前世も現世も、人外に囲まれた人生。   作:緑餅 +上新粉

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ついにアイアスにも魔改造の手が...
そして、まさかのオリ主にも....?


File/47.龍の回路

 次元の狭間とは、全ての時代の世界から排斥されたものが行き着く果てである。

 

 ここには何もない訳ではないが、だからといって何が出来る訳でもない。ただ点々と不要となった世界の切れ端、世界の一部になれなかった大地が散在しているのみで、何一つ意志ある者を満足させられる価値あるモノなどない。

 いかな生命も、この無限に等しい不毛の異界を彷徨えば、心はすり減り、己が存在する意味を見失う。それに弱者も強者も関係なく、ここで振るわれる力の悉くは無意味となる。この場にある何を壊し、呪おうと、この場にない何を創り、願おうと、全てはこの異界で解決し、完結する。何故と問われるまでもない。存在意義を奪う『無』が跋扈するこの異界において、奪われた存在の与える影響は等しく無意味となるのだから。

 

 そんな異界の片隅で、吹き荒れる嵐があった。

 

 嵐は二つ。そのどれもが、圧倒的な熱量を持つ魂の渦で『無』を寄せ付けない。この場においては絶対の権力を持つ無に呑まれ、無為で無意味な存在に成り下がるはずである凡百の生命が、ただ其処に立っているだけで形の無い王を圧倒する。

 そして、『無』は悟る。アレらは魂の質が違う。仮に我らが数千年かけて凌辱し、蝕もうとも風化しないのではないかと。その結論へ至ったと同時に、『無』は一個の龍神と、一個の人間の前に膝を折る。

 だが、それは決して恥ずべきことではない。

 

 ───無限を冠す、神羅万象の影響を存在だけで捻じ曲げる龍神。

 ───聖杯と同化したことにより、あらゆる害意にも染まらぬ無色の魂を擁する人間。

 

 両者は、万夫不当の王という視点から見ても異常なのだから。

 

 

 

 

 

「......『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』」

 

 

 俺は魔力を集中させた状態で呟き、前方にアイアスの盾を出現させる。本来はそこで魔力を障壁の構成、概念復元と強化から離れて維持に回すのだが、尚もその行為を止めない。やがて花開いていた花弁に異変が現れ始め、それを期に一際強く『型』を含む魔力を注ぎ込む。

 

 

「『天蠍宮(ミリアド)────陽鎖す赤色の星(アンタレス)』!」

 

 

 喉奥から絞り出すような叫びとともに、花開いていた七つの花弁の背後、そこに大きく揺らめく赤い蕾を出現させる。それに確かな手ごたえを感じつつ、歯を食いしばりながら両手を使い、片方で一輪目の維持、もう片方に障壁構成のための魔力を回す。そして、二輪目が花開いた瞬間、既に出現していた七つの障壁の後方に一際赤く輝く新たな一枚の巨大砦が築かれた。....総計、八枚。

 飛び道具を使った攻撃には比類なき防御力を発揮するアイアスの新たな姿。名づけて『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)天蠍宮(ミリアド)陽鎖す赤色の星ー(アンタレス)』。これは元の一輪目で七つの魔力障壁を展開したあと、更にもう一輪を出現させ、強力な八枚目の防壁を築くというものだ。技の構想はさそり座を構成する星の中で最も明るい、アンタレスという恒星から頂いた。

 恐らくこの盾ならば、兄貴の投げボルクを完璧に防げるだろう。何故なら、八枚目は最も堅牢であると言われる七枚目のアイアス十枚分の強度を持つよう設定したのだから。

 そんな超常の盾を発動できた達成感に奮える声を隠すことなく、俺と対面している、現時点で最高峰の火力を誇るだろう無限の龍神に向かって叫んだ。

 

 

「オーフィス!全開で来いッ!」

「うん」

 

 

 龍神さまは俺の言葉に笑みを浮かばせながら頷き、手のひらを突き出す。その手中に漆黒の焔を生み出すと、同色の黒翼を広げてから、背に黒い光輪を三つ展開させたあとに眼前に浮かぶアイアスへ向かって放出する。

 瞬間、闇より昏い極光が赤色の盾と衝突する。途端に前面へ展開していたアイアスの障壁が五枚砕かれ、花弁がちぎれ飛んだと同時に左腕へ猛烈な負荷がかかる。が、魔力を注ぎ続け、六枚目でなんとか侵攻を一旦防ぐ。

 

 

「コウタ凄い。じゃあちょっと強めにする」

「?!」

 

 

 オーフィスの背に展開している光輪の二つが一際昏く輝いたのをチラリと横目に見た後、左手に掛かる負荷が恐ろしい程に増す。それはあっという間に許容量を超え、左腕が弾かれると同時に六枚目と七枚目が同時に破られる。そして、ついに最後の八枚目。

 

 

「ぐ、おおおぉあッ!....なんつー、力の塊だ!」

 

 

 山が一個二個どころじゃない。国一つが消し飛ぶのではと思うほどの砲火だ。正直受け切れる自信は絶大なほどあったのだが、やはり地力が違ったか。八枚目は未だ破られてはいないが、もう一段階あげられると確実に持たない。が、普通のアイアスでは数秒と持たないはずのオーフィスの攻撃を数分間持ちこたえられたのは多大な進歩だ。

 三つ目の光輪が輝いた瞬間、最後のアイアスにも致命的な罅が入る。それでも魔力を流して強化の底上げを続けたが、上昇値の桁が違う。こちらが十強化する間に向こうは百強化してくる。要するに、詰みだ。....そう明確に負けを覚悟したとき、漆黒の濁流はたちどころに消え失せ、元の──いや、元とは程遠い景色だが、取り敢えずは戦闘前の平穏を取り戻した。

 

 

「我、今まで生きて来て一番驚いてる。コウタ凄い」

「ふぅ......ありがとよ。でも、もう二度とやりたくはないな」

「そう?我は楽しかった」

「そりゃ何よりだが、後ろに背負ってる物騒なモンは仕舞ってくれ....」

 

 

 上機嫌そうな龍神さまの背には、未だ漆黒の翼と三つの光輪が威容を顕わにしている。それらから放たれるプレッシャーは常軌を逸しており、過去あらゆる魔物、魔獣から殺意を向けられた俺でも、普段から彼女と接していなければ意識を飛ばされてしまうだろう。これが一生命体に向けて明らかな殺意と共に放たれれば、大抵の命がその場で生きることを諦めるのは想像に固くない。

 しかし、この龍神さまの逆鱗に触れるような愚かなことをする輩など、果たしてこの世にいるのか疑問に思うが....。と、そんなことを聖杯から魔力供給しながら考えていると、頬に柔らかい何かが触れる感触がして、現実に引き戻される。

 

 

「コウタ、疲れてる。魔力足りないなら我の使えばいい」

「......なに?」

「すでに我とのつながりを持たせてある。知覚できるはず」

 

 

 衝撃的な問題発言に言葉を失うが、それでも意識は真実の開示を急かすように脳を追い立て、迅速に己の身体を検める。すると、確かに俺の中にある『炉』が、聖杯ともう一つ、強い竜の属性を帯びた何かがあることに気付いた。....間違いない。これがオーフィスの言う()()()()だ。

 しかし、しかしだ。龍の、それも無限の龍神という同種族中でもトップクラスの規格外さを誇るオーフィスから魔力の供給を受けるなど自殺行為だ。彼女が息を吸って吐くまでの期間で生成される魔力分でも十分だというのに、常時繋いでいる状態では、あまりにも流入量が多すぎる。以前の、聖杯の『蓋』が壊れた時に起きた酷い魔力の暴走以上のことが起きていても不思議ではない。

 そのはずなのだが、現状は至って普段通りだ。その疑問をそっくりそのまま当人に伝えてみたのだが....何故か彼女は目をついと明後日の方向に逸らしてから口を開いた。

 

 

「我、コウタと何度も交わってる。だからコウタの身体、わかる。必要な魔力も」

「....ちょっと待とうか。前半なんか聞き捨てならない台詞があった気がするんだが?」

「何度も交わっ」

「ひぃ!マジで言ってんかよ?!何でそんなことしたの!?」

「何度も交わっ」

「だぁー!それは分かったから!何でそんなことをしたのか知りたいんだって!」

 

 

 最近朝がだるくて、そして自家発電に対する意欲を失っていた原因はコレか!まさか毎晩ガッツリ搾り取っていたとでもいうのだろうか....?いや、確実にそうなのだろう。黒歌ならともかく、オーフィスほどの手合いともなれば、俺の自動迎撃などどうとでも出来る。実際、無理矢理することも容易いだろう。しかし、だからと言って....!

 オーフィスは俺の説明要求に逸らしていた目を戻すと、いつも通りの口調と顔に戻って淡々と説明を始めた。

 

 

「コウタは魔力を変な回路使って外に出してる。それだと量が限定され、限定の量を超えても使えば、肉体が傷付く」

 

 

 魔術回路は、魔術師が魔術を行使するために必ず必要なものだ。己の生命力を魔力に変換し、魔術として組み上げて神秘を為す。だが、俺は聖杯という神秘の塊から()()()()()()()直接魔力を汲み上げて魔術回路に流しているため、普通とは全くその運用方法が違う。そして、魔術回路も一本しかなく、仮に流せる量は段違いに多くとも、サーヴァント召喚の時のように限界は自ずと出て来る。

 

 

「なら、我の魔力を流せるもう一つの路があればいい。そうすれば、コウタの持つ回路が傷ついても、代用できる。それを作るため」

「......なるほど」

 

 

 今オーフィスに作って貰った炉を認識したが、確かに俺の魔術回路に沿うような形でもう一つ道が出来ている。これが龍神さまお手製の魔術回路、言わば『龍の回路』か。Fate界から外れているとはいえほんと何でもありだな。

 取りあえず自前のものと合わせて励起してみようと、聖杯への道を開ける時と同じように、蓋を開けるイメージを足掛かりに魔力を動かす。途端、全身に電気が走り、目に映る全ての景色の色と輪郭が後方へ引き伸ばされるような感覚に陥った。

 

 

「ごぉ......ぁッ!?これ、はっ!」

 

 

 俺はすぐに異変を察知して龍の回路を閉じるが、蜥蜴の尻尾切りよろしく、その片鱗は体内に残存したか、駆け上がってきた嘔吐感に逆らえず、たまらず片膝をついて咳き込む。その背をオーフィスが擦ってくれたが、俺の脳内はそれを認識できない程に恐慌状態に陥っていた。

 ....あれは。あれは人の身で行ってはいけない領域だ。一瞬ではあるが、本来なら視えないものも知覚できそうになったのだから。仮に身体が耐えることはできても、脆弱な人の意識では心をどこかに吹き飛ばされかねない。英霊エミヤの辿った記録を脳味噌に叩き付けた時とはまた違う、身体をどこかに置き去りにして、意識だけが勝手に飛び去るような感覚だ。

 不用意に使用するには、あまりにもリスクが高い。だが、一瞬すら無理というほどではない、かもしれない。仮にあの状態を維持できれば、約束された勝利の剣すら一秒とたたずに持って来れるだろう。絶望的戦況に陥った時に切る最終手段(ジョーカー)としてはこれ以上ない代物だ。

 

 

「─────ったく、恐ろしい改造してくれたな。オーフィスさんよ」

「我、偉い?」

「ちょっと勝手は過ぎるが、俺の為を思ってやってくれたことには違いないからな....」

 

 

 期待の眼差しを向けるゴスロリ少女の頭を、カチューシャの位置に気を付けながら優しく撫でる。お望みのご褒美がもらえた彼女は満足そうに目を細め、されるがままになっている。今さっきまで破壊神のような雰囲気を醸し出していたのにこれだ。

 確かに、オーフィスのやったことは正しくトンデモ肉体改造だ。回路の増設という異常性をすっ飛ばし、まさかの炉心自体の増設....魔力を汲み上げる源泉の増加を行ったのだから。それがただの魔術師というレベルならまだしも、加わったのは無限の龍神という最強格。乾いた笑いが出るのも仕方ない。

 一見すると聖杯と言う無比の魔力供給源がある中、さらに供給源が増えたといっても、ありがたみは無いように思える。だが、最近明らかになった個人でのサーヴァント召喚においては、その聖杯のバックップを最大にまで使って尚、魔術回路の疲弊は避けられない。故に、その傷付いて暫く使用不能となってしまった聖杯仕込みの魔術回路では、武具創造(オーディナンス・インヴェイション)も使えて五回ほどだ。これでは、正直サーヴァントを召喚できても俺が戦闘に参加できない分、差し引きゼロと言ってもいい。寧ろ、戦闘向きでないサーヴァントが来てしまった場合はマイナスに傾く。

 今回、龍の回路という魔力供給源が手に入ったことで、その問題が解決する。疲弊した自前の魔術回路に代わり、龍の回路を励起させることで、すぐさま戦線復帰できるのだ。威力と質の向上という名目での同時使用はかなりのリスクが伴うので、今のところは保険という意味合いが強いものの、これからは召喚自体をあまり忌避しなくてもよいという大きなメリットが生まれた。

 

 

「なぁ、オーフィス」

「?なに、コウタ」

「これから戦う時、二対一でもいい?」

「いい」

 

 

 さて、さらりと助太刀許可を頂いたが、果たしてこの龍神様を目の当たりにした英霊は、第一声をどんなものとするのだろうか。

 

 

 

          ****

 

 

 

「ミカエルから貰った聖剣?それがか?」

「ああ。ジョージっていう人が使ってたアスカロン。でも、本当なら持った瞬間蒸発しかねないシロモノなんだよな、悪魔にとっては」

 

 

 公園で素振り5000回×5セットを終えて小休憩を挟んでいるイッセーが、赤龍帝の籠手からアスカロンの切っ先を覗かせながらぼやく。半分弱は全体像が見えない状態だが、それでもただの剣ではないことは手に取るように分かる。

 ミカエルとは、簡潔に言うなら天使サイドのトップだ。聖書の神が亡くなった今、それを徹底して隠匿するよう努め、自陣の混乱を最小限に抑えた人物。そして、何より近日行われる駒王会談の主要参加者である。

 そんなミカエルが土産片手に予め接触してきたとなると、

 

 

「目的は....まぁ、よく言えば良い雰囲気で互いに会談を進められるようにすること、悪く言えば、自分の意見を通しやすくするための布石、か」

「そういう見方もアリか。確かに、堕天使サイドにも何かあげたらしいし....あれ?もしかして受け取ったら不味かった?」

「いや、グレモリー先輩も姫島先輩も賛同してたんだろ?なら、俺らが口出しできることじゃない。....でも、ミカエルたち天使側と俺たち悪魔側は意見が一致している。反対するなら貰っちゃいかんが、同意するなら問題ない。これまでの額面通りならな」

「そ、そうか」

 

 

 俺の返答に露骨なほど安堵した表情を見せるイッセー。どうやら、冥界や天界の世情に疎い分、こういった種族間の親交に関わる問題にはかなり敏感であるらしい。それは先輩方も重々承知しているはずなので、外交的な場には相応の知識を積むまで出る事は許されないだろう。しかし、本人はハーレムを目指しているようなので、それを達成するには中級、上級悪魔の道のりを歩まねばならない。ならば必然、()()()()()()にはある程度詳しくなり、一定の処世術も身に着けることは必須となる。

 俺は修羅場を駆け抜けることになる友人兼先輩に視線で生暖かい声援を送ってから、公園全体を囲うように認識阻害の結界を張る。次にイッセーと十メートルほどの距離を開けてから武具精製(オーディナンス・フォーミング)を発動し、奔る青雷とともに数本の長剣を近場に生やすと、その一本を抜き取ってから切っ先を正面に向ける。

 

 

「よし、お話はこれにて終了。鍛錬を再開するぞ」

「....なぁ、それどうやんだよコウタ。毎回思うんだが格好よすぎるだろ」

「魔力があって扱い方が分からないんならまだ希望はあるが、魔力が無くて扱い方もからっきしだったら無理だな」

「なるほど後者が俺ですね!分かります!」

 

 

 やけ気味に叫んでから、イッセーはアスカロンを生やした籠手をそのままにファイティングポーズを取る。中々堂に入った構えだが、その実、イッセーの戦闘能力はかなり上がっている。

 俺が山で身に着けた数々の体術、戦術を教え、体幹を鍛えるトレーニングも相当量こなしているのだ。さきほどの素振り5000回×5セットなど、常人なら腕がぶち壊されること必死だが、悪魔となって身体の作りが人間のそれとは大きく強化されたため、一見して殺人的な鍛錬メニューも次々乗り越えている。

 

 では、その成果を証明して貰おう─────。

 

 俺は魔力放出を利用し、掴んでいた長剣を振り下ろす瞬間、纏っていた風を魔力で前方に押し出すと、地面を這うようにして疾走する剣圧を生み出す。無論魔力が混ざっているため、岩を砕き、抉るくらいの威力はある。

 そんな当たれば怪我では済まない一撃を前に、イッセーはアスカロンを携えた腕をグッと肩口まで引き込むと────

 

 

「おらァッ!」

 

 

 横っ面を殴打するような剣戟を見舞い、アスカロンの生み出した暴力が剣圧の暴力を上回り、噛み砕いて衝撃を完全に殺す。彼の元まで届いたのは前髪を揺らす程度のそよ風だ。

 俺はそれに笑みを浮かべてから、上段からの逆袈裟、続けて手首を返しての横一閃を放つ。

 そのどれもが暴風を纏う魔力塊をイッセーに向かって放出しており、同様の一撃が今度は二つ同時に迫る。

 

 

「どりゃぁ!」

 

 

 それが当然だと言わんばかりに、イッセーのアスカロンは剣圧を二つ纏めて叩き切る。今度は完璧にねじ伏せるのではなく、アスカロンの剣圧によって中心から分断し、その衝撃を左右に流したのだ。轟音と同時に彼の両脇に浅い亀裂が走り、土埃が舞う。

 俺は先の攻撃を裂いて飛んできたアスカロンの剣圧を持っていた剣で受け、もう一本を片手で掴むと、そのまま投擲する。柄が手を離れる瞬間、今度は魔力放出を剣の射出に利用し、その速度を飛躍的に上昇させる。剣は舞い上がった土埃を円形に切り抜きながら直進し、剣圧を凌ぐ速さでイッセーに迫った。

 

 

「っとぉ!なんつー恐ろしいスピードで剣を投げてんだ!殺す気か!」

「はは!よく止めた!」

 

 

 ビビりつつも余裕を感じられる挙動で迎撃を敢行し、俺の剣を砕くイッセー。それを確認するまでもなく予想していた俺は、掴んでいた剣で剣圧を飛ばしながら、空いた手で未だ突き立つ無銘の剣を再び抜き、そして先ほどと同じ工程を踏んで投擲する。それを掛け声とともに蹴散らし、砕く彼に合わせ、更に追加していく。

 辺りには俺とイッセーの攻防で砂礫が舞い上がり、視界は劣悪となっている。響くのは爆音と剣戟、そして掛け声のみ。だが、敵を探し、討つに当たり最も重要な視覚が役に立たなくなるなど、戦闘においては致命的だと言える。

 尤も、山の中で殺し合いをしていた時は、このようなことなど日常茶飯事であり、視覚が奪われた程度で命を落とすなら、この先はない。と、イッセーにも伝えて訓練済みである。故に─────

 

 

「獲った────!」

 

 

 煙幕を切り裂いて飛び出してきたイッセー。見事に音だけで俺の位置を正確に弾き出し、期待通り実戦で確かな有用性を示して見せた。それに俺は内心で称賛を送っておく。

 イッセーは突っ込んで来た勢いを殺さぬまま、回転切りの要領で斬撃を放つ。丁度その時の俺は剣圧を放っていた長剣の耐久力に限界を感じて魔力へと還元し、そしてもう片方の手は射出する剣の次弾装填をするため、柄に手をかけていたところだ。迎撃の手段を講じるには圧倒的に間が悪い。

 

 

「?!」

「お前に教えたんだ。俺が出来ない訳がねぇだろうよ」

 

 

 貯めてた魔力を多めに解放し、再びの青雷。足元から一振りの長剣が出現すると同時に、イッセーのアスカロンが描く剣閃の軌道上に割り込み、火花を散らし金属音を上げて静止させる。それを確認した直後に柄を持ち、抜きざまにアスカロンを上方へ跳ね上げた。

 イッセーは己の決定打を眉一つ動かさずに防がれたことに驚愕しつつも、切っ先を上向きにされたアスカロンをそのまま振り下ろす。それに対し、俺は掴んでいたもう片方の剣で真横に薙ぎ、砕かれながらもその軌道を逸らすと、もう一歩踏み込んで切り込む体勢に入る。だが、それが分かっていたかのように後方へ下がったことで回避された。

 

 

「なんてなっ!」

 

 

 下がって様子見、と思わせてからの素早いリターン。人間離れしたバネを発揮し身を低くして飛び込んで来たイッセーは、下方から突き上げるような形でアスカロンの刃を振るう。それを俺は横に跳んで回避し、着地した片足を軸に回転しながらイッセーのアスカロンを打ち、バランスを崩す。そこをもう片方の剣で追撃して、詰め─────

 

 

「『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』」

「!」

 

 

 追撃を狙う剣が砕け、牙を砕かれたことに対する甲高い断末魔が上がる。

 

 そんな鈍色の破片が散った視界の端に映ったのは、いつか己が赤き龍に渡した黄の槍。息を呑んで正面へ眼球を動かすと、イッセーは籠手にアスカロン、空いた反対の手にゲイ・ボウを携えていた。

 なるほど。今回は正真正銘、本気で獲りに来たと見える。なら、先輩の顔を立てて負けてやるか....と思ったが止めた。

 口には出せないが、年長者と言う意味での先輩は、紛れもなく己の方なのだから。

 

 

「なッ?!」

 

 

 そんな身勝手な決意とともに魔力を動かした途端、イッセーが素っ頓狂な叫びを上げる。

 それもそうだろう。今まさに俺へ詰めの一手を宣言するために風を切って猛進していたアスカロンとゲイ・ボウの進行方向が、真上に向いてしまっているのだから。

 

 ───武具精製(オーディナンス・フォーミング)。それは、己と同レベル、もしくは己より低レベルの相手に対して絶大な優位性を叩きつけられる技だ。相応の魔力さえ用意しておけば、あとは詠唱無しにコンマ数秒単位で大量の武具を調達出来る。故に、アスカロンとゲイ・ボウの真下に剣を精製して跳ねあげるなど、朝飯前ということだ。

 俺は仰け反ってバランスを崩すイッセーに向かい、剣を突きつける。あっという間に形勢逆転だ。

 

 

「さて───何か感想は?」

「......なんつーか、オセロとか将棋やってて、自分が優勢だったのに相手がいきなりちゃぶ台返してきた気分だ。....つまり」

「つまり?」

「納得いかねぇぇぇぇぇぇ!」

 

 

 イッセーは両手足を放り出して地面に仰向けになると、途端に駄々をこね始めた。

 やれ、あんなの予想できるはずがない、反則だ、心が折れた、アレが本気じゃないとかウソ、少しは先輩面させろ、喉乾いた、アイス欲しい、などなど最近のスパルタ鍛錬で溜まっていた不満が噴出してしまった。

 確かに、鍛錬の節目として更なる向上心と意欲を植え付け....じゃなかった、持たせるために、ここは負けておくのが先輩としての役割なのではなかろうか。と、少し反省の色を濃くしかけていたところ、イッセーの左手にある籠手に嵌め込まれた碧玉から、ドライグの低い声が響いてきた。

 

 

『ううむ、なかなか堪えているようだな。正直、最初の頃とは見違えるほど相棒は強くなってはいるんだが、成長の度合いを知るには、お前さんはあまりにも不適任だ』

「そうか?自分で言うのもなんだが、つい最近完成した、国を滅ぼす一撃にも耐えられるかもしれない盾が割とあっさり壊されて落ち込んでたトコなんだけど....」

『お前は一体何と戦っているんだ....。いや、それはそれとして、だ。たまには勝利の実感、成長の感触をその手に掴ませねば、相棒は自信を無くしてしまうぞ。そんな事態は、俺もお前も望まないだろう?』

 

 

 イッセーは体育座りした状態で砂弄りを始めてしまったので、仕方なくドライグとお話を続ける。それでイッセーの心的状態があまり良くないことを伝えられるが、当の俺は居心地の悪さに後ろ頭を掻くぐらいしかできない。

 何だかんだでイッセーは人の心の機微や動向に聡い傾向があり、特に俺が必要以上に手を抜いているときは、それを抜け目なく指摘してくるのだ。さっきのことも合わせ、どうやら俺は心と身体を上手く切り離して動くのが苦手らしい。

 

 

「俺だって剣とか生やして無双してぇよ....アザゼルの槍止められるくらいの盾とか欲しいよ....でもどうせできねぇんだろちくしょう....あぁ部長のおっぱいが恋しい」

 

 

 本格的にやさぐれ始めているイッセーは、地面に『の』の字を書きながらブツブツと何事かを呟いている。ドライグはそんな相棒に対し『お手上げだ』と、姿は視えなくとも両手を掲げるポーズをしていると予想できる声を漏らす。

 

 はぁ、イッセーより弱くて、でもそれなりに名がある悪の組織を要人の近くで打倒して活躍できる、そんな都合の良い事件ないかなぁ......

 

 俺はそうひとりごち、運否天賦と己に降りかかる諸々の責任追及から逃れるのだった。




アイアスの魔改造は黄道十二星座から拝借しました。一応三つほど種類はある予定です。
あと、イッセー君は現時点で原作よりずっと早い段階で成長してます。心は擦り減ってますが。

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