前世も現世も、人外に囲まれた人生。   作:緑餅 +上新粉

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卒業研究って何なんだ...後ろ二文字取って普通に卒業させてくれよ....

そんなわけで最近かなりローテンションだった作者は、読者へ投稿が遅れたことに対する謝罪の意を示しつつも、以降も同様のペースになる恐れがあることを示唆するのであった。


File/50.壬生の狼

 新撰組。それは、かつて京都を震え上がらせた会津藩直属の浪士組だ。

 

 徳川14代将軍家茂の上洛警護、並びに京都市中見廻りの任についていた壬生の狼。その異名に違わぬ多くの功績と、同時に悪評も持っており、中でも副長である土方歳三の過激な言動は日本史においてあまりにも有名だろう。

 そんな新撰組には、土方以外にも名を馳せた者が多数存在する。局長である近藤勇。副長助勤の斎藤一。二番組組長の永倉新八。....そして、無敵の剣と称された斎藤一とともに、猛者の剣と周囲に言わしめた一番組組長────沖田総司。

 

 

「な......んで」

 

 

 そう。現在の俺の脳内を埋めつくすのはひたすらに『何故』という疑問の言葉のみだ。判明している聖杯の特性から、下手をすれば戦闘向きではない、作家やら学者やら後衛戦術家のような英霊が出て来てもおかしくはないと思っていたのに、いざ赤色の火炎を切り裂いて現れたのは、『最も戦闘向きな英霊』の順位をつけるとしたら上位に食い込むこと間違いなしの人物だ。

 惚ける俺に気付いたか、沖田総司と思われる少女は、此方を見ないまま愛剣である菊一文字をお馴染みの霞の構えで空中に固定し、予想以上に通る声で言葉を発した。

 

 

「問答は後にしましょう、マスター。今は己が名や来歴を語らうよりも先に為さねばならないことがあります」

「あ....ああ。そう、だな」

 

 

 間抜けな話だが、それで今までの自分が置かれていた状況に気付き、急いで龍の回路へ切り替えた。その一瞬で吹けば飛ぶただの人間から、最高峰の魔術師すら見上げる程の高みへ昇り詰める。....多少の認識のズレはあるものの、使い方自体は同じだ。問題ないだろう。

 俺は片膝を着いた状態から地面に両手を置き、迸る青雷とともに二振りの長刀を精製(フォーム)する。それを立ち上がる過程で掴み、切っ先まで作り終えたところで引き抜くと、一本を上段、二本目を中断に置き、切っ先を前方に向ける逆二刀の構えを取った。

 そんな俺たちの動向を伺うように、影のような黒いローブは間合いを調節する。が、どうやら彼女にとっては、この程度の距離は『無い』に等しいらしい。

 

 

「隙は『待つ』ものではなく、『作る』ものです」

 

 

 砂を跳ね上げる音が響いたと思った時には、既に黒ローブが8人ほど地面に蹲っていた。一様に足を引き摺っているところを見るに、もれなく腱を切断されたらしい。

 あらゆる高速『移動』のプロセスを体感した俺でもその過程が殆ど掴めなかったことから、沖田は恐らく縮地を使ったのだろう。縮地とは、動物の持つあらゆる運動能力を凝縮することで為す歩法の極みだ。

 突然の事態に動揺を隠せないローブの数人は、倒れた仲間の姿を見るや堰を切ったように詠唱を始める。しかし、刹那の間に白刃が絡み合うように駆け抜け、あるものは五指を飛ばし、あるものは顎を落とし、あるものは両耳を失くした。地を彩る鮮血で先の昏い光景が脳裏を過り、思わず制止の声を上げかけたが、それを制するような凛とした声が滑り込む。

 

 

「刃を向ける敵を殺さない、というのは要らぬ甘さですが、マスターがその場限りの正義感や義侠心に酔う者でないことは理解しているつもりです。故に、この場においては我が信念を曲げましょう」

「っ、分かってたのか?」

「ええ。こうして召喚される以前に、貴方のことは聖杯から聞かされていましたから」

「なるほど、それで俺が人を殺せないことを知ったわけか。....俺がそのことに気付いたのは、ここに来てようやく、だったんだけどな」

 

 

 淡々と話す沖田に苦笑いを浮かべて返答しながら火球を半身引いて躱し、別の三方向から飛来してきたものはアルキュオネ、アステローペ、タユゲテのアイアスを展開し受け止める。それを確認するよりも疾く片足で踏み込んで黒ローブの懐へ入ると、振るった刀の峰で横腹を強かに一撃。同時に魔力が撃発し、受けた黒ローブは真横に吹っ飛んで仲間の数人を巻き添えに昏倒した。

 会話を止めて戦闘に集中しているところではあるが、やはり横目で沖田の動きを追ってしまう。己が到達点のひとつとしている人技を超えた体捌きと剣戟がすぐそこにあるのだから、気になってしまうのも仕方ないというもの。

 とはいえ、流石は人斬りの達人。斬る者はまた斬る者に追われるのは常であり、俺の視線にはすぐ気が付いたらしい。

 

 

「修羅場では雑念に塗れた者から先に斃れて行きます。技量で油断を賄えるこの場なら良いですが、敵方もマスターを殺すことが目的である事をお忘れなく」

「....すまん。その剣は後の参考にしたいから、ついな」

「────私の剣から学び取れるものなどありませんよ。殺すために会得し、殺すために磨いた血生臭い技術です。決して、マスターが目指していいような剣ではありません」

 

 

 俺は、その言葉と共に覗かせた悲哀の顔を見逃さなかった。砂利を跳ね飛ばし、風を捻じ曲げて壮絶な一刀を繰り出し続ける行為とは、あまりにも不釣り合いな沖田の表情を。

 しかし、それもほんの一瞬。沖田は見間違いと思ってしまうような刹那で鬼神の表情へ戻り、再びの縮地を敢行。そして、瞬きの間に腱を切断されたと思われる黒ローブが10人ほど地面に這い蹲る。それにしても、刀身に血痕の一滴すら付着していないのは一体どういうことなのか。

 

 

「全く、マスターの注意散漫を指摘しておきながら、当の私がこれではいけませんね。土方さんの前でやろうものなら、一か月雑用を押し付けられかねません」

「土方はそうでも、俺は雑用を押し付けたりはしないぞ」

「なるほど、それなら安心ですが、マスターの思っている雑用とは恐らく違───ごふっ!持病の癪が?!」

「おわぁっ!?このタイミングで病弱発動かよ!しかし改めてリアルで見ると吐血量やばいな!でもいつもの沖田さんで安心!」

「さ、最後の方は聞かなかったことにしておきますので、取り敢えず今にも天に召されそうな私を介抱してくれませんか....?」

 

 

 恐ろしい勢いで青息吐息な様相となってしまった沖田に、握っていた刀を放り棄て慌てて肩を貸す。一瞬要らん感情が鎌首をもたげそうになったが、精神世界でそっちの自分を思い切り殴り飛ばし、理性を司る俺に再度コントロール権を譲渡する。

 しかし、さっきまで絶対零度の目で刀を振っていたというのに、今の彼女といえば死んだ魚のような目だ。この締まらなさが沖田総司という少女の素晴らしいところではあるのだが、当人からすれば甚だいい迷惑だろう。話は変わるが頬に触れる彼女の髪の匂いは実に良い。

 と、余計な感想は後回しにして、沖田さんの回復を早められないかと治癒の術式を起動させる。それを見た彼女は、表情の幾分かを驚きへと変化させた。

 

 

「マスターは治癒の術にも優れているのですね。これなら早めに持ち直せそうです」

「お、おお。そうか、よかったぜ。......と、一息つけたここらで、こちらとしてはそろそろ真名とクラスを伺いたいところなんだが」

 

 

 ここいらが確認のし時だろう、と思い口に出してみたところ、沖田の方はすっかり失念していた、という表情で居心地悪げに頬を掻き、蒼白となった顔ながらも何とか平時のものを装うと、ペコリ、というか、ガクリに近い会釈をした。

 

 

「そ、そうでしたね。このような形では緊張感が無くて申し訳ないですが....こほん、私は新撰組一番組組長、沖田総司。縁あってセイバーのクラスで馳せ参じました。以後、宜しくお願いします、マスター」

「よろしく。沖田さんって呼んでいいか?」

「どのような呼び方でも構いませんよ。常識の範疇の仇名であれば、大方呼ばれ慣れてますので」

「了解」

 

 

 やはり沖田さんだったか。いや、これほど分かりやすい衣装来てれば一目瞭然だろうが。そもそも、彼女に対する大体の情報は既に知り得てるのだ。

 しかし、何故彼女が俺の呼びかけに応じてくれたのだろう?確か英霊となる以前から聖杯に対しての願望は持っていたはずだが....まぁ、それはいずれ聞くとしよう。

 

 取り敢えず、突如襲撃してきた黒ローブはアザゼルとヴァ―リの奮闘もあって殆ど片付いている。ここ以外の状況は分からないため結界の修復の進捗は不明だが、そろそろ援軍の残弾も尽きている頃だろう。ということで、放っていた長刀とアイアス・プレイアデスを魔力に還元しておく。

 ────さて、目下の問題だが、これは禍の団によるテロであることは間違いないと見ていい。だとすれば、この程度で事件が収束してしまうのは些か妙だ。ここまで見事なタイミングで仕掛けて来たのだから、こちら側に揃う戦力は把握していて然るべきである。

 

 

「大分、落ち着いてきたか?」

「あ、はい。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。....もしかしたら大丈夫かもと楽観していましたが、現実とは残酷なものですね」

「うーん、残念ながら病弱はデフォルト装備だ」

「あぁ....聞きたくありませんでした。その事実」

 

 

 俺は心身ともにダウンしてしまった沖田を膝に寝かせ、継続して治癒の術式を使用して回復を図っている間、この後に起こるであろう事態を想像する。

 オーフィスの話では、今代の魔王を憎む旧魔王派が活発に動き回っているらしく、介入してくるとしたらこっちの連中だろう。狙いは....変に捻くれた考え方をしなければ、三陣営の和平を阻む、これしかない。

 

 ────こうして真剣な考えに没頭していても、この状況に浮足立っている自分がいる。

 

 沖田さんに膝枕。膝枕だ。既に何度か夢なのではないかと青痣ができるほど横腹をつねったり、出血するほど舌を噛むくらいにはおかしなテンションになっている。出会えて会話しただけでも飛び跳ねたくなるほど嬉しいというのに、膝枕なのである。浮足立ちすぎて成層圏まで飛び立ってしまいそうだ。

 こんなどうしようもない状態だったから、すぐ後方で起きた異変に対する反応がどうしようもないほど遅れた。

 

 

「っ、マスター!」

「え──────?」

 

 

 背後で爆音が響いた瞬間、血相を変えた沖田が弱っているとは思えないほど素早く上体を起こし、惚ける俺の肩に手を置いて前方へ跳ぶ。明らかに無理な態勢だったはずだが、それで俺との位置を見事に入れ替えて見せた彼女は、鞘走りの音が聞こえたのを見るにそのまま刀を抜刀したらしい。

 瞬間、凄まじい速度で硬質な物体が衝突した爆音が響き、生じた衝撃波で大気ごと周囲の砂礫が後方へ押し流される。それに混じり喜悦に彩られた涼やかな声が耳に届いた。

 

 

「へぇ!君は初めてみる顔だ。ツユリ=コウタのことを『マスター』と呼ぶのを見るに、もしかしてあのクー・フーリンと近い関係にあるのかな?──ふふっ、だとすれば実に興味深い!」

「余計な好奇心は身を滅ぼしますよ。果たし合う相手に対し抱く感情は殺意意外不要です」

「....これはまた筋金入りの剣客だね。はは、どんな戦いの中を生きたら君みたいな目になるのか」

 

 

 弛緩した気を今一度張り直しながら後ろを振り向くと、そこに居たのは白銀の全身鎧をまとったヴァ―リだ。沖田は彼の接近に気付き、迎撃のために先の行動をとったのだろう。

 彼の拳に刃で応え、力任せに鍔ぜりあう彼女だが、未だ病み上がりの状態だ。ここは一旦下がらせ、代わりに俺が出るべき─────

 

 

「貴方の殺し合い愉しむ心理、私には全く理解できませんね」

 

「ッ、────?!」

 

 

 耳朶を打ったのは、金属と金属が噛み合う壮絶な打撃音。時間にして一秒にも満たないその間に、優勢を勝ち得ていたはずのヴァ―リは余裕を失った顔で後退している。

 それもそのはず。沖田は今の一瞬で、ヴァ―リの腕を弾き、そして五の斬撃と八の突きを放ったのだから。

 

 

「ぐっ......以前といい、何とも恐ろしい手駒を揃えて来るものだな。俺の最高の敵は」

 

 

 バイサーを割り、鎧の至るところに刀傷を刻まれたヴァ―リは、尚も笑みを崩さない。この分だと、やはり彼は追い詰められれば追い詰められるほどに愉悦を感じるのだろう。実に変態的だが、敵としては厄介な存在だ。

 俺は意図せず前線から離れた場で、干将莫耶を創造し両手に掴む。そして、ヴァ―リが沖田の動向に注視している隙をみて、立つ位置を調整しておく。

 

 マスターとサーヴァントに対し、他者との戦闘において与えられる役割は、前者が後方支援、後者が前衛交戦が一般的である。だが、それはマスターの戦闘能力が乏しい場合だ。戦えるのなら、戦うという意志があるのなら、サーヴァントが危機的状況に立たされた時は迷わず飛び出すべきだろう。

 

 沖田は流石のもので、通常通りを装っている。だが、戦闘中に手心を加える余裕まではないと見た。ステータスを軽く確認したのだが、病弱のランクはやはりA。一度発動すればごっそりと体力を削られるだろう。長期戦は避けたいところだが、白龍皇はそれが罷り通る相手ではない。何かあったすぐにでも加勢に────、っ!

 

 

「おっと、不意打ちとはらしくないな、アザゼル」

「なに、出来るときは不意打ちだろうが騙し討ちだろうがやるぜ?俺はよ」

 

 

 突如、俺から見て前方より飛来してきたヴァ―リを狙う眩い光の矢。それを翼から展開した防壁で防いだ白龍皇は、口角を吊り上げながら降り立った堕天使総督を見やる。

 この状況から察するに、ヴァ―リは堕天使側へ反旗を翻したのだろう。そして、魔王二人やミカエルの居る場で俺を堂々と亡き者にしようとしたことと合わせ、三陣営どちらにもつくつもりはないことは自明の理。ならば、

 

 

「白龍皇。お前....まさか禍の団側につくつもりか」

「察しが早くて助かるよ、ツユリ=コウタ。和平を結んでぬるま湯に浸かろうと画策する奴らより、世界全てを敵に回して戦争をする奴らにつくほうが何倍も楽しそうだろう?」

「ッチ、薄々そうなるんじゃねぇかと思ってたが、ここまで戦馬鹿だとはな」

 

 

 アザゼルは忌々しそうに吐き捨てるが、その眼には少し色の違う感情も混ざっていた。

 なにやら両者には只ならぬ確執があるのかもしれないが、それで動きを鈍らせては沖田にどやされる。実際、目前で構え続ける彼女には、会話の内容など一切気に留めず、隙あらば殺るだけといわんばかりの雰囲気が漂っていた。

 だが、ここで最大戦力の一つとして数えられるヴァ―リが敵に回るのは痛い。校舎側でも不穏な魔力の動きが絶えないし、今回の騒動を起こした黒幕がグレモリーの皆や会長と接触しているかもしれない。今はその人物の情報が少しでも欲しいところだ。

 そんな心配をしていた俺の心を見透かしたかのように、アザゼルは此方の方へ視線を向けると、親指で駒王の校舎を指した。

 

 

「向こうは先代レヴィアタンの末裔、カテレア・レヴィアタンの対応に追われてるぜ。サーゼクスが話し合いでの和解を求めてるが、無理だろうな。ありゃ手遅れだ」

「じゃあ、戦闘は避けられないと?」

「あぁ。だが、サーゼクスとミカエルは侵入した魔術師どもの攻撃に耐え、結界の維持をしなきゃならねぇ。とはいえ、同郷のレヴィアタンとの戦闘には消極的であろうセラフォルーは動けない、んでもってセラフォルーの妹とグレモリーは戦力的にゃ論外だ。とどのつまり、満足に戦える輩があっちにはいねぇ」

 

 

 セラフォルーはあれで先代のレヴィアタンを慕っている節がある。だが、ここまで大規模なテロに加担してしまっている時点で、カテレアと現魔王との間に走った亀裂は相当に深いだろう。ここまで決別していれば、最終的にはサーゼクスは非情になれるだろうが、彼女は難しいと言える。

 グレモリー眷属もカテレアとの戦いには適さない。戦争以降は冥界の端に追いやられた先代魔王の血族だが、激しい戦火の中を生きた『終末の怪物』の名は伊達ではなく、それに足る実力を備えている。グレモリー眷属の最大戦力である姫島先輩でも相手にならないだろう。

 かったるそうに腕を回すアザゼルは、さらりと向こうに大型の時限爆弾があることを曝露した後、おもむろに十二の黒翼を展開させた。

 

 

「....と、いうことでだ。このやんちゃドラゴンの相手を頼んでもいいか?見たとこ、頼もしい援軍もいるみてぇだしな」

「ってことは、アンタはカテレアとの戦いを引き受けると?」

「何だ、信用できねぇって顔してんな?でもよ、どちらにしろ選択肢はないんじゃないか?」

 

 

 確かに、そうだ。ここでアザゼルの提案を聞かずに向こうへ行っても、恐らく面識も何もない俺との戦闘をカテレアは望まないだろう。沖田の容態がすぐれないこともあり、できればこの場を動く分で消費する体力も惜しいところだ。

 とまぁ、ここまで材料が出そろえば、俺が下す判断は一つしかあるまい。

 

 

「....じゃあ、グレモリーの皆を頼む、アザゼル。派手にやり過ぎないでくれよ」

「もう少し不承不承って感じの顔を隠して欲しかったが、いいぜ。お前も深追いし過ぎるなよ、ツユリ」

 

 

 アザゼルはそれだけ言うと、片手をヒラヒラと振ってから土煙を上げて上空に飛翔し、校舎の方へ一息に飛んでいった。

 てっきり妨害が入るだろうと思って、さりげなく干将莫耶を握り込み、腰を落としていたのだが、ヴァ―リは目をつむったまま最後まで動かなかった。

 

 

「アザゼルを行かせてよかったのか?」

「なに、俺は君と戦う為にこの場に立っていると言っても過言ではないんだ。確かに、アザゼルとも一戦交えたかったが、君とは万全のフィジカルで臨まないと歯が立たないからね」

「そりゃ、光栄なことで。でも、残念ながら今回は控えに回らせて貰うぜ」

「....なるほど。先ずそこの女を倒さねば、君とは戦うことすらできないと、そういうとか」

 

 

 俺の言に反応し、ギシリ、と鎧を軋ませる音が響く。先ほどの攻防を思い出したのか、ヴァ―リは両拳を握りながら声のトーンを一段と落とし、今まで動向を窺っているだけだった沖田に対して、明確な敵意を飛ばし始めた。

 それにしても、まるで沖田との戦いが前哨戦で、俺との戦いが本戦といわんばかりな白龍皇の物言いには苦笑いを禁じ得ない。剣術、体術どれをとっても俺は彼女に勝てる要素など一分たりともないのだから。

 

 臨戦状態となった白龍皇を見て、チラと此方を窺ってくる沖田。恐らく、己のやり方に準じて良いかという問いだろう。俺はそれに対し、自由にやってくれて構わない、という意を乗せた視線で応える。その旨を受けとった彼女は軽く頷き、刀を一度正眼に構えた後、深く息を吸って再び腰を落とし、霞の構えに入る。

 今の沖田から漂う練気は相当なものだ。人を斬った人間は外道へと弾かれ、殺めた数だけ人に向ける刃の迷いは消えると言うが、これほどまでに磨き上げるにはどれほど刀を振るえばよいのか。

 ....そんな鬼気迫る様相の彼女を前にして尚、白龍皇・ヴァ―リは動じない。

 

 

「以前刃を交えたクー・フーリンは正しく大英雄だったが、君はただの剣客と見受けられる」

 

「......」

 

 

 彼が沖田を過小評価する理由の根幹はこれか。とはいえ、兄貴と沖田を同じ台に並べてしまうのは如何なものか。

 最早言うまでも無く、神代の英傑であるクー・フーリンと比べたら、よっぽど沖田は人間らしい人間だ。歴史は浅く、神秘も薄く、打たれ弱い。屈強なスーパーケルト人をなぎ倒していた彼と比べれば、力不足は否めないだろう。

 

 だが──────、沖田総司という英霊(人間)は、果たして弱者だろうか?

 

 ヴァ―リは開いた手のひらに青白い光球を生み出し、それを右手全体に纏わせる。拳を作り、そして翼を水平に広げると、ジェットエンジンのイグニッションのような爆音を轟かせて、沖田目掛け直線に飛び出す。

 

 

「さぁ、さきほどの剣筋程度なら、もう見切れるぞ!」

 

「─────────ふッ」

 

「────はッ、殺った!」

 

 

 ヴァ―リの吶喊に対し、左右から挟み込むような二つの白刃が迎え撃つ。だが、言葉の通りその軌道は見切っており、右翼のみを勢いよく動かすことで進行方向を変え、左手で斬撃の衝撃を打ってずらし、更に翼を蠢動させると、無防備な死角へ回り込む。重ねて移動途中に攻撃の初動は済ませており、岩をも砕く白拳が一秒も経たず放たれる。

 

 

「一応、言っておくが」

 

 

 

 ────その拳が別方向から加えられた力のベクトルにより大きく跳ね、続けて空いた胴に突きが二本刺さる。

 

 ヴァ―リは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()沖田に寸でのところで気付き、今度は両翼で前方の空気を叩いて素早く退いたようだったが、それでも完璧には回避できなかったらしく、右胸部の装甲に蜘蛛の巣状の亀裂が刻まれている。

 

 

「────沖田さんは俺より強いぞ」

 

 

 ヴァ―リが回避時に巻き上げた砂煙をX字に切り裂いて吹き飛ばし、姿を見せた沖田には傷一つない。どうやら持ち直してきたらしい。

 遅まきながら、彼はこの時点で彼女に対する認識を改めることとなるだろう。

 

 

 剣気を纏った沖田総司と言う少女は、かつて世界を動乱させた龍を宿す少年に対し、異端の領域にまで踏み込んだ剣技で圧倒する。

 

 ────強さとは、来歴や見た目で決まるものでは無く、何を極めたかで決まるものだ。

 

 ────ならば。剣を極めた沖田総司が、凡百の人間の中の一で在る筈がない。

 




初見で侮られない為にはカリスマが必要です。

AやらA⁺あったら本当に無条件でついて行きたくなるのだろうか...?
なんかお菓子に釣られてわるいおとなに捕まる子どもみたいですね。


※通常、沖田さんは宝具『誓いの羽織』を発動している間に刀を菊一文字とし、それ以外は乞食清光という刀を佩びていますが、本作では例外とし初回から所持しています。

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