...え、俺のせい?
作者「─────その身体は、カフェインで出来ていた」
木場が見事な駿足を披露して真っ先に飛び込んでいき、黒い剣を縦に振るう。が、構えられたコカビエルの手から眩い光が広がり、大きな盾となって襲い来る刃を受け止めた。
その衝撃は一部たりとも大楯を貫くことなく逸らされ、代わりに辺りへ破壊がまき散らされる。
「ほう!これが相克の剣か!期待を裏切らぬ一撃だ!」
「くっ...あああああ!!」
木場は剣へ更に魔力を込め、光の障壁と激しく拮抗する。...いや、実際は拮抗などしていない。コカビエルにはまだ余裕が感じられるからだ。
そろそろ助太刀するかと考え始めた時、背後から聞き覚えのある声が二つ走って来た。
「遅くなってすまない!探すのに手間取った!」
「今から加勢するよ!」
俺を追い抜いて行ったのは、ゼノヴィアと紫藤の教会二人組だ。どうやら、ここの騒ぎを聞きつけてきたらしい。
二人ともエクスカリバーの力を全開まで解き放っているらしく、刀身からは強烈なオーラが立ち昇っていた。が、コカビエルは興味なさ気に空いた片手を振り払い、大気の刃を飛ばす。
「イリナ、廻り込め!私はグレモリーの
「了解!」
コカビエルが放った衝撃波をイリナはジャンプして躱し、ゼノヴィアは聖剣で流すように軌道を逸らした。...これは少し不味いな。
敵はコカビエル一、それに対して俺たちは四。数では明らか勝っているものの、敵の力量は圧倒的に上だ。
しかし、一番の問題点はそこではない。問題は、誰一人として敵から離れた場所での遠距離攻撃が出来ない事だ。
(こんな乱戦状態じゃ、俺のした攻撃で味方に被害が出る。それに、二人以上の連携プレーってあんまり経験したことないんだよなぁ)
俺は暫く、事の成り行きを見守ることにした。
***
僕の剣と合わせるように、光の盾へ打ち付けられたエクスカリバーの刃。
驚きながら視線をずらして隣を見ると、口元を緩ませて笑うゼノヴィアの姿があった。
「ふ、どうやら憑き物を落としたようだな。目に迷いがなくなっているぞ」
「はは、おかげさまでね。迷惑かけたよ」
「そう思うのなら、協力してコカビエルを倒すぞ」
ゼノヴィアは破壊の聖剣の能力を解放したらしく、爆発音を響かせてコカビエルを後退させた。流石に僕の剣と破壊の聖剣では、あの盾も持たなかったか。
そして、間髪入れずに防御の術をなくした堕天使幹部へ、イリナの擬態の聖剣が迫る!
「甘いな!」
「ッ?!うそ、聖剣を掴むなんて!」
「散った聖剣の破片など、取るに足らん!」
コカビエルはもう片方の手に集めた光弾で動きの止まったイリナを弾き飛ばすと、今度は僕達の方へその手を向けた。
そこに集まる光りはみるみるうちに大きさを増して行く。...駄目だ、阻止が間に合わない!
魔力を全開まで込めた剣で迎え討とうと構えるが、何故か背後にいたゼノヴィアが突然僕の前に滑り込んで来た。
「ペテロ、パシレイオス、ディオニュシウス、そして聖母マリアよ。我が声に耳を傾けてくれ」
(!何をするつもりなんだ?)
エクスカリバーを持っていない片手を上げ、詠唱のような言葉を朗朗と読み上げるゼノヴィア。それに形容しがたい恐れを抱いたと同時、渦巻く絶大な力の流れも感じ取れた。
一体何が来るというのか─────。それは、最後の一節が終わった後に明らかとなる。
「この刃に宿りしセイントの御名において、我は解放する。────デュランダル!」
「む─────!」
「な、何だと?!」
ゼノヴィアが空間を裂いて取り出した剣を見たコカビエルは眉を跳ね上げ、バルパーは驚きのあまり絶句する。
...彼女は確かに言った。聖剣デュランダル、と。それはエクスカリバーと並ぶほどの強力無比な聖剣。斬ったものを悉く破壊し尽くす暴君。
片手にもつ破壊の聖剣が霞むほどの聖なるオーラを吐き出すデュランダルに、コカビエルは恐れるどころか笑みを更に深くした。
「デュランダル!まさかあの剣に選ばれし者と再び見えようとは!ならば真なる担い手よ、この一撃を防いで見せろ!」
「望むところだ!コカビエルッ!」
真なる担い手だって....?まさか、ゼノヴィアは人工的に創られた因子ではなく、本当に聖剣自身の意志から選ばれたのか!
デュランダルを構えたゼノヴィアは、コカビエルの放った巨大な光弾に真っ向から対峙する。凄まじいエネルギーの余波が此方まで届き、目を開けるのも難しいくらいの極光が辺りを包む。
しかし、流石は真の聖剣。濁流のように押し寄せた光の波を見事受けきった。
「くく、なるほど。力、形あるものすべてを打ち砕く。紛れもないデュランダルの力だ。.....しかし!」
コカビエルは両手に光をそのまま凝縮させたような槍を出現させ、ゼノヴィアへ向かって放つ。
二つの光槍はかなりの速度で両側から挟み込むように迫ったが、それらは全て水平に振るったデュランダルで灰燼と化した。
そして、続けざまに正面から飛んできた槍も危なげなく真っ二つに斬り伏せる。と、その直後に突然彼女の身体が後方へ吹き飛んだ。
「まだ聖剣の力を御しきれていないな!振り回されるばかりで動きに無駄が多すぎるぞ!」
「ぐ、あ....まだ、だ!」
「いいや、もう十分見せて貰ったよ。お前はこれ以上の芸を持たんだろう」
広げた手を倒れたゼノヴィアへ向けるコカビエル。それ以上はさせない!
僕は剣を構えて全力で駆け、コカビエルに向かって刃を振り下ろす。
「ハァァァ!」
「ほう、速いな。だが、そこの聖剣使いと同じく、まだ力不足だ」
「なッ?!...ぐは!」
剣を振り下ろす前に腕を掴まれ、そのまま地面へと叩き付けられる。駄目だ、コカビエルには僕の剣が見えてる!
─────勝て、ない?これだけの火力を以てしても、神との戦争を生き残った堕天使には敵わないのか!
さっきの一撃で足を痛めたようで、起き上がろうとしては地面に手を着き、苦悶の表情を浮かべるゼノヴィア。あまりの痛々しさに涙が出そうになったが、怒りで僕の四肢にも力が戻ってくる。
「クク、諦めないという意志は美しい。だが、敵わぬと知りながら尚も抗うのは只の愚行だ。...さぁ、そろそろ終わろうか」
コカビエルは嘆息とともに手中へ光の槍を出現させる。それがゼノヴィアへ向けられた瞬間、一気に血の気が引いた。
僕は残った力で何とか立ち上がり、魔剣を一本創り出す。それをコカビエルに向かって振るおうとしたが、片手で弾かれた上に腹へ蹴りを叩き込まれ、何メートルも先へ転がされた。
そして、投擲される光の槍はゼノヴィアを.....
「よっと」
─────まるで、それが当然であるかのように。振るった白い剣は光の槍を弾き、遙か後方へと吹き飛ばした。
その白の剣を持ってゼノヴィアの前に立ったのは、とても堕天使の幹部と渡り合える筈もない、普通の人間。この場において誰よりも無力であるべき存在。
でも、僕の目には長年憧れたヒーローのように映った。
「さて、そろそろ舞台役者さんも退場の時間だぜ」
***
「ゼノヴィア、立てるか?」
「す、すまん。足を痛めてしまったらしい」
「分かった」
俺は彼女に肩を貸し、イリナを寝かしてある結界の外側へと移動させる。ここなら、よっぽどの攻撃がぶち当たって結界が砕けない限り安全だ。
次に、俺は全身ボロボロになってしまった木場を抱える。
「...ごめん。結局、コウタ君に頼っちゃうね」
「謝るなって。先輩は聖剣を越えた、それだけで十分だ。...ここまで戦ってくれてありがとうな。後は任せろ、全部片づけて来る」
自分を責めるような言葉ばかり口にする木場に、俺は首を振ってから感謝と労いの言葉をかける。それを聞いた彼は、どこか安心したように笑みを浮かべてから、気を失った。
目を向けた戦場には、腕を組んでこちらを見るだけのコカビエルがいる。俺が二人を救出する最中に攻撃してこなかったのは強者たるが故の余裕か、こういったやり口が好かないからか。
(ってか、助けるのが遅いってな...)
一度タイミングを逃すと、ズルズルと最後まで引き摺ってしまうのは悪い癖だ。結果、こうやって誰が見てもピンチな状態にのこのこと出る羽目になる。まるで人の手柄を横取りする悪役じゃないか。
とはいえ、ただ見ていたわけでもなく、傷ついたイリナの治療や、攻撃の余波が周りに被害を及ぼさないようにさっきの結界を張ったり、聖剣統合の様子を伺ったりしていた。
「ようやくか。一体いつまで様子見を続けるかと思っていたが...くく、よりにもよってこのような状態のところに出張ってくるとは」
「チームプレイって苦手なんだ」
遠まわしに『何でこうなるまで放っといたのお前』というコカビエルの言葉で、地味に心を抉られながらも軽口は叩いておく。いや、個人プレー主義っていうのは事実だけど。
干将莫邪を両手に構える俺と同じように、奴は光の槍を二本出現させた。それはゼノヴィアに放ったものよりも一回り大きい。
「フンッ!」
コカビエルは一方を投合し、上空へ飛び上がる。それに構わず、俺は向かって来た光の槍を側面から叩き、ほぼ直角に軌道を変化させる。
そして、素早く背後に移動した奴から放たれたもう一本の槍も、振り返りざまに斬り込む。
「ちッ!」
「っと」
振動する空気を察知し、コカビエルの腕から襲い来る衝撃波を全て干将莫耶で弾く。が、先ほどの光の槍が想像以上に強力だったらしく、衝撃を逸らすごとに刀身へ大きな罅が入った。
俺は足から魔力を迸らせ、前方に剣の山を築く。それに阻まれた衝撃波は大きく威力を削がれ、俺が纏う防護魔術で弾かれてしまうほど弱体化する。
その間に持っていた干将莫耶を魔力へ還元し、新しい陰陽剣を両手に創ると、全ての精製した剣を破壊して迫って来た衝撃波を次々撥ね退ける。
「おおおおお!」
一際大きな声と共に放たれた衝撃波。通過した地面を捲り上げながら迫るそれに向かい、俺は下方へ横なぎに振るった干将で岩盤を持ち上げて盾代わりにし、ある程度威力を割いたところで莫耶を逆袈裟切りで振りあげる。しかし、予想外にタフだった衝撃波は、逸らされた腹いせに莫耶を噛み砕いていった。
片方の剣を失い、ついに明確な隙を露呈したところへ、コカビエルは確かな勝利を獰猛な笑みとして浮かばせながら、今一度光槍を二つ飛ばす。
「いえ、一つでも大丈夫です」
「何!」
俺は先に飛んで来た槍の方向を干将でずらし、もう片方をビリヤードの要領で弾いた。それで腕を止めることなく今一度振るい、持っていた干将を投擲して驚愕の途中であるコカビエルの肩を貫いた。
苦し紛れの反撃で投げられた光の槍も、すぐに創った干将莫耶で弾いて飛ばす。それを見たコカビエルは、自身を穿った陰剣を抜いて地面に放りながら笑みを浮かべた。...この状況で笑うか?
「強い!まさか私の攻撃をここまで退け、あまつさえ反撃の手まで加えるとは...くく、実に面白いぞ!────だが、その善戦もここまでだ。バルパー!一つになった聖剣を抜け!」
三つの聖剣の統合が完了したようで、コカビエルはバルパーを促す。
確かに、三つあった魔方陣に突き立っていた各種エクスカリバーが消えており、中心で光り輝く一際大きい陣の中に一本の剣があった。...あれが三本をくっつけたヤツか。
バルパーはそれを手に取ると、子供のように目を輝かせながら俺に向かって叫んだ。
「ふはははははは!これだ、これこそが私の求め続けた聖剣の輝き!デュランダルには劣るが、これで完全に貴様の持つ訳の分からん白黒剣を越えた!」
「し、白黒剣って...パンダじゃあるまいし」
「さぁフリード!統合したエクスカリバーを使い、あの人間を葬って見せろ!」
俺の意見を思いっきりスルーしたバルパーは、魔方陣の中心で胡坐をかいて居眠りするフリードを叩き起こした。
これだけ近くでドンパチやって置きながら寝れるのは凄いと思うが、是非とも見習いたくない神経の図太さだ。
バルパーの怒声を耳元で聞いたフリードは眉を顰めてかったるそうに腕を回すと、大欠伸をかましながら聖剣を手に取る。
「んーんーなるほどなるほど、話は聞かせて貰ったぜよ。要はコイツで悪魔くんたちを皆殺しにすりゃいいんだな?そんで夕飯のおかずは
「フリード!夢と現実をごちゃまぜにするな!早くこっちに戻って来い馬鹿が!」
「はっはっは!嫌だなー冗談っすよバルパーの爺さん!」
「ならまずは聖剣の柄を持て!なんで刀身を持って構えてるんだ!?」
いっそ恐怖を感じるまでに緊張を損なわせるフリードとバルパーの会話。これにはコカビエルも傷の事を忘れて青筋を額に浮かせている。
某TCGアニメのように『もう止めて○戯!空気のライフポイントはゼロよ!』と悲痛な叫びを上げようと思いかけた時、ついに聖剣を『正しく』持ったフリードが俺と対峙した。
「遅くなったな旦那!さぁ、聖剣の錆にしてやんよ!」
意気込んだフリードの台詞をよそに、俺は大きく呼吸をすると干将莫耶を魔力に還元した。それを見たフリードやコカビエルは眉を顰める。
それもそのはず。このタイミングで武器を手放すなど、投降のサインくらいにしか見られないからだ。一応戦闘スタイルの変更という線もあるとは言えるが、ほとんど一番先に上がってくる答えは前者なはず。
俺は彼らがする無言の問いかけには答えず、代わりにバルパーへ向かって口を開く。
「バルパー。お前の望む聖剣の在り方は間違ってる」
「間違っているだと?フン、戯言を抜かしおって。ならばフリードの持つ剣はなんだというのだ。この満ちる聖なるオーラ!間違いなく聖剣しか持たぬ力だろうが!」
俺の発言を真っ向から否定するバルパー。その怒りさえ感じさせる言葉の裏には、自分の研究成果を称賛することなく、『異端』と評した天使らへの強い憎しみが感じられた。
きっと、彼も昔は聖剣というものへ純粋な憧れを抱いていたんだろう。それを捨てきれずに持ち続け、いつしかその感情は欲望という黒いものに塗りつぶされてしまった。...バルパーは、聖剣という幻想に囚われた被害者なのかもしれない。
それを分かった上で尚、俺は彼の信じ続けたものを踏み躙る。
「いいや、人の手が加えられて生み出された聖剣なんて、そんなものは本物じゃない。お前はこんな偽物のために人を何人も殺していたんだ」
「黙れ!たとえ偽物だろうと使えればそれでいいではないか!強力な兵器として、抑止力として─────」
「違う。俺が言っているのは
「な、に?...私の見たかった、聖剣?」
彼は立ったまま居眠りするフリードが持った剣へ視線を移す。そこには確かに、彼が長年生み出したかった聖なる剣の姿がある。
しかし、果たしてそれは人の願いが結晶した剣の放つ輝きだろうか?
俺は片手を前に突き出し、世の理すら覆す最高純度の魔力を集約させる。これには腕を組んで黙って見ていたコカビエルも動揺を呈し、鼻提灯を膨らましていたフリードも咄嗟に身構えた。
直後、上げた手に太陽と見紛うばかりの神々しい光球が発生し、その中から一本の剣が顕れる。
其れは─────究極の幻想が為した、一つのカタチ。または、人々の願いそのもの。
「
あのーアルトリアさん?貴女の剣好き放題使われてますよ。