前世も現世も、人外に囲まれた人生。   作:緑餅 +上新粉

57 / 58
良かった!年内に更新、生存報告できた!

本当にすみません、遅くなりました!


File/54.Question, ヒトとは?

 俺とオーフィスの力に呑まれたカテレアの繰り広げた激闘は、やはり熾烈なものだったらしい。

 並みの悪魔や天使ではまず止められなかった最悪の敵を、最善と言っていいほどの手際で仕留めたのは僥倖だろうとサーゼクスは言う。あの場にいた面子であれば、本来ならカテレアの抑止に追われていたのは彼とミカエルなのだが、力の多くを結界の維持と修復に回している状態では、両者といえど分が悪すぎる。

 

 

「兵藤一誠君の提案は、我々にとって受け入れざるを得ないものだった。結界が崩れても、カテレアを止められなくても、どちらにしてもこちらの敗北だからだ」

「だから、イッセーを起用するしかなかった、か」

「うん。幸い、あの時の彼からは特別な力を感じた。神器の禁手化とは違う、もう一つあった別の可能性に至ったんじゃないかって、そう確信したんだ」

 

 

 サーゼクスと言葉を交わしながら駒王学園の校庭を歩く。あちこちには大穴があき、岩が隆起したりで一般の高等学校の風景とは逸脱しているが、学園内でのドンパチ騒ぎは今に始まったことではないため、さらっと現状を受け入れている自分がいる。

 俺たちが歩みを止めたのは、カテレアが消滅した地点。つまり、イッセーの身体を借りたディルムッド・オディナが、必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)の刺突を繰り出した場所だ。そこには複数の槍が奔った残痕が刻まれており、どれほど一振り一振りが強烈なものだったかが一目で分かる。

 

 

「結果は、正解だったのだろう。数々のイレギュラーを含みながらも、落ち着いたのは誰もが望む形の幕引きだった。とはいえ....私は、私がした判断に絶対の自信を持つことはできないのだけれどね」

「まぁ、な。アレは本来なら上級悪魔でも満足に足止めできるかどうか怪しいレベルの化物だ。ちょっと雰囲気が変わったからって、ひよっこ悪魔のイッセーを登用するのは普通に論外だしな」

「はは、いってくれるね」

「でも、こうして『良かった』ってなったんならいいんじゃないのか?イッセーだって、活躍の場をくれてサンキュー、的な印象だろうさ」

 

 

 俺の励ましを聞いたサーゼクスは一つ頷くと、爪先で槍の刻んだ残痕を足でなぞりながら『そうだね』と言葉を漏らす。

 イッセーは意識を失ったあと、保健室に運ばれてグレイフィアさんの手当てを受けている。命に別状はないが、外傷は決して少なくはなく、軽度の骨折等も見られるらしい。

 俺も最初はグレモリーや会長などの面々に付いて保健室に詰めていたが、いるだろうと思っていたサーゼクスの姿が見えないことに訝しみ、一旦会議室まで戻ったところ、ミカエルと会話している当人の姿を見つけたのだ。

 そして、やはりというか彼は、結果的に危険な戦闘行為を押し付けてしまったイッセーに対し、引け目を感じていたようだ。

 ────と、ここで予想外の方向から声が飛んで来る。

 

 

「なに、アイツは俺と同じような人間だ。自分がココと決めた聖域に手を出されない限りは、基本相手を嫌ったりはしないぜ?」

「....アザゼルか」

「ああ。見事にカテレア戦のかませ係に成り下がったアザゼル様だよ」

 

 

 突如、校舎の瓦礫の中から這い出してきたアザゼルは、服に着いた埃を落としながらこちらへ歩いて来る。目立った傷は無く、どうやら派手にぶっ飛んだのは半分くらい振りだったのだろう。ところが、クッション材としていた校舎の外壁が予想外に衝撃吸収に向かず、強い反動を貰って意識が飛んでいた....とまで見た。

 アザゼルは俺が察したことを表情から鋭敏に感じ取ったらしく、『余計なことは言わんで宜しい』とばかりな渋面を見せた。中々どうして勘が良い。

 アザゼルは手の中の黄金の短剣をくるりと一廻しした後に腰の鞘へ戻すと、肩を鳴らしながら溜息を吐き、続けてサーゼクスに声を掛ける。

 

 

「お前はもう少し、色々な感性やら価値観を持つ存在がこの世にいることを知るべきだな。いや、知識としては知っているのかもしれんが、そいつらとの付き合い方ってモンを理解するべきだろう」

「付き合い方?」

「悪魔の間で争いが起きるように、人間の間でも争いは起こる。それらは総じて自分とは違う考えを持つ者同士の意見の対立から始まる。異種族間でも考えの差ってのはあるのに、同種族間でもこれが起こるのは必然といっていい。....つまりはまぁ、何だ。なんでもかんでも大枠で捉えすぎると、奴さんの性質とか思考を判断する精度が落ちるってこった。一緒、同じってのは味方を探す上じゃ良い理由になるが、他人の評価とかする時には暴言やら侮蔑と受け取られかねないぜ?」

 

 

 人によって価値観は変わってくる。それはそうだろう。全員が同じ環境で育ったわけでも、全員の育ての親が同じという訳でもないのだから、物の捉え方、善悪の判断も変わってくるのは当然だ。

 だからこそ、アザゼルはサーゼクスに問うているのだろう。兵藤一誠という一個人の考えを、人間の標準的なモノの価値の見方に当てはめてしまっているのではないかと。

 少なくとも、イッセーは普通の人間とは違う。時折周囲をドン引かせるほどのエロに対する情熱と、誰かの心を動かすほどの一生懸命さを持った、変わった少年だ。俺はこれまでの付き合いで彼をそう理解し、その上で接し方を決定している。

 そして、この世には教科書通りの『普通の人間』などというものは存在しないのだろう。その人を知れば知るほど、やはり『普通』ではない側面が見えてくるのだから。こと人付き合いにおいては、自分の中にある定規などあてになりはしない。

 

 

「分からねぇんならグイグイ行け、グイグイ。人の上に立つモンはそうしていかねぇと、他者の求めるものなんて分からんまま、知らずうちに高椅子から弾かれるぞ?」

「む....まさか、君から面と向かって説教される日が来るとはね」

「一応、和平結んだんだしな。悪魔界隈の平和的な立て直しに一役買ってるお前に斃れられちゃ、今日のこと全部パァになるだろが」

「ああ、分かってるさ。私としても、志半ばで座から退去させられるわけにはいかないからな」

「是非ともそうしてくれ。他人同士の小競り合いっていうのは、見てる分には愉快で興味深いが、こっちに飛び火するんなら一気に冷めるってもんだ。今の争いってのが俺にそういう結果しかもたらさないんなら、平和的考えに同調しておくさ」

 

 

 サーゼクスに向かってこれ見よがしにヤレヤレと肩を竦めてみせるアザゼルは、堕天使にはあまり見られない柔軟な考え方を明かす。自分本位で私欲に準ずるのは基本的に変わらないが、『平和』という世界のあり方に対し拒絶的な意思を見せないのは珍しい。

 と、アザゼルはサーゼクスに対し大体の言いたいことは言い終えたらしく、今度はこちらに向き直って来た。

 

 

「で、結局カテレアはどうなったんだ。何せ、目が覚めたのはほんの数分前だからな。この景色をみるに、相応の戦闘はあったと予測はつくが」

「まぁ......そうだな」

 

 

 俺は粗方の状況をかいつまんでアザゼルに説明を始める。極力知られたくはないfate要素は上手くぼかしつつ、俺とイッセーがカテレアの対処に大部分かかわった、という大筋の結果を伝えた。

 イッセーが発現した、魔力として赤龍帝の籠手に封じていた必滅の黄薔薇を媒介とした疑似的な禁手化。実際の能力の詳細は不明だが、大方の予想ならつく。

 蛇に侵されたカテレアとの戦闘を数分間に渡り継続するには、少なくとも今のイッセーには不可能だ。であれば、それができた状況....つまり、イッセーの身体能力を大幅に向上させる何らかの事象が発生したと考えられる。宝具としての性質から、必滅の黄薔薇を持っただけでは身体面での+補正は掛からないため、槍を媒介として担い手であるディルムッド・オディナの戦闘技法を間接的に習得したと結論づけるのが妥当な所だ。

 

 

「イッセーとお前だけで打って出たのか、無茶しやがるな。ありゃ魔王クラスでもねぇと手に負えねぇタマだぞ」

「そこは俺が上手くやったんだよ。で、何とか抑え込んで倒したって訳だ」

「げ、自前のトンデモ武器でか?そりゃ勿体ねぇことした!今からでも見せてくれよ!な!?」

「魔力の消費が激しいからな。機会があったらお目に掛かれるかもわからないぞ」

「んだよケチくせぇなぁ!」

 

 

 そんな風にアザゼルのおねだりを上手く躱していると、背後から大きな力が近づいてくるのを感知した。その性質は今日知ったばかりのもので、ついでに間違えようもない色を帯びていることもあり、簡単に当人の正体を看破できた。

 

 

「皆さん、緊急事態です。落ち着いて聞いてください」

「どうかしたのか?ミカエル」

 

 

 到着してから開口一番で異常を知らせて来たミカエル。故にサーゼクスの当惑した声は尤もであり、俺もそれに合わせて疑問を被せようかと思ったところだったが、突如冥界で培った異常なまでのケモノの勘が、僅かな空気の振動を捉えた。

 それは、かつてないほど透明度の高い練気。力強くも、静を確かに感じさせる波。例えるのなら、冴えわたる銀の如き薄刃。音もなく水面に揺らめく虚影の月。

 次の瞬間には血管が猛烈な速度で収縮し、瞳孔が限界まで開く。そして、急き立てる脳髄の指令に従って最適かつ最大限の解をすぐさま弾き出した。

 

 

同調(セット)/Emiya. (フェネッス)身体(ボディ)経験収集(エクスペリエンスギャザ―)....現界試行(オーダー)

 

 

 それを()()した瞬間、脳内を流れる自身のものでは無い何者かの記憶、記録、情報の数々。人間味の溢れた情景から、人間が理解してはいけない類の命題と、その解で得られる意味の無い結末。対外的な害や報酬によってもたらされる苦痛と快楽。人道から外れた者の教唆によって感染し、嘯かれる続ける偽りの正義。他者によって奪われる命の終わりと、他者によって産み落とされる命の始まり。

 それら全てを視て、聞いた俺は、しかしその生き方を是とも否ともせずにただ呑み下した。受け入れるのではなく、落とし込む。表面だけをはぎ取り、それを己の内に貼り付けるだけの作業。()()()()()()()()()()()()()()最大限の強化手段。

 つまるところ、俺は────英霊エミヤに成った。

 

 

「ッ!」

 

 

 轟!と奔った銀閃に対し、黒と白の一閃で以て迎え撃つ。白───莫耶で銀閃の軌道に割り込んで速度を落とし、黒───干将で刃の側面を打って進行方向をずらす。間髪入れずに腕を交差させ、柄に刃先を乗せた莫耶で得物を握る敵の指を切り落とそうとするが、その得物───槍は上方へと跳ね上げられ、不発に終わる。

 敵は身体を捻り、衛星軌道のような円形の斬撃を放つ。それにただの回避で対処を試みようとしたが、言い知れぬ恐怖感を覚えた俺は、刀身を十字に交差させた干将莫耶を腹に置いた状態での後方への回避を敢行した。

 

 

「ッ!────マジかよ」

 

 

 十分な距離はあった。が、あまりの速度と威力に空気が震え、それが結果的に攻撃範囲を広めた。もし両剣を腹に置かぬまま回避をしていたら、上と下の半身が切り離されていたに違いない。

 俺は破壊された莫耶を魔力に還元し、代わりのものを創造しながら、その敵を見据える。当人は、人が良さそうな表情で笑っていた。

 

 

「成程、よく鍛えている。戦闘に必要な技術と、勘も備わっているな」

 

 

 空気を物理的に震わせるほどの速度で槍を二回しほどした謎の青年は、俺を視ながらそう言った。一見するとどこにでも居そうな闊達な青年ではあるが、手に持つ槍の威容がそれら全ての要素を絶望的なまでに消し去っている。それほどまでに、過去俺が見て来たあらゆる武具の中で、ソレは異質だった。

 そして、その判断が間違いでは無かったことは、背後にいたミカエルが溢した名前....槍の銘を聞いた瞬間に確信した。

 

 

黄昏の(トゥルー)聖槍(ロンギヌス)....!」

 

 

 ロンギヌス。それは誰もが一度は聞いたことはあるだろう、神を殺した槍。神の血で穂先を穢した神具だ。生まれた経歴が経歴のため、神をも滅ぼし得る力を内包した武具という意味を持つ『神滅具』は、この槍が元になって作られた。

 一目見た時から全員がもしや、と思っていたのだろうが、ここにある事実、そして謎の人物の手中にある光景は頑として認めたくなかった。認めたくなかったが、黄昏の聖槍に縁深いミカエルが暗に原物(オリジナル)であることを肯定してしまったので、俺たちはそうである事実を咀嚼するしかない。

 

 

「黄昏の聖槍。こうしてみるとヤバさは文字通り肌で感じられるが....で?担い手であるお前さんは何者だ。できれば敵対しては欲しくないんだがな」

「いや、残念ですアザゼル総督。こちらの企みに沿う形でこちらが行動した場合、貴方とは敵対しなければならないでしょう。尤も、見過ごしてくれるというのなら話は変わっては来ますがね」

「敵対、ねぇ。所属はあるのか?それとも単独で動いてんのか?もしそうだってんなら、神滅具持ちとはいえ流石に分が悪いんじゃねぇのか」

 

 

 アザゼルの二度目の問。それに青年は笑みを深くし、槍を肩に掛けながら答えた。

 

 

「俺の名は曹操。英雄派と呼ばれる組織に所属している。人の持つ可能性を信じる者達の集団さ」

 

「っ────よりにもよって、禍の団か....!」

 

 

 サーゼクスが苦虫を噛みつぶしたような表情で言葉を溢す。現状最も危険で行動的なテロリストたちの集いに、まさか最悪の神滅具持ちが所属していようとは。

 しかし、彼が所属している組織、英雄派といったか。曹操という名前といい、もしかして身を置いている人物の大半は、人理のなかで多くの武功を上げ、名を馳せた『英雄』と呼ばれる者に近しい、もしくは()()()()なのではないだろうか。

 

 

「曹操。人間の歴史において多大な功績を立てた者....そう聞いたことがあります」

「余りある評価、恐悦至極です。ミカエル殿」

「ですが、そんな貴方が何故この場に姿を見せたのです?確かに、貴方は精強ではあります。が、先ほどアザゼルが言ったように、聖槍をもってしてもこの状況は覆すのは難しいでしょう」

「ああ、これは申し遅れたようで。俺はあなた方に槍を向けるために此処へやって来た訳ではないのです」

 

 

 曹操はここで言葉を切って一度瞑目すると、キッ!と有無を言わせぬほどの圧力を湛えた眼光で俺を射抜く。ともすれば殺意として受け取られかねないそれは、俺の警戒ランクを全開まで引き上げるに足る行動だった。

 この男、ここで戦う気は無いなんて欠片も思ってない。先の発言で具体的な『槍を向けない』相手の名を挙げてはいなかったが、これではっきりした。

 ────コイツ、十中八九狙いは俺だ。

 

 

「ツユリ=コウタ。人の身ながら高みへ至った戦士よ、俺と共に来い。さすれば、更なる霊峰への道が拓けよう」

 

「勧誘、ってことか」

 

「そうだ。俺たちのいるこの場には善も悪もない。ただ己の力を極限まで磨き、それでどこまで至れるか。それのみを求道する集団だ。そのための障害ならいくらでも用意しよう。強敵も、友も、戦場も、痛みや快楽すら、必要なら与えようじゃないか」

 

「.....」

 

 

 曹操の言葉には、そうあるべきと言えるだけの過去を背負った、確かな重みがあった。また、自分の能力を、更に相手の能力を正しく理解しようと努める意志も、しっかりと感じられた。それらは単純なようで、しかし刻み込むのには相当な努力と根気が必要なものだ。

 ただ、分からないことがある。それは、

 

 

「何故、俺なんだ?」

 

「簡単なことだ。───君は毎日欠かさず、己を鍛えているだろう?それも相当な鍛錬量だ」

 

「鍛える....方法は色々だが、欠かさずにってことと、鍛錬の量が多いってのは合ってる、かな」

 

 

 一般的な人間が行う鍛錬の質や量とは比べるのすらアホらしいので、多いと言われても比較対象が自然と悪魔や堕天使の方々になってしまう。仮にそうと設定しても、やはり鍛錬の量は多いのだが。

 そんな俺の答えを聞いた曹操は満足げに頷くと、上を向いている聖槍の穂先へ目を移す。

 

 

「群雄割拠の時代、そこに在った人々は武器を手にして身を守るのが常であったが故に、身の丈以上の武力を求めた。だが、今の時代はどうだろうか?英雄、英傑と呼ばれる武力の代名詞が支配者となる世は終わりを告げ、剣や槍など今や置物。無用の長物と化した」

 

「....そうか。本来なら現代の人間には不要であるはずの『武』。それを再び手繰った俺は」

 

「その通りだ。平和な世の中が構築したシステム上、中途半端な異物は弾かれて闇に葬られるのが関の山だが、君はそうならず、その能力や技術も、只の人間から英雄と言う(クラス)に収めたとしても、決して見劣りしない高みにまで至っている」

 

 

 流石は曹操の血を引く者。人を評価する慧眼はしっかりと持ち合わせていると見える。こういうと間接的に自分で自分を持ち上げているみたいでイヤになるが、相応の修羅場を数多駆け抜けてきた自負はある。また、それによって培われた武力も、人ならざる域へ足を踏み入れているという自覚も、ある。

 しかし、人としてあるがままの俺自身を評価されたのは久しぶりだ。鍛錬という地味な作業は、やはり同じことをしてきた者同士にしか伝わらない。魔術的な素養も同様ではあるが、いかんせん長らくこの身を置いてきた場所は冥界だ。悪魔間での実力の指標は基本的に魔力量であり、肉体的な面は殆ど評価されない。なので、実際褒められ慣れていないのだ。

 

 

「君は、これだけの力を手に入れた事実に足る理由が欲しい筈だ。そちら側にいるという事は冥界に何らかの借りがあるのだろうが....人であるまま武を振るう場として、そこは適していない」

 

「────」

 

「君の居場所はこちら(ヒト)側だ。....何もないまま、ただ居心地が良いから止まる、というのは甘えだろう、怠惰だろう。そして、君はそれを赦せないはずだ」

 

「甘え、か」

 

「何故なら。そのレベルにまで己を高められたのは、戦場の厳しさを知っているからであり、同時に理不尽に命を奪われる得る戦場で、『強さ』というものがどれほど必要不可欠なものかを知っているからだ」

 

「ああ、そうだ。本当の敵は待ってくれない。超常の敵は話を聞いてくれない。あの場で何より必要だったのは、どれほど状況を客観的に見れるかという冷徹さと、どれほど多数の敵を素早く処理できるかという暴力だ」

 

 

 極論ではあるが、それ以外は不要だった。敵を倒せば生き残れる。敵を殺せば強くなれる。強くなれば、今よりももっと強い敵とも戦えるようになり、今より強い敵を殺せるようになれば、生き残る確率は更に高くなる。

 それで────それで、何になる?

 

 

「そうだ。それを知っているのなら、今いる場がどれほど『それ』を錆びつかせるところかが分かる筈だ。武器を捨てず、未だ見ぬ果てを求めているのなら────英雄派(こちら)へ来い。君なら、人の可能性の象徴になれる」

 

 

俺が強さを求める理由は何だ?戦いたいからか?強い敵と?───馬鹿な、どうして自ら危険な化物に喧嘩を売らなければならないんだ。俺に破滅願望はない。

 では、サーゼクスのように実力で他者へ優位を示し、頂点へと昇り詰めるか?───それこそ馬鹿な。俺のモノの考え方は只の一般人だ。英才教育を受けた訳でもないし、受けたいとも思わない。ギルやイスカ、あの羊飼いのように優れた統治など望むべくもない。

 ならば、俺が力を求め続ける理由は────

 

 

「────出来るなら、この力で多くの人を救いたい。....俺の強さっていうのは、そんな願いが原動力で生まれたものなんだと思う」

 

「────なに?」

 

「ただ自分が強くなるだけの戦いなんて嫌いなんだよ。....そういう類の奴らが、決まって争いの火種を撒く原因なんだ。冥界に山籠もりしてたとき、魔物を一方的に殺すことが出来始めたあたりで、それを痛感したよ」

 

「ふむ────では、君は強くなったことを後悔しているというのか?」

 

「ああ、こと戦いにおいては後悔ばっかだよ!でもな、ソレで得た経験が今の俺を助けているのもまた事実だ。とはいえ!だからといって───」

 

 

 ───自分だけのために、誰かを、何かを犠牲にする、傷つけるっていうのは、違うだろ!

 

 強くなるために必要な行為は、犠牲を伴う戦いだけである筈がない。ここまで己が辿った道を振り返れば、転がる屍の数など到底数えきれないほどだが、それでも俺は言える。答えは一つだけではないと。

 誰かを守るという強い思いを糧に成長し続けているイッセーを脳裏に思い浮かべる。あの少年こそ、もう一つの強さの可能性。俺とは違う形で戦というものを為せるかもしれない転生悪魔だ。

 

 

「なるほど。君にとって力とは、誰かを守るために身に着けざるを得なかったものということなのか。それを振るう事は有れど、決して積極的な意思からではないと」

 

「そういうことだ」

 

「うん、承知した。では────力付くで行こ(こちらで交渉しよ)うか」

 

 

 予備動作なしでの一突き。それを何となく変遷し始めた曹操の雰囲気で予想していた俺は、身を捻って莫耶の刀身で防御。火花を上げて滑る聖槍の柄を、畳んだ肘を戻すことで上に持ち上げながら逸らし、干将で一閃。完全に外へ弾く。そして前方へ向かい疾走。

 曹操は焦らず、片手で深めに持っていた柄の後方、柄頭の近傍を強かに打ち抜く。すると反対側....つまり穂先の方が逆側に弾かれ、俺の方へ()()()()()。俺はそれを莫耶で防御し、柄に沿って刀身を滑らせながら疾走を続ける。

 

 

「ハ、これはどうかな?!」

 

 

 が、曹操は腕を勢いよく後方へ引き、刃と柄の間、口金の装飾部位で俺の莫耶を弾く。そして、間もなく引いた腕を前方へ再度撃発。豪速の突きを見舞う。

 

 

「舐めんな、英雄」

 

 

 俺はそれを下方から打ち上げた拳のみで跳ね上げ、大きく軌道をずらす。これには流石の曹操も瞠目するが、見事な洞察力で手首のみを動かし、無理に戻すのではなく、弾かれたときの力を利用して半円を描かせた。最後まで奔れば、俺の頭右半分を削り取るだろう。

 

 

「そこまでだ。曹操」

 

 

 槍はサーゼクスの作った不可視の壁によって三度弾かれ、舌打ちした曹操はバランスを大きく崩す。その隙に肉薄した俺によって干将の柄で胸へ一撃。同時に高濃度の魔力を爆裂させ、ぶっ飛ばした....はずだが、三メートルほど靴跡の尾を引きながら後退した彼は、そこで片膝をつく。

 おかしい。大型の魔獣すら宙を舞うほどの威力に設定した魔力放出だったのだが、碌に吹っ飛んでない。コイツの膂力は怪物並みかよ。

 

 

「ぐ......はは、この状況で手を出せば、こうなるのは必定か」

「曹操、貴方をこの場で拘束します。大人しく縛につきなさい」

「おっと。そうはいかない、と、言っておきましょうか。ミカエル殿」

 

 

 手をかざしたミカエルにより、光の鎖が曹操の四方に展開される。物騒な音を立てるそれらは、捕縛対象である青年の元へ息つく間もなく一斉に伸びるが、それより先に地面へと突き立てられていた聖槍から目を覆うほどの眩い光が溢れ始めた。

 光に当てられた鎖は、まるで同極にある磁石に当てられたかのような形で軌道を大きく逸らし、校庭の地面に落ちてしまう。

 

 

「ちっ!おいコウタ、直視すんな!あれは神仏が放つ光背の類だ!目を焼くぞ!」

 

「マジかよ!」

 

 

 アザゼルにとんでもないことをサラリと言われ、道理で目の奥が痛いな、と思っていた俺は慌てて顔を伏せる。そして、光が収まった頃には────

 

 

「消えた、か」

 

 

 そう漏らしたサーゼクスの言葉通り、曹操の姿は忽然と消えてしまっていた。あの光に乗じて逃げたのだろう。

 だが、まて。確かミカエルによる結界がまだ健在なのではなかったか。念のため、解除は駒王学園内の確認を済ませたあとにするという話だったはず。

 

 

「ミカエルさん。結界はまだ敷設してあったはずじゃないんですか?もしそうなら、曹操は学園内から出られないじゃ」

「ああ。実は、彼が現れる前に私が言った緊急事態というのは、結界が凄まじい濃度の聖なる力により破られた、ということだったんですよ」

「な....そう、だったんですか。じゃあ」

「ヤツはまんまと逃げおおせたって訳か」

 

 

 嵐のようにやってきて、そして去っていった、想定もしていなかった脅威。これの対応に追われた、天使、堕天使、悪魔の三陣営トップも表情に疲労の色が色濃い。 

 恐ろしい相手だった。神滅具の存在もそうだが、戦闘のセンスも異次元といっていい。俺と同じく、ひたすら基礎鍛錬に打ちこみ、そして星の数ほどの殺し合いを経た戦場の鬼だ。

 

 そして、思想。目標や目的が単純で明快な旧魔王派と違い、英雄派はこちら側へ仕掛けてくるアプローチの予測が難しい。曹操自身は人間の持つ可能性を探る、と言ってはいたが、それが今後どのような行動に結び付くのかが全く分からない。

 

 

「はぁ....何というか。今の世界は抱えている爆弾が多すぎやしないか?」

 

「その意見には同意するよ」

 

 

 俺の疑問に同調を示したサーゼクスは、疲れたような笑みを浮かべるのだった。

 




ああ、難産だった.....
やっぱり一区切りついた後の物語って文字に書き起こすの難しいですね。

次回は新章。.....かもしれない。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。