岩はかつて自分が座り、琵琶を弾き聞きに来た村人達の疲れた心を癒やした。
村人達は、聞いた後まるで疲れが取れたかのように笑い合い、そして自分に感謝してくれた。そして、自分の琵琶に合わせて舞をしてくれた……
弾く手に何滴もの水が落ちてきた。それは朝木の目から流れ出ていた涙だった。
(……美しい舞だ。
こんな……こんな安らかな気持ちになれたのは、いつ以来だろう……)
「いい舞だねぇ……」
「?」
その声が聞こえ、朝木は手を止め後ろを振り返った。焔は岩の上にいる麗華の隠すように、腕を掴み自分に寄せた。
茂みの中から出て来たのは、血塗れになったハープを持った男だった。
「何故ここに……
ここは、私以外の者は入れないはずなのに……」
「琵琶の音色に導かれ、ここへ来たまで。
舞子さん、今度は俺のハープで舞してくれねぇか?」
焔の後ろに隠れていた麗華は、顔を出して首を横に振った。
「琵琶法師の願いは聞いたのに、俺の願いは聞いてくれないのか?」
「……私は好きでやっただけ。朝木に命令されてやったんじゃない」
「この子に手を出すのではあれば、容赦はしませんよ」
背中から水色の翼を出し、朝木は只ならぬ妖気を発した。そんな彼に、男は口笛を吹きながら笑みを溢した。
「そんな殺気立たなくても……その子には何もしませんよ」
「ならば、早くここから立ち去りなさい」
「嫌なこった。ここの村人、全員食べるまで立ち去らねぇよ。
さっきな、棍棒使いの男とデケェ狼と闘ってきたんだ」
「棍棒使いの男?
それって……」
「輝三……
デカい狼は、竃」
「いやぁ、手こずったよぉ。倒すのにあんな時間がかかるなんて」
「え?」
「まさか、ハープの血は」
「ビンゴ。
あの男と狼の血だよ。まぁ今頃は、真っ白な雪が真っ赤に染まってるかもな」
その言葉に怯えるかのように、麗華は焔の手を強く握りながら、彼に抱き着いた。
「あなたが欲してるのは、村人達なのでは?
なぜこの子の家族を殺すんです?」
「邪魔するからに決まってんだろ?それとも、そこにいるガキも邪魔する気か?」
「……焔」
「承知」
「雷光!アンタも」
振袖の中にしまっておいた札を取り出し投げた。札は煙を出し中から馬の姿をした雷光が現れた。
「……あなた、何者です?」
「陰陽師の家系、山桜神社の桜巫女を務める、アンタの贄」
「……」
「ヒヒ!何て、嘘。
さぁて、やりますか……焔、雷光」
「いつでも」
雷光は角に雷を溜め放った。放ってきた雷を男はハープの奏でる音で防いだ。ハープは雷を吸いそして、男が指を動かしハープを奏でると、弦から雷光が放った雷が放たれてきた。
「嘘?!反撃」
「攻撃を吸う武器か……厄介だ」
「ハープを壊さない限り、攻撃は不能です」
「……」
「水術、五月雨!」
男の頭上から、水の槍が無数に降ってきた。男はそれを全て琴で防いだ。
「俺に攻撃しようが殺そうが構わねぇ……
けどな、弟のガキには指一本触れさせねぇ」
額から血を流しているのか、巻いている布が赤く染まっており、ズタズタに切られたコートを肩に羽織り、口に煙草を銜えた輝三が木に手を掛け立っていた。
「こ……輝三!」
「おや、しぶとい……
けど、どんなに強くても、人質を取られては一巻の終わりでしょう」
男はハープを奏で吹雪を起こした。吹雪は麗華の周りを覆い始めた。覆った瞬間、朝木はすぐに彼女の手を掴み自分に寄せ、羽から氷の刃を出し飛ばした。男はすぐにハープの音を変え氷の刃を防いだ。
「人質を取るなど、恥たない……
この子に手を出した限り、もう……あなたを許しません」
「面白ぉ……じゃあ、やりましょう!」
ハープで防いだ氷の刃を、朝木に投げ付けた。朝木は麗華を焔に渡し、手から氷の礫を出し刃を防いだ。焔は麗華を連れ雷光と共に、輝三の元へと行った。
麗華はすぐに輝三に飛び付いた。輝三は抱き着いてきた彼女の頭に手を置き肩に掛けていたコートを掛けながらしゃがんだ。
「心配掛けちまったな」
「全く、幼い子供に心配掛けてどうする」
「ヘイヘイ……今回は俺が悪かった」
「白水に怒られてやんの」
その時、朝木が自分の方へ飛ばされてきた。ハープを奏でる男は、不敵な笑みを溢しながら自分達の方へ近付いてきた。
「朝木!」
「早くここから、逃げてください!あなた達までこの戦いに」
「既に巻き込んでんじゃん……」
「……」
「朝木……
私も……輝三も……焔も雷光も、竃も白水も……
皆、戦える」
「いいねぇ……仲間って」
「……」
「戦えるねぇ……
どこまで、戦えるかな?生身の人間が」
指を噛み血を出した麗華は、振袖から札を取り出し血を付け薙刀を出した。
それを見ると、男はハープを奏で氷の礫を飛ばしてきた。麗華は薙刀を使って高く飛び、それを合図に焔と竃は火を放った。
戦いを始めた頃、雪が積もった山が揺れ、そして積もった雪に亀裂が入った。
“ゴォォオオオ”
雪が流れ落ちる音が、山中に響き渡った。