前世も現世も、人外に囲まれた人生。   作:緑餅 +上新粉

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本当はもっと早くに更新出来たはずなんですが、うちのPCが起こした不祥事や、どっと舞い込んで来た大学関連の物事に押され、結局ここまでズルズルと伸びてしまいました...
そういうことで、過去二回行ったリメイクとも同日二話、または二日連続更新と、読者の方々には『ああ、リメイクは二話ずつ更新なのか』と思わせておきながら、今回は一話のみの更新とさせて頂きます。ヽ(・ω・)/ ズコー
その分内容詰め込んだので許してくだちい...


Fallen Angel.
File/04.再/堕天使


「ふぅー。朝方はやっぱり冷えるな...」

 

 

 俺は朝焼けに染まった空を眺め、次に上体を僅かに後方へ逸らしながら目を動かすと、公園内に備え付けられた時計を見る。...時刻は午前五時。未だ多くの人たちが夢枕についている最中だろう。それを裏付けるように、家を出てからこの公園に来るまでの約数キロの道のりでも、遭遇したのは犬の散歩をしている近所の人が二人ほどだった。

 

 

「でもま、一応念には念を入れておかないとな」

 

 

 魔力を集中させた指を動かしながら、宙に人払いの魔方陣を描く。すると、金属を打ちつけたような細い高音が辺りへ広がり、剣呑極まる雰囲気が一帯へ溶け込む。かと思いきや、すぐに明朝特有の冷たい爽風が吹き抜け、張りつめた空気をいとも容易く攫っていく。俺はそれを確認した後、身体を多少前屈みにした。

 ────直後、右足裏から撃発した魔力で地面を蹴り、同時に叫ぶ。

 

 

「『武具精製(オーディナンス・フォーミング)』!」

 

 

 言葉と共に腕から発生した紫電は、俺の駆ける速度を越えた勢いで地を伝って迸り、目的地である地面で一際強く輝くと、すぐさま岩が裂けるような音を響かせて一振りの長剣が姿を現した。それからコンマ数秒足らずで生えた剣の下までたどり着いた俺は、柄を手に取った直後に直進した速度を殺すための魔力を足裏から放出し、大量の砂塵を巻き上げながら静止した。が、それに終わらず、もう一度同じ要領で跳び、もう一本の剣を進行方向へ作ってから、通過途中に掴み取ると地面へ着地。そして、再び足裏から魔力を放出する。

 

 

「ん...ペース遅いかな」

 

 

 ここまでの俺がした一連の行動は、時間にしておおよそ三秒。そう聞くと早いように思えるが、残念ながらそれは間違いだ。何故なら、俺が歩んで来た戦場では多対一など当たり前であり、空間全てが何らかの攻撃で埋まる場合、もはやそこには『間』などというものは存在しない。そんな状況下から脱するには、もはや速いだけでは無理だ。

 故に、俺が求めるのは『認識的アウトレンジ』からの戦闘。...何が言いたいかと言うと、敵に補足されず終始戦い抜き、それによって事実上『そこには最初から敵などいなかった』とする戦闘法。否、であれば戦闘ではなく蹂躙と言い換えた方がいいか。

 

 俺は両手に剣を持った状態で三度跳び、今までと同じように前方へ剣を生やす。しかし、俺の手にはどちらも得物が収まっている。さて、どうするか。...答えは簡単だ。

 

 

「はァッ!」

 

 

 長年の勘で間合いを掴み、下段から振り上げた剣で地面に刺さった剣の柄に刃先を引っ掛けた。すると当然、作られたばかりの剣は天高く舞い上がることになる。そして、剣が宙を舞っている僅かな間に魔力を迸らせ、少し離れた場に四本目の剣を精製する。

 

 

「秘技・ビリヤードアタック!ついでに俺のネーミングセンスの無さに絶望した!」

 

 

 悲痛な想いのまま振った鋭い剣閃は、落下してきた剣を思い切り叩き、それまでの軌道と速度を大幅に変えながら、ほぼ直線を描いて飛び、四本目の剣へ甲高い音を立てて衝突。俺はソイツの着地点へ素早く飛び、両手に持った剣を地面へ刺すと、陽光を反射しながら落ちて来た四本目をキャッチした。

 

 

「っと。これ以上連鎖の余地はあるか?」

 

 

 俺の主要な攻撃手段の一つである、武具精製。大抵の敵にはまずこれをぶつけ、戦力などを測っている。

 武具精製(オーディナンス・フォーミング)とは、名前の通り武具を精製する技だ。具体的には魔力を使用し、土や石などの無機物を固め、または変形させて剣を形作ってから魔力で外側をコーティングするのだ。そして、この技の特筆すべき点は、作るスピード、そして量である。材料さえあれば、それこそ無限に近い剣を一瞬にして生み出し、固有結界という世界の条理に反する行為を行わずとも、剣の荒野を展開することが出来る。...無論、本家には敵わないが。

 

 

「その足りない分を補ってくれるのが、『創造』なんだよな」

 

 

 そう。俺が持ちうる技の中で最強を体現するもの、それは武具創造(オーディナンス・インヴェイション)

 コイツは、脳内に浮かべたFate界に存在する武具のみを魔力によって顕現させることが出来る能力だ。それはつまり、干将莫耶も、約束された勝利の剣も、天の鎖や無毀なる湖光すら創れるということに他ならない。それもほぼノーリスクでやってのける離れ業。だがしかし、俺は魔術回路を持ってはいるものの、その成り立ちや性質は常軌を逸しており、魔術師とは残念ながら到底名乗る事はできない。そんな魔術を扱う者としての技も面子も伴わない中途半端な輩が、宝具を創るなどという封印指定確実の妙技など為せるはずもない。現代における最高の魔術師が行ったとしても、恐らく魔術回路を失う覚悟を持たねばならないだろう。それをあろうことか、本物と遜色ない完成度を引っ提げ、かつ真名解放によって宝具開帳が可能な状態でお披露目できるのだ。世の魔術師が全員白目をむいて昇天すること間違いなしの事実である。

 

 

「だけど、こんな事が出来る理由がまったく分からない...」

 

 

 野山を駆け巡っていた頃に星の数ほどあった窮地から救ってくれたのは、間違いなくこの武具創造という技だ。にも関わらず、俺はその本質を未だ把握できていない。いや、恐らくこの能力には、転生前の神様から貰った『前世の対価』が絡んでいることが予測される。つまり、俺の理解など到底及ばない法則の下で成り立っているモノなのかもしれない。

 

 

「でも、創造が出来るようになったのは魔術回路が出来てからなんだよな。実際、回路に魔力を通す工程を確実に入れないと創れない。もし、仮に単体として機能するなら回路なんて余分なもの必要ない筈だし、だとすると『武具創造』は神様から貰った対価ではない...?」

 

 

 考える姿勢はそのままにして魔術回路へ魔力を流し、掲げた手へ細長い赤槍を創造する。その銘はゲイ・ボルク。ご存知アイルランドの光の御子殿が使う槍である。俺はそれを頭上で一回、二回と回し、感触を確かめた後に素早く持ち方を変え、突き、切り払い、打撃と一通りの技を繰り出してから、最後に穂を地面へ突き刺して一息つく。

 ここ最近、こういったことを考えながら鍛錬する毎日だ。そのたびに、なまじ類を見ない程に強力なのだから、余計扱う上でのリスクが存在する懸念が強まるばかり。

 

 

「...急におっ死んだりしないだろうな」

 

 

 そう呟いた瞬間に立てていたゲイ・ボルクが倒れたので、何故か信憑性が増してしまった。兄貴、頼むぜホント。

 

 

          ****

 

 

 今日も黒歌に見送られ、ようやっと慣れて来た通学路の道を辿り、駒王学園の門を抜けて己のクラスへ入る。クラス内の雰囲気にもここ最近で慣れ、言葉を交わす頻度は少しずつ増えて行った。そうなれば、おのずと女子連中と世間話をする回数も増すというもの。

 ...何故女子との会話が増えるのか?それは至って単純な事だ。駒王学園とは過去女子高であった名残が今も存在し、学校全体の女子の比率がかなり高い。なので、無論俺のクラスも男子より女子の方が多いのだ。

 志望校選出時において、女子は『元女の園』という点でここを目指す人も少なくなく、現在も全体的な数では女子の方が入学人数は勝っているそうだ。しかしまぁ、世の中とは本当に汚いもので、それを聞きつけた不純な動機の男らも、この門をどうにかして通り、誰もがうらやむ素敵なハイスクールライフを送りたいと画策するらしい。が、現実は厳しく、校門は広いくせして合格者を通す門は相当に狭いという。

 それでも。繰り返すが、それでも本当に世の中とは汚いもので.....

 

 

「聞いてくれツユリ!俺さ、今日リアス先輩の胸を揉みしだく夢見ちまってよ!朝の処理大変だったんだぜ?!くっそ、あの感触が夢だったなんて信じられねぇ!」

「.......」

 

 

 俺は朝っぱらからそんなことを大声で豪語するお前の神経が信じられねぇよ。ほれ見ろ、クラスの大半を占める女の子たちが、路上に転がる犬の糞でも見る目をしてるぞ?

 そう言ったところで、目の前の獅子丸はとても止まりそうな勢いではないが...。俺のクラス内カーストに関わるから、取り敢えずコイツの顔に某難関大学教授が著者である数学の参考書を叩きつけて黙らせて置いた。

 と、それまで拡げていた本に目を落としていた樹林が、嬉々として参考書の処理に取り掛かっている獅子丸に目を向けて嘲笑を浮かべる。

 

 

「ふ...天網恢恢疎にして漏らさず。天は今此処にいる淫魔を捕え、必ずや罰してくれるさ。だから、安心しろツユリ」

「いや.....」

 

 

 ───勉学に励む健全なる場で、三国志もののエロ同人広げてたお前にも天罰下るんじゃね?

 そう思ったが、事をややこしくしたくない俺は口を噤むことにした。しかし、それまで数学の参考書を解いていたはずの獅子丸に首へ腕を掛けられ、肩口から顔を覗かせた天才馬鹿に呆れながら愚痴を漏らす。

 

 

「なんだよ、参考書はどうした?」

「ん?もうほとんど解き終わってるぞ?既存の公式当てはめりゃ大体できる問題ばっかだったから、簡略化したオリジナル公式使ってたら楽々よ」

「何故そんなにも天才なのに、お前はどうしようもないくらいにバカなんだ...」

 

 

 小、中学時代は神童と呼ばれさえしていた獅子丸だが、もはやその側面は色欲という煩悩に芯、まで侵され、単語の後ろに(笑)をつけるだけでは済まされなくなってきている。こんな奴が神童と呼ばれてちゃ、世の中の神童諸君に失礼ってもんだ。

 樹林も神童とさえ呼ばれてはいなかったものの、学校での扱いは天才のそれだったようで、やはり文学少年と持て囃され、異性からの大量告白を受けた華々しい過去を持つのだが...それら全ての好意を『二次元に行って出直せ』という恐ろしい返事で木端微塵にしたらしい。それを聞いた当時の俺は、告白した女の子たちが不憫で仕方なくなった。

 ―――――と、樹林の読んでいた歴史ものエロ同人をネタに盛り上がっている二人を見ながら歎いていると、クラス内の一人がとある名を口にした。

 

 

「あ、塔城さん!おはよー!」

「おはようございます」

 

 

 小柄ながらも、しっかりとした足取りで教室に入ってきた白髪の少女、塔城小猫。浮世離れしたその容姿に違わぬ整った顔立ちをしていることから、このクラス内の男子全員に人気があるのは当然のこと、二、三年生の間でも多くの男子連中に狙われているほどだ。しかし、俺だったらそんな内容で凄さを表わされるよりも、二次元しか興味を抱けない樹林に『俺がもしロリ専だったら間違いを起こしているかもしれん』と真顔で言わしめるレベルだと伝えられた方が、驚愕の度合いとしては高い。

 

 

「お.....」

 

 

 塔城さんが持っていた鞄を机に置いたのを確認した俺は、それを合図に席を立つ。樹林と獅子丸は、そんな俺を見て怪訝そうな顔をする。

 

 

「ん?またこの時間に厠か?いよいよ週間づいてきたなぁ」

「いやいや、俺には分かるぜ?これをしないと次に進めないって感覚!ツユリは授業前にしないとダメなんだよな!良かったら俺のとっておき貸してや───オヴェア!」

「ま、そんなトコだ。あと樹林、獅子丸が気絶してる間に、口をガムテープで塞いでから荒縄で亀甲縛りして、掃除用具入れにでも蹴り込んでおいてくれ」

「フ、よかろう」

「ヲッ、ヲッ(ビクンビクン)」

 

 

 良く分からない断末魔を上げている獅子丸を放り、俺は教室を抜ける。それからは一階ずつ階段を上がると、人気のない屋上から一つ下の階段前で立ち止まった。...この時間帯に屋上を利用する生徒などいるはずもないし、校舎の一番端にある階段を通って教室に向かう生徒も少ない。つまり、この場は限りなく無人に近い空間だということだ。

 そんな場所で白磁の壁に背中を預けながら、しばらく待つこと数分。パタパタと内履きが忙しなく階段を叩く音が近づいてきた。

 

 

「ふぅ...すみません。相変わらず、待たせてしまって」

「んや、こうやって話せるだけでも僥倖ってもんだ。時間もまだある程度残ってるし、毎度そんな焦ることないぞ」

「い、いえ。往復するだけでも時間使いますから」

「それもそうか。...じゃ、今日の昼休みだが」

 

 

 ─────そう。俺たちは初めて出会った昼休みの日から、塔城さん本人きっての提案で、毎日朝にこの屋上へ続く階段の踊り場で集まり、昼休みの予定や、部活のこと、勉強のことなどをお話をするという習慣ができている。無論、こんな辺鄙なところを選んだのは、教室や廊下で直接話すと衆目を集める過ぎるという問題を回避するためだ。転入早々、男どもからの嫉妬の視線に常時晒されるのは辛いからな。

 会話の中身はほぼいつも通り、昨日出された宿題の確認、俺たちが責任もって飼うと決めた猫たちのご飯をどうするか、塔城さんが入部しているというオカルト研究部の活動内容などなど、あとはほとんどが他愛ない雑談のようなものだ。しかし、HRの開始時間がそろそろ迫って来た時、俺は昨日担任の先生から言われたことを何となく思い出した。

 

 

「あ、そういえば今日、転校の詳細手続きと教科書受け渡しがあるんだった」

「ということは、帰りが遅くなりそう、とか?」

「むぅ...間違いなく遅くなるな」

 

 

 まいったな。腹をすかせた黒歌が戸棚漁って菓子とかつまみ食いしかねない。事前に知って入ればあらかじめ釘を刺すことができたのだが...後悔先に立たず。さりげなく自分用に取って置いたアレコレは諦めねばならないようである。だが、俺はそんなことよりも、目の前で少し嬉しそうな微笑を湛えながら、窓の外をぼんやりと眺めている塔城さんが気にかかった。

 

 

          ****

 

 

 これは予想外だった。

 幾ら詳細な手続きとはいえ、この世界で親族や縁者が一切いないことで手続きが長引くことは織り込み済みだったが、まさかここまで長引き、気づけばとっくに陽が沈んでいた事実は予想外だ。しかし、それ以上に.....

 

 

「ツユリさん。明日の猫さんたちのお昼、結局どうしますか?」

「...ええと」

 

 

 すっかり真っ暗となってしまった無人の校舎を歩きながら、このまま知人誰一人とも顔をあわせず帰路に着くものだと鷹を括っていたのだが、校門に人の気配を感じたと思いきや、異常に発達した己の夜目で捉えたのは、門の支柱に背を預け、空を眺めながら夜風に銀髪を揺らす塔城さんの姿だった。

 それを見た俺は、こんな遅い時間まで部活をやってて、帰りの準備をしてる部員をここで待ってるのだろう、と決めつけ、軽く挨拶を交わして去ろうとした。が、あろうことか彼女は俺を見つけるなり満面の笑顔で駆け寄ってきて、いつの間にやら同じ帰り道を歩いているではないか。これでは今の今まで必死に否定してきた、『こんな夜遅い時間まで女の子を一人で待たせた最低の甲斐性無し』説が罷り通ってしまう。いや、事実なのだけれども。

 

 

「あのさ...今更聞くのもどうかと思うけど、もしかして俺のこと待ってた?」

「はい。そうですよ」

「..........すみませんでした」

 

 

 俺は夜闇に溶けてしまいそうなくらいダークな罪悪感オーラを身に纏いながら謝罪する。こんなことで赦して貰えるとは思えないが、精一杯の誠意を込めた。だが、塔城さんはどこかくすぐったそうに微笑むと、太陽の恩恵を得られなかったヒマワリのようにしおれた俺の頭を撫でる。

 

 

「ツユリさんが気に病む必要はありません」

「でも、待っただろ?季節はそろそろ夏だが、それでもまだ夜は冷えるしな」

「.....じ、じゃあ。上着、貸してくれませんか?」

「む、上着か?そんなんで許してくれるなら...ほれ」

 

 

 俺が脱いだ駒王学園の上着を手に取った塔城さんは、何故か受け取った姿勢から暫く固まってしまったが、少ししてから再起動し、やたらぎくしゃくした挙動で腕を通した...のだが、予想通り袖は余り、スカートの半分以上まで上着の裾で隠れるという有様だった。しかし、当の本人は両袖を口元に寄せると、暗闇の中でもはっきりと分かるくらいの朱を頬に滲ませ、相好を崩していた。どうやら、頼んだ事に恥じらいながらも喜んでくれているらしい。

 己の選択に内心で自画自賛していた─────その時。

 

 

「.....ッ!」

「あれ、どうしました?」

 

 

 塔城さんの声には取り合わず、極限環境で鍛えられた神経の糸を張り巡らせる。

 

 ────おかしいと思っていた。幾ら夜の帳が完全に降りていようと、時刻はまだ夜七時半過ぎ。住宅が密集したこの地域で、更にこの時間帯で。すれ違う人が今まで誰一人としていなかったのはあまりにも異常────!

 

 

「ふむ。今日は周辺の様子見のみで済ませようと思ったが...そうもいかぬらしい」

 

『!』

 

 

 上。月をバックに何者かが此方を俯瞰している。

 それは黒い翼を広げ、まるで映画のワンシーンの如く中空へとどまっていた。...こんな芸当、それこそ現実ではまず成し遂げることなど不可能なもの。

 ソイツは漆黒の翼で空気を叩きながらゆっくりと地上に降り立ち、俺たちの近くまで歩みを進めると、ご丁寧に電灯の下で立ち止まり、その姿を晒した。

 

 

「堕天使...!」

「フフフ。いかにも、私は堕天使ドーナシーク。故あってこの街に滞在している」

 

 

 塔城さんの狼狽えたような声で、かねてからの疑問が氷解する。成程、堕天使か。道理でこのスーツ男の魔力を探知できなかった訳だ。コイツらの力の源は光。魔力とは全く正反対の属性を持つものだ。

 それはともかく、さっきから俺の前に塔城さんが出ているお蔭で、敵の標的が完璧に彼女へ移ってしまっている。いいや、もともと標的は塔城さんだったか?

 

 

「私たちに、何の用?」

「ああ、安心してくれていい。私は君のような主のいる眷属悪魔だけには手を降さない」

「ッ、やめて!」

「?何をだ。私はただ君を─────」

「それ以上言ったら、殴ります...!」

 

 

 塔城さんは本気だ。本気で怒っている。しかし、今の会話の中で一体なにがいけなかったのか、敵の方もいまいち把握できていないようで、眉を顰めながら腕を組み直す。ちなみに、俺も何が彼女の逆鱗に触れたのかが全く分からない。

 

 

「まぁいい。とにかく、君は早々にこの場を立ち去りたまえ」

「...どういうこと?」

「もう一度言う。そこの人間を置いて、君は去れ」

「な...!?まさか、ツユリさんを!」

「フ、当然だろう?こちらの事を理解している悪魔どもならまだしも、本来なら我らの事など知らずにこの世を去るのが道理である人間に、こんな余計な知識をつけたとあっては捨ておけん」

 

 

 なるほど、つまりこのドーなんちゃらさんの言いたいことは、堕天使のことなど知るまでもなく世から消えて当然の人間が、何の因果かこうやって己と出会ってしまった。ならば、手早く面倒なコイツを始末して、最初からこの邂逅自体をなかったことにしよう、ということだと解釈した。随分身勝手で傲慢な考えだが、堕天使は大体皆こういう思考回路をしているといっていいだろう。人間は何の力も持たない低級の生命体である、と。

 彼らは俺たち人間を殺すことに何ら抵抗を覚えない。何故なら、その行為は自身の周囲を小うるさく飛び回る蚊を潰す感覚に近いからだ。『邪魔だから排除する』。その思考に倫理観や道徳的観念など割り込む余地は到底ない。

 と、ここで塔城さんが怒りの沸点を越えたらしく、無言のまま拳を握りしめながら勢いよく地面を蹴り、跳んだ。その速度は推定80km/h超。とても素の人間が出せるスピードではない。にもかかわらず、それを見切った堕天使は一撃目の拳を躱すと、その間に出現させた光の槍で二撃目を受け止める。

 

 

「っむ!貴様、せっかくの私の親切を無にするか!」

「最初に言ったはず。それ以上言ったら殴ると」

「フ、ほざけ!」

「ッ!」

 

 

 奴は槍の柄で拳を上手く滑らせ、把尖で塔城さんの首を打つ。急所とは言えないが、衝撃(ダメージ)が格段に浸透しやすい部位への一撃。それに合わせ、少なからず光の残滓に触れたことで激痛が走ったらしく、敵にとっては絶好の隙を目前で晒してしまう。既に情けを捨てた敵がそれを見逃すはずもなく、堕天使は口元を皮肉気に歪めながら、大きく槍を振りかぶった。

 

 

「クク、我が忠告を聞き入れなかった、愚かな己を呪いながら疾く逝くがいい!」

 

 

 塔城さんへ穂先が振り下ろされるより一瞬前に、俺はそれまで背中へ隠していた莫耶を逆手に持ち替えると、比較的控えめな動作で投擲を行う。これでは槍を弾くどころか、届くことさえままならない...常人が同じことを試みたらそうなるが、俺の場合は違う。

 自然的な力でもなく、かといって科学的な力でもない、魔力の射出による加速で運動エネルギーを得た莫耶は、唸りを上げながら敵の手元へ肉薄し、持っていた槍の上部のみを器用に砕いた。

 

 

「下がれッ!」

 

「─────ッ!」

 

 

 俺のした容赦の無い一喝で、塔城さんは半ば無意識に堕天使の前から後退し、俺の隣まで戻って来た。そのときに槍を当てられた彼女の首元をさりげなく見てみたが、多少赤く爛れているのみで、そこまで酷い有様では無かった。そう判断して己を安心させてから、瞬時に移動して塔城さんのいた場所に立つと、俺が戦うしかない状況を自ら作り上げる。

 

 

「ち...今のは貴様か?ハハ、まさかな。あの距離から私の武器を破壊する手段などあるまいて」

「どうかな?もしかしたら拳銃とかでもぶっ放してたかもしれないだろ?」

「仮にそうだとしても、たかが鉛玉で私の槍は砕けん。やはりあの悪魔が何かをしたのだろう」

 

 

 男はつまらなそうに息を吐くと、折れた槍を光の粒子に変え消失させてから、もう一度同じ長さ、形の槍を手に持ち、俺に向かって穂先を突きつける。...やはり、あの芸当は俺ではなく塔城さんの仕業だと思ってしまったか。まぁ、無理はないだろうが。

 実のところ俺としては、奴にあの動きを目で捉えるくらいの実力くらいはあってほしかった。何故なら、こんな中途半端極まりない場所とタイミングで、背後の塔城さんに俺の実力を明かさなければならないのだから。実力差を認めてさっさと逃げてくれれば最上の解決となっていたのに。

 

 

「ツユリさん!駄目です、逃げて下さい!!」

 

 

 彼女の悲痛な叫びを無視するのは心苦しいが、この状況を脱するには、俺がこの男と対峙し、戦って勝利せねばならない。奴を塔城さん一人に任せるのは、先ほどの交錯を見る分だとあまりにも危険だ。

 再三の呼びかけにも応じない俺を見た堕天使は、急に真顔になると、一度槍を降ろして戦闘態勢を解いた。

 

 

「人間。これは夢ではないのだぞ?その場で得た正義感に酔うのもいいが、そろそろ現実を直視しろ。...貴様はこれから、人ならざる超常の現象によって死ぬのだ」

「..........はは」

 

 

 未だに分かっていない目前の敵に哀れささえ覚えた俺は、嘲笑にも似た笑みを思わず零してしまう。...もし相手との実力差に裏付けを取れてない場面でこれをやったら、高確率で死亡フラグ立つな。────そんなどうでもいいことを思った時、しっかり俺の笑い声と表情を見た堕天使が激昂する。

 

 

「よかろう。それほど愚かな己を認識せぬまま死にたければ、この私が、貴様を偽りの正義であるまま葬ってやる!」

 

 

 奴は解いていた戦闘態勢を再び取ろうと下げていた槍を持ち変えるが、その動作とほぼ同時に俺は武具精製を発動し、地面へ迸った稲妻を追う形で疾走する。それからは何度もやった鍛錬の時と同じように道中で精製された剣を抜くと、その動作を途中で殺すことなく居合で斬り込み、槍を持った奴の腕を根元から刎ね飛ばしながら駆け抜ける。続けて進行方向とは逆向きに突き出した片足から二度目の魔力放出、身体の向きを180度反転させる。

 普通の人間なら内臓をシェイクされる慣性をあらかじめかけていた身体強化によりやりすごし、三度目の放出と同時に二度目の武具精製を行う。それで出来た無銘の剣を空いた手で抜き、今一度神速の居合切りで以て、残った敵の片腕も斬り飛ばす。

 

 ────────────この間、およそ三秒。

 

 

「..........な、に?」

 

 

 瞬きの間に両腕を失い、絶句している堕天使。現状の理解が追い付いていないのか、痛みに呻くことも、血液を滴らせる傷口を止血することもせず、ただ呆然と立ち尽くす。が、一歩後ずさったときに踏みつけた己の右腕を見た瞬間、ようやく自分の身に何が起き、数秒前と今の立場が天地程の差となっていることに気が付いたようだ。

 

 

「貴様──────!」

 

 

 怒りの言葉とともに黒い翼をはためかせたところへ、まるで境界線を引くかのように堕天使の目前で剣を連続精製させる。無論、俺が使用するときと違って、地中に埋まっているのは柄のほうだ。つまり、今の奴は物理的に喉元へ刃物を突きつけられている状態である。

 

 

「これ以上続けるなら、天に召されるのはお前になるぞ?...事の顛末を上に報告しないまま死んじまってもいいのか?」

「く.........。この借り、いつか返すぞ!」

 

 

 悔し気に歯を噛み締めながら三流の捨て台詞を俺に言い放つと、前を向きながら地面を蹴って跳躍し、そのまま黒翼をはためかせて夜空に溶けて行った。一方の俺は、逃げかえる奴に向かって手を振りながらドナドナを歌っていた。二度と来んなよー?

 堕天使一名を見送ったあと、俺は辺りへ素早く警戒の神経を飛ばす。一応仲間の存在を危惧しての試みだったのだが、その予想に反して返ってきた手応えは皆無だった。それを知って安心したところを見計らったかのように、後方から掠れた声が飛ぶ。

 

 

「ツユリ、さん。もしかして、私のこと」

「ん...まぁ、そうだな。悪魔だったことは知らなかったけど、少なくとも君が人間ではない事は、初めから知ってたよ」

「........そう、ですか。...そうだったんですか」

 

 

 俯いたままの塔城さんが呟いた言葉には、落胆、失望、そういったものは恐らく含まれていない。どちらかというと、俺の言葉をゆっくりと咀嚼し、少しずつ嚥下している最中に思える。だが、無論そんなことは俺の勝手な希望的観測なので、もしかしたら怒り心頭かもしれないと内心ビクビクしていたりするのだが。

 と、判決を待つ被告人の気分で立っていた俺に、待ち人からの鋭い声が浴びせられた。

 

 

「コウタさん!」

「は、はい!執行猶予は?!」

「明日の朝、ここの近くの公園で待っていてくれませんか?」

「明日の朝まで?!それは幾らなんでも...って、え?」

 

 

 発言の真意を掴みかね、確実に変な顔のまま固まる俺。しかし、答えをぼかしていた霧は案外あっさりと晴れた。...今彼女が難儀しているのは、全く予期せぬタイミングで己が人ではない事実が露見したことで、俺との距離感をどうするべきか、ということだろう。それは俺だって自分の部屋に隠していたブツが異性に見られでもしたら、その子との距離感を考えなければなくなる。まぁ、そもそも家に招くほど親しかった女の子なんて生前いなかったんですけどね!

 

 

「あ、あのさ──────」

「!では、明日!...ええと、明日七時頃に集合ということで!」

「ちょ、塔城さん?!」

 

 

 あまり思いつめないで、という感じの言葉をかけようと思ったのだが、かぶせるような発言で俺の声を遮り、目を泳がせながら一頻り捲し立てると、脱兎のごとく駆け出して行ってしまった。ああ、これは思ったより重症かもしれないな。

 後を追うことも少し考えたが、この時間に目を血走らせながら小さい女の子を追い回すのは御縄確定なので、いたずらに期間が空いて溝が深まるよりも、明日会ってちゃんと話をし、何らかの形で綺麗さっぱり終わることはできると気持ちを落ち着け、俺はやや前項姿勢で帰路についたのだった。




この時点でのオリ主が持つ基礎的な身体能力は、悠にアスリートレベルを越えています。
YAMA育ちなので、某殺人鬼教師と同列に考えて貰ってイイでしょう。無論、あんな技は覚えてませんが。

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