前世も現世も、人外に囲まれた人生。   作:緑餅 +上新粉

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改めて見返すと、リメイク後の話とリメイク前の次話とで大分内容のズレがでちゃったりしてますね。申し訳ないです。
新規の方には見難いことこの上ないですが、あまりにも致命的なもの以外は次話のリメイクで辻褄合わせを致しますので、更新までお待ちください...。

さて、今話のリメイクは前と比べ大分クサい台詞増量となっております。さぶいぼが立ってきた場合は、暫し間を置いてからの閲覧をお勧めいたします (真顔)。


File/05.再/トモダチ

 ──────明朝。

 珍しく早く起きて来た黒歌は、寝ぼけ眼のまま所々跳ねた髪の毛を整えると、朝飯を作っている最中の俺を見て、何の脈絡もなくこう言った。

 

 

「寝不足?」

「........やっぱ、そう見えるか?」

 

 

 目玉焼きを皿に移し終え、空となったフライパンを流しに置きながら、俺はそう自嘲気味に答える。白状すると、実は昨晩の一件がどうしても気にかかり、それはもう驚くくらい寝付けず、睡眠導入を兼ねて夜通し精神統一の鍛錬をしてしまったのだ。とはいっても、雑念だらけで全く統一できていなかったのが本音だが。

 しかし許して欲しい。俺が今経験しているのは、本来有り得ないはずの人生で二度目の高校生活であり、それは一度目に通った学校よりずっと刺激に溢れているのだ。二回目だというのに周囲の環境や雰囲気は何もかもが違い、そして何もかもが新鮮だ。ならばこそ、この気持ちのまま三年間を過ごしたいと思うのは当然で、そのための努力だって惜しむつもりはない。

 しかし、それでも──────

 

 

「それでも、心と体は別なんだよなぁ...」

「ふーん。ま、女絡みじゃなければなんでもいいわ。あ、朝ごはん貰うにゃん」

「ああ、出来立てだから気を付けろよ (...一応女絡みだけど、ここは黙って置くのが吉だな)」

 

 

 気になることには気になるが、いつまでもそれを言い訳にして逃げていられない。昨日のことで悩んでいるのは、確実に俺だけではないのだから。

 二度目の人生の初めこそは怪物だらけの魔境に放り込まれ、数年間生死の狭間を彷徨いながらの過酷な毎日ではあったが、今となってはすっかり己の笑い話にできる事実だ。それは偏に、今がとても充実しているから言えることなのだろう。

 しかし、そんな俺にとってプライスレスな思い出も、クラスメイトの女の子を泣かせたなんて過去を混ぜられれば一瞬にして色あせてしまう。何故なら、前世の俺は周りとあまり関わりを持たなかったが故に、正の影響と負の影響のどちらも及ぼしてはおらず、対人関係に置いては常に中立を貫いていたからだ。つまり、ここで塔城さんに何らかの悪影響をもたらしたとなれば、その時点で現世の俺は前世と同じ轍を踏むどころか、今まで最低限守って来た戒めすら踏み倒すことになる。

 

 

「俺も難儀な性格してるよなぁ」

 

 

 これを束縛だとは思いたくない。例えこの覚悟が人との付き合い方に幾ばくかの楔を打ち込むことと同義だとしても、それを理由に痛みから逃げて前世の行いを忘却するのは、絶対に後々後悔することになる。だから、甘んじてこの戒めを受けて生きよう。それにきっと、この概念は俺にとってマイナスになる事ばかりじゃないはずだ。

 

 見事に舌を火傷して涙目になっている黒猫に治療を施しながら朝食を終え、俺はここに来てやっと過去の過ちを是正する決意を明確に固めた。

 

 

 

          ***

 

 

 ────俺と黒歌の家の隣に住む、駒王学園二年生・兵藤一誠は変態である。

 

 

「なぁ、イッセー先輩」

「?何だ、ツユリ」

 

 

 俺の呼びかけに答え、それまで前方に向けていた顔をこっちへ移動させる厚手のジャージを着た少年。その容姿は至って普通で、別に服を特別着崩している訳でも、目付きが悪い訳でも、獅子丸のように昨日深夜までゲームしていたお蔭で課題が終わっておらず、俺の散歩に付き合いながらものすごい勢いで答案用紙を埋めている訳でもない。

 問題は、俺が呼びかける前に目を向けていたのが、前方の『歩道』ではなく、俺たちの前を行く早朝の犬の散歩をしている若い女性であり、その視線は完全に首筋や臀部に固定されていたことだ。

 しかし、それで終わりではない。眺めたりチラ見したりなら世の男子は幾らでもしたことだろうが、コイツは完全なる凝視。ある程度察しの悪い人間でもこれは流石に気付く、と自信をもって宣言できるほどだ。と、ここで俺はコンクリートに鎮座する障害物に気付き、先を行く変態へ注意を促すことにした。

 

 

「バナナの皮が落ちてるぞ」

「はは、何言ってやがる。そんな見え透いた嘘に引っかかるわけ────ナアァッ?!」

 

 

 いい具合に熟して黒く変色したバショウ科植物の皮を鮮やかな角度から踏みつけた少年...兵藤一誠は、まるでお手本のような順序で地面と足裏との摩擦係数をゼロへ低下させバランスを崩し、バナナの皮を天高く打ち上げると後頭部を強打した。更に降って来た皮が頭に落ちるという奇跡。ここまでくると、最早笑いを通り越して本心から感動してしまった。

 そんな俺の心中など露程も知らないイッセーは、肩を震わせながらすっくと立ち上がり、頭に乗ったバナナの皮まで手を伸ばして音がするほどに強く握り締めると、全力の投球フォームを介して、手中の黒い物体を他人様の家の塀へ向かって投擲した。

 

 

「アホか!何でこんなトコにバナナの皮なんか仕掛けてんだ!マリヲカートかよ!」

 

 

 ペチィ!という生もの特有の独特な音を響かせ、バナナの皮は再三の衝撃と圧縮と摩擦により耐えかねたか、落下後は哀愁漂う出で立ちでアスファルトの隅へ座した。そんな状態となってしまった諸悪の根源を未だ怒りの視線で以てにらみつけるイッセーへ向かって、俺はヤレヤレのジェスチャーをしながら言った。

 

 

「だから言っただろ。バナナの皮だ、ってよ」

「いやいや、あの場面でそんな発言を聞いて警戒する奴はいないだろ絶対!」

「え?俺だったら警戒するけど?」

「...........あ!お前の足元にバナナの皮が!」

「ハッハ!そんなものが落ちてるわけないだろ。ヴァカか?」

「くっそ腹立つ!お前本当に後輩かよ?!」

 

 

 訂正しよう。兵藤一誠とは変態であり、同時にバカである。

 しかしまぁ、どちらも少々ぶっ飛んでいるのが玉に瑕だが、こういった憎めないところも加味して考えてみれば、出会いが最悪だったあの黒歌も少しは見ただけで殺人衝動を催すのを抑えてくれるかもしれない。

 憤慨しながら、再びくたびれたバナナをこちらに向かって振りかぶらんとするイッセーをなだめすかし、黒歌の機嫌がいいときに撮って置いた写真を手渡す。するとどうだろう、先ほどまでの怒りはたちまち鳴りを潜め、涎を垂らして俺にお礼を言ってくるではないか。やっぱり矯正すべきバカさ加減だった。

 

 

「っと、そろそろ時間だな。じゃ、朝の散歩に付き合ってくれてサンキュー先輩」

「おー。それくらいお安い御用だぜー。でへへへ」

 

 

 完全に上の空であるイッセーに別れを告げ、俺は足早に例の公園へ急ぐ。口に出してはいないが、イッセーと絶妙なコントを繰り広げたおかげで緊張が程よく抜けた。しかし間違えるな、緊張をゼロにしてはいけない。正しい判断をできるだけの冷静な思考が機能するくらいは気を引き締めて行こう。

 

 

「.....あとは、なるようになるしかない、か」

 

 

 

          ***

 

 

 

 ...なるほど。心からの不安を宿している者の顔は、こうも見る者の心をも締め付けるものなのか。

 

 

「.......ツユリさん」

「よ、塔城さん」

 

 

 視線の先には、朝風で揺れる翠の群衆を眺める、小柄な少女が一人。声を掛けて向けられたその表情は明らかに暗く、普段の学園で目にしていた憮然としつつも力強い意思の光を灯す瞳は色を失い、その姿はいつもよりずっと小さく感じられてしまった。

 ...俺の悪い予想は、どうやら当たってしまったらしい。これは相当思いつめてしまったあとだろう。もしここで俺が少しでも強く当たったり非難の姿勢を見せた時点で、彼女の罅が入った意志は修復不可能なほどに砕け散る...とさえ思っていいかもしれない。

 いやしかしだ。一体全体、どんな理由があって彼女はここまで己を追い込む必要があったのか。確かに自分の素性を隠匿していたことは後ろ暗い事実に含まれる。それでも、対人関係には一定の線引きが確実といっていいほど必要だ。多少仲良くなったからと言って全幅の信頼を置き、自分がその友人とは違う種族であることを一切の躊躇いなく打ち明けられる輩など居るはずもない。それに気付けないこともそうだが、彼女には何か、こういった『他人の信頼に関わる物事』に過剰なほど敏感である理由があるのかもしれない。

 俺はいくつかの推測を持つ己の分身と脳内で即興の会議を行いながら、取り敢えず何かを言いたそうに口を開いては閉じを繰り返している塔城さんの言葉を待つことにした。───やがて、此処に俺がやって来てから三度目の木々のざわめきが響いた時、ようやく彼女の言葉が大気へと放たれる。

 

 

「...ツユリさんは最初、私をどう思ってました、か?」

「最初、っていうと...会ったばかりの頃?」

「は、はい...」

 

 

 塔城さんは俺の返答にビクリと反応してから、おずおずと頷く。それを見た俺は、ほぼ間を置かずにはっきりと答えた、

 

 

「俺と同じで猫が好きな普通の女の子」

「え、あ.....」

「で、今目の前に居る女の子も、俺の中ではそんな印象を持ってる」

「な...そ、それはっ」

 

 

 流石に納得がいかなかったのか、二言目の発言に眉を顰めた塔城さんは、多少の躊躇いを含ませながらも身を乗り出して両拳を作り、絞り出すように声を張り上げた。

 

 

「ツユリさんはッ、あんな訳の分からない存在と戦う私を見ても、何にも思わなかったんですか?そんなのは嘘です。絶対に...怖くて、恐ろしくて、逃げ出したくなったはずです!」

「怖い、か。それはまぁ、()()()()()()()()()怖がるだろうな」

「そうでしょう?それが普通なんです。だからツユリさんも、こんな得体の知れない私と関わる事は...」

 

 

 .....駄目だ。最後まで穏便な態度で行こうと思っていたのだが、これはあまりにも重症過ぎる。こういう価値観になってしまった過去が非常に気になるが、好奇心は我慢して貰って、お節介魂を爆発させよう。

 

 

「おいおい。あの場で一番得体の知れないこと仕出かした挙句、訳の分からない存在に三流の台詞吐かせて退場させた俺に向かって言えることか?それ」

「ッ、それは...!でも!」

「俺の方こそすまなかった。なんとなく気付いておきながら何も切り出せなかったのはこっちだ。だからいいんだよ、塔城さん」

「あ、頭を上げて下さい!ツユリさんは悪くありません!」

 

 

 どうやら形勢は完全に逆転したようだが、この謝罪は計略の意図のみを含んだ上っ面のものではなく、俺の心からの謝罪だ。こういった経験など全くないにも関わらず何とかなると勝手に思い込み、事の悪化に気付かないままズルズルとここまで引き摺って、結果塔城さんをひどく追い詰めてしまったのだから、本来なら謝るだけではすまない筈だ。

 そう。謝るだけではこれっぽちも済まないのだから、今の塔城さんが望む最善の答えを用意する事ぐらいはやらなければ、こっちこそ彼女と顔向けできない事態になる。そう結論を出すと、下げていた頭を上げてから冷たい空気を目一杯に吸い込み、思考を明瞭にした。

 

 

「俺はほぼ冥界出身の人間、栗花落功太だ!意志も思考も言動も悪魔のそれに近いが、でも人間である自分が大好きで仕方ない!そしてッ、それと同じくらい()()()()()()()()()()()()()!」

 

「え.....?」

 

「駒王学園に入学したのも、そういう奴等と仲良くなりたいからだ!悪魔だろうが堕天使だろうが大歓迎!────という訳で、俺の最初の友達に立候補するつもりはないか!塔城小猫さん!」

 

「え、え...え??」

 

 

 最後の言葉とともに差し出した手のひらを見て、ひたすらに驚き、大きな目をパチパチ瞬かせる塔城さん。かなり強引かつ無理矢理な人外大好き理論展開による友達宣言だが、もう一秒の間でも、こんな中途半端な関係にしておくのはよくないと俺は判断した。どちらかが先に踏み込まねば、盤上の石は何時まで経っても前に進めないのだから。

 そして、滅茶苦茶ながらも少しづつ俺の言わんとしていることを咀嚼してきたのか、未だに戸惑いを見せつつもゆっくりとこちらへ近づき、目を合わせては逸らすを何度か繰り返した後に口元をキュッと引き結び、それからゆっくりと開いた。

 

 

「私は過去、家族に裏切られました。一番身近で、一番親しかった人に捨てられた」

「.......」

「あんな思いをするのはもう、嫌。だから、出来る限り()()()()()()()()と関係を持つのを止めた」

「...だから、あんな風に近寄りがたい空気を出し続けてたのか」

 

 

 殺気、とまではいかないまでも、他者が無意識下で恐怖に近い感情を持つのに十分な気当たり。そんなものが、学園生活を送る中で塔城さんからは常時放たれていた。だからか、クラスメイトも挨拶を交わしたり、必要な会話以外はあまり彼女の周りに集ることがない。...そんな余裕の無い毎日を送る辛さは、恐らく計り知れないほどだろうに。

 無論、塔城さんがそんな現象を起こす理由について、出会った当初からもの凄く気になってはいたが、不躾に踏み込んでいい話題ではないと数秒で察知し、ある程度親密になった今までも質問することはなかった。俺は対人関係で問題点を抱える人間の持つ独特の空気を感じ取ることに関しては一級品だ。スキルにしたらAランクぐらいいきそう。

 

 

「ずっと後悔してた。ツユリさんが転校してきたあの日の昼、声を掛けなければよかったって」

「なに、俺は今まで付き合って来た友達に、突然『悪魔でした』なんて打ち明けられたくらいで、気持ち悪く思うほど器が小さくはないぞ。なんてったって、俺も立派な人間超越者だしな」

「......」

 

 

 俺は超越者の証明として足元に精製した長剣を土に還元した後、未だに一歩引いた表情のままである塔城さんを見て、やっぱり難しいか、と脳内で毒づいた。

 彼女は『信頼してしまう』ことを恐れている。過去大きな信頼を置いていた肉親に裏切られたせいで、その人物に対し蓄積されていたプラスの感情が一気にマイナスに反転する恐怖を知っているからだ。あの暖かさが、あの笑顔が、あの優しさが。何もかも全て嘘なのだと確信したとき、持っていた信頼はたちまち鋭利な刃となり、心を深くまで突き穿つ。その筆舌に尽くしがたい痛みを知ってしまえば、他人に対し抱く感情と己の性質の変容を責められるはずがない。

 塔城さんは今、心の奥底に隠していた『裏切りの記憶』を、今回の事で生じた『自分の種族を信頼すべき人に隠していた罪悪感』が引き金となり、再び掘り起こしてしまったのだろう。彼女がここまで思いつめるのは、同時に俺への信頼度の高さが現れていて嬉しくはあるのだが、それゆえに関係修復は難しい。

 ...でも、俺は塔城小猫という少女を救いたいと思った。

 

 

「裏切られることの辛さは、きっと皆知ってるはずだ。でも、その『程度』は人それぞれだろうな。...一日、一週間、一か月すれば自然と癒えるもの。もしくは生きている限り永遠に癒えることのないもの」

「...私は」

「どちらにせよ、そんな経験のお蔭で今知っている人、これから出会う人のすべてが裏切り者だなんて決めつけるのは止めてくれ」

「!」

 

 

 塔城さんは息を呑んだように目を開き、俺を見た。その視線を逃すまいと、訴えかける言葉と同時に彼女の目を己の目で射抜き、ゆっくりと歩み寄ると両肩に手を置いた。

 

 

「人が何を考えているかなんてわからない。それは当然だ。だから惹かれた存在を知ろうという欲求が生まれる。そこから人との関係は始まるんだろ?何も分からないから裏切るかもしれない、恐ろしいなんて理由で他人を知る欲を捨てたら、お前は独りになる」

「う、裏切られるくらいなら、独りでいい」

 

 

 さっきから揺らいでばかりいつつも俺の目を見ていた塔城さんだったが、尚も自分の中にいる恐怖の囁きで委縮しているのか、口元を震わせながら視線を外してしまう。が、俺は彼女のそんな行動ではなく、孤独を受け容れようとする言葉に苛立ちを覚えた。

 

 

「ふざけるなッ。まともな思考を持つ奴が独りで生き続けられるはずないだろうが。そもそも、お前はもう『家族と暮らす』という実感を持ってる。人の暖かさを知った奴は、一生独りじゃ生きられなくなるんだよ!」

「止めて!」

「ッ」

 

 

 初めて聞いた、彼女の悲痛な激昂。まるで、目の前で親しい人が傷つけられるのを止めるよう叫ぶ声だ。そんな意志を孕んでいたからか、俺は言葉を喉に詰まらせ、二の句が継げなくなってしまった。しかし、それからすぐに大声を出してしまったことを後悔するように視線を地面に向け、暫くの無言が続いた後、彼女は滔々と言葉を紡ぎ出した。

 

 

「...分かってるんです。どちらも辛くて苦しいことは。でも、どちらかを選べと言われたら、孤独を選びます」

 

「...何でだ」

 

「簡単です。もう()()()()()()()ですよ。...私をここまで追い詰めた裏切りの苦しみは知った。なら、それより苦しみが楽になるかもしれない孤独を私は選びます」

 

「待てよ」

 

「だって、孤独でいることを決めた今日まで、裏切られたあの瞬間より苦しいときは無かった。なら、もう孤独でいることは苦しくないと分かったも同然じゃないですか。ならいいでしょう?これ以上─────」

 

「待てって言ってんだよ!」

 

 

 一度離した両手を再び塔城さんの細い肩に乗せ、下を向いていた顔を強引に上へ向かせる。...頭にキた。何でこうまで彼女は後ろばかりを、()()()()()()()を見ているんだ。

 

 

「正直に答えてくれ。俺と初めて会ったあの日、猫の事を二人で話していただろ。お前はあの時()()()()()()()のか?」

 

「え...?」

 

「痩せ細っていて、栄養失調になりかけていた猫の為に、一緒にご飯を用意したあの時は!」

 

「そ、それは...」

 

「屋上前の階段の踊り場で、他愛のない世間話をしていたあの時のお前の笑顔は、全部嘘だったってのか...!?」

 

「!そんなこと、ない!!」

 

 

 塔城さんは肩に乗った俺の手を掴むと、両手で強く包みながら芯の通った声で叫ぶ。

 

 

「ツユリさんといると楽しかった!今まで全然出来なかったのに自然と笑えた!だから...」

 

「なら、孤独が楽だなんて言うんじゃねぇよ!」

 

「っ...!」

 

「楽しかったんだろ?嬉しかったんだろ?笑えたんだろ?!なら、悪いものしか入ってない籠から最善の選択なんてするな!───俺がお前に『最善』を用意する!だから、こっちに来い...頼む!」

 

 

 俺の用意する最善...それは、塔城さんにとっての最善だ。つまり、俺は彼女を裏切らないと暗に宣言したことになる。端から見ると随分回り道をしているように思えるが、ただ彼女の在り方を否定するだけでは反発されることなど自明の理。だから、彼女の在り方が間違っていることを自覚させてから、俺が選択肢を提示する必要があったのだ。尤も、それを受け容れてくれなかったら意味がないのだが───ああ、どうやら大丈夫そうだ。

 塔城さんは泣いていた。しかし、その表情はさっきまでの悲壮に満ちていたものではなく、ずっと探していた唯一無二の宝物を見つけた時のような顔だった。

 

 

「いま、やっと思い出しました。...私ってツユリさんと一緒に居た時、いつも笑ってた。...楽しくて、幸せで。裏切られることなんて、一度も考えなかった。....なのに、孤独だったころは、ぜんぜん笑えなかった」

「奇遇だな。俺も楽しくて幸せで、塔城さんに裏切られるとは一瞬たりとも考えなかったぞ。...じゃあ、どうする?俺の用意した選択肢、受け取るか?」

「ふふ...もう、手を握ってますから。受け取っちゃってますね」

「!」

 

 

 俺は泣きながら笑う塔城さんの顔にドキリと心臓が跳ね、同時に俺を受け容れてくれた嬉しさからか、彼女の華奢な身体を思い切り抱きしめてしまった。突然のことで驚いたように「ひゃっ」という声を上げたものの、それから間もなくして腰へ手を回した気配があった。それでさらに感極まり、俺までツンと鼻の奥が痺れ、目頭も熱くなって来てしまった。

 

 

「ずずっ...いや、これでやっと俺たち、ちゃんとした友達になれたんだな!」

「ふふ、ツユリさん涙声です。グスっ、大丈夫ですか?」

「おう。元気さだけが取り柄だからな!ほれ、ハンカチ使うか?」

 

 

 長い抱擁を終えたあと、俺は誤魔化すように制服の袖で涙をぬぐい、塔城さんへ常備している青いハンカチを手渡す。彼女は素直にお礼を言った後にハンカチを受け取ると、俺の胸に背を預けながら涙を拭いた。見られたくないという意図を察し、俺は後ろから片腕を回して抱き、もう片方の腕で頭を撫でることにした。背後からなので嬉しがってるのかどうか確認できないが、嫌がる素振りはないので心配する必要はなさそうだ。

 ふと見上げた視線の先には、街路樹に紛れて立っている時計。その針は登校時間が迫っていることを知らせてくれた。少し名残惜しい気持ちはあるが、そのことを塔城さんに伝えようとした矢先──────

 

 

「ッ!...結界が破られた?」

「え?」

 

 

 俺は慌てて勘違いではないかの確認をし、同時に焦っている俺を見て不安そうな顔をし始めた塔城さんへ問題ないという笑顔を返す。が、結界が強引な力により消滅していることは事実のようだった。

 結界の存在を看破したのならまだいい。感知は出来てもこちら側へ踏み込んで来ることはまず、ないと言えるからだ。しかし、破壊されたとなれば話は別だ。何故なら、侵入者には結界を破壊するだけの理由が、更に分かりやすく言えば、俺たちを害する何らかの理由があるからである。とはいえ、防御に重きを置いていない結界だとしても、ここまで見事にぶち壊すには相当の火力が必要だ。果たして、駒王町にそんな実力者がいたか。...いや、越してきてまだ数週間なのだから、そんなこと俺に分かる筈もない。

 溜息を吐きつつ侵入者の到達を待っていると、すぐに妙な違和感────いや、違う。確かに不思議には思ったが、そんな内容の表現では御幣がある。強いて言うなら、そう。懐かしさ。

 

 

「─────貴方、私の大切な下僕に何をしているのかしら」

 

 

 懐かしい魔力。懐かしい紅髪。

 

 しかし、俺の中に或るそんな懐古の情を無視するように、次期グレモリー家当主────リアス・グレモリーは、そう宣言した。




まさかの小猫ちゃんが心の病を患っていた設定。
しかし原作でももうちょっと病んでいても良かったと思うんだ。バイオレンス・スプラッタ系に属性が転身したりしない限りはヤンデレでも受け入れられると作者は常々思って(ry

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