前世も現世も、人外に囲まれた人生。   作:緑餅 +上新粉

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新居訪問回は此方へずれこみました。でも、今話の内容は以前の内容分を含んでおります。


File/03.再/白猫

 そこまで重量のないキャリーケースをストップさせ、俺たちがこれから住むことになった住居を見上げる。そんな己の顔は、きっと新天地での生活に胸を躍らせるようなものではなく、不安と疑いに彩られた表情であろう。

 本当にここで合っているのか本気で心配しながら、指定された住所と地図とを何度も目が行き来する。しかし、どこをどう見たところで、この場がそうである事実は変わりなかった。

 

 

「マジか、やっぱりここなのかよ...ってか表札に栗花落って書いてあるし。バカか俺は」

「にゃにゃ、ここが私たちの新しい家なの?二人で住むにはちょっと、ううん、かなり大きいわね」

 

 

 黒歌の冷静な呟きに呆然と頷き、地図を折り畳みながら思う。サーゼクスのお父さんお母さん、本当に一軒家建てちまうとは思わなかったよ、と。幾らなんでも学生の身でこの家は分不相応も甚だしい。というか一体全体何坪あるんだろうか。

 しかし、惚ける俺とは対照的に、黒歌は軽い足取りで門の閂を外すと、鼻歌を歌いながら玄関まで歩いていき、俺を手招きで催促し始める。そうだな、ここで悩んでいてもなんも変わらない。金銭感覚だけは狂わせないよう気を付けながら付き合っていこう。と、そう決め、キャリーケースを掴み直して家の玄関をくぐる。

 

 

「へぇ、見た目は洋造りだったけど、内装は和風に近いんだな」

「木の匂いがするにゃん」

 

 

 鼻をヒクつかせる黒歌はいつも通り着物を纏ってはいるが、それ単体だと確実に着崩す。流石に入居初日で『あの家には痴女が住む』などと噂されたくはないし、そういうことを意図していない黒歌には謂れのない誹謗中傷となる。───ということで、彼女には着物の上に赤い革ジャンを着て貰うことにした。勿論どこかの殺人鬼お嬢様を意識してはいるが、正直着物に革ジャンは無理があると常々思っていた。しかし、いざ黒歌に着せてみると、本家には届かないにせよ中々どうして似合うのだ。感動のあまりあのナイフを持たせようと本気で思ったくらいである。

 

 

「さて、と。荷物置いたら両隣の家の方たちへ引っ越しの挨拶しに行くけど...黒歌、くるか?」

「そりゃ行くわよ。もし私みたいな美人さんがでてきて襲われたらどうするの?」

「革ジャン羽織った着物美人に襲われる...惨殺死体の未来しか浮かばん。俺はコクトー君みたいに異常者耐性がある訳じゃないぞ」

 

 

 ぼやきながら、ケースから持ってきた荷物をリビングへと持っていく。そんなに量はないので運搬はすぐに終え、文句を言う黒歌と並んで選別を始める。大きい荷物は明日来るので、最初は黒歌に受け取って貰って、学校から帰ってきたら設置や収納を手伝おう。

 

 

「うっし、こんなところか。じゃあ行こうか、黒歌」

「了解。準備はもう万端よ」

「じゃあ、まず真っ先にその人殺せそうな闘気をしまってくれ。話はそれからだ」

 

 

 さて、まずは左隣の家から廻るかな。一応引っ越し挨拶の際に手土産を渡すのは日ノ本に古くから伝わる(?)礼儀作法の一つなので、粗品として冥界特産フルーツのクッキー詰め合わせを持ってきた。

 黒歌が臨戦態勢で後ろをついて来るが、殺気は出してないので無視して門を開け、インターホンのボタンを押し込む。俺としては出て来るのが美人なお姉さんでも妙齢のおばあさんでも構わないが、前者が現れてしまった場合は、すぐさま背後で箭疾歩でも放ちかねない雰囲気を漂わせている黒猫へ先制攻撃を入れなければならない。

 ────そして、多くの問題点を抱えたまま、ついにその扉が開く。

 

 

『っ!』

 

 

 結論から言うと、俺たちは救われた。

 顔を出したのは、柔和な微笑みを浮かべる初老の男性で、引っ越しの挨拶という旨を伝えると、若いにのしっかりしていると褒められ、さらに俺の背後に立つ黒歌を発見するや、随分な別嬪さんを捕まえたな、などとからかわれた。当の黒歌は気を良くしたようで、容赦なく俺の首に腕を回し絡みついてきた。

 ともあれ、話をしたところ左隣りの家の人は、先ほどの男性と、妻であるほぼ同年代の女性がいるだけだという。黒歌の危惧は杞憂に終わった。しかし、まだ安心するには早い。右隣の家が残っているのだ。

 

 

「コウタ!私たちお似合いですって!お似合い!」

「分かった分かった。分かったからしがみつくの止めてくれ。こんな状態で挨拶したら喧嘩売ってるとしか思われないから」

 

 

 なんとか黒歌を引っぺがし、『兵藤』と表札に書かれた家のインターホンを押す。よし、黒歌がさっきの話題で上の空である今が絶好のチャンスだ。もし美人なお姉さんが出てきたら、さらりと挨拶を終わらしてカタストロフを回避しよう。

 

 

「はいはい、兵藤です」

「どうもこんにちは、引っ越しの挨拶に伺いました。栗花落功太という者です。それとつまらないものですが、よかったらこれを親御さんと一緒にどうぞ」

 

 

 出て来たのは、これまた俺の期待を良い方向に裏切る好青年。今日はツイてるな。...いやいやまて、これで判決を下してしまうのは早計かもしれない。姉妹同居、従姉妹同居という数々の不安要素が未だ捨て切れない以上、気を抜くのはまだやめよう。

 

 

「あ、ご丁寧にどうもです。──────っ!?」

「?」

 

 

 なんだ?頭をお礼の会釈のために下げて上げた途中に兵藤君の顔...否、視線がどこかに固定された。その先を見てみると、門の支柱に寄り掛かる黒歌に行き着いた。なるほど、黒歌は確かに美人だ。中身はアレだが、少なくとも俺が前世で見て来た全てのアイドルを一蹴できるほどのプロポーションであることは間違いない。兵藤君が釘付けになってしまうのも仕方ないが...そのなめまわすような視線はアウトだ。黒歌も気付いてる。

 

 

「すまん兵藤君。あそこにいる俺の従姉妹は極度の恥ずかしがり屋なんだ。あんまり見ないでやってくれると助かる」

「へっ?あ、スンマセン!そうとも知らずにジロジロと...」

「いや、いいんだ。じゃ、これからよろしく」

 

 

 今度はこちらが軽く会釈し、大分不機嫌となっている黒歌共々退散する。彼女は俺に見られることは嫌がるどころか、寧ろ見せつけて来るほどであるが、他人に性的な目で見られることは酷く嫌う。それこそ、相手を殺しかねないほどに。今回は俺との約束を守って、よく我慢できたと思う。

 彼女がこうなってしまった原因は、前の主に襲われそうになったこと、そして兇漢に追われる最中にも似たような目に当てられ続けたことが、最も可能性として高いと言える。罪人だからと言う理由で、欲望を隠すことを厭わなかった輩が多かったのだろう。

 

 

「あの兵藤とかいうガキには二度と合いたくない」

 

 

 完全に嫌われたな。兵藤君南無三。

 

 

          ***

 

 

 記念すべき登校初日の昼休み。

 外は文句なしの快晴であるのだが、俺の心の中は荒んでいた。本来なら常時心の表面を覆う鋼がはがされてしまっている今、太陽光は俺にとってもはや攻撃と化している。ナイーブの極地だ。

 その原因はおよそ数時間前、在籍するクラスとの初顔合わせの時に囁かれた、生徒たちの心無い発言によるものだった。以下がその中から一部抜粋したものである。

 

 

『美少女じゃないのかよ。ッチ、白けるぜ』

 

『転校生って言ったら普通可愛い女の子だろうが。空気嫁』

 

『俺の学園生活バラ色計画が....くそぉ、裏切り者め』

 

『ってか、あんまりイケメンじゃないね』

 

『うん。中の下くらいだよね』

 

 

 男ども!テメーら全員エロゲのやり過ぎだ馬鹿野郎!俺も学生時代転校生って聞いたらそういうこと期待したけどさ!クラス内でそういうこと言うのは止めてくれ!俺山育ちで耳がメチャクチャいいんだよ!全部聞こえてんの!

 とまぁ、男の会話は突っ込みを入れられるほどでそこまでダメージにならなかったが、後半に聞こえて来た女子連中の『イケメンじゃない』、『フツーかそれ以下』発言は俺の心をざっくりと抉って行った。そんな愚痴は机に座った以降もほぼ間断なく続き、俺の両隣に座っていた気さくな男二人に慰めて貰わなければ、きっと今まで立ち直っていなかったと思う。

 

 

「ったく、美少女でもイケメンでもなくて悪かったな。なぁ?」

「にゃー」

「お、元気出せって?ありがとな」

 

 

 早速手懐けた白猫の顎を撫でながら、庭にある芝生の上で傷心の俺は一匹の猫と戯れていた。こういう時こそアニマルセラピーの真価が発揮されるな。会話の半分以上は己の独自解釈で成り立ってはいるが。

 俺は何故か昔から動物とだけは打ち解けやすく、最初は反抗的な奴も顔をあわせて数時間ほどコミュニケーションを図れば、大抵向こうから心を開いてくれる。どうやら転生後もその能力が備わっていたらしく、いつも通りの流れで頭や背中を撫でていたらこうなった。

 

 

「飼うと決めてない以上、不用意に飯を与えるのは良くないけど.....」

 

 

 白猫は結構痩せていたので、何か食べさせてやりたかったが、頻繁に俺がご飯を用意してしまうと、自分で調達するという意志が徐々に薄らいで行ってしまう。最終的には、『ここへくればご飯がもらえる』という認識を完全に植え付けることとなり、最後まで面倒を見切るという保証が出来ないのならば、生命の維持に直結する本能の一つを封殺した上、現状よりさらに酷い未来を歩ませることとなる。

 どうするか両手をついて足を拡げ、顔を上げて青空と相談し始めてからすぐ、風に乗って何者かの匂いが運ばれてきたのと、背後の芝生を踏む音の二つで、俺に近づいて来る人物の存在を認識した。

 

 

「こんなところで何を?」

「ん、猫と戯れてた。ほれ、挨拶」

「にゃあー」

「俺にじゃなくて、後ろにいる銀髪の可愛い子に頼む」

「か、可愛い、ですか」

 

 

 無意識に言った可愛い発言に顔を赤くする銀髪少女。俺も不用意だとは思ったが、可愛いのはやはり事実だろう。幼い顔立ちながらも憮然とした表情や口調で大人っぽさを補い、背丈も手伝って内から滲むあどけなさを程よく打ち消している。そんなツンとしたところに好感を持てるし、なによりも彼女は俺のことを教室内でバカにしなかった。

 とはいっても、俺は彼女のことを何も知らない。名前も、出身も、好きな食べ物も。ということで、今挙げた中で最も重要な名前ぐらいは知っておこうと、俺から名乗って自己紹介の雰囲気を出すことにした。

 

 

「俺は栗花落功太。君は同じクラスだったよな」

「はい。私は塔城小猫といいます。転校生さん」

「転校生さんは嫌だなぁ。名字で呼んでくれないか?」

「さっきの仕返しです。でもツユリさんに戻します」

「ありがとう。助かる」

 

 

 会話をしながら、内心では塔城さんが予想以上に気さくだったことに驚きを隠せなくなっていた。クラスで見た時は絶対碌に喋らない無口キャラだろうと勝手に決めつけていたのだが、会話の単語は少ないものの、話は途切れることなく、かつ伝えたいことが簡潔であるためか、こちらも新たな話題の種を植えやすい。人によっては気難しいと思われがちかもしれないが、それは違う。

 彼女はどこか猫に似ている。とはいっても、俺といるときの猫の態度と似ている、ということなのだが。アイツらは伝えたいことははっきりと態度で伝えてくるため、俺も対応策を捻出しやすい。決して一人で不貞腐れたり我慢したりせず、その場で伝える。そんな関係だ。

 

 

「猫、可愛いですよね」

「可愛いことには全面的に賛同するけど、こいつら結構ワガママだぞ?」

「そうなんですか」

 

 

 犬と違い決して従順にならないし、気分屋だし。遊ぼうとかと誘っても寝たり、逆に静かにしてほしい時に限ってヤンチャしまくったり。だからといって体罰や危害を加えたことは一切ないが、代わりの制裁としてウチにいた古参のデブ猫・ダムを召喚するのだ。すると、大抵の奴は一瞬で熱が冷めて大人しくなる。知らない間にカーストでも出来ていたのかもしれない。

 そんな俺の思考でも読んだのか、白猫が突如塔城さんの下を離れたかと思いきや、地面を蹴り、次に俺の肩を蹴り、何故か頭の上に載って来た。お蔭で多少頭が重くなったが、柔な鍛え方などしていないので問題ない。それにこんな事は前世にも何度かあった。...のだが、塔城さんはその光景に愕然とし、それからすぐにすぐに笑い出した。

 

 

「っふ、ふふ」

 

 

 どこかぎこちない、それでも内から自然と外へ出て来てしまったかのような微笑。頬がまだそのカタチを覚えていないらしく、多少固さを残している。それから分かる事は.....彼女は、こういうことで笑顔を見せるのに慣れていない?今まで他人を信用したことがなかったのか、心を許したことがなかったのかは分からないが、どちらにせよ感情の一つを制限するに至る理由とは想像もつかない。

 そんな想像もつかない覚悟を解し、こんなことで彼女を笑わせられるのなら、それこそ何度でもやってやろうと思った。今後も頻繁に頭へ乗って貰うよう、白猫に仕込んでおくかな。

 

 

 

          ***

 

 

 

 昼休みが終わり、それぞれが移動教室の準備をする中、私の目は自然と彼を追っていた。

 

 ────栗花落功太。少し不思議な、でも話してみると楽しい人。

 

 初めて他人との会話で『楽しい』という感情を明確に生み出せた。一番身近で大切な人が豹変した『あのとき』以来、私は感情の起伏が乏しくなってしまったというのに、笑えた。それも無理に作ったものではなく、純粋に。

 

 

(ヘンな顔に、なってなかった、かな)

 

 

 少し心配になった。明日も彼に会って話をしようと決めたし、笑顔の練習をしておいたほうがいいかもしれない。

 

 ──────どうかこの心境の変化が、私と彼にとって幸福となる切っ掛けになりますように。

 

 

          ***

 

 

 

「へぇー、ツユリって帰国子女なん?それって凄まじいスペックじゃねぇか。なんで転校の挨拶のときに言わなかったんだよ」

「く、俺も少し英語できりゃ帰国子女名乗れっかな...。マスターした暁には、転校した初日に帰国子女発言で、クラス内に俺のエリート旋風を巻き起こす。次の日から可愛い女の子が英語教えてと寄ってたかって俺を.....ゲへへ、行けるな」

 

 

 英語が出来る理由を聞かれたので、帰国子女だと答えたら両脇から帰って来た返答がこれだ。さて、その両脇にいる騒々しい輩を簡単に紹介しよう。最初の発言が橘樹林(たちばなきりん)という背の高いメガネ男のものだ。見た目は結構理知的なのに、中身は二次元に行くことしか考えていないバカである。そして、低俗極まる想像を深刻なほど漏洩させているのは光田獅子丸(みつたししまる)。前髪をオールバックにし、後ろで髪を纏めているこれまた特徴的な奴だ。コイツも見た目はいいくせ中身がこれだから困る。しかし、頭の良さはそれぞれ樹林が文系、獅子丸が理系科目と恐ろしく突出しているのだ。天は二物を与えずというが、だからといって何故こんなにも極端にしてしまったのかと頭をかかえたくなる。

 

 

「む!」「お!」

「な、なんだ?今度はどうした一体」

『俺の美少女センサーが反応した』

 

 

 完璧にハモって聞こえた謎のセンサー発言。そんなもの人間にはついてない。

 ためしに辺りを何度か見回してみるが、それらしき影は見当たらず、二人へ誤作動起こしてるみたいだから病院行って看てもらえ。ついでに脳みそも換えてもらったらどうだ?と言うつもりだったのだが────直後にその人物は前触れなく現れた。

 

 

「あら」

 

「────────!」

 

 

 燃えるような赤髪。エメラルドをそのまま嵌め込んだような碧色の瞳。...間違いない、目の前の少女がサーゼクスの妹であり、グレモリー家次期当主、リアス・グレモリーだ。その彼女とは、俺たちが降りる階段の角からばったりと出くわし、正面から向かい合う図になってしまった。これによって両脇の二人は瀕死状態。

 聞いた所、彼らは本物の美少女を直視した場合、ままならないこの現実と、手を伸ばせば届く筈の理想とが激しい摩擦を起こし、人知を超えた葛藤の果てに宇宙の真理を幻視し、結果死ぬらしい。

 

 

「すみません。道を塞いでしまって」

「...いえ、いいのよ。ありがとう」

 

 

 そろそろ宇宙の心理へ辿り着こうとしているバカどもの首辺りへ素早く手刀を入れ、無理矢理現実に向き直らせてから横へずれる。その道を颯爽と行くリアス・グレモリーは、確かに樹林と獅子丸が死ぬほど憧れてしまうのも無理はないと思った。その二人は彼女が歩いて行った道に跪いて深呼吸をしている。

 

 

「君たちなにやってんの?」

『来るべき日にシャングリラへと至るための欠片(キー)を集めているのだよ』

 

 

 またハモった。こいつら怖い。




オリ主が英語できる理由?彼は一応、周囲から伝わる英語は日本語に変換して自分の耳に届け、自分が発言する日本語は英語へ変換して相手に聞かせる術式付きのピアスをしているのですが、グレモリーのお屋敷にいたときに頑張って勉強したので、ぶっちゃけピアスなくても大丈夫だったりします。

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