地獄先生と陰陽師少女 作:花札
鈴が入った手鞠を打つ青年。しかし飽きたのか、それを地面に落とした。そして壁に立て掛けていた琵琶を見た。
「……人の子は、皆あの音色を聞くと、不思議と泣き止みましたっけ……」
傍に置いていた日本人形に、語りながら青年は琵琶を持った。記憶に蘇る数多くの少女達。だが皆、十三(妖怪の世界では二十歳)歳になる前に、病気に掛かり亡くなってしまった。
「今度はもっと、長生きする人の子が欲しいです」
「麗!!」
焔の声に麗華は目を覚ました。部屋は蔵ではなく広い和室だった。
「……あれ?何で」
「蔵で倒れてたお前を、あの老人達が運んでここで看病してくれてたんだ」
「……」
その時、床が軋む音が聞こえ焔は鼬姿になり麗華が入っている布団の中へ入り隠れ、麗華は慌てて寝たふりをした。
入ってきたのは水が入った桶を持った老婆だった。額に置いていたタオルを取り、それを持ってきた桶の水に浸し絞り、麗華の額に置いた。
(……スゲェ、気持ちいい……冷たくて)
気持ち良さそうな表情を浮かべていると、老婆はニッコリと笑い彼女の頭を撫でながら言った。
「ごめんねぇ……
でも、アンタを贄に出さないと、この村の雪が止んでくれなくてねぇ……」
(贄?)
しばらくして、老婆は桶を持ち部屋を出て行った。去ったのを確認すると、布団から顔を出した焔に話し掛けた。
「ねぇ、贄って……」
「生け贄のことだ」
「やっぱり……私、贄になるのか」
「呑気なこと言ってる場合か!」
「そんな慌てなくて大丈夫。
焔と雷光が居るもん」
「……」
するとまた床の軋む音が聞こえ、焔は慌てて布団の中に隠れた。だが麗華は、起きようと思い体を起こした。
障子を開けた二人の老人は、起きていた麗華の姿を見て驚きの顔を隠せないでいた。
熱がある状態で、麗華は皆が居る部屋に呼ばれ村長と向かい合わせになって座っていた。
「お嬢ちゃんをさらったことは、本当に済まないと思ってる」
「……気にしてないし(何でこんな訳の分かんない奴等と喋らなきゃいけないわけ?
輝三はどこにいるの?)」
「それでお嬢ちゃんに頼みがあるんだ……」
「頼み?」
「贄になって欲しいんだ。
言葉の意味、分かるかな?」
「意味は分かります……けど、何の?」
「朝木様の贄です。
昔はお嬢ちゃんくらいの子を出していたんだけど……それが嫌になって、若い者は皆この村を出て行っちゃったんだ……」
(そりゃあ逃げたくもなるわ……)
「それで、お嬢ちゃんにやって貰いたいんだけど……やってくれるかな?」
「……拒否権、無いんでしょ?」
「っ……」
「……
いいよ、やってあげる」
その言葉に、老人達は歓声を上げた。そして麗華を別室へと連れて行き、贄に着る服に着替えさせ森へと連れて行った。辿り着いた所は、昼間に来たあの廃屋になった社だった。
「ここ……」
「見ろ!朝木様だ!」
一人の老人が指を指しながらそう言った。すると老人達は一斉に頭を下げた。
「……?!アンタ、あの時の」
そこにいたのは、あの時の青年だった。
「何だぁ!アンタが朝木様だったんだ」
「やはり、あなたが贄でしたか」
「成り行きでなった……ハックション!」
「……その様な格好では、風邪を引きますよ」
首に巻いていたマフラーを取り、朝木は麗華に巻いてやった。
「……アンタ、優しいんだね」
「……」
「優しいんなら……雪を止ませ……て」
朝木に凭り掛かるようにして、麗華は倒れた。朝木は倒れた彼女を抱き上げ、空へと消えていった。
住処へ戻った朝木は、敷いていた布団に麗華を寝かせた。
「人の扱いは慣れてるのか、お前」
鼬姿から人の姿になった焔は、麗華が眠る布団の上に座りながら朝木に話し掛けた。
「昔は贄になった子供を育ててましたから……」
「そいつ等、今どうしてんだ?」
「……亡くなりました。
この寒さに耐えられず、病気になりそのまま」
「……」
「どうせ、この子供も亡くなるのでしょ?」
「……悪いが、うちの主はそう簡単に死なないぜ?」
「?」
「今は熱出して寝てるけど、お前が看病すれば熱なんざすぐに引いて、お前と一緒に居られると思うぜ?」
「……面白いですね。馬鹿は」
「誰が馬鹿だ!!」
朝木が麗華の看病をしている中、時間は刻々と過ぎていき、気付けば夜になっていた。
雪解け水で濡らしたタオルを絞り、それを麗華の額に置いた。
「なかなか、下がりませんね」
「そりゃそうだよ。
こんな寒い洞窟じゃ、治るもんも治らねぇよ」
「……今思ったのですが。
あなたは何故、ここに居るのです?」
「俺は麗華の右腕だからな。
離れるわけにはいかねぇんだ」
「……
この子は、霊感があるんですか?」
「大ありだ。
だから、初めてお前に会ったとき驚かなかっただろう?」
「そういえば……そうですね」
その時、大人しく寝ていた麗華が突然飛び起きた。朝木は驚き咄嗟に彼女から離れた。起きた麗華は息を切らして、傍に座っていた焔に抱き着いた。
「時々、こうなるんだ」
「……初めてです。
こんな人の子は」
「麗は昔、人から酷いいじめを受けてたんだ。
今はそこから離れて、俺達と暮らしてるけど心に出来た傷は消せない……
少なくはなったけど、毎晩悪夢に魘されて飛び起きて、俺にしがみつく。そしてしばらくして眠りに着く」
焔の言う通り、しばらく撫でていると麗華は安心したのか目を閉じ眠った。眠った彼女を焔は布団に寝かせ、掛け布団を掛けてやった。
「手慣れている物ですね……やはり何年も一緒に居ると、そうなるのですか?」
「さぁな。俺は半分、こいつの親みてぇなもんだからな」
「……」
しばらくして、焔は麗華に寄り添うようにして眠った。朝木はしばらくの間、麗華の寝顔を眺めていた。
(そういえば……
夜泣きした人の子が居ましたっけ……)
眠気が襲ってきた朝木は、次第に重い瞼を閉じ眠りに入った。朝木が眠ると焔は目を覚まし、麗華に頬擦りすると住処から出て行った。
電気を消し布団の上に横になる輝三。だが麗華が心配で、瞼を無理矢理瞑っても眠れないでいた。
「……アイツ、大丈夫かな」
「心配ねぇだろ……焔が付いてる」
「だといいんだけど……
外どうだ?」
「まだ見張りは居る。
言っとくけど部屋の外もだ」
「……チ。
完全に監禁されたな」
「見りゃあ分かるよ……?」
窓の叩く音が聞こえ、竃は下の見張り達気付かれないように開き、窓を叩いた主を中へ入れた。
「焔」
「お前んところは、見張りだらけだな」
「麗華はどうした?」
「アイツなら大丈夫だ。
まぁ……熱出してるけど」
「……この寒さだ。
その内、引くと思ってたがまさか、本当に」
「とりあえず、一応報告だ。
何かあったら、また来る」
「麗華のこと、頼んだぞ」
「命に代えて」
鼬姿になり、竃は見張り達に気付かれないように窓を開け、外へと出て行った。
翌朝、焔は住処へ帰ってきた。中へ入ると、麗華は布団から出て朝木の足に頭を乗せ眠っていた。朝木は焔に気付くと、彼の方に顔を向けた。
「どこ行ってたんですか?馬鹿」
「馬鹿言うな!!
そいつの叔父の所だよ。お前の贄のために、さらわれたんだ。まぁ、今のこと話したから一応心配は無い」
「……あの、この子のご両親は?」
「いねぇよ。二人共……」
「……」
「唯一兄貴だけが家族だ。
俺も姉者だけだし」
「……」
自分の膝で眠る麗華を、朝木は眺めた。すると眠っていた麗華は、薄らと目を開けた。
「……あれ?焔」
「よっ、麗」
「どこ行ってたの?私を置いてって」
「へへ…悪い悪い。
ちょっと、輝三の所に行ってたんだ。お前が無事だって事を伝えにな」
「フーン……」
焔は彼女の前にしゃがみ、額に手を当てた。熱はすっかり引いていた。
「熱は引いたみたいだな」
「熱あろうが無かろうが、大丈夫なのに……
ねぇ、外行こう!」
「え?」
「早く!アンタの森なんでしょ?じゃあ案内してよ!」
肩に掛けていた羽織に腕を通した麗華は、朝木の手を引いて表へと出て行った。焔は人から狼の姿になり彼等を追い掛けていった。
麗華が朝木と森の中を歩いていると、村に降っていた雪は止んだ。そしてしばらくして、雲の切れ目から日差しが差し込んだ。
「晴れた……」
「本当だ」
「……」
「アンタの力なの?これって」
「……はい」
「淒ぉい……氷が得意んだ」
「……(どうしてそれを)」
「ねぇねぇ、氷の彫刻作ってよ!」
「彫刻……ですか?」
「出来るだろ!?」
「……しかし」
「いいじゃねぇか。減るもんじゃねぇだろ?」
「馬鹿の頼みは聞きません」
「ンだと!!これでも食らえ!」
キレた焔は雪玉を作り、朝木の顔面に当てた。朝木は当てられたことにキレ、雪玉を思いっ切り投げ飛ばした。それが交互に続き、面白いのか麗華は笑い共に参戦し雪玉を二人に投げた。三人はしばらくの間、雪合戦をして楽しい時を過ごした。
その様子を、村人達は縄と猟銃を構え見ていた。
そして先頭に立っていた老人が頷くと、村人達は一斉に飛び出し朝木に縄を掛け、地面に倒し銃口を向けた。
麗華は彼に手を差し伸べようとしたが、来ていた老婆に手を引かれ猟銃を構えている老人達の後ろへ行かされた。
「オメェさんさえ、死ねばこの雪は止む!ここで死んで貰おう」
「待って!そいつを殺したって、何の解決にも」
「子供は黙っておれ!」
銃口を向け引き金に手を掛ける老人達……麗華は老婆の手を振り解き、朝木の前に立った。
「退け!!お嬢ちゃん!」
「死にたいのか?!」
「ズルいよ……
元後言えば、この村が雪の被害に遭ってるのって、アンタ達の先祖のせいじゃん!!」
「?!」
「あの本……鳳伝説の話の続き。
村に琵琶の上手い妖が来て、アンタ達の先祖の心を癒やしてあげたって……なのに、それを金儲けのために捉えて、弾けなきゃ暴行して……」
「……」
「そのガキの言う通りだ」
現れたのは、口に煙草を銜えた輝三と鼬姿で彼の肩に乗る竃だった。
「輝三……」
「ガキの言う通りだ。
アンタ等、何とか雪を止ませようとしてそいつに舞を見せたりそいつと同じ年頃の女を贄に出してた……だが、若い奴等は自分の子供を贄に出すことを嫌がり逃げていった。
贄に出す子供が居なくなり、雪は止まなくなった……」
「……」
「そんで、たまたま俺が丁度年頃の女を連れていた……
都合がいいと思い、麗華をさらい贄に出した。そしたら案の定、雪は止み太陽が顔を出した。
これがずっと続いて欲しいと思い、彼女と楽しげに遊ぶ朝木様を捉えて殺そうとした……ざっとこんな感じだろ」
「……」
輝三の言葉に、村人達は向けていた銃口を下ろした。それを狙ってか、朝木は吹雪を起こし姿を水色の羽に七色に光る尾を持つ美しい巨鳥へと変わった。
「……綺麗」
「事実を知れば、もうこの村に太陽を昇らせません。そしてここから、出ることを禁ずる」
羽を羽ばたかせ、朝木はどこかへ飛んでいってしまった。彼が飛ぶ寸前、麗華は朝木の背中に跳び乗り、そんな彼女の後を焔は急いで追い駆けていった。
「行っちまったか……」
「呑気なこと言ってていいのか?麗華、ついて行っちまったぞ?」
「大丈夫だろ。焔と雷光が付いてる」
「まぁ、そうだけど」
どこかの高い木……その先にハープを手に持った者が立っていた。
(……見つけた)
その者は不敵な笑みを溢して、煙のように姿を消した。