前世も現世も、人外に囲まれた人生。   作:緑餅 +上新粉

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改訂して出す話は、前のものと比べて良くなっているか緊張しますね。
六度やっておいて今更何言ってんだと思う方もいるでしょうが、物事を始める頃より、始めてから少し経過した後にこういった感情は強くなるもので、何かを継続させることの難しさを感じます。


File/06.再/勧誘

 

「中々強固かつ巧妙な結界だったけれど、私の目は欺けないわ」

 

 

 闖入者の登場に俺は内心で舌打ちをした。この状況では圧倒的にこっちの分が悪い。

 ただ単に早朝のトレーニングをしていた、という言い訳は俺が事前に張って置いた結界によって選択不可だ。理由は簡単、結界などというものを一般人が張れるはずがないから。この時点で既に俺は身元不明の怪しい人物となるわけで、そんな輩が認識阻害と簡単な防護の二重結界の中で知人を閉じ込めていたとなれば...彼女にとってギルティの判決を下すには十分すぎる内容となる。

 しかし待て、下僕だと?普段と言うか、人間として日常生活を送る上で聞く事など滅多にない、寧ろ聞きなれていては困る単語だが、悪魔界隈でこの言葉が意味するのは...そこまで考えたところで、ローファが砂利を蹴飛ばす鋭い音で我に返る。

 

 

「一般人を装い私の下僕を油断させ、逆らえないよう何らかの仕掛けを施したのね。じゃなければ、今頃貴方は小猫に殴られて地面に転がっている筈だし。待っていなさい、今助け.....?ちょっと小猫、なぜその男を庇うようにして前にくるの?」

「ようにして、ではなく庇っているんです、部長。彼はこんな私の友だちになってくれた、大事な人なんですから」

 

 

 塔城さんの行動に眉を顰め、それから続けて放たれた発言に目を丸くする部長、もといリアスグレモリー。それは不届き者に拐れている本人を助けようとしたところ、その不届き者を守ろうと被害者が動いたのだから。.....ん、『部長』だって?

 

 

「部長って...まさか、オカルト研究部の?」

「え?ちょっと待ちなさい。貴方、学校関係者でもないのに何故そんなことを知っているの?」

「いえ、俺は学校関係者、というか駒王学園のいち生徒です。一年の栗花落功太と申します」

「栗花落...ツユリ・コウタ?もしかして貴方、小猫がよく話していた『コウタさん』なの?」

「ふあっ?ぶ、部長!その話は.....!」

 

 

 リアス・グレモリーが『コウタさん』とやらのことを口にした途端、塔城さんが急にあわわはわわと某軍師二人のような声を漏らしながら挙動不審となった。恐らく、いや十中八九コウタさんとは俺のことなのだろうが、ここまで必死に口止めを頼み込むということは、相当当人に聞かれたくない内容をお話していると見える。そうなると聞きたくなるのが男の性ではあるが、生憎と俺にはゴシップ魂というものはない。

 

 

「なるほど、彼が堕天使を顔色一つ変えずにあしらった人間なのね」

「は、はい。そうです、あれは嘘ではありません」

「ふふ、それに強くてかっこよくて。優しい、ね」

「!!!(ぼんっ)」

「お、おう?」

 

 

 俺はどう反応を返したらいいものか判断が上手くつけられず、無言では不味いと取り敢えず中途半端な生返事をしてみたものの、塔城さんに赤い顔で睨まれてしまった。とはいえ、睨んだとは言っても本気のヘイトなど微塵も含まれてはいなかったが。いやむしろ可愛い。

 塔城さんの身体を張った仲介のお蔭で、最初はピリピリしっぱなしのリアス・グレモリーも少しは態度を軟化させてくれたらしく、さきほどまでの怪しい行動を取れば速殺という雰囲気は鳴りを潜めた。が、代わりに何か面倒なことがこれから起きそうな気がしてならない。この思考を生む主な原因は、直ぐ目の前の誰かさんがしている表情だ。

 

 

「.....ねぇ、ミスターツユリ?少し提案があるのだけど」

「う、何でしょうか」

「そう固くならなくてもいいわよ。でも、この提案を断るのは少しいただけないと思うけどね」

 

 

 片目を瞑りながら若干の笑みを漏らすと、リアス・グレモリーはその豊満な双丘の前で細い腕を組み、次に片腕のみを立てて人差し指をくるくる回した。

 

 

「『そういう力』を持って悪魔である私の下僕に接触してきたのだから、今更知らぬ存ぜぬをしようとしても無駄、と最初に言っておくわね。まず、ここ一帯をテリトリーにしている悪魔は私よ。他にもう一人いるけれど、テリトリー内のこの場で怪しい行動を直接確認した私には、独断で貴方へ何らかの処分を降す権利があるわ」

「ま、待って下さい!今回は私が原因で────」

「小猫、大丈夫よ。貴女にとってこれは悪い話じゃないはずだから。でも、彼にとってはどうなのか分からないけどね」

「.....え?」

 

 

 リアス・グレモリーの発言に俺は内心で首を捻る。塔城さんにとって悪くない話?というと、少なくとも彼女が喜ぶ提案ということか。それなら別にいいかもしれない。今指摘された通り、上級悪魔の持つ領地内で結界を張り、俺自身にはそういう意図がなくとも、塔城さんを拘束してしまったのは事実だ。周りからそんな勘違いをされたくないのなら、勘違いを生まない方法で事を為さなければならない。何故なら、罪とは他者が己に科すものなのだから。ただ、一つだけ意見するとしたら、私的な意見が介在するのを防ぐため、罪状は被害者が言い渡すものでは無いのだが。

 

 

「.....いいですよ。提案、受けます」

「あら、まだ肝心の提案の中身を言ってないのに、もう承諾するの?」

「ええ。塔城さんに利があるなら、それは悪くないかな、と」

「う...本当にいいんですか?ツユリさん」

「おう。男に二言はない」

 

 

 心配そうに俺の服の裾を引っ張って来た塔城さんに余裕の笑みを見せてやると、それを見ていたリアス・グレモリーが満足そうにうなずき、組んでいた腕を解いて指を鳴らした。

 

 

「決定ね。じゃあ今日の放課後、小猫と一緒にオカルト研究部の部室に来なさい。その時に詳しく説明するわ」

 

 

 それだけ言うと、空から飛んできた蝙蝠が持ってきた学生カバンを受け取り、笑顔で手を振りながら公園を出て言った。その後に残ったのは、和解がどうこうと言っていた空気など完璧に何処か彼方へと飛んで行ってしまった状態の俺たちだった。

 

 

「は、ははは、はははは!」

 

「ど、どうかしたんですか?いきなり笑いだして」

「あぁ、何だか雰囲気ぶち壊しにされたみたいでさ。折角塔城さんとちゃんとした友達になれたのに、学園についてからの話題もずっと例の『提案』のことになりそうだから、自棄笑いみたいな感じ」

「ふふ、自棄笑いってなんですか、もう」

 

 

 これから数分後に、リアス・グレモリーが事前の説明を一切することなく公園を出て言った理由を目に入った時計から知る事なり、塔城さんは急いでそのまま学園へ、俺は物理的にすっ飛んで家に帰り、着替えてから登校した。魔力放出って本当便利だなぁ。

 

 

 

          ***

 

 

 

「はぁ.....」

「だ、大丈夫ですかツユリさん?」

「あんまり大丈夫じゃない。獅子丸の奴覚えてろよな.....」

 

 

 あの天才バカは異常に興奮した後の、俗にいう賢者タイム(自称)時に数学の未解決問題に手を出す癖がある。その癖は、普段通り独りでむつかしい公式やら何やらをブツブツ言いながらA4ノートを真っ黒にするだけで終わる筈だったのだが、今回は何故か俺や樹林に質問を投げかけて来る無差別テロの様相を為していた。

 朝からそのテロ事件は既に起きていたらしく、それまで被害を受けていた樹林に青い顔のまま引っ張られ、獅子丸が吐く大半が日本語でも英語でもない言語で構成された呪文を無理やり耳へ流し込まれるという、拷問と言っても過言ではない時間をついさっきまで過ごしていた。明日アイツの机の中に濃厚な腐向け本を大量に詰め込んでおいてやろう。文系科目やゴキブリと同じくらい嫌いなものの一つだからな。

 

 

「.....お?これは」

「あ、気が付きました?」

「あぁ、気付いた。ここに結界が張られてたんだな。だからオカルト研究部は『未知の部活』っていわれてたのか...」

 

 

 認識阻害、もしくは人払いの結界。主な能力としては、『結界』として察知できない者が接近すると、無意識にこの場を避けるようになり、なんらかの情報や物品の隠匿、一時的なカモフラージュなどに向いている。これがオカルト研究部を囲うように張られている限り、一般の生徒たちは血眼になって探そうが見つけることなど到底できない、という仕掛けか。

 部活としてこの行為は有りなのかどうか多少疑わしく思ったが、まぁ所属している部員たちは全員この学園でもトップの美少女&美男子である。こうでもしない限り、場所割れしていたらひっきりなしの入部希望者来訪で活動どころではなくなるだろう。でも、イッセーや獅子丸、樹林のように『俺が入部するなんて恐れ多い!』と考える生徒も多いみたいだし、そういう奴等が固まって過激派勢を牽制しているのかもしれない。

 

 

「着きました。ここがオカルト研究部。通称オカ研です」

「ほう、ここが...金にものを言わせて魔改造されてるかと思ったが、俺の取り越し苦労だったようだ」

「部長、ツユリさんを連れてきました」

 

 

 扉周辺をジロジロしたりペタペタ触ったりしてる俺を放り、一人で部室へと消えていく塔城さん。一応、単純なおふざけではなく、部室のドアにも魔力を感じたから触覚を通して解析を行ったのだが、銃弾程度では傷もつかない障壁がコーティング剤のように表面を覆っていた。この分だと、部室全体の外壁にも同じことが為されているだろう。是非ともその仕組みを拝見したかったが、塔城さんが連れて来たと言っているにも関わらず、あんまり外に居続けるのも失礼にあたる。

 

 

「失礼します。ツユリコウタです...って、いきなり面白いお出迎えですね」

「あら、そうかしら?既に悪魔だという素性を明かしてしまっているのだし、こうやって証拠を見せて顔をあわせた方が分かりやすくていいかと思ったんだけれど」

「うふふ、だから言ったじゃない、リアス。幾ら自分の眷属に手を出されたからといって、こういうイジワルは良くないでしょって」

 

 

 部室の中にいた少年少女は、皆一様に蝙蝠のような黒い一対の翼を背から生やしていた。それに軽く驚いていると、グレモリー先輩の隣にいた、長い黒髪をポニーテールにしてまとめる三年生が片頬に手を当てながら微笑み、油断していたら諌める意味の言葉だと分からないくらいに優しい口調でそう言った。それと同時に彼女の周囲から溢れた頼れるお姉さんオーラ。ここまで揃えば間違いない。彼女は、あのバカ二人から耳にタコが出来るほど聞かされた、駒王学園二代お姉様の一人────

 

 

「貴女は、あの姫島朱乃先輩ですか」

「あらあら。ここに来てから間もない転校生なのに、もう私たちのことを?」

「まぁ、はい。そういう話題には事欠かない連中がいますんで...。あぁでも、此処に来る上で俺には変な下心とかないですよ?」

「うふふ、そうはっきり言われちゃうのも、何だかちょっと悔しいですわね」

 

 

 おどけたように言ったと思いきや、一転して口元に手を当て上品に笑顔を漏らす姫島先輩。元の要素だけでも十分だと言うのに茶目っ気まであるのか。これは男どもが骨抜きになるのも仕方ないだろうな。と、ここまで言っておいてなんだが、俺はそんな彼女の魅力を至近距離で当てられてもそこまで心が動かない。なんとも不思議だ。

 大分個人的なお話で先行し過ぎた姫島先輩をグレモリー先輩が止め、部室の脇で壁に背を預け、静かに成り行きを見守っていた男子生徒に声を掛けた。それに短く答えると、金髪の少年は壁へ預けていた背を動かし、真摯で真っ直ぐな瞳を投げて来る。

 

 

「良かった。部長から聞いていた通り、君は戦士の目付きをしているね。同性として好ましく思うよ。...僕は木場佑斗。二年生だ。よろしくね」

「ああ。ありがとう」

 

 

 初対面にも拘らずストレートな好意をぶつけられて照れくさかったが、そういう彼自身も戦士が持つ鋭い眼光を内に秘めており、言葉を交わさずとも俺たちは何処か根本が似ていると直感で理解できた。そんな木場先輩と握手を交わし、一部始終を見たグレモリー先輩は俺の近くまで移動しながら口を開く。

 

 

「さて、悪魔社会のことをある程度知っているなら、悪魔の駒についても知っていると見てもいいのかしら」

「ええ、大丈夫ですよ」

「話が早くて助かるわ。じゃあ、早速お願いに移らせて貰うわね」

 

 

 グレモリー先輩はそう言うと、チラリと俺と対面する木場先輩へ目くばせをした。それを見た彼は何処か楽しそうな微笑みを浮かべ、グッと握り拳を作ってから俺の胸に向かってゆっくりと突き出してきた。

 

 

「グレモリーの騎士である僕と戦って、もし君が勝利したら部長の眷属にならなくてもいい。けど、敗北したら眷属になることを前向きに考えて欲しい。...そういうことで、一戦交えてくれないかな?」

 

 

 木場先輩は疑問形でイエスorノーの選択をさりげなく乗せてくれたが、彼の背後に立っている姫島先輩の手には体育館の鍵が握られていた。まぁ、事前に提案を受けるとグレモリー先輩に宣言しているのだから、元々俺には選択権などないのだが。

 

 

 

          ***

 

 

 

「制限時間は無し。佑斗は大々的な神器の発動を禁止、コウタもあんまり周囲を壊し過ぎるような力の発動は抑えて頂戴」

「了解です。部長」

「分かりました」

 

 

 断るという選択を消された俺がこの場に立つことは、最早避けられない事態だった。いや、別に心の底から嫌だという訳ではないが、どうも戦いの背後に誰かの思惑が絡んでいると剣の腕が鈍る気がする。余計なことを思考する余地など一切なかった獣の咆哮飛び交う戦場と比べれば、その戦いの舞台は大きく違う。そして、俺は後者のように第三者の介入や評価が無い、ただ己の命を賭けて行う血生臭い戦闘の方が性に合っているらしい。

 そんな気合がイマイチ入り切っていない俺を察知したのかどうかはわからないが、木場先輩は4、5m離れたところから鋭い声音で俺の名前を呼んできた。

 

 

「コウタ君!君にとってこの戦いは不本意なものかもしれないけど、僕は期待しているんだ!堕天使を倒した時に使った君の武器が、剣だって聞いてね!」

「剣.....あぁ、そうか。先輩は騎士なんだから、得物も剣だよな」

「あぁ!同じ剣士同士、後悔のない剣戟をしよう!だから、今だけは他の思惑を無視して、この戦いだけに集中して欲しい!僕は、堕天使を倒したという君の剣を見たいんだ!」

「────は。そりゃ、大きく出たな」

 

 

 パチン、と頭の中にある回路が切り替わる。先輩の純粋なまでに『俺と戦いたい』という淀みない意志が波及し、俺の心が震えたからだ。そう、例え相手がれっきとした強者であったとしても、その姿勢が伴わなければ戦に対する欲求はあっという間に劣化する。だが、逆にどんな弱者であろうと、裂帛の気迫と、肉を断たれれば代わりに相手の骨を断ってやろうという覚悟を感じ取れれば、戦への欲求は俄然高まる。

 木場先輩は俺の闘争心に火をつけた。今目の前にいる人間...いや、悪魔に対し、周囲のことを理由にして戦いから逃げる事などすれば、寧ろこちら側が失礼に当たる。今は俺の眷属入りがかかっている、などという余計なことは度外視し、『強者と剣を交える』ことを最優先事項としよう。そう決めると、早くも己の中にある魔力がざわつき始めた。

 

 

「じゃあ、始めるか」

「.....!コウタ君、ありがとう」

 

 

 直立ながらも臨戦態勢となった俺をみた木場先輩は、一瞬目を見開いた後に礼を言った。それに若干口角を上げながら、徒手空拳のまま敵対者を鋭く見据える。そんな視線にも屈する事なかった彼は、直後に体育館の床を削り取るような深い踏み込みで特攻してくる。

 速い。疾風そのもののような動きはやはり騎士たるが故か。だが、それでも───

 

 

「まだ、遅いな」

「な、っく!」

 

 

 雷撃音、同時に破砕音。その渦中で俺は、青白い雷光が奔る瞬間に体育館の床を破って飛び出た剣の柄を取り、引き抜きざまに木場先輩の振るった剣を弾いている。それが見えていた彼は、すぐさま爪先で地面を蹴って距離を取る。が、俺は笑みと共に物理的に床を蹴り砕いて、戦闘開始時の時と同じくらいに開いていた距離を瞬きの間にゼロへ。

 

 

「!?」

「どうした先輩!まだまだこんなものじゃないだろ!」

「ッ、ははは!当然!」

 

 

 寸でのところで俺の剣を受け止めた先輩は、一度剣を引いてから再び勢いよく前方へ突き出し、俺の剣を弾く。その隙に彼は片足を後方へずらし、バランスを安定させてから鋭く息を吸い込む。そして、今度は剣を持つ手が動いた。

 

 

「ハァァァァァァアアァァ!」

 

 

 猛る声を迸らせながら高速の連撃を撃ち込む木場先輩。上下左右から放たれる銀閃には椀力以上の意志の力が宿っているためか、相対する者を思わず圧倒させてしまう気迫がある。...だが、そんなものにはもう慣れてしまった。

 これは殺し合いではない。それでも、目前の騎士が振るう剣の鋭さたるや、必死の体現だろう。しかし、やはり命をとられまいと文字通り死に物狂いで爪牙を振るう怪物たちの攻撃と比べれば、まだ彼の剣は遠く及ばないものだ。溢れる血すら滾らせ、歯を砕くほどの咆哮を上げ、命を削りながら疾走する彼らの一撃は、未だ死に慣れぬ頃の己の魂を慄然とさせた。

 俺は足を防戦から攻勢の型へ切り替え、右から飛んだ先輩の二連撃に対し、五連撃分の衝撃を瞬きの間に叩き込む。五つの銀閃が駆け、それから直ぐに同箇所を激しく打たれた彼の剣が甲高い悲鳴を上げ、半ばから折れて遙か天高くまで飛ぶ。先輩自身も衝撃を受け止めきれなかったか、二度、三度と地面に身体を打ち付け、体育館の壁まで吹き飛んだ。

 

 

「...どうだ、先輩。全霊をあしらわれて堪えたか」

「いいや、全然。清々しいくらいの負けっぷりだったからね」

「ああ...それを聞けて安心した。やっぱ先輩はいい剣士だな」

「そうかな?でもごめん、一つワガママを聞いてくれてもいいかな」

 

 

 俺が了解を宣言すると、木場先輩は壁に背を預ける状態から起き上がり、上がった息を整えてから笑みを浮かべ、傾いた西日が汗をいい具合に反射させている中で言葉を続けた。

 

 

「学校で普段生活する分では先輩でいいけれど、部活や試合の時は敬称を取ってほしい。剣士としては、君の方が断然格上だからね」

「ああ、そんなことか。なら別に.....って、ちょっと待て。それって俺がもう部活を入る事前提になっているような」

 

 

 俺のそんな問いかけに対する木場の答えは意味深な笑みのみで、戦いに勝ったというのに猛烈な不安に苛まれる羽目となった。

 

 

 

          ***

 

 

 

「ちょっとコウタと二人で話をしたいから、皆は先に部室へ戻っていてくれるかしら」

「うふふ。あまりいじめちゃダメよ?リアス」

「もう、真面目なことだから大丈夫よ」

「...分かりましたわ。じゃあ、二人とも?部室へ戻りましょう」

 

 

 姫島先輩の声に促され、小猫ちゃんと木場は素直に体育館の出口へ向かっていく。その途中に小猫ちゃんと目があったが、大丈夫だから先に行っててくれ、という意を込めたアイコンタクトを送る。それで彼女の顔が変わる事はなかったが、先輩に逆らうことなく出て行ったから心配はいらないだろう。

 

 

「今回の戦い、見事だったわ。アレで全く本気でないのだから驚きよ」

「はは、ちょっと育った環境が特殊だったんで」

「そう。...じゃあ、さっそくだけど本題に入らせて貰うわね」

 

 

 言い終えた途端、グレモリー先輩はそれまでの雰囲気を一変させる。弛緩した場と入れ替わるように支配したのは、有無を言わせぬ圧力と彼女の周囲から噴き出る魔力。物理的な攻撃ではないものの、結界によって強い風の侵入が無い筈である体育館の中で、余りに濃厚な魔力により押し出された空気がつむじ風となり、俺の前髪を躍らせた。

 

 

「さて、知っているかと思うけれど、小猫は猫又、更にその中でも特別な猫魈の一族よ」

「ええ、知ってます」

「...じゃあ、親しい人物から裏切りを受けていることは?」

「知っています」

 

 

 その答えで、一層先輩から吹き出す魔力の量が増えた。俺と彼女が対峙する距離は決して短くはない筈だが、人によっては目を細めてしまうほどの強風が渦巻いている。しかしまぁ、これほど痛烈な圧力を受けたのは久しぶりだ。思わず戦闘体勢に移行しそうになってしまった。

 俺は態度を一切変えることなく、受け身の姿勢を解かない。ここで下手に勇み足になってはならないからだ。あともうすぐで先輩は事の核心に触れるだろう。踏み込むのはそこからだ。

 

 

「そう。...あの時は聞けなかったけど、この場で改めて問わせて貰うわ。なぜ小猫に近づいたの?」

「友人になる為です」

「珍しい種族の猫魈である彼女に取り入るためではなく?」

「ええ」

「.....あくまでも、下心はないと言うのね?」

「そうです」

 

 

 グレモリー先輩は多くを語ろうとせずに一言で質問を片す俺に苛立ちが募ってきているようだ。俺としては彼女に喧嘩を売っているつもりはないのだが、こちらが仕掛けられる質問を早急に口にしてくれるよう会話の回転率を上げるため、こういう返答に徹しなければならない。無駄なことを口にするリスクも下げることができるので、この話し方の方が俺に利がある。

 

 

「だとしても、あまり小猫に妙な影響を与えないで。裏切りのことを知った上で何とかしようとする気持ちは尊重するわ。でも、これは私たち悪魔の問題。もしも逆に傷を拡げてしまったら、今より酷くなってしまう可能性があるのよ」

 

 

 俺は目を瞑って大きく息を吸い、そして吐いた。それから直ぐに高純度の魔力を勢いよく全身に回し、吹き出した余剰分の魔力の余波で、体育館の中を支配していた紅い魔力を押し返す。それに瞠目する先輩の隙を突き、この場で初めて俺から言葉を吐く。

 

 

「塔城さんは強いですよ。何せ、傷付きながらも孤独を受け容れる覚悟を固めつつあったんですから」

「え.....?」

「誰も信じず、誰も信じさせない生き方は辛い。でも、信じ続けて裏切られた方がもっと辛い。だから苦しくても、裏切りよりは許せる孤独を選択するしかなかった。...いいですか?グレモリー先輩。彼女の傷は、今までもずっと広がり続けていたんですよ」

「!」

 

 

 彼女は生来、明るく活発な少女であったはずだ。だが、幼き頃に家族の裏切りを経験し、更にその苦しみを理解してくれる身近な存在がなかったため、孤独を選ぶ強い心を作ってしまった。それと同時に、人と良好な関係を築く術を自ら捨て、身を守るために無表情を象った鉄の仮面を被ったのだ。

 

 

「貴女は一人でいることを迫られた塔城さんの苦しみを理解できなかった。それは、孤独を経験したことがないから。そして孤独を辛いものだと知らないから。だから、塔城さんの苦しみは『裏切りで終わった』と思ってしまった」

「じゃあ、コウタ。小猫が公園で貴方を庇った時に言ったことは...」

「はい。塔城さんが先輩に向けて言った、『俺と友達になった』という宣言は、彼女が孤独を、そして心の傷と決別したことを意味します。俺があの公園で彼女と話していたことはそのことです」

 

 

 その言葉が決め手となったか、グレモリー先輩は肩の力を抜き、纏っていた魔力も霧散させた。お蔭で体育館を包んでいた緊張も解け、いつも通りの放課後特有の空気が流れて来た。だというのに、先輩はバツの悪そうな顔で目を伏せたまま動かない。

 俺はそんな彼女に向かい、多少苦笑い気味に声を掛ける。

 

 

「先輩の気持ちは分かります。大事な眷属が誑かされそうになったら、それは怒りますよね」

「...いいえ、貴方は本当に小猫を助けるため、あの子と関係を持っていた。それを不埒な目的と疑うなんて、主として恥ずかしく思うわ。ごめんなさい」

「はは、俺になんて謝らないで下さい。塔城さんが可愛かったから、というのが無かったわけじゃありませんから。それでも負い目を感じてくれているなら.....」

 

 

 ────今後塔城さんと接するときは、友達のような感じでお願いします。

 

 

 そう伝えると、グレモリー先輩は笑顔とともに二つ返事で肯定してくれた。

 

 




原作ではここまで酷くなかった(はずの)小猫ちゃんの心の傷。
やっぱりラノベ系主人公は、傷心の美少女の心の中に踏み込んで、頼んでもいないのに綺麗さっぱり修復したあと、しっかり懐にしまい込んでカッコイイ台詞と共に持ち去るのがデフォですね。

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