「うーん....」
俺は悩んでいた。それはもう悩んでいた。
実はライザー戦に備えた修行期間中、黒歌を何度か冥界へ派遣し、
助けるとオーフィスに言った手前、なるべく早く救出してやりたい。...のだが、
「尻尾すら掴めねぇ、か」
結果は『お手上げ』。
ちなみに、オーフィスが場所を知っているかと思って聞いてみたのだが、彼女からは『次元の狭間を通ってこっちに来ているので分からない』と返されてしまった。
まぁ、仮にも実力派の魔王たちを悩ませてるテロ組織だ。俺たちが今回働かせた浅知恵で見つかっていたのなら、拍子抜けも甚だしい。
もしもそんな烏合の衆だったとしたら、当の昔に殲滅されていて然るべきだろう。
「でも、一つくらいは手掛かり欲しかったなぁ...ってうおっ、ペンが折れた」
突如軽快な炸裂音が手元から響き、顔に向かって飛んできた破砕物を全て躱す。
うわー、またシャーペンが死んだ。この人でなし!
最近多くなったのが、この手に触れたモノを壊してしまう癖だ。
ペンから道路標識まで何でもござれの傍迷惑な力なのだが、本当は能力でもなんでもなく、ただ魔力が暴走したときに放たれた、簡易的な魔術が原因らしい。
この前は寄りかかっていた歩行者信号付きの電柱が折れた。思わずふん掴んで直そうかと思ったが、周りの目があるので諦め、人のいる方向へ倒れないよう軌道修正するだけに留めた。
ちなみにその後聞いた話では、どうやら単純な設計ミスとして処理されたらしい。ここらの市民から安全管理がなってないと自治体へ苦情が行かなければいいんだが。
俺は破損したペンの残骸を片付けたあと、勉強をしていた机から離れてベッドへ倒れ込む。
さて、目下の問題は、この魔力の暴走が一体何処から来ているのか全く分からないということだ。このまま悪化の一途を辿れば、もしかしたら破壊の権化としてコキュートスに永久保存されてしまうかもしれない。
....とはいっても、時折魔力のガス抜きをすれば未然に防げるのだが。
「よっと...来い、
軽い掛け声とともに王の選定の剣であるカリバーンを創り、それを寝転びながらブンブン振る。ブリテンの王様が見たら卒倒しそうな光景であるが、そんなのお構いなしにクルクル回したりもした。お、これ割と楽しいな。
満足したら魔力の構成をわざと弱め、現代では間違いなく国宝級の剣を、一切の躊躇なくへし折る。この光景をブリテンの王様が見たら以下略。
原形を失ったカリバーンは無銘以下の存在となり、この世に止まる権利を亡くして跡形もなく消えた。
「...あの腹ペコ王の前でやったら確実に惨殺されるな」
そう考えると段々笑えない感じになってきたが、いくらこの剣へ並みならぬ確執があろうとも、本人不在という事実は消えない。だからといって、もう一度やろうという気にもならなかったが。
俺はいつの間にか隣に鎮座していた小柄な黒い蛇を、別段驚くことなく撫でてやってから持ち上げ、首に巻き付ける。またオーフィスが送ってきたんだろう。
度々出歩くことに不信を抱いたらしい禍の団は、なにやら自分へ監視役をつけたのだと彼女は言った。
正直なんとかしてあげたかったが、命令すれば監視を強行突破してでもこっちへ行くと言い出したので、複雑な心境ながらもストップを言い渡した。ほんと、その気になれば禍の団なんて数分で壊滅させられるんだろうなぁ。
しかし、そんなことをしてしまえば、魔王諸侯、はたまた天界の連中までオーフィスを危険視しかねない。...彼女の望む静寂は、更に遠ざかってしまう。
「んぬぁ!バカ、服の中に入ろうとすんなって」
「きゅー...」
「残念そうな声だしても駄目です。ちゃんと構ってやるからそれで我慢しろ」
「きゅう」
この蛇は視覚以外の感覚もオーフィス自身とリンクさせているらしく、受けとる快感や苦痛も全て流れるのだと言われている。なので、俺がこうやって顎や身体を撫でまわしているのも、ほぼダイレクトに彼女へ伝わっているはずだ。
きっと、向こうでは監視されてるのに笑顔になってるアイツがいるんだろうな....怪しまれてなけりゃいいんだが。
今度は干将莫耶(内訳・各種三本。計六本)でジャグリングしながら、再度禍の団捜索のための手段を深夜まで考えていた。
***
グレモリー先輩の話しによると、ライザーはレーティングゲームに負けたショックでかなり塞ぎ込んでしまったのだという。蛇足だが、ドラゴン、槍という言葉がトラウマになりかけているらしい。
イッセーはその内容に少し申し訳なさそうな顔をしていたが、先輩は清々しいくらいの笑顔だった。
己が今まで築き上げてきたレーティングゲームでの地位を失墜させてしまったのだ。その悔しさは並大抵のものではないだろう。まぁ、これで自分がしていた言動を顧みさえしてくれれば、多少は良い男になって戻ってくるはずだ。
─────閑話休題。
いつもの如く旧校舎で部活をしている筈の俺たちなのだが、今日は少し本気でグレモリー先輩へ聞きたいことがあった。
「あの、球技大会の部活対抗戦って俺も出るんですか?」
「勿論よ。ウチの主力なんだから期待してるわよ」
「コウタがいれば負けなしだな!」
「そうですね!」
「ですわね」
「です」
イッセー、アーシアさん、姫島先輩、小猫ちゃんの順で全面的な同意が得られる。やはり、正式にこの部活動へ参入してるのだからこうなって当然か。
それにしても、なぜ皆俺にかける期待がそんなにも高いのだろう?今回は剣出して戦うわけではないし、ちょっと今までとは毛色が違うじゃないか。...いや、期待されるというのは決して嫌じゃないけど、皆さん悪魔でしょ?大会に出る一般人の生徒たちぶっちぎりじゃん、確実に。
そこは温情措置が取られるのか、それとも容赦なく潰しに掛かるのか。真意は量りかねるが、人間としての心情的には出来れば前者の方が...
そこで思考を一旦切り、僅かに感じた負の念を探す。
「────────木場先輩?」
目を向けた先には、今日一度も会話をしていなかった騎士がいた。
彼は俺の声に反応すると、首を動かさないまま、どこか虚ろな視線のみを投げかけて来た。
「.....なんだい?コウタ君」
「?...何かあったのか?随分ひどい顔色だぞ」
「ああ、ゴメン。別にそこまで気にするほどのことじゃないから」
そこには、普段から明るくイケメンスマイルを振りまいている木場はいなかった。まるで何かを思いつめているかのように口元を引き結び、瞳は厳しく中空を見つめている。
聞いた所、皆も彼の豹変ぶりには困っているらしく、何とか出来ないものかと部長から逆に頼まれてしまった。
おかしくなったきっかけというのは、以前イッセーの家で会議を開いた時だったらしい。
なにやら写真を漁ってキャッキャやっていたようだが、俺は小猫ちゃんとお茶を飲みながら離れたところで談笑していたので、正直木場の表情を伺うタイミングは無かった。
確かに、部活中や最近始めた球技大会の練習ではボーッとする彼をよく見るようになったが、今日のように会話の流れを乱すほどではなかったはずだ。
...先ほど、一瞬とはいえ憎しみの感情すら飛ばしたということは、『ただの悩み事』の線はかなり薄い。日常生活をする中で隠しきれていないのも気がかりではある。
例え、何らかのショックで忌むべき感情や記憶の『蓋』が開いたとしても、己の意志でまた戻せば、少なくとも表層の態度だけは繕うことができる。それが一向に為されていないということは、恐らく....
兎も角、今は木場のこの状態が球技大会の結果に響かないことを祈ろう。
****
昼飯を手早く食い終えた俺と小猫ちゃんは、集合を言い渡されたオカ研の部室まで歩く。
それにしても、授業中にシャーペンが砕け散ったのは驚いた。俺も驚いたが、周りの連中が一番驚いていた。こりゃ、ガス抜きは毎日一回やっておかないとダメだな。
ということで、俺は現在
そう、刃毀れしないということは、魔力の供給を落としても、そう簡単には叩き折れないのだ(足や手を砕く覚悟でならいけるかも)。なので、目立たないようお馴染みの認識阻害魔術を剣にかけている。エルさんジャラジャラ出してた方が良かったかなぁ....
一応、あともう少しで魔力を使い果たして存在ごと消えるはずなんだけど────っと、誰かいるな。
丁度俺が気付いた時に先方もこちらを視界へ入れたらしく、何故か少し驚きを滲ませた態度で俺へ話を振って来た。
「!貴方は確か、リアスの眷属ではないけどオカルト研究部に所属してるっていう」
「はい、
「ええ、これから貴方たちの部室へ向かおうとしていたんですが....あ、サジを置き去りにしてきてしまいました」
「....ぉおーい、待って下さいよ会長!いきなり走り出したかと思ったら...って、小猫ちゃん?と誰?」
何やら遅れて慌ただしく走って来たのは一人の少年。
支取会長がサジと名前らしき言葉を呼び捨てにしたことと、グレモリー先輩から事前に生徒会関連の御客さんが来ると聞いていたから、彼は生徒会関係者なのだと推測できる。
生徒会長の名はこの学園に在籍するいち生徒ととして最低限知ってはいるが、流石に生徒会メンバー全員の名を補完するほど俺はマニアックではない。
「俺は一年の栗花落功太。オカルト研究部にいるが、グレモリー先輩から眷属の役目を貰ってない半端者ってところだ」
「ああどうも。俺は二年書記の匙元士郎。会長の兵士やってる」
「兵士...?」
「コウタさん。ソーナさんは上級悪魔シトリー家の次期当主です。眷属がいるのは当然」
小猫ちゃんの言葉で、記憶の隅から72柱の情報が引っ張り出される。
なるほど。こういう時こそ、過去叩き込まれていたグレイフィアさんの冥界知識が役に立たなければならないな。改めて脳味噌から掘り出しておくか。
「サジ、実は栗花落君の辺りから尋常じゃない何かを感じるんです。さっき走ったのもそれが理由で...」
「え、コイツからそんな気配がするんですか?」
匙が怪訝そうな顔で会長に聞いているが、当の彼女は実に真剣な顔色だ。その視線も的確に俺の腰あたりを射抜いている。
あんまりきょろきょろと観察されるのも何だし、小猫ちゃんからも微妙に不穏な空気を感じるし、さっさとネタ晴らしした方がいいだろうか...
正直、内包している魔力が残り僅かとはいえ、彼女程の観察眼ではアロンダイトが只の鈍らではないことに気付けてしまうだろう。うーむ、一応お茶濁しもやろうと思えば....いや、もう誤魔化せないだろうな。
「支取会長。その原因って、これですね?」
「...っ!剣、ですね。それも明らか普通のものじゃない」
「まぁ、たしかに凄く綺麗ですが...そんなにすごいモンですかね?魔力もあんまないですし」
やっぱり会長には分かるか。
アロンダイトは、おおよそ誰かが作ろうと思って作れる代物ではない。つまり、分かる人には『この世界で創られたものではない』と理解できるはず。
ランスロットがお仲間をこれでバッサリやったお蔭で悪堕ちしたが、魔剣となった状態でも十分チート並みの性能を誇る。ビームは出せないけど。
「あ、あの!この剣を貸していただけないでしょうか?奪うつもりはないので、どうか─────」
「あ、消えましたよ会長」
「えっ?」
どうやらナイスなタイミングで魔力切れをしてくれたようで、儚き幻想の如く消失したアロンダイトを見た支取会長は凍り付く。
俺は『残念ですが、状態を保つのが難しいんです』、と微量な拒絶の意も含ませて言う。彼女はアレの本質を見抜いているようだし、深くは追及してこないだろう。
ところが、全く見抜けていなかった匙が俺の両肩をガッシリと掴んだ。
「なぁ栗花落。さっきのもう一回出せねぇのか?会長がかなり落ち込んでるんだが」
「さ、サジ!落ち込んでなんかいませんから!」
そう言いつつもどこか期待するような目を向けるのは止めて欲しいんだが。まぁ、もし逆の立場だったらなりふり構わず飛びついてるけどさ...だってアロンダイトだぜ?
しかし、神秘の秘匿という体の良い魔術師の使命に基づき、ここははっきりと断っておかなければ。今後もこういったいざこざを起こさない為にも。
どう言葉にするか悩んでいたところ、俺の隣にいた小猫ちゃんが予想だにしない行動をした。
「止めて下さい。コウタさんが困ってます」
「ぬお!ゴ、ゴメンゴメン小猫ちゃん、別に栗花落を責めてるわけじゃないんだ」
「.....なるほど。すみません栗花落さん、少々出過ぎた真似をしてしまいました」
「い、いえいえ。平気ですから」
小猫ちゃんの態度に何かを感じたのだろうか?支取会長は少し笑みを混ぜながら、しかしあくまで真摯な態度で俺へ謝罪を申し出て来た。
俺は小猫ちゃんの言動に驚きを隠せず、返答がぎこちなくなってしまった。まさか、身体を盾にしてまで俺を庇ってくるとは...普段の彼女を知っているのなら、驚かない方がおかしい。
「お?コウタと小猫ちゃん....ってええ!?生徒会長が何故こんなところに!まさか、俺が何かやらかしたのか?!」
「生徒会長さん?ええと、どちらがなんでしょう...?」
なにやら後ろが騒がしいと思ったら、イッセーとアーシアがいた。
なんだか増々ややこしくなって来たな。さっさと部室に行くとしよう。でないと、もっと面倒なことが起きるやもしれん。
***
「イッセー、アーシアと匙の挨拶?」
「そう。ソーナも私と同じくこの学園を領地にしてるんだから、最近下僕にした悪魔は紹介し合うのがセオリーというものよ」
姫島先輩が淹れてくれた紅茶を飲みながら、グレモリー先輩の言葉に頷く。なるほど、確かにこういう場を設けないと『フェアじゃない』。お互いに信用はしているのだろうが、あらかじめ手札を晒す形式をとれば無闇な拗れは一切生まれなくなるだろう。
もう一口芳醇な香りを喉へ流し込んでから、俺はカップを卓に置く。そして、移動させた視線の先には笑顔で握手をする男二人が...。
「ハッハッハ!同じ兵士で学年まで一緒とは、俺たち気が合いそうだなぁ!(アーシアに手を出したら殺す!)」
「ハッハッハ!ホント奇遇だねぇ!運命だねぇ!(下校途中落雷に当たって死んでしまえ!)」
イッセーと匙はあまり馬が合わないようだ。芯がどこか似てるような気がしたので、すぐにでも仲良くなると思ったのだが。....ああ、同族嫌悪?
笑顔に乗せ爽やかな台詞を相手へ送っているものの、がっちりとした握手には前述の内容が微塵も含まれておらず、そもそも漏れている心の声で全て台無しだ。
「そういえば、聞きたかったんだけれど」
「はい?」
「コウタは私とライザーのレーティングゲームって見ていたの?」
「ええ...まぁ」
「となると、誰かから招待状を貰ったのかしら?」
む、グレモリー先輩って俺が『家』にいたこと知らないんだったな。さて、どうするか....
ここで暴露するのもアレだし、含みを持たせることなくサーゼクスから貰った、でいいだろう。先輩から俺がオカ研に入部した話は行ってるだろうし、何の違和感もない。
「ああ、サーゼクスから貰ったんだ」
「やっぱりお兄様から.....って呼び捨て?」
あ、やべ!つい長年のクセが!
そういやサーゼクスって魔王なんだよな。事情を知ってるグレイフィアさんや黒歌の前ならともかく、先輩の前でこれはヤバい!
「わ、私の身内とはいえ一応魔王なのよ?もしかして、なにか─────」
「い、いえ!ちょっと口が滑っただけというか!ほら!俺人間ですから、様とかつけ慣れてなくてっ!」
「そ、そう?」
う、上手く誤魔化せたろうか?
一応引き下がってくれたみたいだし、成功ということでいいだろう。ふぅ、あぶなかった。
(怪しい、わね)
しかし俺はこのとき、彼女の疑り深さをまるで理解していなかった。
サーゼクスを呼び捨てするに至った経緯は、後の番外編で明らかにする予定です。