今回は第二の人生を生きるオリ主にとって、恐らく本当の家と言っても差支えない場所が出ます。
前話見ていれば恐らくどんな所で、誰がいるかは大方予想がつくでしょうけどね。
喫茶店とは、来店客が自宅にいる時以上に寛げる場を提供するべし。
飲み物を出し、食べ物を出すだけなら、どんな飲食店でも出来る。
高級感のある椅子を用意し、磨き上げた綺麗なテーブルを並べ、上等な材料を用意し、耳に優しいジャズやクラシックを流すことは、金さえ潤沢ならどこの喫茶店だって出来る。
だが、店内の雰囲気だけは真似できない。千差万別、唯一無二。
それは何故か。仕事をする者の姿勢により一μ単位で変化するからだ。
裏をかえせば、働く誰かの一挙手一投足によって店は良くも悪くもなる。
しかし、間違えるな。店を良くするのはあくまで副次的な目標に過ぎない。一番大切なのは、最初に言った通り来店客がもっとも寛げる場を用意することだ。
二番目は、一番目を達成するための一つの要素でしかない。
そして、私たちは物ではなく、人によって店の価値を創るのだ。
─────シエルの爺さんから教わった、この店で働く際の絶対条件。一見堅苦しく思われがちだが、別段そんなことはない。爺さんは全く厳しく無かったし、勤務中にミスをしても一切怒鳴ることはしなかった。
それは、働く側である俺の姿勢や意志も店の雰囲気づくりに関係するからだ。だから爺さんは仕事に関してでは怒らないし、きっと止めたいと言っていたら快くその意見を呑んだだろう。嫌々働かれるよりはマシだ、と。
最初は楽で仕方なかったが、およそ数日で思い至った。注意を碌にしないということは、自分で間違いに気づかない限り治せない。ならば、俺がもしもこうやって己の行いを正せずどこまでも増長するような輩だったら、きっとこの喫茶店は傾いていた。...つまり、シエルの爺さんは店の行く先を俺に預けていたのだ。
恐ろしかったが、同時に激しく困惑した。一体どういう理由で外から来た人間なんかに自分の店の未来を託したのか。その時は店の売上の低さに気付いていたので、破れかぶれの博打でもしたのかと嫌な気持ちになったりもした。
少し躊躇ったが、やはり理由を聞いた。聞かざるを得なかった。なんで俺みたいな部外者をここまで信用するのか、と。だが、爺さんから返って来た言葉は、俺が立てた幾つもの予想を大きく外すものであった。
「働きたいと言ったのは君からだ。だから私は仕事を与えた。理由は言わずとも分かったよ。食う寝るだけの居候ではよくないと思ったのだろう?良い心がけじゃないか。...ん、働くことを許した理由?ふむ、強いて言うなら君がウチの娘に似ているからかね」
そう言ってあっけらかんと笑う爺さんからは、能力を使わずとも本心であることが容易に理解できてしまった。
少しは疑う気持ちを挟ませてほしいものだが、何故かその理由が腑に落ちてしまったのも確かだ。しかし、俺が爺さんの娘と似ているというのはちょっとおかしいと思う。
それから試作の香草煙草を吸いながら目を細め、空っぽになった白いコーヒーカップを揺らしてから、その中身と同じく空っぽの店内へ視線を映す。そして、目線を合わせぬまま俺の名を呼んだ。
「まぁ、コウタ。娘の席はアイツにやっているが、まだ孫の席は空いてる。...少なくとも私は、君をただの居候としてではなく、家族としてこの店におきたいと思っているよ。どうかね?」
顔に刻まれた深い皺をさらに深くさせながら、爺さんは歳不相応に無邪気な笑みをこちらへ向ける。
─────俺は迷うことなく、その席に座ることにした。
***
「改めて思い返すと、最初の顔合わせは色々あったお蔭で、何かするべきこといくつかすっ飛ばしてた気がするな」
「ハハハ。いいや、そんなことはないと思うがね。色々あったのだから、その色々の中に必要なことは結構入っていたのではないか?」
「そりゃ屁理屈だ」
コップを拭きながら、バーカウンター越しに笑って見せる白髪の老人...シエル・ラファール。その身なりは数年前と全く変わっておらず、年代を感じさせる喫茶店内も以前までの密やかな雰囲気を堅持していた。
ここのコーヒーは欲目無しにかなり美味しいのだが、基本的に爺さんが一人で切り盛りしているため、積極的な集客は一切なされていない。だから、店内の人はいつも疎らだ。とはいえ常連のお客さんからの信頼は厚く、毎日のように足を運んでくれる悪魔方もいる。
俺は怪我をしてから暫くここの厄介となったので、自主的にお手伝いとして喫茶店で働き出したこともあり、顔見知りのお客さんが実は結構いたりするのだ。さっきも馴染みの一人と挨拶を交わしていた。
そんな風に和やかな雰囲気で談笑していたところ、いきなりカウンター側の扉が勢いよく開き、見知った奴が肩を怒らせながら爺さんに詰め寄った。
「オイこらジジィ!どういうことか説明しろやァぎぁ?!」
「フリード君。お客の前だ。態度を弁えなさい」
「せ、せせ制服がオールでメイド服な理由をどうか説明しやがりませ。ジジィさま」
初期動作ほぼ無しのアイアンクローが白髪の少年、フリードのこめかみを締め上げ、両足が浮くほどの腕力でもって愛の鞭を振るう。俺も修行を受けていた時はアレを何度かやられたが、痛みばかりが先行するもので、愛の鞭にしてはあまりにも愛がなさすぎた。ぶっちゃけ喫茶店業で怒られない苛立ちの分がこっちに移動してるんじゃないかと思っていた時期もある。
それはともあれ、メイド服だけしかない?一応話は通していたのだが...当初は採用する気などなかったということだろうか。そんな疑問を鋭敏に感じ取ったらしいシエルの爺さんは、フリードをアイアンクローから解放した後にこちらを振り返った。
「実は今月の懐がピンチでな。服を新調する余裕などなかったのだ。出来て大まかなサイズ調整くらいだ」
「ピンチって...そうならないように香草を自分で採取してたりしてるんだろ?」
「いや、テーブルが一つ劣化してたから買い換えたのと、豆を煎る焙煎機が一つ駄目になってな。どうしても出費がかさんでしまったのだ」
シエルの爺さんは苦笑いしながら、以前の焙煎機が設置してあった区画を指さす。そこには、俺がいたころからボロっちかった黒っぽい機械が無くなっており、元あったヤツ以上に年代ものと思われる焙煎機が鎮座していた。随分と裏で出回っているものを引っ張って来たようで関心はするが、これでは元々危うかった家計がさらに
「ってああ、フリードのいってたメイド服はミリーのものか」
「そうだぞ。今日はちょいと席をはずしてもらってるがな」
「ぐぐぐ、いくらなんでも女装をおいそれとできるほど俺っちは人が出来てねぇぞ...」
額から煙を出しながら蹲るフリードの抗議を無視し、俺はもう一人のバイト兼、爺さんの娘であるミリー・ラファールのことを思い出す。記憶の中では長い金髪を左右で三つ編みにし、後頭部で結いあげたポニーテールを揺らす少女だ。特筆すべきは、普段から口数少ない&鉄面皮な小猫ちゃんよりもずっと感情の起伏に乏しく、会話時の声が全く聞き取れない事である。
数年の山暮らしで培った鋭敏な聴覚でもっても微かにしか聞こえず、常人では確実にその声を知る事はまず叶わないだろう。最初は引っ込み思案な性格なんだなと勝手に決めつけていたが、聞いたところ当人はそれをきっぱり否定した。寧ろ自己主張が強い方だと目を逸らしながら言って来たのだが、十中八九嘘だ。
「あれ?というかアイツ自身用があるんじゃなくて爺さんが外にだしたのか。なんでそんなことしたんだ?ここに顔出すことは何日か前に言ってたし、予定合わせられただろ」
「.....お前さんは本当に鈍い。まぁ、それに助けられてはいるんだがね。(安易に来るなんて言ったら、家中の棚ひっくり返してめかしこむだろうからなぁ。許せ娘よ)」
「??」
言葉の後ろになにか小声でボソボソと付け加えていたような気がしたが、ほとんど聞こえなかったことだし、大方そこまで大切なものでもないのだろう。言いたいことは毎回はっきり口に出すからな、爺さんは。
俺は持ち上げた白いコーヒーカップの中に薄く残った黒い三ヶ月を見て、おかわりを頼もうと思ったが、やはり止めて受け皿の上に戻す。そして、ここで働くこととなったフリード・セルゼンの扱いに関して詳しく言いてみることにした。
「爺さん。もう分かってるだろけど、アイツは一応危険人物だ。悪魔に対して敵愾心を剥き出しにする。客に迷惑はかからないか?」
「ははは!何を馬鹿な質問をしている?そんなの迷惑に決まっておるだろうに」
心底おかしそうに言い放ったその内容に、俺は言葉を詰まらせた。
そう、ここは喫茶店なのだ。来客する人の憩いの場となるべきであり、間違っても犯罪者予備軍を置いてよい所などではない。そんなことは初めから分かっていたはずで、それを踏まえた上でシエルの爺さんに彼を雇ってもらうよう頼み込んだのだ。
「だが、これはお前さんがここにいる間ほとんどしなかった我が儘だ。曲がりなりにも親の顔をしていた私にとっては嬉しい限りだよ」
そして、それを了承してくれたということは、フリードを犯罪者予備軍としてではなく、いち店員として雇うことを約束してくれたのだろう。この分だと、彼のしてきた所業や詳しい性格も織り込み済みか。流石仕事の早いことである。
恐らく、いや確実に爺さんは妥協などしない。客を第一に考える心情は変えるつもりなどなさそうだし、フリードをないがしろにする気もきっとない。冒頭みたいに態度が悪いときは手を出さざるを得ないだろうが。
「あのさぁお二人さん?俺をディスるのは良いですけどね。せめて本人の前では止めて貰えません?」
「なに、本当のことなのだから仕方なかろう?そんなことより頼んでおいた清掃を始めてくれ」
「.....え?この格好で?」
「うむ」
フリードは遂にキレたらしく、腰に掛けてあったエクソシスト御用達の光剣を素早く抜こうとしたようだが、柄が手に触れるよりもずっと先に爺さんの手がフリードのこめかみを捉える。以降は冒頭とほぼ同じ図が構成され、抵抗を諦めたメイドさんは顔に深い影を落としながらモップを取りに裏口へ消えた。南無。
夜逃げしないかどうか心配になってきたが、ここから出ても外は冥界。行きはサーゼクスに無理言って通って来たルートだったので、必然帰りは同じ道を通ることなどできはしない。もはや、フリードはここで働くこと以外の選択肢など無いのだ。これもお前の今後のためだ、許せ。
「そうだ。実は新しい銘柄が入ってな。人間界からの輸入品と冥界産のをブレンドしたものだから、お前さんの口に合うと思うぞ。...それ、買い足しに来たお気に入りの香草煙草と一緒にどうだ」
「おお。こりゃ確かに、どこか懐かしい香りがするな。...っと、ああそうそう。香草と言えば、最近また採取に熱が入ってるんだって?」
「む、また誰かが余計な吹聴をしたな」
「ジンさんからな。俺から聞いたんだから怒らないでやってくれよ?それより、幾ら金を抑えられるからって、あんまり無理しないでくれ。」
頭の痛い話ではあるが、彼の香草収集癖は更に悪化の一途をたどっているらしく、つい二日前も俺が死にかけた例の山へ入って大量の香草を採取してきたという。死にたいのか!と怒れればまだいい。それどころか、このお爺さんは徒手空拳で魔物を殴殺出来るほどの技量を持っているので、寧ろ山に住む魔物の方を心配してしまうほどだ。...ちなみに、俺が持つほとんどの基礎的な近接戦闘の知識や技は、全てシエルの爺さんから教わったものなのである。
俺が助けられた当時、誤って振るった剣をタオルで防いだ光景は、依然衝撃的なものとして己の記憶に刻みつけられている。少しは...いや、かなり自分の剣の腕に自信はあったので、その時は正直なところかなり落ち込んだ。だって、長い間魔物との命の取り合いで磨き上げた剣技だぞ?
そんな剣技を、彼は事もあろうか駄目出ししまくった。それも嵐の如く。
喫茶店の業務を手伝いながら、剣術と武術の指導を賜るという訳の分からない生活を一年近く続け、それに合わせて適した魔力の扱い方も学んだ。今の俺がここにいるのは、間違いなくこの人のおかげだろう。
「ありがとう、爺さん」
「それ以前に、私の貯金はだね─────っと、何か言ったか?」
「いや、コーヒーご馳走様。そろそろ俺行くよ」
「.....そうか」
あんまり寛ぎすぎると、本気で泊まっていきたくなるから困る。俺にとってここは、少し行き過ぎたくらいに居心地が良い。このあと寄りたい場所があるし、グレモリー領の街へ向かった黒歌もそろそろ暇になってくるだろうし、もうお暇した方がいいだろう。
俺は多めに代金を支払い、それを厚意として苦笑いしつつも黙って受け取るシエル。そんな彼に、「気にするな」という気持ちを込めた笑みを浮かべてから、背を向けて扉へ向かう。
「お前さんは、私の孫だ。困ったことがあったらいつでも頼りに来てくれ」
背中越しに掛けられた、俺には勿体ない言葉にむずがゆくなるとともに、鼻の奥が少しツンとした。それを誤魔化すように紙袋を持ち直し、短い返事をするにとどめて歩みを再開させる。ああチクショウ、もうここの珈琲の香りが懐かしくなってきやがった。
意志の弱い自身に辟易しながら、扉を開け放つ。途端に久しぶりの冥界の風が身体を叩き、沸き立つ郷愁を幾らか攫って行ってくれた。それに感謝しつつ、ゆっくりと一歩を踏み出す。
そうして、頭上で鳴ったカウベルの音を喫茶店内に残し、俺は立ち去った。
***
やたらヒラヒラする布をむしり取ってたら遅くなっちまった。チキショウ!これ以上あのジジィにシメられたら頭蓋骨に罅が入る!何とかこの地獄から抜け出す方法はないのか?
そんなことを考えながら、歩きにくいことこの上ないメイド服を引っ提げ、片手にモップ、反対の手に水の入ったバケツを持って店内へ突入する。
「えっさほいさと.....あら?ジジィ旦那はどうしたん?」
「ん?今さっき帰っていったよ」
「マジカヨ」
旦那、アンタ本気で帰っちまうとか鬼畜っすわ。この人でなし。
今までいろんな逆境を駆け抜けて来たが、これは結構ピンチだと思う。殺されることはないから今のところ歯向かってはいるものの、あのジジィは下手すりゃ旦那より強い。密かに自信を持ってた剣捌きすら、披露する前に抑え込まれてあの様だ。んでもってアレで本気じゃない。
折角自由気ままに生きようかと思ったのに、これじゃお先真っ暗だぜ。せめて可愛い女の子一人くらいお隣に欲しいんだけど、こんな寂れた喫茶店じゃ美人との出会いも期待できそうにないし。
バケツに入った水いらないんじゃね?と思えるくらい涙を流しながらモップ掛けをしていた時、扉に下がったカウベルの音が鳴った。心底面倒だが、俺っちは事前に言われているジジィから教わった規則どおり、入って来た客へ向かって挨拶をしようと顔を向ける。ケッ、どうせ客はムサいオッサンか骨と皮だけの老人だろ?挨拶とかするだけ無駄だっつの。
「らっしゃーせー......ッ!?」
「む?...おお、ミリーか。丁度いい」
な、なん...だと?今目の前にいる金髪三つ編みの超絶美少女がジジィの娘ェ?!どんな突然変異が起きたらこんな違いが出るんだ!
よく見ると、基本的に身体の肉つきは乏しいものの、その分穢れを知らない儚さがこれでもかと備わっている。折れてしまいそうなほど線の細い両手足は、それに見合う雪を薄く張り付けたような白さとしなやかさ。開け放たれた扉から漏れ出る風で靡く、黒いリボンで纏められた金色の髪。ふむふむ、こういった手合いは身体の隅々まで汚したくな──────
「おい。私の娘にそんな視線を向け続けるな、フリード君」
「ハイ、誠に申し訳ありませんでした」
気配を全く感じなかった。気付いたら俺っちの身体は地面とオサラバし、左右のこめかみに激痛が走っていた。もうやだこの人。人間どころか悪魔さえ半分以上止めちゃってるよ絶対。
グロッキ―状態で地面に降ろされ、何とか痛みを和らげさせていたとき、いつのまにか至近距離にまで来ていたミリーちゃんと目が合った。
「 ?」
「ああ、この少年は新しいウチのバイトだよ。ちょっと性格に難はあるが、仲良くしてやってくれ」
「 ?」
「制服を新調するだけの予算がなくてね。実に頭の痛い話ではあるのだが」
「 」
「無理しなくていい。只でさえお前さんは他人とのコミュニケーションがほとんど取れないのだからな」
(な....何が起こってやがる)
端から見れば、確実にボケたジジィの独り言だ。そうである筈なのだが、俺っちにはちゃんと会話が成立しているように見える。何故だ。.....いや、待て。よーく見ればミリーちゃんの可愛らしい桜色の唇が上下していることが見て取れるぞ。
とりあえず会話内容が気になるので、ジジィの肩をつつき、さっき彼女が言った言葉をそのまま復唱して貰うことにした。それにジジィの返答を順に当てはめてみると、俺の見立て通りちゃんと会話が成っていた。
「って、これじゃ俺っちミリーちゃんと会話できないじゃん?!」
「む、それもそうさな。一瞬会話などしなくてもいいのでは、と思ったが、流石に情報の伝達に不便か」
「いや、そこは俺っちが可哀想とか、何かしらの同情の念を挟んでくれませんかね。もの凄く生産性重視で俺っち泣きそうなんスけど」
「よし。ミリー、面倒だろうが紙を渡す。...っと、ほれ。フリード君と会話することになったらこれを使いなさい」
「 」
俺っちへのフォロー一切なしで進む会話。何だかボケだと勘違いされてるみたいだから一応言っておくけど、さっきのフリじゃないからね?本心からの言葉ですからね?
俺っちが誰とも知れぬ誰かに突っ込みを入れている間に、ミリーちゃんはA4サイズのスケッチブックへ鉛筆でスラスラと文字を書いていく。.....あれ、ジジィとの会話では紙いらないはずだから、これって必然俺っちへのメッセージ?!ファーストコンタクト?!いや寧ろ愛の告白とかきちゃう?!
鼻息荒く彼女からの第一声(?)を待っていると、暫くしてついに闇で隠されていた紙面がこっちを向いた。
「『初めまして、フリードさん。ミリー・ラファールです。』」
「おうふ...直接言葉を聞いてないのに何この感動。こちらこそよろしくだミリーちゃん!気軽にフリード君とかフリーダムって呼んでね!」
そんな風に爽やかな返答を返し、ちゃっかりポイント稼ぎに勤しむ俺っち。ふふ、この調子で好青年を演じれば数日で堕とせるな。ジジィに目にもの見せてやるぜ。
笑顔を貼りつかせた裏でイケない妄想を際限なく膨らませていたところ、ミリーちゃんは急に頬を赤く染め、簡単な紹介が書かれた今のスケッチブックのページから次のページを捲ろうとしていた。
オイ待て、なんだこの反応は。まさか数分でフラグを建設しちまったのか?!よっしゃ、君がその気ならコッチはいつでもオッケーだぜ...
「『好きな人はコウタお兄ちゃんです。今はいないけど昔はここで働いていて、たくさん一緒に仕事してました。お兄ちゃんは声が小さい私のことも凄く気にかけてくれて、嫌われたり気分を悪くさせないよう避けていたのに、いつも笑顔で私のところに来て嫌な顔一つせず話を聞いてくれました。その時はあまりお爺ちゃんとも喋ってなかったので、しょっちゅう上手く声が出せなかったり、息が続かなかったりして会話が全然進まなかったけど、お兄ちゃんは言葉が詰まるたび一緒に深呼吸してくれたり、背中を擦ったりしてくれました。でも、話終わったあとに「頑張ったな」って言って頭を撫でてくれるのが一番好きで(略)─────────こんなお兄ちゃんのことをもし知ってたら、ぜひ教えてくれませんか?』」
びっしりと。紙の隅々にまで刻まれた文字は、たった一人の男を想って綴られたものだった。
それは当然俺っちへ向けられたものではなく.....
またテメェか!旦那ああああああああああ!!
叫びたい気持ちを抑え──────られず、俺は置いてあったバケツに顔を突っ込んで慟哭した。
以下は作中で空白だったミリーちゃんの台詞です。(※降順)
「この人は誰?」
「少年...なのにメイド服着てるの?」
「そんなに辛いなら、掛け持ちで仕事探すよ?私」
「分かった」
彼女は『蚊の鳴くような声』を地で行く子です。あと、小猫ちゃんほどではありませんが背が小さいです。.....やっぱりとか言わないでください。