最近体調が優れない作者からのお願いです...
さて、今回の本編は実にややこしい表現満載となっております。自分の能力を客観的に分析するのはやはり難しいですね。
シエルの爺さんから今日貰ったばかりの紙袋を漁り、
ふぅっ、と万人に害のない紫煙を吐き出してから、俺とは対照的に余裕のない殺気を周囲に溢れさせる黒歌の肩へ手をおく。
「ほれ、もう少しで着くだろうから抑えてくれ。アイツには初見から悪い思いをさせたくないからよ」
「それは無理な相談にゃん。コウタを食い物扱いする野蛮な獣をほっとくなんてできないわ。だから今すぐアイツら挽き肉にしていい?いいわよね」
「そりゃアカンって、ストップだ黒歌手に気を集めるなオイ。...いいか?俺たちは侵略者じゃない。だから殺しも略奪もしない。わかったな」
「ぶー、向こうは私たちを喰う気まんまんだっての...にっ!」
不満気な声を上げるだけかと思いきや、最後の一言と同時に足を振り上げ、隣に立っていた樹木の幹を爪先でぶち抜いた。まるで豪槍のような鋭くも重い一撃で感心はしたが、着物でそんなに激しく足を動かしたら色々と不味いだろう。というか穿いてない時点で不味いどころか完璧アウトだ。
それから少しすると何故か樹全体が輝き始め、雷を受けたかのような轟音を上げて爆裂。煤すら残らず地上数メートルの樹木が消し飛んだ。
どうやら足から樹木に気を流し込み、内側から爆裂させたようである。苛立っているとはいえ派手なことをするぜ。...まぁ、そのお蔭でことを早く進められそうだが。
『全く、一体何だ?さっきから騒がしくて寝られやせんぞ』
小規模な地震を発生させるほどの歩みで、のそりと木々の合間から顔を覗かせたのは...見覚えのある老蜥蜴だ。
奴は俺を見つけると、片方の眉を跳ね上げてから暫く唸り、やがて下がっていた方の眉も上げて得心の行った表情を作った。
『おぉ、誰かと思いきや...お前はあの時の童か!見ないうちに大きくなったのう!』
「ああ、当たりだ。久し振りだな」
以前この山で会った時から時間はかなり経ち、話したのも数分のことなので少し心配していたが、どうやら向こうも問題なく覚えてくれていたようだ。
それから身長がどうだの、言葉遣いがどうだのと二三雑談を交わしていたとき、話に入れない黒歌が隣から不機嫌オーラを出し始めた。その質はさっきのものより数段大きい。
俺は今にも怒りだしそうな黒猫を宥めようと、ともあれ目の前に腕を組んで佇む老蜥蜴の紹介を試みようとした。が、そのまえにあちらさんの視線が先んじて動く。そりゃあんな殺気みたいなの飛ばしてれば分かるわな。
いや、アイツは仮にもここら一帯を統べる存在だ。恐らく最初から異分子が2つあることに気づいているはず。
『ほう、猫又とは珍しい。それに気の流れも感じる...猫
「...へぇ、一目でそこまで看破するなんてやるわね。少し知識を喰った程度の魔物の分際で」
『そう噛み付くな。俺と君が敵対することは、君の主の望むところではないだろう』
奴の言葉を受け、真意を問うように黒い瞳を俺の方へ向ける黒歌。それに対し、俺はうなずきを持って答えた。すると彼女は一つ大きなため息をつき、すぐに地を蹴って飛び退くと、一本の大樹へ足を掛け素早く登っていく。...なるほど、観戦はそこからするつもりか。
黒歌の行動を見て、ちゃんと分かっていることに気付いた俺は、アイツのこういう所に結構助けられてるな、と少し申し訳なくなった。
...さて、もう気を使わせてしまった事だし、我が儘を通させて貰うとするか。
「そういや、お前の名前はなんだ」
『俺か?残念だが名などない。そんなものを口にしなければならないほど、他人に存在を覚えてもらう必要性を感じなかったからな』
「じゃあ、カゲマルでいいか?」
『...ふむ。中々悪くない響きだ。いいぞ、そう呼んでくれ』
トカゲのカゲに適当な文字を当てただけだが、存外に喜んでくれたようだ。しかし、己より数百年も生きる誰かの名付け親になるなど、実に反応に困る。
ともかく、俺だけが相手の名前を知るのはよくないので、礼儀として自分の名もカゲマルに教えておく。
『なるほど。.....では、そろそろ本題に入ってはどうだ?このままでは日がくれてしまうぞ』
「お、それなら問題ないぜ」
俺は片腕を水平に構え、手のひらを前方へつき出す。それからはいつも通りに聖杯へ続く道の蓋をあけ、大魔術を一瞬で成せるほどの魔力を汲み上げる。やがて手の先にまで集約した魔力は、おなじみの白い短剣の形となった。
俺は、剣...つまり、相手を傷つけ、殺す道具を手に出現させた。それを睥睨するカゲマルは、見たことのない冷えきった瞳をしていた。
『.....いつか話をしたな。俺は、降りかかる火の粉を払う時にのみ、強者たる力を行使すると決めた。と』
「ああ」
『貴様は殺し合いを望むのだな?』
「ああ」
答えた途端、重圧が増す。濃厚な殺気は周囲の温度さえ下げる。喉が渇き、汗が滲み、瞳孔が極度の緊張と興奮で開いていく。
─────申し分ない。この感覚は俺に血臭と獣臭しかしなかった戦場の記憶を呼び起こさせる。平々凡々とした生活に身を投じてから数年経ち、すっかり日常という鞭で調教されてしまったと危ぶまれていた『殺意』という化物は、期待を裏切らずに少しの刺激で檻を完膚なきまで叩き壊し、俺の中で獣のごとき咆哮をあげた。
「おォッ!」
気合い一声の
まずはお手並み拝見...そう思って踏み出そうと片足を動かした瞬間、目前に自分の胴と同じくらいの巨大な碧色の鞭が飛び込んできた。
「あっぶね!」
...と、そう叫ぶ前に干将の柄を手のひらで回して持ち方を変え、咄嗟に俺と鞭の間の空間へ黒い刀身を滑り込ませた。その素早い判断が功を奏し、間一髪で鱗は鋼鉄と衝突して赤い火花を大量に咲かせる。通過したあとに目を動かして見たところ、今の一撃は尻尾だったことが判明した。ちっ、便利な武器だな!
俺は半身を前に出し、袈裟で放った莫耶の刃を閃かせ、空気を裂いて飛び込んできたカゲマルの爪を弾く。続けてもう一度迫った大木のような尻尾は跳んでかわし、その最中に足を振って半回転、干将の黒い凶刃を一閃させる。が、威力が圧倒的に足りず強固な鱗に弾かれた。
『ふ、欲が出たな!』
今の交錯でバランスが崩れたことをカゲマルは抜け目なく察し、その巨大な拳を振りかぶる。それに対し、俺は素早く一方の陰剣を後ろ手に投合した。魔力の放出により亜音速に近い速度で飛んだ黒い刃が、拳を作る彼の腕を穿つ。が、この程度で止められるとは思っていない。
『甘いぞッ!』
腕から多量の鮮血が吹き出し中空を彩るも、やはり拳は振るわれる。彼にとってはこの程度、既知の痛みの中でもかなり下位に位置するようだ。それを証明するように全くといっていいほど動きに乱れが生じていなかった。
...そうでなくてはつまらない。俺はそう呟き、陰剣を投合したときの身体の回転を止めず、小細工済みの陽剣を振りかざす。
再びの白の衝突。一度目は二者ともに弾かれ拮抗を見せていたが、今回は違う。
『な、に...!?』
破砕音が響く。その音源はカゲマルの爪だ。
驚愕するのも無理はない。何故なら、今の奴が放った一撃には魔力が籠っていたからだ。気付かれないよう繕っていたが、さきほど爪を弾いたときには多少なりとも俺の方が押されていた。ならば、それに魔力というブーストがかかっている以上、武器を砕かれるのは俺の方でなければおかしい。
しかし、今回は間違ってはいけない。その爪とぶつかって砕いたのは、ただの莫耶でなく─────
「オーバーエッジ・type-
グラスのような光沢を持つ、硬度に特化した干将莫耶。対宝具用といってもよいほど硬さを追求したその性質は、魔力を込めたぐらいの魔物の爪では傷一つつかない。
カゲマルは腕に刺さった干将を抜き、地面に放りながら微笑を漏らす。それは敵わぬという降参の意から来るものではなく、心からの愉悦が成したもののよう...ではあるが、それに反して紅玉のごとき両目からは余裕が消え失せていた。
どうやら、俺とあの老蜥蜴の考えは随分似ているらしい。戦闘行為を負の観点からではなく、自分を高める要素という正の観点から見ている。
『先に手札を切らせてすまなかったな。次からは腹の探り合いなどなしだ。...こちらも本気でいこう』
ローブを脱ぎ捨てたカゲマルは、握り拳を作って自分の胸へ当てた。すると、その位置から何重にも大きな赤い魔方陣が発生し、彼の巨体をすっぽりと覆ってしまう。カゲマルがそれに向かって手を振るい、ガラスが砕けるような音を響かせながら全ての魔方陣を貫いた途端、突如凄絶な業火が駆け抜け、碧色だった体表が紅く変色していく。
なるほど。蜥蜴も竜の種族なのだから、炎が扱えないわけがない。そして、目の前で焔を纏う姿こそが、本当のカゲマル。
.....なら、コッチも応えなきゃフェアじゃないな。
俺は地面に落ちている干将、 片手に握る莫耶を一度魔力に還元し、それからすぐ陰陽両の剣を再びその手に握る。
「なに、謝るのはこっちの方だぜ?カゲマル」
『...ほう?まだ何かあるのか』
「いやまぁ、少し試したいことがあってさ。それを手伝って欲しくて」
『くく、いいだろう。ここまで期待させた手前、つまらんことだったら承知せんぞ』
カゲマルは全身の炎を猛らせ、空けた口からも業火を漏らす。随分期待して貰っているようだし、頑張って見るかね。
俺は大きく息を吐き、握った干将莫耶に全神経を集中させる。それは、宝具を扱う上で最初に行う、英霊の経験を閲覧する工程。...だが、今回はそれで終わらない。
視えるのは、赤き弓兵が補完する記憶。幾度となく己へ流し込んだ、英霊という存在が生きた証。─────往こうか。この嵐の、先へ。
さぁ、試すのは二度目だ。
何せ、まず人技を超越している。ならば、見たからといって人の身で英霊の戦闘技術を理解することなど当然不可能。唯一希望のある憑依経験も、あくまで魔力を使って再現しているはずなので、オリジナルとは別物だから逆探知できない。
しかし、それにも関わらず俺は赤き弓兵の技を模倣することに一度成功している。
(工程はほぼ投影と同じはずだ。それに武具の過去も見れるから、本物の『存在』を持って生まれてるようだし、憑依経験ならできてもいいと思うんだよな...)
しかし、出来ない。うまく言いあらわせないが、あえて言葉にするならば...『どこにあるかが分からない』のだ 。
例えるなら、完成形の精巧なプラモデルを渡されて、そこから指定のパーツだけを探しだしてくれ、と言われているような感覚。他人が作ったものを自分がみて、そこからたった一つの適切なパーツのみを瞬時に選び出すのは難しいだろう。
イレギュラーがあるとすれば、それは『聖杯』。魔力を自分では一切生成せず、聖杯の魔力を魔術回路に流していることだろう。
確認しなければならない。あの赤き弓兵の力は何処から来ているのか。純粋、かつ膨大な魔力を持つ以外の聖杯の持つ特性は何なのか。武具創造が成せることは何なのか。...本当に今の自分が持っている概念の下で、能力の法則とは成り立っているのか。
俺は、エミヤシロウを再現する。
「─────
瞬間、干将莫耶を握る自分の手が一瞬ぶれ、赤い外套を纏った傷だらけの手に換わる。それに合わせ、全身や五感の全てが剣に覆われてゆく強烈なイメージを味わう。
焼け焦げる脳裏へ浮かぶのは、錬鉄の荒野。そこにあるものなど、墓標の如く突き立った冷然たる剣のみ。無機質で機械的で、語らぬ口を持たぬそれには、しかし一つ一つ、血のようにこびりついたとある英雄の記憶があった。
千を越える剣に宿るそれは、とても
『Er■o■ Code:無■の剣製. Ac■eptance deni■■.』
己の身が剣となる前に、その
握る陰陽剣から流れ込むソレを完全に振り払い、赤き弓兵が生涯持ち続けた理想の全てを否定する。...そうしなければ、俺はエミヤシロウを受け入れてしまうから。
(!.......っぐ)
一連の作業は一瞬のことだったはずだが、体感では恐らく数十分に及んだ。身体に表面的な異常はないものの、それだけ長い間英霊の記憶に曝されたからか、自分自身が少し外側へズレているような感覚がある。
『分不相応な魔術は身を滅ぼす』とはよくいったものだ。いくら身体強化をしているとはいえ、やはり人間は英霊という存在の一部すら受け入れるのに難儀する。しかし、これくらいの苦痛など彼の生きた過去と比べれば他愛ない。
と、その時。
─────何故か。
聞こえるはずのない。
声が、聞こえた。
[『まったく、君は物好きだな。』]
「────────────」
白い、白い空間に
.............その背中を、その声を知っている。
お前は──────────
「っ!」
違った。俺は酷い勘違いをしていた。
死後の英雄は世界と契約し、あらゆる時間軸から外れた座という場所にその魂をおき、英霊へと存在を昇華させる。大聖杯はその座にアクセスし、英霊からサーヴァントと呼ばれる分霊に意識のみを移し、現世にて召喚、受肉させる役目を担っている。
今まで、俺の中にある聖杯が大聖杯としての機能を持っているのか全く分からなかったが、これでようやく理解できた。
あれは、座としっかり繋がっている。
だからこそ、英霊の使用していた武具をこの世に生み出せたのだ。つまり、武具創造で創られるあれらは決して偽物などではない。
─────どうやって
座と繋がりを持っているにも関わらず、英霊の技術を模倣することが出来ないのは、きっと座に存在する英霊の魂の所在を割り出せていないからだろう。しかし、エミヤは干将莫耶の構成を俺が完璧に理解してしまったため、それを使う上での彼の剣技や体術も座から間接的に得たのだと考えられる。
だが、そう仮定すると新たな疑問が湧いてくるのだ。一つは、なぜ構成を理解出来ていないにもかかわらず、昔は干将莫耶を創造できていたのか?もう一つは、今尚構成が理解出来ていない武具を何故創造することができるのか?...さきほどのものと合わせ、依然謎は多いままだ。
『....どうやら、成ったようだな』
「まぁな。俺としちゃあもう十分過ぎるくらいの収穫だが...」
そういいながらも構え、カゲマルを見据える。彼もそれに応え、焔を揺らめかせる腕を俺へ向けた。
吹いた一陣の風とともに地面を蹴って駆け出し、俺は半円を描くようにしてカゲマルの背後へ回る。途中尻尾の迎撃があったが、さっきとは違い危なげなくかわした。その後に続いて振るわれた炎を纏った爪も全て避けきり、尚も駆ける。
...身体が軽い。それに、カゲマルを見ただけで前知識との照合を高速で行い、大方の行動予測、ならびに適した攻撃法が次々浮かぶ。一体どれほどの戦場を渡り歩けば、こんな芸当が身に付くと言うのか。
『チッ、速いッ!』
「当然、速く動いてるつもりだからな!」
『フン、抜かせ!!』
翻弄されつつも、カゲマルは背中から展開した巨大な炎の疑似翼を回転しながらはためかせ、広範囲を焼き払った。業火は地を舐めるようにして津波の如く俺の元まで迫ったが、魔力を込めてから干将を投擲し、灼熱の波が通る手前の地面へ突きたったところで魔力を意図的に暴走させ、爆発を起こして円形状に焔を切り抜く。俺は爆風が収まるよりも先にそこへ突入し、土煙を切り裂きながら驚愕の真っ最中であるカゲマルの目前へ躍り出た。
勢いそのままに振りかぶった陽剣は爪で弾かれる。が、衝撃を身体の回転で流してもう一撃。反撃がくると予想していなかったカゲマルは片方の腕を盾にして致命傷を避けた。
「そりゃ、無駄だッ!」
『がはっ?!な、に...』
空いた手に握っていた干将を突き出し、横腹へ一撃。かなり効いた筈だったが、苦痛に顔を歪めながらもカゲマルは口を開き、至近距離でのブレスを試みようとしていた。流石のタフさだが、ブレスがくることは予測済みだったので、迷うことなく下顎を蹴り抜き、直後に後退しながら横腹へ埋まった陰剣を爆破させた。
避ける余地なく爆風の殆どをその身体で受け止め、後方に吹っ飛び大木へ背中から激突するカゲマル。倒れることはなかったものの、彼は膝を折って地面に手をつく。それを見た俺は丁度カゲマルの首がある高さの幹へ莫耶を投げ、墓標のように突き立てた。
「ほい1ピチュ。カゲマルの負け」
『むぐ。まさか、こうまで手も足も出ぬとは...グゥッ』
本当に悔しそうな呻き声を上げるカゲマルだが、せめてもの抵抗らしく着いていた腕を地面から離し、両足のみで立ち上がって俺を見下ろした。いつ倒れてもおかしくないくらいフラッフラだけど。
文字通り身体を張った強がりに苦笑いしながら、俺は全身を苛む疲労感を横に押しやって歩き、カゲマルの目の前まで来てから手を伸ばす。
『....全く、いい男に育ちおって。危うく殺し合いという前提を忘れてしまうところだったわ』
「はっはっは!そんなんあったっけなぁ、わすれちまったなぁ」
『くく、本当、最後まで掴めぬ奴、よな...』
ぐらりと巨体が縦に揺れたかと思うと、後方に反った身体を戻せず足を滑らし、そのまま轟音を響かせて仰向けに倒れた。一瞬最悪の事態を連想してしまったが、両目がアニメみたいにグルグル回っていたので問題はなさそうだった。
「黒歌ー。すまん、コイツの傷を治してやってくれないか?」
「はーいはい。やっぱりこんなトカゲなんてコウタの敵じゃなかったにゃん」
気を流し込んで自然回復機能を何百倍にも促進させ、あっという間に複数の裂傷や熱傷で傷ついた肌を綺麗さっぱり元通りへと変えていく。やっぱり仙術ってスゴい。でも、毎回この技で俺の貞操が危機に瀕してるからコワい。
折角治したのに顔面を思い切りぶっ叩いてカゲマルを覚醒させる黒歌。あまりにもあんまりな対応に同情する。しかもとっとと先に行って帰りを催促してくるし...
『...彼女はお前以外だと毎回こうなのか?』
「うん、大方そうかな」
頬を抑えながら飛んだ歯を拾うカゲマル。その間、俺のした返答から黒歌の話題は続かず、彼は顔へ深い影を落とすだけだった。案外黒歌みたいなタイプは苦手らしい。
俺は手元に残った莫耶を魔力に還元し、体内へ戻す。それから木陰に避難させておいた紙袋を漁り、香草煙草を十本ほど抜き取ってカゲマルに渡した。
「こいつは俺の好きな煙草だ。魔力充填、リラクゼーション効果も万全だぜ。そんでもって身体に悪くない。良かったら貰ってやってくれ」
『ほう、お前が煙草好きだったとは予想外だ。どれ...』
火をつけたものの、小さくてくわえるのに難儀しているようで、どう吸うべきか位置を選びかねていた。しかし、上手く歯の間に挟み込むことに成功したらしく、一息で半分以上を灰に変えながら煙を吸い込み、常人は確実に噎せる量の紫煙を吐き出す。
『お前は.....何のために力を求めている?』
地面においた紙袋を持ち直しているところで、カゲマルからそんな問い掛けが投げられた。振り返ってみると、その鋭く赤い両目が俺を射貫く。
既に強者でいる理由を失った彼からすれば、今なお力を追い求める俺は異常に映っているのかもしれない。だからこそ、彼にとっての異常でありつづける俺が不思議なのだろう。
しかし、残念だ。俺はお前の望むような綺麗な答えを用意できない。
「自分のためだよ」
そう、自分のため。前世で救えなかった自分自身へ幸福を与えるために、俺は今まで強さを欲してきたのだ。
とはいっても、救いたい命を救って死ねたのだから、俺にとっては本望だったはずである。実際、さっぱりと未練なく前世を割り切り、この世界へ転生をしているのだ。
しかし、転生後の自分の手元に残ったのは、『そういうことをしていた』という記憶のみ。どこを探してもその証明たる彼等の姿はなく、時間が経つほど皆の顔は薄れるばかりで、前世の自分が成してきたことの意味が、現世で得た目的に押し潰されて...少しずつ、少しずつ摩耗してきているのだと最近気づいた。
俺があの世界で生きた理由が消えかかっている今、酷いときは自分が本当にあの場所で存在していたのか分からなくなる。
それが嫌で、この世界には何か...自分が生きていたという明確な証を残したかった。
子猫一匹を救って命を落とす、それもいいだろう。売り文句にして本を出せば、多くの読者を惹き付けられる例のような美談だ。
しかし、俺はそれ以前にも両手では数えきれない程の子猫を救ってきた。勿論、己の命をなげうつことなくだ。それを思い返す度に、あの猫を救うやり方に、また他の方法があったのではと思ってしまう。
それが真実だったのなら、俺はそれより後に救えたはずの命、ひいては今現在望む『明確な証』すら全て取り落としてしまったのではないか...?そうともさえ、思ってしまう。
「弱いままじゃ強い存在から搾取され続けるだけの人生だ。...そんなの、俺は許せない」
『.......』
どれだけ尤もらしい理由を作ろうと、結局は失うのが怖いから怯えてるだけだ。『強さ』という殻で自分を覆ってその恐怖から必死に逃れようとしている。実に人間らしい、滑稽極まる考えだ。
でも、滑稽でいい。俺は自分が幸せになるために誰かを救う。それは正義感からなどではなく、完全に利己的な願望から生じたものだ。
『焦るな。そんなことではお前の望む強さなど手に入らんぞ?』
「...焦るさ。何せこの世界は、人間なんて簡単に殺されちまうようなところなんだからな」
歯に挟まった灰を抜きながらニヒルな笑みを浮かばせるカゲマルへ手を振り、俺は待たされてすこぶる不機嫌な黒歌の下へ急ぐ。その途中、振り返ることなく告げた。
「また、煙草持ってここに来るぜ」
返事は低い笑声で返された。