前世も現世も、人外に囲まれた人生。   作:緑餅 +上新粉

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今回は、沖田さんVSヴァ―リ戦が繰り広げられていた時のグレモリーサイドのお話を、イッセー視点でお送りします。


File/52.Welsh Dragon Approach Fate

「────言いたいことはそれだけですか?サーゼクス」

 

 

 突如、会議室の床に浮かび上がった魔方陣から現れた、先代の魔王を名乗る美女、カテレア、レヴィアタン。彼女は登場早々から俺たちに向かって敵意をむき出しにしてきたが、サーゼクス様は上手く牽制しながら話し合いを試みていた。けど、どうやらそれもここまでらしい。

 それはそうと、カテレアは俺から見てもかなり露出度高めな格好な上にばっちり守備範囲の中の容姿だ。本当はすぐにでも好感度を上げるための計画に移りたいところだが、ここでは普段のような言動は控えなければならない。この場に立つかぎり、俺はグレモリーの赤龍帝という肩書きを帯びている。下手なことをすれば、俺だけでなく部長まで恥をかくことになるのだ。

 そんな俺の複雑な心境はさておき、カテレアはサーゼクス様と対峙するように坐っていた椅子から立ち上がると、心底腹立たしいとでも言わんばかりな顔で俺たちを睨め付ける。ぬぅ、目付きが悪いのはちょっと減点かな....

 

 

「これが今の悪魔の在り方ですか。全く、実にお笑い草ですね。私たちから魔王の座を簒奪しておいて、目指す先は平和ボケした無能集団が構築する弛み切った世界ということですか」

 

 

 浴びせかけられるカテレアの暴言。それにムッと来た俺は一言もの申してやりたくなるが、喉元までせり上がったそれを何とか飲み下す。他の皆も口を閉じ、悔しそうに歯噛みするだけだ。

 何せ、実力が違いすぎる。魔方陣が現れたのを確認したサーゼクス様から何があっても手出ししないよう言われたのは、こういうことからだったのだろう。元々魔王という職についていたようだし、戦闘面での能力もずば抜けて高いに違いない。

 しかし、その一瞬の沈黙を破るようにして、俺たちとは少し離れたところにいた会長のお姉さん、セラフォルー様が悲痛な叫び声を上げた。

 

 

「カテレアちゃん、そんな酷い事いわないで!私たちは貴女を救いたいと───」

「黙りなさい、セラフォルー!日の当たる場でのうのうと周囲からの賛美を甘受してきた貴女にはわからないでしょう!既に終わったモノとして処理された私たちの心を!苦悩を!それを言うに事欠いて救うですって?どこまで私達を侮辱すれば気が済むッ!」

「っ....ぁ」

 

 

 叩き付けられたあまりの大きな怒りに、セラフォルー様は何も言えなくなってしまう。標的外であるはずの俺も思わず後ずさりしてしまうほどの怒声だったのだから、直撃した彼女のダメージはかなり大きいだろう。

 取り乱した自分を疎ましく思うように溜息を吐くと、纏っていた怒気を霧散させて眼鏡をかけ直すカテレア。理知的な見た目をしてるくせに、大分感情的になりやすい性質なのだろうか。のんびり構えがちなセラフォルー様とはかなり相性が悪そうだ。それに対しどうしたものかと考えていると、突如目前で魔力が膨れ上がった。

 

 

「さて、これ以上の会話は無用でしょう。殺すか殺されるか、私たちの間で生まれる関係は最早それだけですからね」

「....どうしても、やり直す気はないんだね」

「愚問です!真なる魔王より新たに創られる世界に、貴方のような悪魔は必要ありません!我がウロボロスの力に呑まれて消えなさい!」

 

 

 カテレアはそう言うや否や、手のひらの上に忽然と現れた瓶を割り、中身に在った黒い蛇を胸に押し当てた。すると、背筋が粟立つほど濃厚な魔力が彼女の身体から溢れ、会議室内を震わせる。

 それを見たサーゼクス様は、元々厳しかった表情を更に厳しくし、背後でグレイフィアさんと一緒に結界の修復と魔方陣の解析をしているミカエル様に目くばせをする。ってか、これやばくないか?何かカテレアの持つ杖に黒い渦みたいなのが出来てんだけど!

 

 

「....あんなのを放たれたら、学園が消し飛ぶ」

「が、学園が消し飛ぶ!?さらりと怖い事言わないで小猫ちゃん!ど、どうすればいいんですか部長!」

「大丈夫。こちらにも心強い味方がいますわ」

 

 

 朱乃さんの向けた視線の先には、サーゼクス様とミカエル様だ。二人は結界修復の手を止め、俺たちの前に歩み出て来た。幾ら魔王様と天使の長といえ、アレは受けたら只じゃすまないと思うんだけど、大丈夫なの!?

 一方のカテレアは眼鏡越しに不敵な笑みを浮かべ、杖に纏わせた黒いエネルギーを解放する。それに対して二人がとった行動は、片腕を前にかざすだけだ。一瞬目がテンになったが、猛烈な速度で迫った黒い波は視えない壁のようなものに阻まれ、衝撃の一分も俺たちのところへ伝えずに消えた。

 

 

「ち、流石は実力で選ばれた魔王と天使の統領というところですか。ですが、片手間の防御でいつまで持つか見ものですね!」

 

 

 再びカテレアの掲げる杖に黒いオーラが集まり始める!クソ!俺はただ守られことしかできねぇのかよ!折角コウタから稽古つけて貰ったのに、相手がこんな規格外じゃ手も足もでねぇ!

 俺がそうやって無力を噛み締めている間に、カテレアは二度目の攻撃の準備を終える。そして、それは────

 

 

「ッ!?」

 

 

 ───俺たちのいる前方ではなく、何故か後方へと放たれた。

 黒い奔流は見当違いな方向へ放たれたと思いきや、何かに弾かれるような音とともに軌道を変え、校舎の端へ着弾し爆炎を吹き上げた。ああ!俺たちの学校が壊れちまう!

 そんなことを仕出かした犯人....アザゼルは、お返しと言わんばかりにカテレアへ光の槍を数本投げつける。だが、杖から奔った黒い雷のようなものであっさりと消し飛ばされてしまった。というか、アザゼル!?確か、裏切ってコウタを攻撃しだしたヴァ―リの奴を止めにいったんじゃなかったか?!

 十二もある黒い翼をはためかせ、サーゼクス様の隣に降り立ったアザゼルは、やっかいなことになったな、と面倒そうに金まじりの頭をかきむしる。

 

 

「アザゼル、白龍皇はどうなった?」

「アイツは完璧裏切った。で、こっちがこうなることは分かってたから、灸を据える相手はお前んとこのツユリ=コウタに預けて来た」

「こ、コウタに預けたって、アイツは大丈夫なのか?」

 

 

 思わずサーゼクス様と会話しているところに口を挟んでしまったが、アザゼルは気にした様子も無く俺の居る後ろを向くと、顎を触りながら片手で校庭の方を指し、あれ見りゃ分かんだろ?と言う。

 それに従って目を動かすと、ヴァ―リの放つ苛烈な攻撃を軽々と躱しながら戦う、謎の着物の女の人がいた。コウタは離れた場所で二人の戦いを眺めている。な、何だありゃ?あの美人剣士さんはどこから来たんだ!

 

 

「ま、あの通りヴァ―リの奴はコウタの連れて来た手先にすら遊ばれてる始末だ。任せてオールオッケーだろうよ」

「....学園はお兄様とミカエル様の結界で、テロ集団の侵入経路以外は完全に絶たれてるはずだけど....どこから来たのかしら」

「気にすんな。それよりも、こんなつまんねぇテロをおっぱじめた主犯をどうにかしねぇとよ」

 

 

 部長の疑問をスルーしたアザゼルは、腕を組みながらカテレアを睥睨する。それを苦々しい顔で受け止めるカテレアは、憤懣遣る方ない様子で杖の先端を突きつけた。

 

 

「つまらないとはよく言ったものですね!自分の飼っているペットすら碌に躾けられない貴方が!」

「ハ、アイツを手懐けられるヤツはこの世にゃいねぇよ。でもまぁ、大方お前が引き金だろうが、飼い犬に手を噛まれたのは事実かもな。どれ、裏切られて惨めな者同士、傷を慰めあうとするか?」

「ふざけるな!私のどこが惨めだというのです!?高尚な目的に向かって邁進し、己を高めることのどこが惨めだと!?」

 

 

 カテレアは怒り狂い、全身から黒い魔力を溢れさせる。杖には蛇のような黒く恐ろしいオーラがまとわりつき、彼女の怒りに呼応するかのように脈動している。

 アザゼルの挑発に、カテレアの敵意がサーゼクス様たちから逸れ始めた。そう思った矢先に、そのサーゼクス様から俺たちに声が掛かった。

 

 

「姫島朱乃さん、木場佑斗くん、塔城小猫さん。申し訳ないが、学校周辺の魔術師の掃討を願いたい。アザゼル、白龍皇、コウタ君が戦線から離れたことで、天使や堕天使の援軍だけじゃ対応が間に合わなくなっている。いいだろうか?」

 

『っ....はい!』

 

 

 朱乃さん、木場、小猫ちゃんに、サーゼクス様からの直々のご命令が下る!そうか、さっきまではコウタたちが魔術師をばっさばっさなぎ倒してたけど、アザゼルはカテレアと交戦、コウタはヴァ―リと交戦中で、誰も魔術師の相手が出来てない。増加量が減少量を上回るのも仕方ないな。

 しかし、何故俺は呼ばれなかったんだ?戦闘要員としての自信は結構あったはずなんだけど....

 俺の不満と疑問を外に、度重なるアザゼルの暴言で恐ろしい形相となったカテレア。対するアザゼルは余裕の笑みを崩さず、濃厚な魔力を纏いながら上空へ飛翔し始めた。

 

 

「惨めも惨めだろうがよ!認めてもらえないからそいつら全部ぶっ殺す、ぶっ壊す?んなのはガキの癇癪だ!幼児退行もほどほどにしとけ!」

「アザゼルゥッ!!」

 

 

 カテレアはついに怒りの沸点を超えたらしく、猛烈な速度で飛び出すと、アザゼルに向かって杖を振るい、波状の一撃を繰り出す。アザゼルはそれを一瞬で築いた光の防壁で阻み、防いだ。着弾と同時に大爆発が起こり、まき散らされた余波が此方まで届く。

 その爆炎を抜けて、アザゼルの放った大量の光の槍が降り注ぐ。カテレアはそれに驚いたものの、杖から展開した黒い球状のオーラで全身を覆い、全ての槍を防ぎきる。ところが、コウタとの戦いで見た強力な雷が突如として駆け抜け、防御態勢のままカテレアを校庭の地面に叩き付けた。その衝撃でグラウンドが波打ち、砕かれた地が岩となって周囲にまき散らされる。

 け、桁が違いすぎるだろ。これが悪魔、堕天使最強クラスの実力を持った者同士の戦いなのか!

 

 

「ち....これほどの力を持っておきながら、貴方は和平を望むのですか!」

「俺は小競り合いが嫌いなんだよ。そんな面倒なことを続けてたら、やりたいことが満足にできねぇだろ?」

「強大な力は支配者の証です。貴方はそれを持ちながら、支配者という側面を捨てようとしている。....ハッ、実に馬鹿な話です!」

 

 

 っ!カテレアの魔力が更に膨れ上がった?!元々凄い量だったのに、この分だとサーゼクス様、ミカエル様に並ぶんじゃ....!

 戦慄していると、俺の左手に装着された赤龍帝の籠手から、ドライグの切羽詰まった声が響いてきた。

 

 

『あれは無限の龍神・オーフィスの力か!さてはあの女、オーフィスから強化用の蛇を受け取ったな!』

 

(オーフィス?龍神ってことは、ドライグとかアルビオンとかと近いやつなのか?)

 

『同じ龍という括りでいえばそうだが、実力面では桁が違う。この世に存在する生物種でトップクラスの実力を持つ輩だからな。無限の龍神という肩書き通り、無限に等しい力を有している』

 

 

 無限!?なんだそりゃ、チートキャラかよ!そんな奴がバックについてるって、勝ち目ねぇじゃねぇか!

 そんな恐ろしい龍から貰った力を取り込んでいたらしいカテレアは、漆黒のオーラを纏ってアザゼルに迫る。杖が振るわれ、ミサイルが着弾したかのような爆発が起こるが、間一髪で横に避けた。

 カテレアはそれを逃さず、振り向きざまにアザゼルへ黒い光弾を大量に飛ばす。それは分厚い光の盾を多重に展開することで防いだが、一発あたるごとに簡単に砕かれ、弾丸の雨が降り注いだ後は、あれほど大量にあったはずの盾は全て壊されてしまった。

 これには流石のアザゼルも眉を歪ませ始める。それはそうだ。今まで難なく防いでいた攻撃が全然防げなくなってるんだから。

 

 

「アハハ!あれほどの威勢はどこにいったのです!?余裕の無い顔が出て来てますよ!」

「ったく。この馬鹿げた力の出所は、禍の団の頭領、オーフィスか?」

「ええ、ええ!そうですとも!これこそ真なる魔王の力!新しい世界を構築するに足る暴力です!」

「なーにが真なる魔王だってんだ!くそ、できればこんな状況で、ましてやこんな奴に使いたくは無かったんだが、このままじゃ俺があぶねぇしな!....いっちょ、面白い見世物を披露してやんよ!」

「?」

 

 

 カテレアの攻撃を避け、ときには防御しながら腰に差していた短剣を抜いたアザゼル。刀身が外気に触れた瞬間、それは眩い光を放ちながら変形を始め、やがて、光はアザゼルの全身包み込む!

 それを見たカテレアは訝し気な顔を作り、片手に凝縮した黒い魔力の波動をアザゼルに向けて放つ。が、光の中から伸びた黄金の鎧をまとう腕に弾かれ、校庭にまた大きな陥没を生む。

 

 

「な────アザゼル。貴方、その姿はまさか!」

「ほう、気づいたか。随分と察しがいいじゃねぇか」

 

 

 ガシャリ、という重々しい音を響かせて光の中から全容を顕わにしたアザゼルは、片手に槍を持ち、黄金の鎧に全身を包んでいた!フォルムはヴァ―リみたく龍を象っており、また鎧から感じる力も龍のモノだ。

 

 

「これは神器研究で生み出した人工神器の最高傑作、『堕天龍の閃光槍』の疑似禁手化。『堕天龍の鎧』だ」

「人工神器の疑似禁手化、ですって....?まさか、そこまで研究が進んでいたとは!」

「俺の研究の一端を体よく盗んだみたいだが....それですべてを知った気になるのは早合点だったな」

「ちぃ!」

 

 

 カテレアは杖から魔力波を飛ばすが、それらは黄金の槍の一突きで弾け飛ぶ。続けて杖で地面を叩き、アザゼルの足元に魔方陣を展開させるも、一歩踏み出した衝撃で直下に壮絶な一撃。直後に爆発し、魔方陣は不発に終わる。

 反撃を予期したカテレアは黒いオーラを全身に纏うが、煙の中から飛び出したアザゼルの振るう槍がオーラを両断し、その先にあったカテレアの胸を貫く。

 

 

「終わりだ、終末の怪物。お前は支配者の器じゃねぇよ」

 

「ぐは......ッ!」

 

 

 やりやがった!一時はどうなるかと思ったけど、アザゼルの人工神器すげぇ!正直研究馬鹿とか内心で毒吐きまくってたが、これほどの可能性を秘めてたとは!

 隣の部長も一安心といった様相で、胸に手を当てて安堵の溜息を漏らしていた。サーゼクス様やミカエル様も肩の力を抜いている。

 しかし、何故かドライグが突如、焦ったような声を上げ始めた。

 

 

『!────不味い!取り込んだオーフィスの力、アレで全開ではなかったのかッ?!』

 

「は?ドライグ、何言って──────」

 

 

 ドライグに言葉の意味を聞こうとしたとき。金属が砕ける甲高い音とともにアザゼルが吹き飛び、猛烈な速度で校舎の壁に激突して消える。

 衝撃のあまり誰も声を出せない中、アザゼルを吹っ飛ばした犯人....カテレアは、漆黒のオーラを纏いながら手に持った槍の残骸を放ると、手をだらりと下げ、上を向く。

 

 

「オオオ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 

 人の出せる声を逸脱した咆哮を上げるカテレアは、今までとは比にならないオーラを全身から吹き上げる。あれ....これとんでもないことになってるんじゃ?

 それを裏付けるように、焦ったようなドライグの声が再び籠手の宝玉から響いて来る。

 

 

『あの女、オーフィスの蛇に呑まれたぞ!っち、奴め、通常の生物ではあの量の力など持てるはずもないと分かっているだろうに!』

 

(それって、つまり....)

 

『ああ。膨大な力の奔流を処理しきれず、自我が融けて暴走している。ガス欠になるまでアレは止まらんぞ』

 

 

 オーフィスから貰った力を使いきるまで止まらない、さながら暴走マシーンと化したらしいカテレア。それの危機感をいち早く察知したか、セラフォルー様が青い顔で校庭を見る。

 

 

「カテレアちゃん、龍の力に乗っ取られてる....!このままじゃ、学園だけじゃなくて町全体が危ないよ!」

 

「ああ。何とかこの場で収めたいものだが、アレは僕の手にも余るな。だからといい、一秒とて野放しにしてはおくわけにも......」

 

 

 サーゼクス様ですら手に余る....?!どんだけやばいんだよ、オーフィスってやつは!

 でも、ここにいる皆が敵わないとなれば、それは....まさか、全滅?

 

 

(冗談、だろ)

 

 

 いや、全滅などさせない。ライザーと戦った時に誓ったのだ、部長を、グレモリーの皆を守ると。どれほどボロボロにされようと、立ち上がって戦うと!

 なら、俺が行かねば。丁度いい。これ以上俺たちの大切な居場所で好き放題されるのも、そろそろ我慢ならないと思っていた所だ。ここまでやられたんなら一発ぶちこまないと気が済まない。

 ────ドライグ、頼む。少しの間でいい。ここにいる全員を守れるだけの力を、俺に貸してくれ!!

 

 

『Welsh Dragon Over Booster!』

 

 

 流れ込む力が増える。だが、これでは足らない。目の前の敵は禁手化したアザゼルすら一撃で戦闘不能にするような相手だ。もっと、もっと力が、力が必要だ!

 

 

『相棒!これ以上は無理だ!禁手化にすら至っていないお前の身体では持たんぞ!』

 

 

 知るか!ここで死力を尽くさずしてどうする!

 アイツを止めないと、死ぬ。俺だけでなく、部長も、朱乃さんも、アーシアも、小猫ちゃんも、木場も、コウタも、死ぬ。それは、それだけは!

 

 

『む────?何だ。何かが、相棒の思いに呼応して......なッ、これは!まさかコウタ貴様、ここまで織り込み済みだったとでもいうのかッ?!』

 

 

 ドライグの驚愕に染まった声に困惑する俺だったが、それを上回る現象が発生する。

 籠手を中心に赤く薄い装甲が広がり始め、上腕、胸部、腰、そして足の一部だけを覆うひどくシンプルな鎧が身を包む。そして、左手の籠手はフォルムを変え、一回り小さいグローブタイプとなった。

 

 

『Welsh Dragon Approach Fate!』

 

 

 その音声と同時に宝玉から飛び出したのは、黄色い槍....『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』。かつて不滅のライザー・フェニックスを打ち破った必殺の槍だ。

 俺はそれを握り、そして自分の身体に起きた変化を確かめる.....これなら、いけるかもしれない。

 

 

『──────行くのか、相棒』

 

(ああ、行って、戦って、勝つ)

 

『ふ、お前は不思議な奴だな。普通なら絶対に勝てないと言うが、今の相棒になら根拠のない勝利の確信がある』

 

 

 根拠ないのかよ、と文句を漏らしてから、後ろを向き、俺のした一連の変化を眺め、まさか、という目をする皆へ拳を作り、自分の胸へあててみせる。

 

 

「俺、アイツを止めてきます」

 

 

 この言葉はすぐにでも部長に却下され、サーゼクス様からも同様に反対の発言が出ると思っていたのだが、意外にも部長の言葉を制し、迷うような素振りをみせたのはサーゼクス様だった。

 

 

「..........結界の完全修復と魔方陣の解析完了までもう少し。それまで、持ちこたえてくれるかい?兵藤一誠君」

 

「な....!お兄様!イッセーを行かせるというの?!」

 

「残念だが、結界修復を行いながらアレを僕一人で止めるのは難しい。ミカエルとともに打って出てようやく止められるというところだろう。....今は一誠君に、賭けるしかない」

 

 

 部長の苦言を、苦々しい表情で受け止めるサーゼクス様。この場でまともに暴走状態のカテレアと対峙し、侵攻を足止めできる候補はいないのだろう。それでも、時間は稼がなければならない。

 多くの人が生き残るためには、誰かがカテレアの前に立たなければないらないんだ。

 

 

「....イッセー」

 

「イッセー、さん」

 

 

 時間がない。この状態だっていつまで保持できるか分からないのだ。十分、いや五分でももってくれれば僥倖と言ったところだろう。

 俺は会議室の窓があった場に片足をかけ、部長とアーシアに向けて精一杯の笑顔を作ってから、

 

 

「絶対、勝ってくるから!待っててください!」

 

 

 槍を腰につけ、校舎の壁を駆けおりる。最中は猛烈な風が顔を叩いているはずだが、それは何故か全くと言っていいほど感じず、落下の速度すら遅いと感じた。

 そして、籠手からドライグの声が再び響いて来る。

 

 

『その槍はケルトで有名なフィオナ騎士団随一の騎士、ディルムッド・オディナが所持していた二槍の内の一槍だ』

 

 

 ドライグの声を聴きながら地面に降り立ち、未だ地を震わすような呻き声を上げ続けるカテレアの元へ疾走を開始する。正直怖くて仕方ないし近づきたくなんて毛頭ないが、震える足に鞭打ち、いつもとは比べものにならないほど軽い身体を動かす。

 

 

『恐らくだが、コウタによって魔力に変換され、俺に預けられていた槍が籠手と親和性を持ちはじめていたのだろう。そこに相棒の強く真っ直ぐな心が加わって、槍に宿る思念が籠手と共鳴した結果、元々の能力の大半を割くことで、生前のディルムッド・オディナに近い体技を模倣できる鎧が完成した、ということだな。残念ながら、現状はかなり不完全ではあるが』

 

(つまり、俺は今....その、ディルなんとかって人の動きを真似できるってことか)

 

『大雑把に言うとそうだ。だが、気を付けろよ相棒。今の相棒の力の全てはその槍が担っている。破壊されたら力は失われ、敵の眼前で丸腰だぞ』

 

(り、了解)

 

 

 想像しただけで肝が冷える状況だけに、ドライグの忠告は素直に聞いておくことにした。やはり、今の俺では限定的な強化が精々といったところなのだろうが、こんな中途半端な状態で、果たしてあんな怪物に勝つことができるだろうか。

 

 部長たちを守って死ぬ覚悟が無い訳ではない、無い訳ではないが、生きる希望は未だ胸に裡にある。

 そうだ。終わるには早すぎる。だからこそ、俺が悪魔になったあとに叶える夢が、願いが、その悉くが吼えるのだろう。

 

 

 ────死ぬのはせめて、美少女の乳を揉んでからだと!

 

 

 猛る心に任せ、ついに漆黒に染まる変わり果てたカテレアの元へたどり着く。そして、槍を前方に突き出そう、とした寸前で身体を捻り、爪先で地面を蹴ってその場を離脱。直後に漆黒のビームが放射され、一秒前に俺が立っていた場が爆音とともに抉り取られる。

 通常では絶対にできないはずの動きをやってのけた自分にも無論驚いたが、敵の攻撃が想像以上にえげつなかったことに口の端が引き攣る。

 

 

「オ、オール即死攻撃とか、今時のゲームでもそんな敵出さないっての!」

 

 

 思わず涙目になるが、もう一度の突撃を試みる。今度は直線ではなく、回り込んでの一撃だ。

 自分の走る速度にいちいち驚愕しながらも、放たれる攻撃を躱し続け、ついに懐に入る。そのまま駆け抜けざまに一閃を繰り出し、わき腹を浅くではあるが削った。よし、攻撃はトンデモクラスだが、動きは今の俺なら余裕でかわせる!このままダメージを入れ続ければ....

 そう確信し笑みを浮かべたところだったが、何故か言いようの無い悪寒を背後から感じ、全力で前に飛ぶ。それから間もなく、背中に猛烈な衝撃が駆け抜け、視界が一瞬真っ白になった。

 

 

「ごっ....ふ?!」

 

 

 だが、俺の中にディル何とかという英雄がいるお蔭か、すぐに向こう岸へ行きかけた意識を手繰り寄せ、地面に手をついて後ろに跳ぶ。それで距離を空けながら空中で状況確認。目前に黒い光弾。当たったら即死亡。

 刹那での判断後、持っている槍を地面に突き立てて軸とし、真横に移動する。それで先の一発目を回避し、その後方から迫る漆黒の波状攻撃は跳躍で躱す。

 

 

「マジかよ!俺こんな動きできるはずないのに出来てるすげぇ!」

 

 

 混乱と興奮が入り混じった訳のわからん状態になりつつも、普段の俺だったら一秒と経たずに蒸発する即死攻撃のバーゲンセールを搔い潜る。ディルなんとかさんマジすげぇよ!

 俺はそんな昂揚感を覚えつつ、しかし別側面では冷静に戦況を把握し、再びカテレアを中心として円を描きながら疾走する。その間に飛来してくる黒い魔力波は、跳ぶか移動速度に緩急をつけるかで上手く回避していく。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

「ってか女の子が上げていい声じゃねぇぇぇ!怖ぇぇぇぇ!」

 

 

 カテレアを引き付けるという当初の目的は果たせているが、とても攻撃どころではない。もはや回避で精一杯だ。

 しかし、弾幕ゲーはいくつかやったことはあるが、まさか主人公視点だとここまで恐怖だとは思わなかった。一撃でも貰えばアウトの攻撃を回避し続けるって狂気の沙汰だろ!

 

 

「っく....だからといって、このままじゃどうせ......!」

 

 

 そう。俺には時間制限がある。この強化も永続ではなく、槍にある魔力がつきれば俺の強化も解かれ、ただの悪魔に戻ってしまうのだ。出来うるのならば、その前に決着をつけたい。

 俺は震える唇を噛んで覚悟を決め、ばら撒かれた黒い光弾を左右に跳んで回避する。....ただし、これまでと違いカテレアに向かって、だ。

 

 

「ぬおおおおおおおっ!負けて、たまるかあああああ!」

 

 

 光弾を抜けた先には真一文字の衝撃波。それは上に高く跳んで回避。しかし間髪入れずに光弾が乱射される。空中では自由な動きは封じられるため、迎撃しかない。

 俺は自分の中にいる英雄のお蔭で研ぎ澄まされた感覚と経験を利用し、視界の中を飛ぶ光の雨が、このまま直進したとしてどれほどの数が己に被弾するかを割り出す。そして、

 

 

「ドライグッ!アスカロン!」

 

『応よ!』

 

 

 俺の呼びかけに応じ、左手にあるグローブタイプとなった赤龍帝の籠手からアスカロンの刀身が出現する。

 俺は空中で右腕を引き、直撃する軌道を飛んでいた四つの光弾のうち二つを槍の刺突で逸らし、更に残りの二つはアスカロンの斬撃で両断する。その間に三つほど別の光弾が身体の各箇所を掠めたが、こんなものじゃ俺は止められない。

 既に敵は目前。着地を狙った衝撃波は、槍を地面につき刺し、そこを起点として再度跳躍する棒高跳びの要領で距離と滞空時間、高度を稼いだことで、直下を通過させやり過ごした。そこから身体を回転させ、地面から引き抜いた槍をそのまま上段でカテレアに叩き付ける!

 

 

「っ....その黒いオーラ、盾みたいにも使えんのかよ....!」

 

 

 槍の穂先はカテレア本体には届かず、その寸前で蟠った黒いオーラに阻まれていた。くそッ!あとちょっとだったのに!

 思わず悪態を吐いたが、来るであろうカテレアの迎撃から身を守るため、俺は碌に悔しむ間もなくすぐさまその場を離脱し、直後に吹き荒れた黒い暴風をかろうじて回避し続ける。

 ────だが、ついに『そのとき』はやって来た。

 

 

『相棒!不味いぞ、そろそろ時間切れ(タイムリミット)だ!』

 

「────────ッ!」

 

 

 恐れていたタイムリミット。それが目前にある。

 それを自覚した瞬間、今更のように一撃を貰った背中がじくじくと痛み始め、それはやがて俺の動きを鈍くさせる。少しでも回避の精度を落とす訳にはいかないのに、終わりという冷水を浴びせかけられた俺の思考は急速に冷め、誤魔化し続けて来たツケが少しづつ降り積もっていく。

 足に、腕に、腹に、顔に、至る所に傷が増え始め、それが原因で更に動きが悪くなる。どうする、どうするんだ俺。このままじゃ確実に死ぬ。ドライグの声も霞んできた。

 

 

「ぐ、お.....?!」

 

 

 俺の近くに着弾した攻撃の余波に巻き込まれたか、予想外の衝撃で吹き飛ばされる。地面を何度も転がり、持っていた槍の感触が無くなる。

 すぐに立ち上がらなければならないのに、身体は思うように動いてくれない。まるで鉛でも背負ってるかのよう....いや、違う。これが普通の、俺の()()の動きだ。つまり、強化は解かれた。

 

 

(く、そ────)

 

 

 結局、負けた。あれほど大口たたいておきながら、このザマだ。

 

 頭を強く打ったのか、視界がぼやける。顔を地面から起こしているはずだが、何も見えやしない。もしかしたら、俺は既に死んでいるのかもしれないな。

 部長を、グレモリーの皆を守れず、サーゼクス様との約束も守れず、死んだのか。無様で、無謀な吶喊をした挙句....

 

 

(死にたく、ねぇ)

 

 

 望みが、ある。

 

 

(まだ......)

 

 

 叶えたい望みが、ある。

 

 

(まだ、死ねるかよ!)

 

 

 

 俺は、ハーレム王になるんだ!

 

 

 

「よく言った!....なら、後は任せろ!」

 

 

 

 開けた視界の先には、俺の良く知る後輩が立っていた。

 

 




イケメン嫌いのイッセーが、Fate屈指のイケメンを憑依経験するという皮肉。

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